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クランクイン!  作者: 雉
錬禁術の街
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Chapter20-3

「久!」

「みんな! 無事だったか!」


 研究室の大きな観音扉を開くと、そこには見知った顔が揃っていた。

 タケに織葉、ジョゼとゆい。それに、一人の研究員が大きなクリスタルの前で久を待っていた。


「ハチは?」


 久はぐるりと室内を見回したが、最後の一人、八朔はちさくの姿が無い。


「それが、ハチとだけまだ合流出来てないの」


 服のあちこちが破け、裂けているジョゼ。崖にひどく擦られながら落下した跡が痛々しく残っている。


 ジョゼも同じく、気付けば砂漠に転移していた。

 幸いにも近くに大陸列車の鉄道が走っており、それを辿って街に向かっているうちに、ゆいと合流することができたのだと言う。


「そうか……。それより――」


 ハチならきっと大丈夫だ。誰よりも強い。

 久はジョゼの横に立っている、研究員へ向いた。


 初老の男性で、同じく白衣を着ている。男性は久に会釈をした。


「すみません。このような事に皆さんを巻きこんでしまって…… 私はこの研究所の局長を務めている者です。まず何より、影の討伐、ありがとうございました。心よりお礼申し上げます。お怪我などはありませんか?」

「大丈夫です。――ここリノリウムにギルド支部は無いのですか?」


 久は街中を走り抜けながらも、ギルド支部を探していた。

 リリオットやセシリスには支部は無いが、カルドタウンやリノリウムのような大きな街には必ずギルド支部が置かれている。有事の際はその人員が戦闘を行ったり、街を守ったりするのだ。


「いえ、この建物の北側にあります。ですが、今は殆どが他の災害救助任務に出てしまっていて、数人しか駐在していません。そんな時に影が現れたものですから……」


 戦闘慣れしたギルド員は留守だった。

 それを狙ったかのように、影はこの地、クリスタルの力を得て、突如として現れた。


「それで、分かったことというのは?」


 タケが切り出した。


「はい。順を追ってご説明します」



 ◇ ◇ ◇ ◇



「クリスタルへの外部干渉?」


 五人は食い入るように局長の話を聞き始めた。


「はい――今日の正午くらいでしょうか、この研究所の一番大きなクリスタルが制御不能になったのです。原因を究明したところ、何者かが強い魔力でクリスタルを乗っ取ったのだと判明しました。それも、ここから探せないほど、遠くからです」

「そんなこと、出来るんですか?」


 ゆいが魔力と聞き、不安な表情を浮かべた。


「理論上は可能ですが、現実的には不可能に近いことです。一番大きなクリスタル、ヘリオと呼ぶのですが、ヘリオは強固な防護魔法が施されています。その防護魔法を破るなんて並大抵の力ではありません。しかも、それがここからではなく、遠く離れた場所からであるとなると……」


 リノリウムの心臓、ヘリオと呼ばれるクリスタルは当然ながら堅牢に守られていた。筈だった。

 大きく、重要な錬金の際にのみ使われる純度の高い強力なクリスタルとされるヘリオを掌握し、思うがままに操る犯人。それはおそらく――


「雹の仕業か」

「だろうな」


 相当な力だ。四人は恐怖を感じた。

 彼の力は遠くこの地から離れた場所から、街の心臓ともいえる巨大なクリスタルを自由に操ることができるのだ。局長の発言通り、並大抵の力ではない。


「そういえばここに来る前、住民がみんな砂漠へ逃げていたけど、あれはどういう意味かしら?」

「あ、そういえば俺もそれを聞いたよ。なんでも砂漠は安全とかなんとか。確かここからの情報とも言ってたけど」


 ジョゼの発言で、久の頭にあの親子の姿が映し出された。無事に砂漠まで非難できただろうか。


「えぇ。その報告を街全体に出したのは私たちです。突如現れた影たちを調べていくうちに、あることが分かったんです」

「あること?」


 タケが首を傾げる。


「まずはあの影たちの正体ですが、あれは錬金術で生み出されたものです。元の物質を“影”として、そこに錬金を行った、ありえない存在です」

「影を元の物質に?」


 ゆいが更に驚きの声を上げた。


 錬金術はすべて解明されているものの、高度な技術であることに違いない。

 元の物質に魔力を加え、異なるものに変化させる。これを行うには、錬金術を施す元の材料が、しっかりと安定していなければならないのだ。


 だが、今回は“影”という、触れることもできない非常に不安定なものが元になっているのだという。石を鉄に変えるのとは大きく訳が違う。


「あり得ないことばかりです。おそらくはその滅茶苦茶な魔力の所為だと思われますが…… そこで私たちは一度影の構成は置いておいて、出現について調べたんです」

「それが砂漠とどういう関係が?」

「あの影たちですが、皆様もご覧になった通り、影から生まれます。ですが、人影と雲の影からは生まれないということが判明したんです。ですから、何の障害物もない砂漠へ住民を避難させたのです」


 全員は思い返していた。この場所にたどり着くまでの経緯を。 

 確かに誰も、あの砂漠を歩いているときに影に遭遇していなかった。それは偶然ではなく、影が生まれられない場所だったのだ。


「それと、極端に小さな影からは生まれることは出来ないようです。ある程度の大きさ、最低でも人が一人すっぽり収まるくらいの大きさが必要みたいです」


 全員はほっと胸を撫でおろした。

 それなら砂漠は確かに安全だ。人と雲以外の影はないし、小さな植物くらいでは出現できない。水分などの食料問題さえクリアできれば、なんとかなりそうだ。

 そのあたりの問題も、おそらくギルドがもう動いていることだろう。


「ですが、大きな危機回避にはなっていません。ご存じのとおり、大陸全土に影の出現が確認されています。ここは砂漠がありますが、他の地では防ぎようのないところも……」

「そうだったな……」


 この影の出現はこの地だけではない。

 自分たちだってリリオットの森の中で襲われたのだ。思えば、あの森の中は影しかなかった。

 木々が天井のように覆っている。全て地面には何かしらの影がある場所と言ってもいい。


「それで、問題のクリスタルですが」


 タケはすぐ隣にある大きなクリスタルを仰ぎ見た。

 天井まで十メートルはあるであろう高さに、青色のクリスタルが収まっている。


「いえ、これはヘリオではありません。ヘリオはこの地下、零番研究所にあります」

「零番?」


 タケが目を丸くする。


「はい。そこは普段、立ち入りを禁止されている場所です。知らない人の方が多い筈ですが、どうして…… いえ、そんなことより、皆様をそこにご案内します」


 局長は唇をかむ力を緩めた。

 どうしてヘリオを知っていたのか。どうやって遠く離れた場所から操っているのか。影どうやって媒体にしたのか。


 様々な謎が恐怖や不安となって押し寄せている。研究しつくされたはずの錬金術は、まだ謎を秘めているのかもしれない。


「でも、私たちそこに入っていいのかしら? 見知ったギルド員ならまだしも、初対面な訳ですし……」


 ジョゼの発言も最もだった。

 いくらパートナーチームだとしても、出会って数時間と経っていない。向こうからすれば、こちらは素性の分からない人たちの集まりであるのだ。

 そんな自分たちがそんな大事な部屋に入ってしまっていいのか。


「……お恥ずかしながら、私たちは今、あなた方しか頼れる方がいません。こちらこそ出会ってばかりの方にこのようなことを頼んでしまって、申し訳ないと思っています」


 まさに、藁にも縋る気持ちなのだろう。

 この地方のギルドがほぼ不在な今、所員たちが頼れるのは久のチームだけだった。


「分かりました。そこへ案内してください」

「ありがとうございます! こちらです!」

 

 久は一瞬、全員の顔を見回すと、満場一致の回答を代弁した。


 五人は局長に連れられ、部屋を反時計回りに進んだ。

 クリスタルをぐるっと回るように、部屋の反対側、研究所の奥へ進む。そこには鉄製の観音開きの扉があった。


 扉はその見た目に対し、音を立てることもなく、軽い力で開いた。

 中は薄暗いが、僅かに光が灯っている。


 そこは書庫だった。木製の重く古い本棚が奥までずらりと並んでいて、さながら小さな図書館のようだ。

 本棚の端には分類ごとの看板が付けられており、とても丁寧に整頓されている。


「ここにあるのは、何の本ですか?」


 タケが視線をあちこちに動かしながら問う。


「ほとんどが錬金術に関する書物です。あとは今までの研究書類や論文などでしょうか」


 言われてみれば、背表紙には錬金や手引きなどといった単語がよく見られた。その他は局長の言った通り、いくつもの書類束や背表紙に、「報告書」や、「~対する研究」などと書かれている。


「みなさん、こちらに立ってください」

「ここですか?」


 局長が指差した先に、久が疑問を抱いた。

 差した先は何でもない。ただ、書架のど真ん中の廊下だ。


「はい。こちらです」


 久たちは一瞬顔を見合わせると、言われた通り、そこへ固まった。


「行きますよ。――転移、零番回廊」


 局長がつぶやいたのと、目の前が変わったのは同時だった。

 五人と局長は先ほどまでとは違う場所、暗く、冷たい廊下に固まって立っていた。

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