Chapter21-6
二武神合戦。
それを知らない人はユーミリアスにはいないだろう。
それはユーミリアスの歴史上、最大の戦争。約四十年前に勃発し、三年間も休むことなく続いた、残虐な数年間。
大陸を二分したその大きな戦争は、長い歴史を持つユーミリアスの中で最も長きに渡り、最も多くの戦死者を出した。
戦争勃発のきっかけは、一人の盗賊が一人の戦士を殺してしまったのだと聞く。
小さな諍いは次第に大きな波紋となり、大陸全土を覆うほどの大戦となってしまった。
戦士は弦使いと組み、盗賊は魔法使いと共闘した。
二分された四つの業種は自分たちの武神を勝利の女神としてあがめ、理由も果てもない無意味な戦争を続けた。
瞬間火力と超遠距離からの攻撃を兼ね備えた戦士と弦使いの軍は次第に優勢となり、大陸の至る所で敵軍を制圧した。
勿論、魔法使いの魔力壁や盗賊の手数の多さに悪戦することもあったが、それも時間の問題であった。
未だ陥落していない魔法使い、盗賊軍の都市が二、三個と迫った終戦半年前、最後の砦となっていたある工業都市で、一つの兵器の開発が提唱された。
それは、魔力を生命とする、操り人形。
幾度となく議論が交わされ、決して行うべきではないと結論付けられた錬金術――
長きに渡って他者を殺すことだけを考え、疲弊しながら生きてきた人間たちによって、それはとうとう封が解かれた。
錬禁術・涜神法。人造人間。
命は何にも等しく、絶対に侵されることのない、完成されたもの。それを人の手で作る行為は神への大きな冒涜として涜神法と呼ばれ、封印されていた。
しかし、自軍の勝利と敵軍の抹殺のみを考え生きていたその時代の人々は、その術を思い出すが否や、缶詰を開ける動作と等しい程の手つきで、その箱を開いてしまった。
人造人間を得る手法は、当時の技術でも難しいものではなかった。
まず一つ、特別強い魔力を秘めたクリスタルを埋め込んだひな形、所謂マスターモデルを作る。
そして、それから得た遺伝子の情報、とりわけ戦闘能力だけを模倣し、錬金して増殖させる。
たったそれだけだった。
「笑わせてくれるよ……それが、俺だったなんてな!」
ハチは力強く、自分の左胸に右手の指を突き立て、その爪を服の上から食い込ませた。
手裏剣を握るハチ自慢の握力は、簡単に服を貫き、自分の胸に突き刺さった。
血が流れる。胸に突き刺さった五本の指先から、流血しているのが分かる。温かくも、粘り気も無い。ただただ、赤い水。
(もう、こんな体だって――)
指先だけだったハチの指が、第二関節まで、自分の体に食い込んだ。
「ごめんなんだああああああああっ!」
ハチは爪で引き裂くように、突き込ませたままの指を右胸の方へ引き裂いた。
指に、皮膚と肉を次々に分断させる、気持ちの悪いぶちぶちとした感触が走る。
胸と腹、服装は真っ赤な鮮血に染まり、爪と指の隙間に肉が詰まっていく。
胸を完全に抉り斬ったハチの手は、だらりと垂れていた。
肘まで赤に染め上げ、中指からは付着した鮮血が滴り落ちている。
風が、染みた。
心に、染みた。
赤い大地に吹く熱い風は、ハチの胸の中、内臓にまで響いた。
血が抜け、空洞となった肉の洞窟の様なハチの体内を、即座に乾かし水分を奪うかのように、熱波が肉壁を撫でた。
赤砂の大地に一人、太陽を見上げ立ちすくむ一人の手裏剣使い。
その男の胸の中、心臓がある部分には、雫の形をした赤いクリスタルが、まるで脈拍のように光を強弱させながら、強く生きていた。




