Chapter17-4
久の熟練した槍捌き、タケの驚異の弾速を誇るシュライブ、ジョゼの八刃根落雷にハチの巨大アベレッタ。
どれも特別高位なテクニックではないが、全て全員の得意技。ここを逆手に取られるのは非常に痛い。
「まぁ、見せてしまったものは仕方がないさ。次から敵と相対するときは、その技の使用に少し注意を払えばいいだけのことだ」
暗くなり気味の空気を久が打開する。
久自身、対策法を編み出されるのは非常につらい。しかし、ここで止まっていても仕方がない。久の頭の中では、披露した技を更に強化したりアレンジを加えたりすればいいと、ポジティブに捉えていた。
「だな。ま、使える手裏剣なんていくらでもあるし、あの時使ったのも適当に掴んだら陽の手裏剣だったってだけだしな」
けろりとして笑うハチに更に空気が和んだ。
「そうだな。――話を進めよう。その次に狙われたのが、ここの武神の杖ってことになる。昨晩の詳しい話はまだ何も聞けていないが、この様子だと無事に守りきれたようだな」
久の言葉を受け、二人は窓の外を見る。穏やかな日常が平和であると言うのなら、今日は間違いなく平和だろう。
「詳しくはゆいからも聞かないとだが、最悪の状況は回避できたみたいだ。ティリア村長も奪われた心配はないって断言してた」
久は先程、村長の部屋へ訪ねた際、その確認もしていた。ティリア村長はその心配はないと断言し、昨晩にはコンパスが北ではない方向を指していたと教えてくれた。
それに、杖が無くなれば、森は荒れるどころの騒ぎではなくなっている筈だ。とも話していた。
「このいつも通りの朝が何よりの証拠なんだろうけど……。ゆいちゃんや村長を疑うつもりはないけど、本当に守りきれたんだよな?」
「ハチが疑問形なんて珍しいじゃないか。何か引っかかるのか?」
ハチがこの平和を誰よりも喜ぶと思ったが、当の本人はそうでなく、疑問の表情を浮かべている。
「なぁタケ、俺らが森のあの場所に辿り着いたとき、本当に“何も”なかったよな?」
ハチがタケを見据え、似合わない真剣な表情を向ける。そして、その質問を受けたタケも、横で聞いていた久も同様に真剣な表情に切り替える。
二人もハチと同じく、近しい何かが引っ掛かっているのかもしれない。
「“何も”なかったな。不自然すぎるくらいに」
どうやら、タケとハチの疑問は同じだった。
あの場所で雹と戦って杖を奪い合ったのかどうかはまだ定かではないが、あの場所には戦闘の痕跡どころか足跡一つ見つからなかった。
「残留魔力もゆい以外は何も感じ取れなかった。強大な杖の力と聞いて、何かしらの魔力は残ると思ってたんだが、本当に何もなかった。最初からそこにはゆいしかいなかったみたいな感じだったな」
「久と同感だ。何も無さすぎる違和感が凄かった。だがこれは、結論を出すには早い。ゆいの帰宅を待って本人に直接聞いてみることにしないか」
そうだな。と、久とタケにうんうんと頷くハチ。ハチはその頷きのさなか、机上に置かれた台本ノートに視線がぶつかった。
その瞬間ふと、頭に何かがよぎる。ハチの頷く速度とキレが落ちていく。
「――なぁ久、タケ。でもおかしくないか? 敵が本当に杖を奪うつもりでいるなら、俺らに「襲います」なんて教えるか? 普通言わないよな?」
その発言を受けたと同時に、二人がハチに向かってそれぞれの視線をぶつけた。
久は思わぬところを突かれたような驚きの顔をし、タケはすでにそれを考えていたかのように、ハチの次の言葉を待った。
「ええとさ……いや、ちょっと変だって思ってたのよ。セシリスやストラグの襲撃を、何故か俺らに教えてくれる。本当に街の破壊や杖の強奪が目的なら、誰にも言わずにするのが普通だろ? その方が間違いなく成功率高いだろ?」
ハチは少し前から、敵の行動に引っ掛かりを感じていた。仮に自分が敵側だったとして、こちら側に前もって情報を流す意味はなんなのだろうと。
損得を考え、それを強く優先して行動するハチにとって、敵の行動は損だらけ。理解不能だ。
「何というか、本当の目的はそんなんじゃなくて、別なんかじゃないかなって。例えば……そうだな……。実は止めて欲しい、とか、俺たちを自在に動かして楽しんでるとか」
ハチの発言をゆっくり咀嚼するように、頭に焼き付け整理していく二人。
ハチの言う通りだ。敵の狙いが村や町の破壊、ゆいを洗脳し使用することや杖の奪取なら、それを打ち明ける必要が無い。黙って行動すれば容易く全てが成し遂げられる。
しかし、そうしない。ここがおそらく、敵の動きの真意に当たる部分だろう。
「憶測が強すぎるからもう少し纏めてからにしたかったが、この際だ。オレが立てていた幾つかの推論を聞いてくれないか」
タケもハチが抱いた疑問に引っ掛かりを感じていた。タケは二人に指を立てながら、自身が抱いていた仮説を説く。
「敵側の行動を見て、ハチと同じ疑問は抱いていた。あくまでオレの推論だが、立てた仮説は三つ。二つはハチの考えと同じで、敵は自らを止めて欲しいと願っているか、オレたちを自在に動かして高みの見物をしているかの二つだ」
「前者だと、敵側もなんらかの被害者かも知れないってことになるのか――すまん、話の腰を折ってしまって。今はそれを考えるときじゃないな」
思わず口が動いてしまう久。久の考える事も最もだ。もしかすれば、敵側も望まざる行動を取っており、こちらに救いを求めているという可能性もある。
だが、今はそれを考える時ではない。久は再びタケに向き直った。
「それで三つ目だ。これは今回の杖の一件でもしかと思ったことだが、敵も“誰か”に動かされているんじゃないかと思う」
男三人が残る朝のティリア家。そこには朝日の差し込む部屋には似つかない静寂が流れた。
「あいつらも誰かに動かされてる……? 幹部的な奴にか? そりゃまた、何で?」
一番に首をかしげたのはハチ。久は何か思い当るところがあるのか、脳内で整理しているのか、やや目線を下に向け、何か考えている。
「ハチ、質問に問い返して悪いが、オレたちが所持するこの台本。この念話紙で出来た台本に書きこんでくるのは、どんな能力を持った奴だと思う?」
タケは向かいに座るハチに問いかけながら、机上に置かれたままのノートを人差し指でとんとんと突いた。
「そりゃあ、そうだな……。えーと、かなり正確に先が見える能力、とか、未来人……? あと、あり得て欲しくないけど、自分の望みを全て叶えられる能力、とか……?」
全部やめて欲しい奴ばっかじゃねえか。敵わん。と、ハチは有り得てほしくない考えを出した。
だが残念なことに、今までの襲撃や誘拐などを総じて考えると、この三つの可能性が否応でも浮かび上がってくる。
「そうか、そういうことか!」
自分の発言に俯きそうになっていたハチを、久の声が起こさせた。久はタケへと真剣な眼差しを向けたあと、ハチの方へ首を向ける。
「ハチ、そんな力は存在しない。本当に未来が見えるのなら、取れない杖を取って来いとは言わない。全て思うように事が運べる能力があるなら、杖の奪取に失敗しない筈なんだ」




