Chapter20-5
「なんだ!? いきなりどうしたんだ!」
クリスタルは魔力を発するとき、必ず発光する。ゆいの杖も、ジョゼの篭手もそうだ。
だが、この光の強さは桁が違う。
ヘリオが元より持つ、圧倒的な魔力量。それを凝縮し、放ったかのような、とてつもない光。
瞼を閉じ、手で顔を覆ってもなお、強い光を感じる。瞼の毛細血管が強く光で照らされ、視界いっぱいに赤の世界が広がった。
衝撃波のように、光で圧倒される。
しかし、若干光が弱まった気がした。
赤の世界が、赤黒の世界に変わろうとしている。
(これは……?)
久は手を退け、極力ゆっくり目を開いた。依然として隙間から入り込む広い光は強烈だったが、なんとか久は目を開いた。
(ここが、零番研究所か――)
ヘリオは局長の言う通り、ヘリオは部屋の全てを照らしていた。
黒基調の部屋とばかり思っていたが、実はすべて柔らかな黄緑色だった。
複雑に組み込まれた木造の部屋。天井は半球状に閉じており、教会の鐘楼塔のように、規則正しく六角形がに組まれた梁が目を引く。
光に照らされ明暗のはっきりする室内。ヘリオはその巨躯の中で魔力の粒子をゆっくりと揺らめかせながら、緑色に輝いている。
「これが、ヘリオ……」
見ると、もう全員の目が開いていた。
ジョゼはあまりの美しさに言葉を漏らした。全員の視線の先のヘリオは、まるで無数の蛍の集まりのように、光にゆっくりとした強弱をつけながら、光っている。
優雅にも光り続ける、聖なる光とでも表現すればいのだろうか。呼吸をしているかのような緩急のある光が、床の隅々まで光を行きわたらせた。その刹那――
「久っ!」
「あぁ、くそっ!」
そろってタケと久が毒づいた。
無理もない。白く照らされる真っ白の影なき床から――生えるように大量の影が現れた。
床から黒い水が湧きあがるように、ぬるぬると集まり、何体もの影を生み出した。その数、五十はくだらない。
上半身を床から出現させ、手にしている様々な武器を五人に見せつけている。
どれも一様に、命を刈り取るだけの、冷たく鋭利なフォルム。
五人は瞬時に集まり、背中をつけ合うようにして身を固めた。
部屋の片隅では局長が意識を失い倒れているが、影はそれに見向きもしない。
眼中にあるのはチーム久の滅殺。
穴が開いただけの影の目から、明確な殺気がだらだらと溢れている。
「この数、やばいわ……」
次々と生えてくる影を見て、ジョゼが一筋の汗を流した。
先ほどまでは二桁の数だった影は、室内に溢れんばかりの数、百体は生み出されていた。
あたり一面、黒が迫る。一様に武器を持ち、瞳のない目で久たちを捉えている。
「くそっ!」
久が自分に接近していた影の一人を一突きした。
影は音もなく消滅する。何もなかったかのように。
「久くん、これはまずいよ。私たちが一人倒す間に、十体は出現してる!」
ゆいが氷柱を放った。杖から撃ち出された透明度の高い氷柱は一直線に飛び、影を三体ほど貫通した。
だが、その倒れた影の脇から、倒した数の倍近い影が出現しようとしていた。
手を床にかけ、自らの体を床から引っ張り出すように、ずるずるとその体を現していく。
今やどこに剣を振り回しても複数の影に当たるだろう。
六人で一気に突撃すれば、扉までの退路は開けるかもしれない。久ははるか遠くに見える木造の観音扉に目をやった。
「な⁉ 盾持ちまで……!」
久の視線の先、観音扉までの一直線距離を防ぐ、半畳ほどの六角形の板。影の中に、盾を持つ者も現れていた。
その数、今で六体。
出現する影の装備はランダムのようだが、この出現頻度だ。自分たちの見えないところでほかの盾持ちが湧いているのは間違いない。
一対一であれば、槍の久でも弩のタケでも分があるだろう。しかし、今は盾持ちに時間を割くことはできない。全てを一撃で崩さなければ、全員が出口にはたどり着けない。
だが、斧やハンマーなどの鈍重な破壊武器がなければ、盾の一撃粉砕は難しい。
ややスピード重視のチーム久とは、非常に相性が悪い相手だ。
影たちはみな一様に、五人を凝視しながら、足もとの影を引きずるように、重い足取りで全方位から迫ってくる。
五人はとうとう、部屋の中心、元凶であるヘリオに背中をつけるまで後退してしまった。
氷山の一角のように頭を見せるヘリオを取り囲むように、六人は円形に広がり、目前にあふれんばかりの影を睨む。もう、後は無い。
足取り重くじりじりと迫る影は、全員の目の前数メートルでその動きを止めた。
しかし、武器を構える腕は下げようとはしない。逃げ場のない五人と、場を制圧する数百体が、互いを睨みあった。
(久、こいつら――)
(ああ、間違いない)
弩使いと槍使いは、互いに苦しさの移る視線を送りあった。
一瞥する暇も、毒づく余裕もない。なぜならこれは――
全員が一斉に襲い掛かろうとしている合図なのだから。
タケと久の考えがまとまった刹那、影は一度片足を後ろへ踏ん張ると、その勢いを全く殺さず、空中へと飛び上がった。
黒い飛蝗のように見えた。
前列から恨めしいほどに規則正しく飛び上がり、それは巨大な波のようにも見える。盾持ちだけが扉の前に残り、その他全員は部屋の中央向かい、飛びかかってくる。
久たちに向けられる、無数の刃。幾多の銃口。
久の槍捌きがどれだけ早くても、ゆいの魔法障壁がどれだけ堅くても、この数を圧倒できない。
槍は折れ、防御壁は破られる。迫りくる数多の命を刈る道具を前に、久もタケもジョゼも、目を閉じざるを得なかった。
視界が黒に染まる。何百体と群れた影が一斉に飛び上がり、その黒で視界を染め上げる。
時に光る刃の銀が、流れ星のように幾つも光る。
その星は全て、五人に飛んでくる。
もう、目を閉じているのか開いているのかすら、分からない。
もみくちゃに荒れる世界の中、久の耳にぐさりと、何かが食い込む音が耳に届いた。
その音は自分から発したのか、それとも、先程まで隣にいたタケのものか。それとも、誰かに何かが突き刺さった――
(……?)
――気配はない。誰も、死んでいない。目の前は依然黒のままだが、久たちに迫りくる無限に近い殺気が、室内から消えている。
冷ややかな刃物の煌めきも、命を打ち抜く銃口の鈍い輝きも、全てが、無い。
影の如く、その場に何も無かったかのように。
「これは……どういうことだ……」
久は目を見開いた。そうせざるを得なかった。
視界いっぱいに広がる黒は、影の黒ではない。それは、先程までの薄暗い室内の色だった。
ヘリオはまたしても力を失ったかのように弱々しい輝きに戻っており、室内の明かりを極限まで落としている。
「一体、何が……?」
全ての元凶である、背中に貼りつけたままのヘリオに、久は目をやった。
視線の先、そこには最初、この部屋に入った時よりも弱く光を放つ大きな巨岩、ヘリオ。
――そして、その巨大鉱物に突き刺さる、一枚の手裏剣。
久の首が反射的に真後ろを向いた。
脊髄反射の如く振り向いた先には既に、扉の前で八朔が佇んでいた。




