表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クランクイン!  作者: 雉
最後のお誘い
182/208

Chapter27-2

 学園の制服に着替えた織葉は一人、父親の自室の前に立っていた。

 今現在、この部屋に父親が居るのは分かっている。


 織葉は未だ、父親が出した課題をクリアできていなかった。


 結局何も、見つけられなかった。久の言う刀を扱う気持ちとやらも、一体どれが本当の気持ちなのかも。

 どれも漠然としていたし、今一つ現実味に欠ける。どれも急ごしらえで考え、思いついたようなものばかりだ。


 そんな答えをぶら下げて持って行って、あの父親が許すわけがない。 

 織葉の父、炎は決まり事に厳格な人だ。一度そうすると決めたことに関しては絶対に曲げない性格の持ち主だ。


「三十分前の午後七時半、緋桜家の門に集合しよう」


 その一言が頭をよぎった。

 この部屋の前に来て立って、どれほど過ぎたのだろう。数分の様な気もするし、数時間の様な気もする。


 これから先に多くの困難が待ち受けている。

 それを受け止めた五人に自分も着いていきたい。力になりたい。


 だから、こんなところで立ち止まっていられない。


 織葉は制服のスカートの裾をぎゅっと左手で握ると、空いている右手で障子の枠を叩いた。


「父さん、あたしだけど」

「どうした」


 間髪入れずに障子の向こうから炎の返事が返ってくる。

 分かってはいたが、この先に父親がいると思うと心臓が縮み上がった。


「話があるんだ。入ってもいい?」


 返事が無かった。

 障子を隔て、流れる二人の静寂。それを解いたのは、自然に開いた障子戸だった。


 驚きで半歩下がることも出来ない。

 見ると、音も無く近づいていた炎が戸を開けてくれていた。


 炎は、織葉一人が通れるだけの幅を開けると、何も言わずに部屋へと戻った。

 織葉は一つ唾を飲むと、畳の縁を踏まないようにして入室した。


「あれ、母さんもここにいたんだ」


 見ると、座卓に母の姿もあった。

 何やら二人で仕事をしていたらしく、座卓の上には十露盤(そろばん)やら帳簿やら鉛筆やらが転がっている。


「それで、どうした?」


 炎が定位置に着く。

 織葉は父親の正面へ座った。


「父さん、もう聞いているかもしれないけど、今夜、久くんたちがエルマシリアへ発つんだ。それに、あたしも着いていきたい」


 お願いします。と織葉が頭を下げる。座卓に手入れしていない自然なままの髪が垂れた。


「織葉、父さんが言ったことを覚えているな」


 こくり。

 頭を垂れたまま織葉が頷く。


「本当の力と強さ、それを見出せたのか?」


 見出せていない。だから、久たちには着いていけない。

 そんなことは誰よりも分かっていた。だが、織葉は頭を上げた。


「ごめんなさい。何も分からなかった。どれだけ考えても、どれだけ浅実を構えても、何も分からなかった」


 ありのままの真実を織葉は話す。

 僅かに震える口元が、次の言葉の出を遅らせようとしてくる。


「だけど! だけど久くんと刀を交えたとき、何かを確かに感じたんだ。ずっと長いこと考えもしなかったような何かと、打ち合うことで初めて感じ取れたような気がしたんだ!」


 二つの剣士がぶつかり合い始めて感じた、武器を持つ理由。その意味。

 その定かでない何かを、微かに織葉は浅実を通じて感じ取った。


「あたしは馬鹿だから、頭で考えても何も出てこない。でも、実際に刀を構えている時は色んなことが分かる。だから、実際に動いて、体で感じてその答えを見つけたい。だから、父さん――!」


 焦り、額に汗が滲み、舌が上手く回らない。

 たどたどしく出てきた言葉を、必死に繋いでいく織葉。

 その一言一句を、両親は身動き一つせず聞き届けた。


「お願いします。あたしが久くんに着いていくことを、許してください」


 額を打ち付ける勢いで、織葉が頭を深く父親に下げた。

 

 炎は何も言わず、動かない。


(やっぱり、駄目なものは駄目かな)


 何の音沙汰もない両親の感じから、織葉はそう思った。


 だが、それは当然のことだ。自分は父親に言われたことを一つとしてこなせていない。

 それは、自分だけでなく、仲間をも危険に晒す行為。自分がどれだけ熱い意思を持っていても、危険度が減少する訳ではないのだ。


 座卓の下の床から、微かにい草を香りが漂う。時が止まっていない証拠だ。

 一秒とも一時間とも感じるであろう沈黙を耐え抜く姿勢を見て、一つの声が静かに部屋に聞こえた。


「炎さん、織葉、気付けたみたいね」


 柔らかな口調。第一声を放ったのは母、舞だった。

 織葉が顔を上げると、自分と同じ赤い長髪を束ね、肩に垂らしている母が静かな笑みを見せていた。


「あぁ。思っていたより、しっかりと成長しているな」


 炎の威厳が貼りついたような強面がはがれていた。


「じゃ、じゃあ……!」


 驚きの顔を一切隠さず、織葉が早る気持ちを抑えて口を開いた。


「行きなさい。行ってその手で、未だ漠然としているその答えを確実に掴んできなさい」


 炎は深く頷き、織葉の出発を承諾した。舞も頷いて見せる。


「父さん、母さん! ありがとう!」


 織葉はもう一度深々と頭を下げる。勢い余る礼は、朱色の髪を座卓へと打ち付けて見せた。


「織葉、これを持っていって」

「お、おい、舞!」


 本気なのか。と言いたげな炎の言葉。織葉が顔を上げると、舞が右手からブレスレットを外していた。


 それは、よく(なめ)された革紐で出来たブレスレットに近い何かだった。

 いつも母が身に着けているのは知っていたが、詳しく聞いたこともないし、興味もなかったものだ。

 初めてと言っていいほど間近で見たそれは、ブレスレットにしては紐が長く、ペンダントには足りない。その微妙な長さの革紐には金具が取り付けられており、その先に白い小石が付けられている。


「母さん、これは?」


 母から手渡されたそれを受け取り、不思議そうな顔をする。


「緋桜に伝わるお守りよ。今だけ織葉に貸してあげる。浅実の鍔に付けておいて」

「舞、お前な……」


 話を進める妻に、なんだか炎が押されている。


「ほら、炎さんも。もう片方も出さなきゃ」

「舞……」


 もう織葉の手元に渡ってしまったそれを見て、炎も右腕から同じ形のお守りを外した。

 それは形や長さは舞の物と同じだったが、石の色が真逆の艶やかな黒色を放ち、違うものだということを自ら表明していた。


「織葉、これも鍔に結び付けておきなさい」

「う、うん」


 織葉は両親からお守りを受け取ると、言われるがまま浅実を腰から抜き、鍔へ括り付けた。

 対極にある二色のお守りが二つ、織葉の浅実から吊るされた。


「いいか織葉。刀もお守りも他の道具も、頼り過ぎてはいけない。“武の道はまず心ありき。”そして――」

「そして……?」


 炎の目が閉じられ、そして、ゆっくりと開いた。



「心の中の、自分にしかない刀を抜きなさい」



 真剣な父親の瞳が一瞬織葉の胸の中を鋭く見据え、そして顔へと視線を戻した。


「織葉、しっかりと肝に銘じなさい」


 そして、炎は短く締めくくった。


「くれぐれも気を付けて。必ず戻って来なさいね」

「うん。分かった」


 織葉に大切なのは技でも腕力でもない。

 一度踏んだ轍を二度は踏まないと、織葉は力強く頷いて見せる。


「もう行きなさい。出発までに支度をしっかりと済ませるようにな」


 炎はそう言うと、座卓に置いていたままだった帳簿を開き、目を落とす。舞は一度織葉に頷いて見せ、同じように書類に目を落とした。


 織葉は力強く立ち上がると、今度は何も言わず両親に頭を下げ、父親の部屋を後にした。



「あの子、若い頃の炎くんにそっくり」

「言うな舞。恥ずかしいだろう」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ