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クランクイン!  作者: 雉
新しい心
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Chapter26-3

 六人が揃った朝食は格別であった。

 起床したばかりであったが、タケは食欲もあり、体の動きに不自由を感じながらも、久々の食事を楽しんでいた。


 大きな損傷が左肩に残っているが、食器を持ち上げる程度なら差し支えは無いようだ。

 タケは右肩じゃなくてよかったなどと、少し笑いにくい冗談を飛ばしたりもしていた。


 六人は朝食を済ませると、洗濯が仕上がったいつもの服に着替えた。

 各自の服はしっかりと汚れが落とされ、シャツにはアイロンが当てられている。

 着心地の良くなった服に着替え、全員は座卓を囲むように座り込んでいた。


 座卓の中心には、水を吸って端がぼろぼろになってしまった台本ノートが一つ。

 先程、炎と舞も交えて七人で確認したが、どこにも異常は見られなかった。 


 一安心した久は、炎とともに武郭のギルド支部へと自分たちが知り得る情報を提供しに出向くこととなり、二人は家を発ち支部へと出かけて行った。


 待たされた五人は今のユーミリアスの状況、そして雹を自分たちしか認識出来ていないということを、眠り続けていたタケに話した。


 タケは終始黙って相槌を打ちながら聞いていたが、当然ながら、その表情は険しかった。


「しかし、記憶を操作する魔法をユーミリアス全域に使用するだなんて、どうやって行うんだ」

「私も昨日ゆいちゃんと話してたんだけど、魔術の類だとしたら、ヘリオクラスの強力な媒介が必要になるって話よ」


腕を組むタケに、ジョゼが口を開く。


「だろうな。強力な何かで力を増幅させないと、大陸全土なんて規模は不可能だ」

「でもね、ゆいちゃんが言うには、おかしなところもあるみたいなのよ」

「おかしなところ?」


 タケがゆいへと顔を向ける。ゆいは一つ頷いて見せると、ジョゼに代わり口を開いた。


「うん。人の記憶を消す魔術、忘却術とか喪失魔法って言ったりするんだけど、これは短期的に記憶を消すだけで、次第に思い出してくるものなの。流石に魔法だけで人間の脳から記憶を完全に奪うなんて出来ないの」


 忘却魔法は、ごく短期間しか効力が発揮されない。次第に記憶は思い出され、長く続いても三日もあれば完全に復元される。

 人間の扱う魔術では、人間の持つ記憶を完全に消去することは出来ないのだ。


「それと、私たち以外はこの先も雹のことを認識できない、覚えておくことが出来ないって話だけど、そんな魔法は存在しないんだ。いくら魔法で色々出来るって言っても、増えてくる記憶や情報を頭に留めさせないなんてことは出来ない。ましてや今回みたいにユーミリアス全域で、しかも特定のことだけを抜粋して記憶させないだなんて、どうやっても無理なの。天凪先生でも出来ないよ」


 人は普通にするだけでも多くの情報を毎日会得している。それを外部から封じ込めるなど、魔法でも到底無理なことだった。

 ゆいが挙げたように、とてつもない魔力と知識を持ったあの天凪校長でさえ、そんなことは無理なのだ。


「つまり、ゆいの考えでは、この現象は魔法や魔術の類でもない……と」


 タケが結論を導き出した。ゆいはそれに頷いた。


「ヘリオの様な媒介を通しても、人間が扱える魔術では無理――だね」


 ゆいは発言し終えると同時にタケから目を逸らしてしまう。

 タケはゆいの発言を吟味しており、その行動を気に止めていなかった。


「とにかく気を付けるしかないな。相手が魔法以外の特殊な力を使っているのだとしたら、勝ち目が無いかもしれない。今まで以上に冷静な判断が必要になるな……」


 タケは片手を顎に当てた。


 この世には魔法以外の力も多く存在する。それは概念的なもの有れば、オカルト、思想的なものもあるだろう。

 しかしどんな力であれ、大陸全域の人々に影響出来る力は、絶大であるのが明白だ。


 今まで以上に自分たち以外にも気を配り、情報を集めなくてはならない。

 更に隙を見せることが出来なくなってしまった。


「でもねタケ、あんたが寝てる間に起きたことは、悪い事ばかりじゃないのよ」


 顎に手を重ねたまま眉間に深い皺を寄せるタケに、ジョゼがにかりと笑みを見せた。

 タケは手を退けると、首を上げた。


「へへ。実はね、セシリスにギルド支部が出来ることになったのよ。しかも初代支部長は久って話よ」

「な、本当か!」


 タケの顔が一気に明るくなる。タケと久が長くに渡り望んできたことが、なんと寝ている間に現実になっていたのだ。 タケは思わずガッツポーズをし、口角をあげた。


「うん! でもね……」

「な、なんだ?」


 満面の笑みからいきなり墜落するジョゼを見て、タケに一抹の不安が襲う。

 もしかして、ギルドに勤められるのは久だけなのか? などと、様々な悪い考えが交錯した。


「えとね、セシリスにもストラグにも、支部を立てるだけの場所が無いの。建立に必要最低限の土地が、見当たらないって」


 沈むジョゼを見て、なるほどとタケが視線を上に向けながら首を振った。


 細部まで思い出せる我が故郷、セシリス。言われてみれば新しく支部を立てられるような空地はない。

 新しく山を削るなどの大規模工事をしなければその分の土地は確保できないだろう。


「つまり、支部がありさえすれば、運営がとりあえずは可能ということなのか?」

「らしいわ。色々な窓口も兼ねたりするからパートナーチームと違って、存在だけでは駄目みたいなの」

「なるほどな。だったらオレの家を支部にすればいいんじゃないか?」


 あっさりとした発言に、場に沈黙が走った。

 当のタケは至極普通の発言をしたような表情をしながら、何故か強く見つめ返される状況が掴めなかった。


「あれ? オレなんか悪いこと言ったか?」

「タケ、それだよ! その手があった!」


 タケの質問には回答が無かった。

 しかし、ジョゼが喜びの余りの大声を上げたので、タケはそれを回答として受け取った。


「でも、タケくんそれでいいの? 自宅が支部を兼ねるって、結構なことなんじゃ……」


 一人、ゆいがタケの心配をした。

 ゆい自身その回答が適案だと思ったが、自身の家が支部を兼ねると言うのは明らかにタケの生活が圧迫される。

 金銭面はギルドから補助されるだろうが、生活スペースまでは補助されないだろう。


「勿論だ。我が家なんかオレと本しかないしな。それに、セシリスに支部が出来るなら歓迎だよ」


 静かに笑うタケが、この場で何よりも喜びを感じていた。

 長年の夢が叶うのであれば自分の家を差し出すくらい、なんてことなかった。


「なぁゆい、あたしら卒業したらセシリスのギルド支部に就職しようか」


 ゆいの横で織葉が冗談を飛ばす。


「それいいね! みんなとなら楽しくお仕事できそう」

「おぉ来い来い。俺はゆいちゃん大歓迎するぜ」

「おいハゲ、あたしはよ?」

「ハゲてねぇよ」


 軽く暴言を吐きながらも、全員がこの先の未来を明るく描き出した。

 そんな楽しい未来を作り出すために、何としてでも雹を止めなければならない。


 そんな気持ちが全員の心に改めて出来た瞬間、ハチが似合わない真剣な顔をした。


「なぁみんな、俺さ、みんなに話しとかないとダメなことがあるんだ」


 いつになく真剣な口調は盛り上がる室内を瞬時に落ち着かせた。

 それを見て、ハチは続けた。


「台本に次が書き込まれるまでに、皆には話しときたいんだ」

「それって、もしかしてハチがライグラスでどこかに行ったことと関係があるの?」


 ジョゼが問う。


「それは――」


 依然巻かれたままの服の下の包帯を思い出した。

 痛みはもうどこにもないが、未だに胸に穴は開いている。

 何故か一瞬、傷が痛んだ気がした。


「まぁ、そうだ」


 ハチがライグラスの崖の下で全員を助けた際、ハチは何があったのかをちゃんと説明すると明言した。

 しかし、あの時はヘリオの奪還及び雹への行動阻止が最優先事項であり、話をする時間は当然ながら作り出せなかった。


 塔での予想外の戦闘や、武郭への移動に等などのアクシデントが度重なったが、ようやく今、その時間を作ることが出来た。

 ハチが座卓を囲む四人の顔をぐるりと見回す。


「ま、久が帰ったらにするか」


 静かな空気に耐えられなかったのか、ハチは床から伸びあがると、何度かその場で跳ねて見せた。


 何度飛び跳ねても、その着地音は耳には届かない。

 熟練された音を殺す着地。盗賊職の大事な技能の一つだ。


 この力は、いつ宿ったものなのだろう。生まれつきか、それとも、自分で会得した力なのか。


 もしかすれば、自分にあの強力な魔芯があるからこそ、手に入れることが出来た技能なのかもしれない。

 自分の力一つで手に入れられた力など一つもなく、全て、組み込まれたプログラムなのかもしれない。


 だがもう、それでも良かった。

 どんな経歴、変遷があったとしても、それは自らの力。その力を生かすも殺すも、またそれも自分のみぞ知る。


 もう、迷うことは無い。

 自分が大量殺人兵器であろうと、人工物であろうと、それでもう、足踏みをすることはない。


(俺は、こいつらを守るために力を授かったんだろうから)


 音も無く着地したハチは、軽く息を抜いて、自分を見つめる四人に少し笑って見せた。

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