表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クランクイン!  作者: 雉
神々の温泉郷
122/208

Chapter18-1

神々の温泉郷



「もうそろそろ、来る頃じゃないか?」


 ざざあっと水が激しく落ちる音が響く中、久はやや大きな声を上げた。

 足元すぐには川があり、森が磨き抜いた美しい水が絶え間なく流れている。岩の上には沢蟹(さわがに)が子連れでとことこと歩いており、その岩にぶつかる水流が時々水しぶきとなり、宙を舞う。


「物語なんかで滝の裏に洞窟が、みたいなのはよくあるけど、本当に実在するんですね!」


 久の横でゆいが答えた。ゆいも滝の音に掻き消されないよう、腹から声を出した。 


 既に、滝の裏の洞窟には、久、ゆい、ハチ、織葉の四人が揃っていた。

 村長宅を後にした六人は、更に注意を払い、二人組になって村を適当に歩き回ったあと、時間差で滝の裏に入ることにした。

 それで、残るはタケとジョゼの二人。四人は滝を内側から見ることが出来るという不思議な場所で、二人の到着を待っていた。


「しかし、この先に進むのかぁ。真っ暗すぎてちょっと腰が引けるな」


 滝の反対側、洞窟へと続く方向を見て、織葉が冗談をめかす。滝は村側と洞窟側の二方向に流れており、洞窟の闇の中へ流れ込んでいる。

 奥の方から水の流れる音が反響し、ごうごうと音を立てている。先は、全く見えない。


「おまたせー」


 そこにジョゼの声が響いた。見ると、滝のすぐ横の隙間から、ジョゼとタケの二人が姿を現していた。


「よし、揃ったな。それじゃあ暗黒の洞窟を攻略するとしますか」


 そう笑って言うと、久は右腕を前へと突き出した。その手首ではブレスレットが出番とばかりに光って見せた。


 六人は水の流れ込む洞窟を、片手を壁につけながら、ゆっくりと進んで行った。

 滝から数メートルは岩石で出来た天然の川岸のようなものがあり、その上を歩くことが出来たが、いつしかその道は無くなり、六人はざぶざぶと水の中を歩いて進んでいた。時には膝の上あたりまで浸かる水深の場所もある。


 洞窟はやや曲がっていたり、多少の段差はあるものの、分かれ道などは無く、村長の言う通り一本道だった。常に緩やかな下り勾配で、水の流れは入り口と変わらず、しっかりとした流れを保っている。


「これは中々しんどいな。水も冷たいし」


 先頭を行く久が膝まで浸かる水深を一瞥した。数十分と水に足をつけ続けていると、体温がどんどん足底から抜けていくのが分かる。

 滝から流れ込む水は、きんとする程に冷たい。

 しかし、座って休憩できるような場所も無いので、久は足を止めず進み続けていた。


「もう滝も見えなくなっちゃったわね。百メートルは来たかしら?」


 ジョゼが一度振り返り、すぐに前を向き直した。入り口の滝はもう見えなくなっており、前も後ろも闇が迫っている。 幸い、六人集めたブレスレットは、十分な光量があり、前後数メートルは照らせていた。


 誰かにつけられている様な感覚や、見られている様な嫌な感覚はなかった。もうリリオットにを発ったとばれているかもしれないが、この道を使って森に出るとは予想されていないだろう。


「ん? 滝か?」


 先頭を行く久が足を止めた。全員もそれに従い、ブレスレットを着けている腕を各々前に出した。


 見ると、目の前数メートルほど先で、川の流れが真下に落ちている。久はざぶざぶと滝のすぐ上まで進むと、明かりを頼りに下を覗き込んだ。


 見ると、滝は四、五メートル程のものだった。

 滝壺から川は更に左右に枝分かれし、二方向に伸びている。滝の前には狭いが、開けた広場のような場所があり、その先に、更に奥へと続く洞窟が見えている。滝を降りた後は、その先へ進んで行くようだ。


「久、どうだ?」


 タケが久の横へ並び、同じく状況を確認する。


「水を行くのはここで終わりみたいだ。だけど一気に対岸までは飛べそうにないな。降りて向こう岸まで泳ぐしかなさそうだ。ちょっと先に降りて見てくる」

「分かった。気をつけろよ」


 久は頷くと、軽い足取りで滝に飛び込んだ。直後、ざぱん! と着水する音。


 ジョゼたち四人もタケのすぐ後ろに着き、下の方を伺っている。

 数秒後、水面に久が顔を出し、滝の上を見ながら、頭の上で手を丸の形に組んで見せた。タケが親指を立て返事をすると、久は泳いで陸に上がった。


「滝壺は深いが、それ以外は大丈夫だ! 下に岩も無い! ちょっと真っ直ぐ泳げばすぐに足がついたよ!」


 陸に上がった久が、頭をふって水気を飛ばしながら、滝の落水音に負けないよう、大声を張り上げた。タケは「分かった!」と大声で返事をした。


「聞いた通り、大丈夫だそうだ。オレは最後に飛ぶ。後ろの安全を確保しておくよ」


 タケは後ろへと少し戻り、進んで来た方向を向いた。


「りょうかいっ。あたし、刀を縛り直すから皆先に飛んで」


 織葉は腰紐を結び直しはじめた。


「それじゃあ先に跳ぶわ。下で待ってるね」

「お先ーっ」


 そう言うと、ジョゼとハチが二人飛び込んだ。ざぶんざぶんと、二つの着水音が聞こえる。


「よし、それじゃあたしも飛ぶね」


 腰紐を結んだ織葉はやや助走をつけ、滝に飛び込んだ。先程よりやや激しい音が鳴り、織葉も着水した。


「じゃ、じゃあタケくん。先に行くね」


 ゆいは恐る恐る滝ぎりぎりまで進むと、軽くジャンプして飛び込んだ。


 ざぶぅん。


 ゆいは足先から綺麗にまっすぐ落ちた。

 先程まで足にだけあった冷たい感覚が、一瞬にして全身に回る。ゆいは水中で両腕両足をくるくる回して、前に進んで行く。久の言う通り、滝壺は思った以上に深い。


(よし、足がついた)


 しっかりと目を閉じているゆいの足に、岩の感覚があった。ゆいは息を整えながら、まだ水中に浮いたままの片足を、一歩前に出した。


(んんっ⁉)


 前に足を踏み出そうとしたその瞬間、岩の上の片足が滑り、ゆいは水中で思い切り体勢を崩した。

 前のめりになるように倒れ込み、体がもう一度滝壺の方へと押し流される。いきなりのことに口から空気を吐き出してしまった。


 体内に水が流れ込み、空気を失ったゆいを、一瞬にして滝壺の底へと連れ去った。


(んんんっ! 息が、いきができない……っ 溺れ、る!)


 必死に水面に手を伸ばしても届かない。

 滝壺に押し寄せる水量が、ゆいの足首を掴むように、下へ下へと押し込む。


 どちらが上で、どちらが下か分からない。苦しい、苦しい、苦しい。

 暗転し回転していく冷たい世界の中で、ゆいの唇に何かが触れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ