Chapter29-3
踊り場のど真ん中、壁の正面に長杖を携えたゆいが立ち、呼吸を整えている。
そのすぐ横、数段上と下に得物を構えた久と織葉。
そして、その更に数段上にタケ。そして、踊り場の下、織葉より低い場所に陣取るジョゼとハチの二人。
配置は整った。魔導師の合図を待ち、五人は静かにその時を待つ。
「じゃあ、いくよ」
目を閉じて深く鼻から呼吸をし、一度胸を膨らませた。
鼻孔を凍らせるような冷気が、自分の魔芯を冷やし、力を満たしていくのが分かる。
氷を象徴する、蒼の瞳。ゆいは瞼を開くと、杖の柄尻で踊り場を三回叩いた。
突如、足元に巨大な魔法陣が形成される。
青白く激しく光るそれは、ゆいを中心に回転を繰り返しながら、次第に力を増し、巨大なものへ形成されてゆく。
壁を突き抜け、空中に形成していく魔法陣、中心から成長するように、雪の結晶のような幾何学図形が陣内を満たして行き、その結晶の周りに七芒星が現れた。
ゆいの前髪と襟足が揺れ、銀髪が青白い光を放つ。魔力に満たされていくゆいは、自らの身体全体が仄かに光り輝かせた。
(ここでなら、いける!)
ゆいは床に突き立てたままだった杖を力強く握ると、まるで岩から杖を引き抜くように掲げ、そのまま胸の前で真横に構えた。
「凍てつけ大地、吹き荒れろ吹雪! 氷・地・蓮・舞。我が眼前に冷たき矢となり現れ敵を撃て!」
魔法陣が光の帯となって空中に魔力を吹きあがらせる。
広場の巨大な噴水のように、魔力の奔流し、まばゆいばかりの光を放つ。
「いくよ、シオン!」
ゆいの呼吸、詠唱、魔力波。その全てに呼応するように、愛杖シオンが光って見せた。
杖先に取り付けられた、一見では斧の刃にも見える魔法氷が、その透き通る氷の中に、蒼い魔力を満たし、一層の煌めきを放った。
魔芯と杖の蒼のクリスタルが強く結び付き、神の創造した武具のように、シオンを神々しく輝かせる。
「―ハル・ヴァ― グレイシア・ヘイルストーム!」
そしてゆいは、自身が唱えられる最大級の呪文の名を、声を大にした。
光線や、ビームと言った安直なものとは違う、本物の魔力波。
いつしか槍を構えるかのように持たれていたゆいの愛杖から、まばゆいほどの青白い光を放つ氷の魔術砲が放たれ、眼前の足壁に激しくぶつかった。
バギリリ、と、見る見るうちに壁の一部分が冷凍庫内のように白く小さい突起のような霜で覆われたかと思うと、それは即座に形を変え、白い霜から氷塊へと姿を変えていく。
急激に成長する植物の繁栄を見ているかのように、壁に沿って水晶の結晶の様な形をした、氷の結晶が開花していく。
「久くん、織葉ちゃん! あとは、お願い!」
ゆいは最後の一滴まで行使した魔力を絞り切ると、少しおぼつきながらも階段の数段下へと飛び退いた。
着地してふらつくゆいの身体を、下段で構えていたジョゼが支えて抱きとめた。
「いくぞ、織葉!」
「うん!」
飛び退けたゆいと、しっかりと凍りついた石壁。
その二つを二人は瞬時に見切った。
声をかけずともタイミングは合うと確信していた久だったが、織葉を呼ぶ声は自然と喉を通っていた。
「「せいらぁああああ!」」
二人立つには狭い、僅かな踊り場と言う空間。
だが、剣を振るう二人にとって、空間の狭さは全く問題にならなかった。
織葉は刀を一閃、左から右へと激しく振り抜いた。
純白の白く淡い光を放つ織葉の刀身は、凍結した石壁を引っ掻くように切り抜き、いくつかの火花を散らせる。
甲高い、鋼鉄同士を叩き合わせたような音が響き、刀の残像は光となって空に残る。炎の様な色の毛髪は、右から左へと強く振り靡き、壁の氷にその赤を映しこませた。
振り抜いた織葉は瞬時に納刀し、すぐさまその場から数段上へと抜群の脚力で飛び跳ねた。
その飛び上がった織葉のつま先のほんの僅か下を、久の青鋼刀が空間を駆け抜けた。
まるで織葉の太刀筋を見本にしたかのように、久が全く同じ個所に斬撃を叩きこんだ。
小さく斬り込んだ久の槍が一度引かれると、今度は刀身を左右反転させ、押し込むように押し切っていく。
身体から押し離れていく槍を左に真横へ倒すと、久の槍は意思を持っているかのように久の左腕を伝い、そのまま進んで久の背中に沿って回転し、久の右腕へと収まった。
「ここか!」
利き腕に戻った槍を握力の限り握り込み、久は一点を狙い、槍先を壁に突き立てた。
久の槍は擦れ合う音と火花を残し、その刀身の切っ先から半分を壁へと突き立てた。
「さすがに堅い、なっ!」
ガギン!
久の腕の筋肉が隆起したかと思うと、突き立てたままの槍が九十度回転し、穴を削り取るように広げた。
毀れた刃か欠けた足壁か、分からない何かの欠片がぼろりと落ちる。
「槍を抜くぞ! あとは頼んだ!」
久は三人の反応を待たず、槍を壁から引き抜いた。槍は差し込むより素直に抜け、石壁に銀杏切りのような、扇形の穴が残る。
その時、全員の目に自らの穴を修復し、形を変える石壁が映り込んだ。
まるで粘着質な植物がお互いを繋ぎ合わせていくかのように、扇形の穴が見る見るうちに小さくなっていく。
「遅せぇな」
「十分すぎるわね」
「全くだ」
閉じゆく穴に、三人それぞれの言葉が突き刺さる。
だが、突き刺さったのは言葉だけではなかった。
「「弾けろ!」」
小さな穴に密度一杯、手裏剣と矢が詰め込まれていると理解した刹那、盗賊二人の同じ台詞が重なり、壁が突如爆発した。
タケの音速を超えたかのようなシュライブが穴の四方を抑え、その隙間にジョゼとハチが雷と炎の特殊手裏剣を撃ち込んだのだ。
ズガァンッ!
炎と雷の手裏剣は放った使用者に呼応し、その場で強烈な魔力爆破を起こした。
爆音が塔を少し揺らしたかと思うと、六人が攻撃を繰り出した石壁がガラガラと崩れ、塔内に土煙をもたらした。
「やった!」
崩れた石壁の後ろから、冷たい空気が一気に吹き込む。
頬の横を激しく過ぎ去る冷気を感じて、全員が喜びの声を上げた。
土煙の茶色と、吹き込む白い吹雪が互いに舞いあがり、当たりの視界を奪う。
久は自慢の槍さばきで空を切り裂いて、辺りの空気を一掃した。
そこに広がる白い大地を目の当たりにして、全員が目を大きく見開いた。
今見ている景色が幻想でないのかと、風で乾く両目を何度も大きく開き見た。。
眼下に広がる、真っ白な大地。
塔の上部の空気は、更に冷たく感じるはずだった。
もっともっと吹雪が吹き込んでくるものだと思い込んでいた。
「な、なんで……?」
手に持つ杖に雪が張り付いてくる。
だがそれを払い除けることもせず、ゆいは茫然と目を見開いた。
六人の視線の先。そこは、確かに塔の上部だった。
だが、そこは予想より上過ぎた。
六人の眼前に広がっていたのは、塔の、最上階であったのだから。
自らがぶち破った塔の壁の亀裂から繋がるように、塔の屋上にあたる、最上階が繋がっていた。




