Chapter21-1
砂漠を抜けて
影とは、非常に不定型な存在だろう。
何故なら、個々の存在でもないし、何かが光を遮らねば生まれることも無い。
その反対で、消滅も容易だ。
ある物を別の物へと変える術。それが錬金。
変化させたい媒体に魔力を加えることで、元の物から大きくかけ離れたものへ変化させる技術。
だが、こうは考えられないだろうか。
「人」が媒体で、魔力が「日光」とすれば、その錬金で生まれる物は「影」。
光を遮れば影が出来る。それは至極当然のこと。
だが、それは意識していないだけで、自然が生み出した錬金なのかもしれない。
「影は光を遮ったから、出来ている」
こんな考えは、単なる思い込み。
その事象を分かりやすく、勝手に認識しているだけではないのか――
呆然とする頭の中で、根拠も、文献も、そして自信も――何もない仮説がタケの脳裏に途切れ途切れに浮かんでくる。 タケは冷たい床にだらしなく座り、ぐったりと壁に背をつけ、首を左肩に預けるように傾けている。
釈然としない頭で周りを見回すと、そこには同じような体勢の四人と、何も言わず立ったままのハチ。そして、この研究所の局長の男が一人。
計七人は、仄かに魔力の光が立ち込める、四畳ほどの密室に居た。その密室は、同じ感覚ですこしずつ揺れながら、微かな重力を体に感じさせていた。
これはいわゆる、浮遊の魔法が応用されている昇降機で、人や資材を運ぶためのものだ。
ハチに間一髪で助けられた全員は、程なくしてここからの脱出を試みた。
そして一行は、魔力察知能力が高いゆいが部屋の隠し扉を見つけ、その先にあった、上がりのみの魔術が施された昇降機に乗り込んだのだ。
行きは局長の転移魔法により一瞬だったが、帰りはそうは行かなかった。
転移は一瞬でかなりの距離を移動したらしく、乗り込んで五分以上が経過しているが、一向に地上に到着する気配は無い。まだまだ上がり続けている。
三百秒と言う僅かな時間が、この密室では驚く様に長い。もう何時間と上がり続けている様な感覚が、乗員全員を襲う。
弱度の乗り物酔いにも似た居心地の悪さが、喉の奥に広がり始めたのと同じ頃、一つ今までより大きな揺れが起こり、昇降機は上昇を停止した。
すると、まるで一枚の板のような継ぎ目のない壁に一筋の切れ目が入り、両開きの扉のように開いていく。
途端、扉の隙間から強烈な光が差し込み、全員が目を伏せた。
「みなさん、大丈夫ですか⁉」
密室内で開き切った瞳孔に、外の光が未だ対応していない。
強い逆光の様な先に、一人の人物が立っている事だけが分かった。いや、その後ろにも、数人の人がいる。
「あ、あなたは」
ようやく光に慣れた久が声をもらす。
扉を開いた先、一番先頭に立っていたのは、久を第一研究所まで案内した局員だった。
「みなさん! 成功です! 先程から、大陸全土で影の消滅が確認され始めました。同時に、ヘリオの掌握も解除されたようで、今はこちらで制御が出来ています!」
「そう、ですか。それはよかった……」
久は今までにないほどの脱力をした。
今回の事象は、長い歴史あるユーミリアスの中でも、最悪の部類に入っていい歴史となるだろう。雹の行った影による破壊行動は、到底許される事ではない。
だが、そのようなテロ行為を、起きてはしまったが収束することは出来た。久を含め全員が、大きさのまばらな溜息をもらした。
「局員さん。局長をよろしくお願いします」
タケが局長を肩にかけて持ち上げると、久の横へ立ちあがった。久はすぐさまタケに力を貸し、そのまま数人の局員に局長を預けた。
三人ほどで抱きかかえられた局長は未だ気絶しており、首や手をだらんと力なく垂らしている。そのまま局長は奥の部屋へと消えて行った。
昇降機から出ると、そこはどこか分からない廊下の様な場所だった。左右に長く廊下が伸びており、等間隔に扉が設けられている。
どうやらここは個人の研究室を集約した場所であるようだ。
振り返ると、昇降機の出口は部屋の柱に同化するように設けられていた。すると昇降機の扉はゆっくりと閉じ、その扉をすっかりと消してしまった。
「みなさん、この度は本当にありがとうございました」
出迎えてくれた局員は扉の消失を確認すると、六人へ深々と頭を下げた。
「申し遅れましたが、私はこの研究所の研究主任を務めている者です。局長に代わり、お礼申し上げます。研究所を、そして、ユーミリアスを……本当にありがとうございました。あなた方が来てくれなければ……」
大陸は崩壊していただろう。
全員の頭に主任が言わなかった言葉の先が浮かんだ。
考えれば考えるほど恐ろしいその事象を防いだことで、改めてその恐ろしさの実感が襲ってくる。
この大陸を脅かすほどの危機。そして、それを恐らく平然とやってのけたであろう雹に、恐怖を感じ取らずにはいられない。
「みなさんが“地下”に行かれている間に、さらに多くのことが判明しました。すぐにご説明しますが、ここでは落ち着けません。応接室にお通ししますので、そこでお話しします」
六人は一度顔を見合わせると、ハチ以外が頷き合った。
その反応を見た主任は、六人を応接室のある二階へと誘導した。




