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クランクイン!  作者: 雉
豪雪に震える摩天楼
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Chapter28-7

 タケがコーヒーを飲み終わる頃、ほぼ同時にゆいとジョゼが目を覚ました。

 二人は欠伸を一つしてすでに起きていた二人に歩み寄ると、小さな竈で掌を温めながらコーヒーを作りだした。

 幸い、二人も携帯調理器を紛失せずに済んでいた。


「武器は大切にしろなんてよく言うけど、ハチ、今回はあんたの思いつきに感謝だわ。私じゃ逆立ちしても出てこない考えね」


 ジョゼは仕上がったコーヒーを手に取ると、竈の下で燃え続ける陽の手裏剣を見た。

 八枚の刃を持つ八方手裏剣。太陽をデフォルメ化したような形を持つ手裏剣が、刀身を白く光らせながら十分な火力を未だに放っている。


「ひとつサバイバルの知識が増えちまったな」


 発案主のハチはご満悦だ。


「でも、こんな時にまでコーヒーセット持ち歩くなんて、なんか、タケくんの執念みたいなものをちょっと感じるよ」


 竈から無くなったジョゼのカップと入れ替わるように、ゆいが自身のカップを火にかける。手早く氷を入れて溶かし、湯になるのを待った。


「あ、そういえば」


 と、ゆいは何かを思い出したのか、立てかけてある愛杖シオンを右手に取ると、開いた左手の上で数回杖を振って見せた。

 すると、ゆいの掌に杖からの水色の粒子が降り注ぎ、紙袋に包まれた何かを出現させた。ゆいの手から半分以上がはみ出すほどの、少し大きな茶色い紙袋だ。


「これ、何の味もついてないパンだけど、良かったら」


 紙袋を開いて手を入れると、そこには表面を固く焼いたパンが入っていた。


「おお! 流石ゆいちゃんだな!」


 一番に拍手して食いつくハチ。

 床へと腰を下ろすゆいの手にあるパンを凝視している。


「魔力素子化の呪文って、ほんと便利ね。私達はあまり魔法に頼らないけれど、これは覚えておいた方がいいのかも」


 ジョゼが感心する。


 久たちのチームには魔法使いがいないというのもあるが、準備や収納など、殆どの事を魔法に頼っていない。

 全員、火を熾したり、物を凍らせたりする程度の基礎魔法は習得しているのだが、使用する機会は少なく、魔法よりも道具に頼る場合の方が多かった。


「結構便利だけど、ちょっと術式が厄介なのが欠点かな。素子化に失敗すればそのもの自体が消えちゃったり、取り出せなくなったりするし。あとは、杖の大きさによって仕舞える量も変わったりもするかな。それと、入れた分だけ杖が重くなるんだよね。それがなければなぁ」

「ほう。結構制約があるんだな。重さが増えるとはオレも初めて聞いた」


 タケがゆいのカップにコーヒー粉を入れていく。

 粉は沸騰した湯に吸い込まれるように消え、その代わりに香りを生み出した。


「基本的に杖よりも大きいものは入れられないかな。あとは容器に入ってないお水とかの、物質が不安定なものはだめ。生き物も入らないよ」


 ゆいも通学時には制定鞄を常に使用し、私物を杖に仕舞うことは殆どない。

 今、杖の中にあるのは教科書としても扱う魔導書と、預かっている台本ノートの二つだけだ。

 多くの物を杖へと入れて持ち歩く生徒もいるが、ゆいは魔導書以上の重みが増える杖を扱うのが少しばかり重く、扱い辛かったのである。


 魔法と一言聞くとなんでも可能にするものだと思われがちだが、実際はそうではない。様々な制約や限界がある。


 水と風の魔法で台風を呼び起こしたりするのは、お伽噺だけの話だ。

 魔法とは、もっと単純なのである。 


 魔法は人の手が作り出したものではないが、未だに解明されていない未知の力、と言う訳でもない。

 どんな場所にでも少なからず存在する魔力を、ほんの少し、自分の力で操るだけのこと。そこらの大気に混ざる水分を、団扇や扇子で好きな方向へ流しているのと大きな変わりはないのだ。


「こんなことを言ったら、みんな怒るかもだけど……」


 ぽつりと、ゆいがつぶやく。

 手にしていたカップを太ももの上まで落とした。


「私、なんだか今、すごく充実してる気がする。もちろん、凄く危ない状況だってのは分かってるよ。でも、それでも今、こうやって皆とご飯を食べたり、お話したりするの、すごく楽しい。おかしい、よね?」


 すると、ジョゼがゆいの肩に手を乗せ、ゆっくりと言葉を口にした。


「ううん、おかしなことじゃないわ。むしろ、それがサバイバルや野営をする上で一番大切なものだったりするのよ」

「え? そうなの?」


 ジョゼのいつも通りの優しい声色は、やっぱり言うべきではなかったかなと思うゆいの緊張した肩を下させた。


「あぁ、ジョゼの言う通りさ。ゆいちゃん、こういう状況で欠かしちゃならないのは水や食料なんかじゃない。どんな状況でも楽しみや新しいものを発見していくことなんだぜ。どんな状況でも、微かなな楽しみを見出す。そんな前向きな感情や今を楽しむ気持ちがあれば、どんなサバイバルだって越えてける」


 にっかりと笑うハチ。

 このハチの陽気さにも、チームはずいぶんと救われてきた。


「逆にね、どんなしっかりとした装備や準備があっても、そんな気持ちが無ければ失敗してしまう事案は多いの。結局のところね、何もかも、自分の気持ち一つであって、それを共感できる仲間がいると言うことが、最大の準備や装備なのよ」


 突発的に結成されたチームでの任務失敗の報告は珍しいことではない。

 それはいわゆる、息が合わない、気が合わない。などではなく、その状況を楽しみ、笑い、悩むことができなかったからだと言われている。


「へへっ、変な心配しちゃってたんだね。さすが、天下の黒慧くんチームだよ」


 ゆいも、この短い期間で大きく成長をしていた。

 今まではそこらにいる一女学生であり、このような世界は無縁であった。


 しかし、偶然なのか運命なのか、いきなり生まれたこの縁が、急速にゆいを成長させたのは紛れもない事実であった。


「だからこそ、この世界を守りたい」


 少し冷めたコーヒーを飲みほし、ゆいは空いたカップを床へと置いた。

 陽の手裏剣から煌々と燃ゆる炎がカップに映り、歪んでいる。


「あぁ。大きなことに巻き込まれているのは事実だが、重荷と取る必要はない。オレたちはオレたちのまま、いつも通りでいよう」


 誰もが恐怖を感じていた。


 目に見えざる敵が自分たちしか記憶できず、未知の力を持ちあわせている。これを恐怖と言わずして何と形容するのか。

 だが、足がすくみ、動けなくなるようなものでもなかった。


 この先、どうなるかは全く分からない。

雹を止める事が出来るのか、それとも自分たちが破れるのか。


 だが、四人はいつも通りだった。


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