Chapter28-1
豪雪に震える摩天楼
白を基調とした世界。ところどころに見える魔力の奔流が、マーブル状に宙を流れ、うねうねとその形を変える。
広い場所に出たかと思えば、本当に通り抜けそうにない隙間を幾度となく通される。
体はゴムというよりも液状化したように動き、通る筈のない穴を何度もくぐらせる。
まるで砂時計の内部を何度も通過しているようだ。
自らが砂となり、何度も何度もひっくり返される。否応なしに動かされる体と視界で胃酸がこみ上げ、食道が荒れていく。
それでも、それでも織葉は久の体を離さなかった。
久のどこを握っているのか分からない。服なのか、腕なのか、胴体に腕を回しているのか。だが、久の何かと繋がっている。それだけは明確だった。
それだけが分かればよかった。ただ、握る手を緩めなければいいのだから。
どこまでもどこまでも落ちていく光の渦の中、織葉はその目で、その穴の出口を捉えた。
出口の先に白い世界が見える。
純白とはまた違う。マットな白。艶消しの世界。というべきだろうか。
出口の穴がどんどんと迫り、出口の大きさが広がる。それは二、三メートルほどの正円であった。
穴に真っ逆さまに落ちる織葉と久。
いや、本当に落ちているのだろうか。
そんな疑問をふと抱いた瞬間、二人は出口から放り出された。
途端、織葉の全身に重たい空気がぶつかった。
自分を押し上げるような凄まじい風圧が織葉を襲った。重い空気の壁が織葉の腹部に直撃し、内臓に鈍痛が響く。
緩みそうな手を繋ぎ止めた織葉に、今度は上から何かが降りかかった。
今度は重くはない。
身体の衝撃、ダメージはない。だがそれは、弱りきった織葉には効果がてきめんだった。
(雪⁉)
どこが空かも分からないまま、織葉は顔を動かした。
それに合わせ、吹雪いていた雪が織葉の顔に何千と襲いかかり、小さな氷の粒で両目を刺した。
(ここは――!)
エルマシリアだ!
久を助けることだけに集中しすぎたか、直通転移門が開かれたということを失念していた。空中で頬に張り付くこの冷たさが、その事実を感覚で織葉に伝えた。
久を片手でしっかりと握りなおすと、織葉は空手で顔を拭った。
吹きすさぶ吹雪の中、なんとか自分たちの位置を確認した。
そこは、まだまだ天高いところだった。
日は落ち、わずかな月明かりと猛吹雪が支配する世界で、織葉は山脈の頂上部分を確かに見た。
転移門から放り出され、数十秒以上は間違いなく経過している。
にも関わらず未だ地面に辿りつかないということは――
(雹の奴、本当にあたしたちを――)
殺す気なのだ。
彼は今まで一度たりとも嘘をついていない。
襲う場所は必ず襲い、奪うものは奪う。それは杖や仲間だけではない。命さえも、雹には例外ない。
なんとか、なんとかしなきゃ――
そう思った瞬間だった。
織葉は突如として視界を失った。真っ暗であった。
織葉が失ったのは視界ではなかった。
二人は落下の勢いを一切殺すことなく、その身を地面へと叩きつけられてしまったのだ。
吹雪く白の世界は、その大地と吹雪が同化し合い、織葉の距離感を狂わせていた。
深く降り積もった雪は、岩盤のような固さを誇った。
二人はその衝撃で一メートルほど雪に沈み込み、その動きを止めた。
真っ白な世界の中、二人はその握りあった手を離さなかった。
純白の雪の世界に、二人の赤が混ざり合った血液が、溢れる涙のように地面を伝い始め、水を吸い込む綿生地のように、二人を中心にして赤く染め上げていった。




