Chapter22-6
久は反射的に空を見上げると、そこには――
「はあっ⁉ 織葉、避けろ!」
「えええっ⁉ なにあれっ⁉」
遥か天空から放たれた、巨大な何か。
それは恐るべき速度で回転し、間一髪その場から離れられた二人の場所に、大地を揺らして突き刺さった。
その衝撃たるや凄まじく、強烈な揺れが五人を襲った。
赤い砂と岩が勢いよく舞い上がり、砂雨となって降り注いでくる。地面には大小様々の亀裂が走り、赤い大地を切り裂いた。
「一体、なんだ⁉」
半歩遅れた織葉を抱えて飛んだ久は、その激しい砂埃の先に何が起きたのか、砂で痛い目を何とか開きながら、その形を捉えようとした。
それは、大きな鉄の塊に見えた。
日光を完全に反射する、鏡のような材質。
とてつもなく大きなそれはトンネルの入り口を見事に塞いでいた。
中央に穴の開いた、巨大な鏡。その鏡は、ひし形に似たような形をしていて――。
「手裏剣!?」
久が抱えたままの織葉が顔を覗かせて叫んだ。
そう、トンネルを塞いだそれは、巨大な手裏剣。直径五メートルをゆうに越すその手裏剣は、刀身の半分以上を、固く赤い大地にめり込ませていた。
「この技は……!」
久は、この技を至極近距離で見たことがある。
こんなバカげた大技を繰り出すのは、アイツだけだ。
「ハチっ!」
久は天を仰いだ。
そこにハチがいると、確信があった。
日光が燦々と照りつける逆光の中、久は間違いなく、崖上で次々に影を圧倒していく一人の人影を見た。
「うおおおおおおおっ! お前らぁあああああっ!」
空中でハチは狂ったように雄叫びを上げ、三枚握った手裏剣を立て続けに四度も投げ放った。
十二枚の手裏剣は一枚として同じ方向に飛んで行かず、全て違う敵を貫いていく。
残るは崖の反対側、数体の影を残すのみ。
ハチは崖ギリギリで足を踏み込むと、そのまま宙へと体を放り投げた。
宙を舞い、一気に距離を詰めるつもりだ。
服が靡き、ズボンがはためく。宙を走るハチに向け、数体の弓を持つ影が、ハチに標準を絞り、矢を放った。
ハチの眉間目がけ、真っ直ぐに矢が空を切る!
「当たるかぁあああッ!」
ハチはそのまま体を逆転のように捻り、一回転するまでに横ひねりを加え、もう一度体勢を元へと戻した。
眼前には、矢をもう一度装填しようとしている、弓持ちの影が二人。
ハチは両手を強く前に突出し、篭手のクリスタルを強く光らせた。
「はあああああっ! も、ど、れぇえええええええええっ!」
ハチの叫び声に呼応するように、篭手の龍が咆哮する。
空気を揺るがす衝撃波が篭手から生み出され、大気がぐわんと歪んで見えた。
その刹那、ハチが先程放った十二枚の手裏剣がどこからともなく舞い戻り、ハチの背後から十二回もの風切音を残して空を切り裂いた。
影が辛うじて一本だけ放った矢は無残にも空中で木端微塵に砕け、その勢いのまま、影を切り裂いた。
崖上から全ての影がいなくなったのを見たハチは、そのまま自由落下し、地面に着地する寸前、くるりと宙返りをして受け身を取った。
ハチは地面で一度前転をし、その勢いを残したまま立ち上がった。
靴が地面を引っ掻き、また少し砂埃が舞う。
「ハチ、お前……」
ハチに五人が駆け寄り、一番近づいた久が難しい表情を浮かべた。
俯いたままのハチも、何も言おうとしない。
「ハチ、あなたその胸の怪我、どうしたの?」
「ジョゼ……」
ぐいと近づくジョゼにたじろぎ、ハチは半歩引き下がる。
ハチの上着の胸元から、あの茶色い包帯が見え隠れしていた。
「ハチくん、大丈夫なの? 治癒魔法しておこうか?」
「あぁ……ごめん……ごめんな……」
「ハチくん?」
ハチの無駄の無く鍛えられた膝ががっくりと折れ、その場に力なく折れた。
こいつらの前で涙するのはいつ以来だろう。顔を傾け、ひどくて見せられない顔を伏せた。
「ハチ」
俯くハチの視界に、一足の靴が映る。このブーツは、久の物だ。
「久、俺――」
「来てくれて、ありがとうな」
そして、槍手の大きな逞しい手が、目の前に現れた。
「久、俺はこんななのに、俺を、俺の手を握ってくれるのか……?」
ひどく涙で汚れた醜い顔を、ハチは久に向けた。
(こんな自分勝手で、わがままで損得しか考えないような――人間でない者の手を――また、繋いでくれるのか?)
「当たり前じゃないか。ハチはハチ。それはどこまで行っても変わらないだろ? 本当に来てくれてありがとう。マジでやばかったんだぜ?」
久はいつも通りの子供の様な笑みを思い切り浮かべ、ハチの手を強引に握った。
(そうだ、いつもこいつはこうやって手を取り、俺を楽しい方向へ導いてくれた。こんな、こんなに――)
「……こんなに嬉しいことは無いな」
ハチは大粒の涙をぼたぼたと流しながらも、いつもの笑みを見せ、久の手を取って立ち上がった。




