Chapter17-3
「……で、このらんらんっぷりが収まらない訳だな?」
数分後、久は所用を済ませて戻っており、ハチも起床していた。
目覚めたハチと帰宅した久が見たのはテンションの高い女子陣と、珍しく圧倒されているタケの姿。その異様な風景は、寝起きと戻ったばかりの頭では到底理解できなかった。
事の顛末をタケから聞いた二人は、頬杖をつきながら、きゃっきゃとはしゃぎ回る女子三人を見ながら呟いた。
「久、すまない……。あれほどまでに興味を引くとは思ってなかったんだ」
謝るタケ。自分の発言が予定を狂わせてしまった。そんな気がして仕方がない。
「謝る事じゃないさ。俺も風呂には入りたいしなぁ。しかし、どうしたものか……」
タケにそう返答したのち、久は椅子から立ち上がり、自分の荷物の中から一冊のノートを持ち出してきた。
他でもない、台本ノートだ。
「ふぅむ」
久は何の躊躇いも無く、パラパラとページをめくる。その動作にタケは少し驚いたが、そんなことより新しいページの内容の方が気がかりだった。
「まだ何も、書かれてない、か」
「……あぁ」
ページに描かれているのは『次々夜、魔力を司る月を奪う』が最後。その先のページは全て白紙だった。
「久、三人には悪いが、行くべきではないと思う。今はまだ白紙でも、いつ書きこまれるのかは分からない。このような状況で向かうのはリスクが高すぎる」
先に口を開いたのはタケだった。
タケも風呂に入りたくない訳ではなかったし、店主がそこまで言う秘湯を見てみたいとも思う。しかし、状況が状況だ。
タケ自身、模範解答すぎる答えにはうんざりだったが、こう言わざるを得なかった。
「まぁ、俺もタケと同意見だな。風呂ってことは素っ裸だし、精神的にも無防備なワケだし。かと言ってピリつきながら風呂には入りたくないしなぁ」
ふわぁ、とあくびを一つしてハチも続く。最もな意見だ。風呂に入るということは、必然的に服を脱ぎ、装備も全て外すことになる。そして湯に浸かれば本能的に心が安らいでしまう。
入浴は間違いなく、隙を生み出すことになる。
敵の狙いが自分たちにあるのなら、これはまたと無い絶好のチャンス。何気なく述べる一言ではあるが、誰よりも戦い慣れているハチがそう言うことだ。ハチ自身、装備無しでは危ないと感じているのだろう。
ふぅむと腕を組み、久は片手を顎へと当てる。人差し指を少し動かすと、僅かに伸びた髭がぞりぞりと音を立てた。
「タケ、ハチ、いい機会だ。三人で話し合おう。敵が今までどのような動きをしてきたか、何を狙って動いていたか。それで今後の行動を予想して見極めよう」
久は腕組みを解くと、急に顔を引き締めた。それに合わせ、ハチも頬杖を解き、タケも視線を鋭くして椅子に座り直した。これは真剣に考えなければならない。そういった雰囲気が久から溢れていた。
「なになに? 何の話してんの?」
それに気づいた織葉がこちらに歩み寄ってくる。それにつられ、ゆいも近づく。
「へへ、こっちはむさ苦しい男トークって訳だ。下ネタばんばん飛び交うけど、ゆいちゃんも混ざるかいー? 俺は大歓迎だぜぇ?」
「え、えっと……」
椅子に座ったまま、腰をひねり、ゆいを手招きをするハチ。そのニヤニヤとした顔は演技ではなく、ハチそのもの。わざとらしく指を一本ずつ折る様に動かしながら、ゆいに手招きをする。きらりと光るハチの前歯も、何ともいやらしい。
「うわ。お前最悪だな。マジで見損なった」
半分固まりながら後ずさりするゆいを見て、織葉がぺっと吐いて捨てるかのに冷たく言い払う。よほど信じられなかったのか、怒鳴ることなく淡々とハチに暴言を吐く。
「まぁまぁ織葉ちゃん、あの三人も健全な野郎たちなんだからそんな話もするわよ。私たちもガールズトークってことで朝食でも食べに行こっか」
「そうしましょう。あたしはここの空気、吸いたくないです」
さっさと踵を返す織葉。ドアを開け放ち、誰よりも早く部屋を後にする。それを見たゆいは追いかけるように動いた。
「あ! 待って織葉ちゃん! ちょっとひどすぎない⁉」
ゆいにしては大きな声を上げ、飛び出した織葉を追う。
「あの、えっと……ごゆっくり……」
扉の前で男たちに頭を下げるゆい。
礼儀正しいのか、申し訳ないのか、どうしたらいいのか分かっていないのか。どれかは謎だが、頭を一つ下げ、ゆいも扉の外へと消えた。
「あ! ちょっと、二人ともーっ!」
出遅れたジョゼが二人の後を追う。ジョゼは何も口にすることは無かったが、部屋から出る際、残された三人に向けて素早くウィンクを飛ばし、部屋から去った。
突如として静寂に包まれる室内。そのしんと静まり返った部屋の静寂を解いたのは、ハチの頭を机にぶつける音だった。
「あぁぁぁ……俺絶対ゆいちゃんに嫌われたよ……ドン引きだったよぉぉお……」
頭を何度も机に打ち付け、後悔の念に浸るハチ。ガンガンと頭を打ち付ける姿は何とも哀れだ。
「す、すまんハチ、咄嗟の一言が出なかった……」
思わず謝る久。時間確保の為に汚れ役を引き受けてくれたハチに、頭が回らなかった事を謝る。
「ひさぁ……一つ貸しだからな?」
「分かってる。分かったから頭を上げてくれ。な?」
がっくりと頭を下げるハチの肩をぽんぽんと叩く久。するとハチも気を取り直したのか、頭を上げて椅子に座り直した。
「いいぜ……。ああいう役回りは俺の仕事だからな……。 それより、本題に入ろうぜ」
座り直したハチが諦めるかのようにそう言うと、全員がもう一度座り直した。ここからは冗談抜きの真剣な話。
「そうだな。じゃあ順を追って考えよう。最初、敵は何を狙ってたと思う?」
そして久が改めて切り出した。
「最初はゆいちゃんを狙ってるように見せかけて、それを材料に、俺らに断れない理由を作っておびき出したんだよな。てことは、狙いは俺たちだったんじゃない?」
久の問いに、珍しくハチが一番に答えた。
「でもゆいは、ぎりぎり取り返せるように洗脳されていた。最初からこっちを狙っているのなら、そんな不可解な行動は取らない筈だ」
次にタケが口を開く。天凪魔法学園の聖神堂でゆいを救出した後、天凪校長からそう聞かされた。
「そこが第一の問題だと思う。霧島――、ゆいをさらっておきながらも、わざわざ俺たちと戦わせて、取り返せえるように洗脳する。この行動の意味はなんだ? 俺たちに断れない理由を作って学園に呼び出したのも一つだが、それだけの為にこんな手間の掛かる謎な行動を取るとは思えない。無駄な行動が多すぎる」
全員に断れない理由を作り、学園のあるセシリスまで誘い込む。ここまでは理解できる。
だが、その状態のゆいは取り返すことが可能にしてあった。狙いが自分たちのチームなら、最初からゆいを取り返せない程の魔力を与えていればいいし、そもそも、聖神堂でゆいではなく、雹たちが出てきて一気に殲滅、という手の方が間違いなく有効だ。
「校長先生が言ってた、『俺たちの生死は問わない』って奴か……。敵さんたちにとって今の俺らは、存在しても何の支障にもならないって訳だ」
「だけど久、俺らはまだ、直接は戦ってないんだぜ? 支障も何も、戦ってないのになんでそんなことが分かるんだ? どこからか監視されてるって訳じゃ……」
そこまで自分で述べ、ハチが辺りをきょろきょろと見回す。今もどこかで自分たちが監視されているのではないかと、そんな悪い予感がした。
「その可能性も否定はできないが……おそらく、オレたちの能力は、オーディションの時に計られたんだ。特技を披露させて、相手の特徴や攻撃法などを先に知り、対策を練る。聖神堂での織葉の戦い方を見ただろ? 固着術を用いたあの戦い方、初見なら誰しもが苦戦する筈だ。だが、手の内がばれていた織葉は、河川敷で倒されてしまった」
「なるほど。織葉はオーディションで固着術を披露したってことか。だから織葉の戦い方を知ってるし、固着術の攻略法も考えられるって訳だ」
「あぁ。話を少し遡って考えると、オレたちの手の内も狙いだったってことになる。ゆいは何を披露したのかは分からないが、織葉は固着術というかなりの大技をばらしたことになる。幸いオレたちは高等スキルを使わなかったが、槍の捌き方や、矢と手裏剣の精度や弾速などを披露した。織葉の固着術の攻略法まで考えた奴らだ。オレらの基本戦闘はほぼ見透かされていてもおかしくはない、な……」
話が最後になるにつれ、珍しくタケの口調も歯切れが悪くなった。
タケは思わず、下唇を噛んでいた。




