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クランクイン!  作者: 雉
豪雪に震える摩天楼
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Chapter28-6

 その後二人は塔より少し離れ、寒冷地でも耐える樹木や雪下の野草を探し始めた。


 武郭でのしっかりとした準備は、あの魔法陣と、この地への落下で殆どが無に帰しており、食料や燃料も全てと言っていいほど失っていた。

 二人はそれに代わる代替品を探して、少しでも足しにしようと考えたのだ。


 しかし、その考えも空しく、ここエルマシリアで自分たち以外の生命を見つけることは出来なかった。


 微細な生き物まで凍てつかせるような大気の中、雪下の根菜なども、この地では生命を宿すことを許されない。

 所々に点在する木々は全て樹氷となり果てており、樹木としての命を終え、氷塊としてこの場に立っていた。


 タケとハチは自分たちが落下したであろう地点にも足を伸ばしたが、そこも同じく、降り積もる白い絨毯がどこまでも広がるのみだった。

 昨晩の吹雪による積雪で、自分たちの道具は永久に行方知らずとなってしまった。

 全員、武器が無事だったのは不幸中の幸いだったが、多くの道具や食料を失ったのは大きすぎる被害であった。


 雪原を探索し終えた二人は、両手に数本ずつ、樹氷から折り取った氷柱を手にしていた。鍋で溶かし、水分を確保する為である。


 塔の入り口へ戻った時には、時刻は一時間ほどが経ち、おそらく八時ごろとなっていた。二人は静かに戸を開け塔内へと戻った。


 日光が地面からも照りつける屋外に比べると、屋内は真っ暗だが、ゆいの魔法が効いているため、室内はほんのりと明るく、暖かい。

 二人は両手の氷柱を床へと降ろすと、ハチは両手に息を吹きかけ、タケは上着で手を擦った。


 氷柱を掴んで冷え切った手を温めながら二人は室内を見たが、まだ誰も起床していない。

 負傷した久と織葉は仕方のないことかもしれないが、朝に弱い訳ではないジョゼがまだ起きていないのは、少し珍しい事であった。

 ジョゼはゆいと二人で並び、薄い毛布を二人で被りあって寝息を立てている。


 タケは上着で擦っていた手を腰に下げたポーチへと突っ込み、外側のポケットからマッチを取り出した。

 紛失しなかったマッチは幸い、本数にも余裕がある。


「問題は何を燃すかだな。塔内に端材とか、転がってないか?」


 タケはポーチからちり紙を何枚か取り出すと、それを適当に丸めながら、室内をぐるりと吟味する。

 見ると、かなり風化した木箱が一つ、壁際に転がっている。大きさはリンゴ四つを並べて入れられるほどだ。


「もう少し欲しいところだな。古い家具とかがあれば十分なんだが」

「あ、そうか。火がいるんだな。ちょっと待ってろ」


 今の今まで火を熾して溶かすということを念頭に入れていなかったハチが、何を思いついたのか、もう一度戸から外へと飛び出した。


 何をしでかすのかさっぱり分からなかったタケであったが、ハチはその数秒後には戻ってきた。

 すると何とも不思議なことに、ハチが片手程の大きさの炎そのものを、熱そうに指でつまんでいた。


 ハチは焼き立ての栗や芋を掴むような動作で、掴んでは離しを繰り返している。


「あっつあっつ。タケ、そこ退いてくれ」


 と、タケが退く前にハチが掴んでいた炎を床へと放り投げた。

 間一髪後ろに飛んで避けたタケの足元に炎が落ちた時、その落下に似つかない、硬貨を落とした時に似た音が、室内に甲高く響いた。


「なるほど。ハチ、お前よくこんなこと思いついたな」


 燃焼材も無く床で煌々と燃ゆる炎に顔を近づけたタケが、ほうと感心した。


 それは、ハチの所持していた特殊手裏剣、あのオーディション会場をぶち壊した、陽の手裏剣だった。日光の下で燃え盛る、炎の魔力属性を持つこの手裏剣に、ハチは日光に当ててきたらしい。


 二人は室内に転がる石を手裏剣の周りに手早く組み上げ、簡易的な竈を作り上げた。

 簡易といっても、その性能は市販や自宅に備え付けの釜と遜色ない。炉の構造は非常に簡単で、炎の先が鍋底に当たる高さと、空気の通り道さえ確保できればどのような形でも機能を果たす。それさえ知っていれば誰でも作れるし、何よりサバイバル慣れしている二人は文字の通り、朝飯前であった。


 竈を組み終えたタケは、腰のポーチから一つの道具を取り出した。落下の際にも紛失せずに済んだそれは、茶色い革製の袋、またポーチだった。


 横開き封筒に似た袋状で、大きさは腰ポーチよりも二回りほど小さい。長年愛用しているのか、ややくすんではいるが、革特有の飴色に輝きが顔を見せている。

 ポーチには何やら色々と入っているようで、ぽっこりと膨らんでいる。

 タケは慣れた手つきでボタンを外すと、中から鉄製の円柱形の道具を取り出した。


 片手にすっぽりと収まるその鉄製道具はカップの様に見えるが、外側に蝶番が取り付けられており、そこから細い鉄線が円柱をぐるりと一周している。

 タケはその鉄線の一番端をつまみ、道具から剥がすように展開した。

 すると、円柱の何かに取っ手が付いたかのような形に変わり、タケの手に小さな片手鍋となって現れた。


 これは、タケの冒険道具、鉄製の携帯調理器だ。非常に有名かつ便利な代物で、雑貨店にでも行けば安く売られている。

 道具の外側に巻かれている鉄線はいくつかの関節機構が設けられており、その折り方によって、鍋とコップの二通りに変形させることが出来るのだ。チームメンバーは全員同じものを持っているし、ゆいと織葉も武郭から発つ前に調達をしていた。


 この調理器にはサイズがいくつかあり、大きなものになるとフライパンに様に扱えたり、蒸しや燻製などの機能を持つ物もあるが、タケの所持しているこれは一番小さいものだ。

 その大きさの都合上、鍋としての機能はおまけのようなものだが、これで湯が沸かせることに違いはない。


 タケは腰のダガーナイフを抜くと、樹氷から取った氷柱を叩き折っていく。

 一本の氷柱から幾つも生まれた氷の欠片を鍋に詰めると、炉へと掛けた。陽の手裏剣が熾す炎は小さいながら強力で、鍋内の氷を見る見るうちに溶かしていく。

 ハチはそれを見ながら、少しずつ欠片を足していく。


 ゆっくりと立ち上る蒸気に微かな温かみを感じながら、タケは鍋の入っていたポーチから更に革製の巾着袋と、スプーンを取り出した。

 ポーチにはもう何も入っていないらしく、膨らんでいたポーチは空気を抜かれたようにぺたりと凹んだ。


「本当は粉から入れるんだけどな」


 既にぐつぐつと沸騰している湯を見ながら、タケは巾着袋の紐を解いた。

 その袋の中には粉末状の何かが入っているらしく、タケは袋にスプーンを差し込むと、袋の粉を二杯ほど掬って鍋へと落した。

 それは、砂のように細かであった。


「タケのそれって絶対無くならないよな。紛失防止魔法でも掛けてんの?」


 ハチも自分のポーチから調理器を取り出すと、関節を幾つか折ってカップの形状にしていく。

 ハチもこの道具は紛失せずに済んでいた。


「まさか。もっと原始的だ。ポーチの奥で紐固定してあるだけさ」

「なぁんだ。そんな簡単なことか。相変わらずマメな奴め」


 ハチの期待を裏切る、タケが大切にしているこの一式は、タケの携帯コーヒーセットだ。

 自他ともに認めるコーヒー中毒者のタケは、冒険中、依頼任務中でもコーヒーを欠かさず飲む。


 タケは市販されている一番小型の携帯調理器と、極細引きにした深入りのコーヒーを常に持ち歩いており、火さえ熾せれば煮出しコーヒーを飲めるようにしているのだ。


「コーヒーが無い人生なんて考えられないよ」


 湯気で曇った眼鏡を外すタケの眼下では、茶色い小さな泡がぽこぽこと幾つも生まれ、それが弾ける度にコーヒー特有の香りをこの空間に放ち始めた。


 ぐつぐつと沸騰し、煮出されていくコーヒー。

 鍋から噴き出し、溢れそうになったところをタケは見計らって鍋を持ち上げ、火から離す。

 するとすぐに温度が下がり、噴き出す寸前だった湯量が元へと戻る。タケはスプーンで底から掬うように掻き混ぜると、もう一度火へ掛けた。


「ほれ、お待たせ」


 噴きこぼれそうになっては掻き混ぜをもう二回ほど繰り返したのち、タケは鍋を火から上げ、ハチが準備していたコップに煮出したコーヒーを注いだ。


「ん、いつもありがと」


 ハチは琥珀色の出来たてコーヒーが注がれた湯気の立つコップを持つと、十秒ほど待った。

 

 煮出しコーヒーは粉ごと沸騰させて作るので、すぐに口をつけると粉も飲むことになり、非常に口当たりが悪い。

 なので、少し待ってコップ内を舞う粉を沈殿させてから、その上澄みを飲むのである。

 ハチは少し待ち、そして口へと運んだ。


「あぁ、うめぇ。この寒さにこれは生き返るわ」


 熱い物が平気なハチは出来たてのコーヒーをスムーズに飲んでいく。

 ハチの好みの味覚はタケに近いらしく、砂糖もミルクも入れないブラックを好む。


 タケは空になった鍋を床に逆向けて何度か振り、そこそこに綺麗になったを確認すると、氷柱の欠片を同じように詰め、自分の分の二杯目を作り始めた。

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