Chapter24-9
「さてと。あたし、ちょっと道場の方に行くね。みんなはのんびりくつろいでて」
二人の過去の話を終えて数分たった頃、ようやく整理がついたのか織葉は立ち上がって、まだ座ったままの三人にそう言った。
織葉は少し乱れた胴着の襟を正し、腰からずり落ちた袴を持ち上げて正しい位置へと戻すと、もう一度固く紐を結んだ。
「織葉ちゃん、道場で練習?」
立ち上がり身を整えた織葉にゆいが訊ねる。
「そ。家にいる間は稽古しないとなんだ。……父さんに見つかって怒られるのもやだし、おとなしく昼の稽古してくる」
織葉は家にいる間は、朝、昼、夜と三回、稽古をしなければならないと言う決まりがあった。
それは代々続く緋桜家の家訓で、破れば父親からのきつく長い説経がもれなく頂戴できる。織葉は少し面倒そうな面持ちを浮かべると、誰に聞かれるわけでもないのに小さく毒づいた。
「そりゃ大変だな。まぁでも、お前の強さは日々の鍛錬の強さでもあるってことは、戦い方見て分かったわ」
どこから取り出したのか、ハチはまた爪楊枝を咥え、両手を自分の後ろの床について脱力した。
「お前に言われたらなーんか裏があるような気がする」
織葉は後ろ手を突いて脱力するハチに対し、じとっとした目を向けた。
「お前な、人が褒めてんだからありがたく受け取れよ。全く、素直じゃねぇ奴だな」
「今のは織葉ちゃんが悪い!」
何故か噛みつき合う二人に対し、ゆいが一喝。今回はどうやらハチの方へ軍配が上がったようだ。
織葉はわざとらしく首をすっこめる仕草を取り、ハチに舌を出して見せると、部屋から退出した。残された三人はしばし見つめ合い、誰が一番に動いたわけでもなく、ほぼ同時に立ち上がった。
「私たちも解散ってことにしましょうか。ゆいちゃん、ノート任せてごめんなさいね」
「ううん、大丈夫。これくらい任せて。異変を感じたらみんなにすぐに連絡するよ」
ゆいは強く頷いて見せた。それを見て二人の盗賊はにっこりと笑う。
「さてと。とは言ったものの、どうしようかしらね」
立ち上がったはいいものの、具体的に何をするか決めていないジョゼ。
腕を組みしばし頭を悩ませる。組んだ腕の上に、ジョゼの魅力的な胸が乗りかかった。
「ジョゼさん。お風呂屋さんに行きませんか?」
「それだ!」
ゆいの提案に間髪入れず大声で答えるジョゼ。
よく言ってくれたと言わんばかりに目を輝かせ、目の前のゆいの手を取り握った。
「私、ここに来るたびに織葉ちゃんと武郭のお風呂屋さんに行くんですけど、そこ、結構いい感じです」
ゆいの説明を聞き、更ににやつくジョゼ。ジョゼは身支度も適当にして、ゆいの背中を押すように部屋を出た。
玄関で急かすようにゆいに靴を履かせると、ゆいとジョゼの女子二人は、緋桜邸を後にし、武郭平原の村へと繰り出していった。
◇ ◇ ◇ ◇
一人急に残されたハチは、ぼーっと床に座りながら、久々に聞いたタケと久の話を思い出していた。
何度も聞いたことのある二人の話なのに、今日の話はハチの心を何度も突き、揺さぶっていた。
(今までの俺とは訳が違うもんな。やれやれだ)
爪楊枝を咥えたまま口の隙間から息を漏らすと、ハチは服の下にまだ巻かれたままの包帯を、服の上から触った。
何枚もの布が重なった感触が、指を伝った。
今もなお上半身には包帯が巻かれ、その下にはあのクリスタルが光っている。
ハチはもう台所に織葉の母がいないのも確認すると、手裏剣ポーチから一枚の古ぼけた紙を取り出し、目の前で広げた。
『錬禁計画第三十二次・最終報告書 クォーツ』
取り出した紙は、リノリウムの地下で拾い上げた、あの書類の最後のページだった。
今一度ハチは周囲に誰もいないのを確認すると、書類に貼りつけられている色あせた写真を凝視した。
そこにはやはり、瓶詰されているような自分が何人かの研究員と映っている。
(見た感じ、今の俺とほぼ同じ姿、大きさか……)
ふぅと、一際大きくハチが息を漏らすと、咥えていた楊枝がそれに負け、床へと落ちた。
ハチはそれを拾い上げることも無く、書類を握った逆の手を両目の上に当てた。
自分はタケと同い年、十八だと思っていた。
(んなわけあるか。終戦したのがだいたい四十年前だもんなぁ……)
戦闘兵器のひな形として生み出された二武神合戦が終戦し、もう四十年近い。
一体どこまでの記憶が自分が「生まれた」ときからのもので、一体どこからが自分が「意識した」ときのものなのだろうか。
離れて暮らしている両親は、本当に存在しているのだろうか。それすらも、自分に植え付けられた記憶なのだろうか。
(……ま、分からんことを考えても仕方ない、か。俺は俺なんだしな)
ハチは書類をくしゃりと握ると、乱雑にポーチにつこっんだ。
「さてと、俺も部屋に戻るとしますかね」
久しく頭を使うと、急に眠気が襲ってきた。
はやり慣れないことをするもんじゃないなと、一つ欠伸をしたハチは、部屋の隅に置かれていたゴミ箱に咥えていた爪楊枝を捨てると、廊下を辿って元居た部屋へと戻って行った。




