Chapter14-4
辺りは真っ暗だった。一寸先は闇。その言葉はまさにこういう状況から生まれたのだろう。
一人、ゆいは洞窟を進んでいた。
洞窟内は湿っぽく、蒸し暑い。片手を着く壁もしっとりと濡れている。
空気もどこか生ぬるく、そして重い。酸欠に陥ることはなさそうだが、一呼吸で肺が満たされることもない。
ゆいはふうと息を一つつき、袖で額を拭った。汗を拭うと、目の前すぐ前で腕に括った二つのブレスレットが揺れ、お互いがかちりとぶつかった。
(やっぱり、ちょっと暗くなってる……)
目線の高さで光るブレスレット。二つあるそれは、覇気を奪われたのかのように元気が無い。前後数メートルは照らしているが、先程よりも背後に迫る闇の距離が近い。この洞窟から溢れる力が強すぎるのか、魔力で光るブレスレットは、逆に影響を受けて、光量が下がっている。
タケから受け取った物と二つ合わせても、森の中を走っていたときの一つ分のブレスレットの方が明るかったのではないだろうか。
先が見えにくく、まるで光を吸収しているようにも思える洞窟内。ゆいは愛杖で光の呪文を行使すると、杖先に白い明かりを灯した。
三つの光は、ゆいの背中からほんの少し、闇を遠ざけた。
◇ ◇ ◇ ◇
「また、分かれ道だ」
ゆいの目の前に、分かれ道が姿を現した。右の穴も、左の穴も大きさはほぼ同じ。杖を少し前に出して、穴の中に光を入れてみたが、奥は見えない。どこまでもどこまでも、黒と闇が続く。
ゆいが皆と離れ、一人で進みだしてから数十分は経過していた。その間に、何度も洞窟内で分かれ道にぶつかった。二つに分かれている道もあれば、それ以上に分岐している道もあった。上下、階段の様に分かれている道もあった。
「……左、ね」
ゆいはその都度、村長から受け取ったクリスタルを握り、胸に当て、クリスタルの声を聞きとった。
最初は、クリスタルの示す方向が正しいのか、それが不安だった。だが、クリスタルはゆいを受け入れ、リリオットでゆいにその場所を教えてくれた。
クリスタルの導きを信じよう。そう心に決め、今までの道中、全ての分岐点でクリスタルに従った。
左の穴を選び、再び進む。ほんの数メートル程しか進んでいないが、ふと後ろを振り返ると、分かれ道で止まった場所はもう闇に包まれていた。
闇が迫っている。自分に貼りついて来る。光っているのはゆいだけで、四方八方から闇が襲い、隙あらばゆいをも飲み込もうとしている。
先程までいた場所はもう既に、深い闇に飲み込まれている。
そう考えると、足がすくむ。前に進みたくないと、膝が歩みを拒もうとする。だが、ゆいは足を止まらせなかった。
「私は、前を見る……」
ゆいの原動力はその言葉だった。大丈夫。私は一人じゃない。そう思うと、ゆいの足はスムーズにまた歩み出した。
(こんな所では止まれない。戻りたくない。私は、前に進む……!)
杖先の光が道を照らし、足元に注意し進んで行く。本当に何も見えない世界。足元に穴が開いていたりすれば、一巻の終わりだ。
助けてくれる人もいない。急ぎたい気持ちを抑え、慎重に進むことに気を配った。
◇ ◇ ◇ ◇
洞窟を探すまでの間、森は凄い嵐だった。木々は揺れ、川の水が水しぶきとなって襲い掛かかり、耳の横を通り抜ける風は轟音となり、耳を引き千切るかの様だった。
だが、洞窟内にはその影響が一つもなかった。むしろ、洞窟に一歩入った瞬間から、嵐のことを忘れてしまうほどに静かだった。
(あの嵐は、杖に辿り着けなくさせるのではなくて、入り口へ辿りつけなくさせるためのもの……)
進みながら状況を整理していく。あの風や森の荒れは、村長の言っていた通り、杖が自らを守って起きている現象だろう。
あの時間、あのうっそうと茂る森の中、嵐のような悪天候の中で洞窟見つけられたのは、クリスタルの欠片があったとは言え、非常に幸運な事なのかもしれない。普通なら、探すのをやめ、村に戻るだろう。
最悪の場合、あの森で遭難してしまうこともある筈だ。そういった見つけ難さを含めて、杖は自らを守っているのだろう。
だが万が一、入り口が見つかってしまったとしても、洞窟から異様なほどの魔力が溢れているので、近づきたくても近づくことが出来ない。
無理をして近づいてしまったら、ゆい以外のように気絶し、その場で倒れ込むことになってしまう。
(――だとすると、杖自体には何の防御力も無いってこと……なのかな?)
入り口を越えてからというもの、ゆいは道の構造上、物理的に進みにくいだけで、その他に何の支障も感じていなかった。
杖の力が及ぶのはそこまで。まるで杖自身が、これだけ守れば大丈夫だろう。と、高を括っているようにも感じられる。
ゆいが魔導師なためか、クリスタルの欠片を持っているからか分からないが、このように洞窟内に入ってしまえば、分かれ道があるものの、暗い。進み辛いくらいの支障だけだ。
現に、体力にそこまで自信が無く、場馴れもしていない魔導師のゆいが進んで行けるのだ。
しかし、持ち主を選び、年に一度しか姿を現さない気高い杖が、ここで人を寄せ付けない力を妥協するだろうか。ゆいはそれが気になっていた。
入り口付近では冷や汗が流れ出るような魔力も、洞窟内に進めば進むほど薄くなっていく。ゆいが今いる場所は、普通の洞窟と大差が無いように感じられた。
(もしかすると、杖は寂しいのかな? ここまで入って来れる人なら、私を使ってもいいよ。そういうつもりだったりして)
持ち手を選ぶ杖。劫火煌月。その杖は、このようにして自分にふさわしい使い手を選別しているのかもしれない。
隠れ、嵐を起こし、魔力を溢れさせ、洞窟で迷わせる。様々な試練を与え、自ら、相応しい主を探す。そうとも考えられるのではないだろうか。
「ん? あれは……?」
異様な空気を感じ、独自の推理を展開させながら進んで行くゆいの瞳に、何かが映った。
洞窟の先の先、僅かに光のようなものがぼんやりと見えている。緑の柔らかい光を放つ、何か。
遠くの物が小さく見えているのか、小さい物が近くで光っているのか、それすらも分からない。
ここまで進み何の変化も無かった洞窟に、やっと現れた変化。ゆいはその光へと歩みを進めていく。依然として足元は悪く、先の光だけに意識を向けていると、地面に躓きそうになる。
ゆいは杖をやや下に向け、安全を第一に進んで行く。
光の正体はまだ分からないが、ゆいが進むにつれ、その大きさが大きく変化していく。どうやら、遠くのものが小さく見えているようだ。光の緑もまだぼんやりだが、先程よりかは、はっきりとした色になってきている。
前に進むにつれ、大きくなっていく光。だが、どこまでも起きくなるわけでもなく、目視で曖昧だが、大きさは二メートル程度の物だと分かってきた。
「出口だ!」
ゆいは思わず声を張った。その光の正体は穴だった。
駆け出したい気持ちをぐっとこらえ、けれども先程より足早に光の先へ迫って行く。この暗い洞窟の先、そこでは昼間の森と同じく、緑の光が溢れている。
更に近づくにつれ、穴の向こう側も明確になる。全貌は見えないが、太い木の幹であろうものが先に見えていた。
進む足が早まる。
ぼんやり見えていた緑の光も白みを増した日光のようになり、洞窟内を僅かに照らし出している。幸い、道に穴などは無い。ゆいは早足から走る速度へと足を切り替えた。
まるで、体が光を欲しているようだ。夢中になって走り、ゆいはとうとう、その光の正体、洞窟の出口へとたどり着いた。
そこは出口だった。
だが、その全貌はゆいの思い描いていた森の中ではなかった。
出口の先、そこは巨大な木の幹の、中だった。




