Chapter17-5
「そう、久の言う通りだ」
そして久に代わり、タケがまた口を開いた。
「最初の一件、ゆいの誘拐とセシリス襲撃は、気付いた時にはノートに書かれていた。二件目のセピスについては書きこまれる瞬間こそ見たが、オレたちの行動の方が遅かった。この二つはまるで、未来予知か欲求の具現化のように見えたんだ。だが、今回の劫火煌月については、そうならなかった。その時気付いたんだ。敵側も誰かに動かされているのではないかって。オレたちと同じように、このノートを持っていて、指示を待ってるのかもしれないってな」
「なるほどな。ハチの言ったような、敵の更に幹部みたいな奴らが、氷室たちに指示して動かしてるってのはあり得そうな話だ。校長先生の言ってた、何か大きな力ってのは、こう言うことかもしれないし、大きな戦力として杖を手に入れておきたかったのだとすれば、筋も通る。……しかし、なんで俺たちにも伝えるかが謎だな」
タケの見解を聞き、頭で整理していた久が口を開く。見えている敵がほんの一部で、更に上にそれを操る人物がいる。
氷山の一角だ。天凪校長が予見した、自分たちの思っているより大きな何かが動いているという発言が、急に現実味を帯びてくる。
「ゲーム感覚? みたいなもんか? 俺たちと部下を競わせて、どっちが先に杖を取れるかを見て楽しむ。みたいな」
ハチが自分なりの見解を答える。ハチ自身、タケのような理論的な所までは考えが至らないが、敵が自分たちを弄んでいるのではないかという考えまでには至った。
「しかし、厄介だな。俺たちはノートに書きこまれてからしか動けない。どうしても後手に回ってしまうし、戦力が計られているのも痛いところだ。更に上の奴が俺たちと敵に同じ命令を出しているとしたら、益々先が読めないし……。行動予定が立てられないぜ」
「やっぱり、風呂どころじゃないな」
タケの一言で場に静寂が戻る。
男三人は風呂云々よりも、今後の相手の行動が読めないことにやり辛さを感じていた。
「久、どうすんだ?」
ハチが疑問を投げかける前より、リーダーの久は頭を悩ませていた。今後、どのように動くのが安全で効率が良く、敵の裏をかけるのかと。
カチリコチリと、敵を刻む時計の音だけがその場に流れ、しばしの時も流れる。
「タケ、ハチ、俺たちの今後の行動を聞いてくれ」
数秒のち、久は重い頭を上げ、研ぎ澄まされた真剣な瞳を二人に見せた。
「いいか、俺たちはこれからその温泉郷に向かう」
「……本気か?」
「え? まじで?」
その意外な一言に二人は驚きを隠せない。
いつ書き込まれるかわからず、必ず後手に回らなければならない不利な状況。それに、風呂では全ての装備を外し、大きな隙を作ってしまうと結論付けた。
それでいて、リーダーが下したその行動の目的は何なのか。二人は久の次の発言に聞き入ろうと、聴神経を集中させる。
「マジだ。勿論、ここに居座ると効率が悪いってのもある。だが、今回は効率目当てじゃなくて、相手の能力を見極める。敵側が俺たちの能力を知っているように、俺たちも今回、別の場所に赴いてそれを調べるんだ」
「それは……どうやって?」
久の力強い発言に、疑問符を抱くハチ。二人はまだ真意を理解できない。静かに待つ二人に、久は続ける。
「俺たちはこうやって六人、難はあったが無事合流出来た。セシリスやセピスの破壊は、それを邪魔するためだったんじゃないかと俺は考えてる。これから先、俺たちをおびき寄せるためにどこか襲撃するにしても、あれだけの魔法は使ってこないと思う。大きなチームやギルドだって、これには動いているだろうから、リスクが高まってる筈だ」
セシリスとセピスを襲った、ピンポイントな地割れ。上級魔導師級のあの攻撃は、そう易々と行使できるものでは無い。
無差別に攻撃をするにしても、村一つほぼ壊滅させる行動は、敵側にとってもかなり大胆な行動であるし、そんなリスキーな行動を雹たちがこれから先、何度も行って来るとは考えにくい。
現に、二つの村の壊滅のニュースは、大陸全土に広まっている。多くの人が警戒し目を光らせるこの状況で、またしても大規模な破壊行動に移るのは敵側としても骨が折れるだろう。
「それと、さっきティリア村長に訊ねてきたんだが、もうこの大陸には劫火煌月のような、所持するだけで圧倒的優位に立てる武具は存在しないそうだ。街や村を攻撃する必要もない。最強の武器を探す必要もない。となると敵の狙うものが一つに絞れてくると思う」
久からその答えは聞くまでもない。敵の狙いは間違いなく、この6人だ。
「……天凪校長は俺たちの生死は問わないと言っていたけど、邪魔者であるのは確かだ。次に行動を起こすとすれば、直々に俺たちを狙って来る。だからそこを逆手に取ってやろうと思う」
「ノーマルに怖い話じゃねーかよ。でも久と、逆手に取るのはいいとして、それで何で移動すんだ?」
ハチが問う。ハチは久の提案した温泉への移動に、誰よりも難色を示している。
「言ったろ、見極めだ。動きとしてはまず、俺たちは極限まで静かに目的地まで進む。もし、その最中に奴らと対峙、戦闘が起きたとすれば、敵は俺たちの位置を正確に知ることが出来ていて、その位置に正確な転移をさせられるということだ。となると、隠密者などをも扱う、犯罪色の強いチームか、とてつもない能力者が敵にいると分かる。温泉郷が厄介な道のりの先にある噂通りの秘境だとして、その複雑な場所に転移してきたら、これは相当な手練れだ」
「成程な。だがそれは最悪なパターンというだけであって、もしそこで何事も無ければ、敵の勢力はそんなに大きなものでは無いし、そのような能力者もいないって見えてくる訳か」
タケが大方を理解し、久の説明に付け加えた。
「じゃ、じゃあさ、もし向こうで本当に戦闘になったらどうすんだ? その場合、敵がかなりヤバいってことになるんだろ?」
「そうだ。それがこの計画の二つ目、相手の戦闘力を計ること。もし戦闘が起こった際の作戦だ」
ハチの心配をよそに、久はハチを見据えながら二つ目の作戦についても話し出す。
「仮に戦闘が起きたら、俺たちは逃げと守りの体勢を優先して取る。先手は絶対に打たない。敵の攻撃を限りなく基礎的な動作で躱しながら、あたかも本気であるような芝居を打って、更に相手の攻撃を誘うんだ。俺たちにオーディションで披露させたように、今度は俺たちが上手く立ち回って相手の攻撃を引き出す番だ」
久は、万が一最悪の状況に陥り、戦闘が起きた際の計画をも練り上げた。相手を倒すことを主とせず、あくまで敵側の情報を探る。
久は、あまりにも敵の情報が少なく、こちらの情報が多くばれていることに、非常に危機感を覚えていた。
だが、知られたものは仕方がない。久は取り返すより、向こうの情報を取る手段に出ると言うのだ。
「こちらからの攻撃を必要とする際は、敵側に知られている攻撃を主にして、新たに手の内をばらさないようにする。俺たちの目的は敵の撃破ではなく、あくまで情報収集。歯痒いとは思うが、しばらくは逃げ勝ちの戦法を取り続けるんだ」
「敵が全ての手を見せてくれるとも限らんが……まぁ、久の言う通り、ここから動いて相手の力量を計るのが賢いのかもしれんな」
久の計画の全貌を聞き、ようやくハチが納得した。
「なに、全て見せていないのはオレたちも同じさ」
ここに来てタケが初めて笑みを作る。タケは、一つ二つと手の内がばれたとしても、それを打開できるハチの力量、技術を信用していた。
「危険度の高い行動であるのは間違いない。だけど、これで行ってみないか? 勿論、異議があるなら遠慮なく言ってくれ」
幾度となくチームの行動を決めてきた久としても、今回の動きはリスクが高いことを危惧し、決定項としてでなく、提案として提示した。しばし、二人の反応を待った。
「ここに居座って待つよか、何倍も良いな。俺は乗るぜ」
「だな。オレも賛成だ」
そして二人は久の計画に乗った。じっとしてるのは性に合わない。リスクヘッジもある。と、二人は口々に賛同の声をあげる。
「よし、今回の作戦はこれで行く。この後、女子陣が帰り次第、作戦伝達。その後、速やかにその温泉郷へ移動しよう」
そして整った久からの命令伝達にうんと頷く二人。部屋の時計をちらと見ると、もう小一時間経っている。そろそろ三人も戻ってくる筈だ。
「そういやタケ、その温泉郷はどこなんだ?」
聞き忘れた。と、ハチがタケに問う。
「あぁ。それなんだが、リリオットに来る際に見かけた看板があっただろ。あの看板の北側、ユーリスって村だ」
ここへ来るときに見かけた古びた看板。確か、右を指す方向には、ユノス。そう書かれていたが、あれはユーリスの文字の擦れだったようだ。
「ちょっと逆戻りだな。なら、早いとこ出た方が良さそうだ。二人で村に出て、ジョゼたちを探しに出てくれないか? 俺はティリア村長に事の次第を話してくる」
「了解だ」
そう短く答えるとタケとハチは家を後にし、久は上の階へと上がって行った。




