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クランクイン!  作者: 雉
闇嵐の原生林
103/208

Chapter14-3

 洞窟だ。木々の繁茂する、人を寄せ付けない原生林。

 その中にぽっかりと、何もかもを引き込むような黒い穴が開いている。


「これが、まさか……」


 後ろから声が聞こえた。

 だが、その声には覇気が無く、まるでその黒い波に力を押さえつけられている様な、苦しさが混じっていた。


「タケくん! みんな⁉」


 ゆいは異変を感じ、すぐに後ろを振り返った。振り向きざま、脳裏に嫌な予想が走る。


 振り向いた先、そこには先程まで軽快な足取りでついてきたとは思えない程、疲労しているように見える五人がいた。 予想は的中した。最悪だ。


(これは、疲労じゃない。この魔力にみんなの力が奪われてる!)


 五人が見舞われていたのは、単なる疲労ではない。穴から流れ出る黒い力――おそらく、劫火煌月。

 この先に武神の杖が隠されているのであろう。


「行こう、霧島……」

「久くん! 無理しないで!」


 体を震わせながらも、久は何とか立ち上がる。今までの力は奪い取られ、槍を杖の様にして立ち上がって見せた。


「そうだよ、ここまで来て、止まれ、ない……」

「織葉ちゃん……!」


 久も織葉も一度、聖神堂でこの魔力の波を経験していた。ビリビリと痺れ、吐き気を催すような、気持ちの悪い、あの魔力。

 

 だが、目の前の洞窟から溢れる魔力は、その力よりも何倍も強い重圧だった。

 見えない重い壁で、体の前後からプレスされているようで、残った力は全て、足先に空いた穴から抜け落ちていく。


「行こう、霧島……お前を一人にはしない」


 一人、また一人と立ち上がっていく。異様な魔力に太刀打ちながらも、五人はその場に立ち上がり、ゆっくりと一歩を踏み出した。


「行くぞ、お前ら」


 何トンもの重さに感じられるようになってしまった足を踏み出し、久が先陣を切る。

 それに続き、一歩、また一歩と全員がのろい歩みで洞窟に近寄る。五人は手を握り合い、肩を組み、同じ歩みでようやく洞窟の内部へと、同時に足を踏み入れた。


「うっ⁉ ぐぁああぁっ!」

「きゃぁああああっ!」


 だが、足を踏み入れたが最後、五人は将棋倒しのように、悲痛な叫び声をあげながら、その場に倒れた。

 重く圧し掛かる重圧は、目を凝らせば目視できるほどの波状な魔力となって、五人に容赦なく降り注いでいた。


「みんな……⁉」


 ゆいも洞窟の中へ駆け寄り、倒れ込んだ五人に駆け寄った。


 その時には既に、タケと織葉以外の三人が気を失っていた。


 まだ意識のある二人も、必死に歯を食いしばり、悲痛な表情を殺そうとしているが、それも叶わない。

 その中でゆいは一人、何の重圧も無く立てている自分が憎らしかった。

 耐性を持つが故の悔しさが、涙腺を刺激したのが分かった。


「ゆい……先に行ってて。ちょっとしたら、バカを起こして、必ず、追いつく……から……」


 織葉は重い顔をあげ、苦しい笑顔を見せた。だが、その笑顔が織葉の最後の力だった。

 織葉も同様、その場で気を失った。


 地面に織葉の髪が無造作に広がる。広がった髪はまるで鉄の束の様になっているように、地面に貼りつくようにして動かない。


「すまない、霧島……ちょっと、動けそうに、ない……」

「タケくん!」


 タケは顔を地面から上げる力さえ無かった。

 開く事さえ困難になってしまった口から、言葉を少しずつ紡ぎ出していく。


「霧島……君なら、でき、る……。先に、行ってくれ。必ず、向かう……」


 タケは右腕を地面にこすり付け、手首からブレスレットをなんとか外した。外れたブレスレットを、中指を僅かに前後させ、ゆいへと差し出している。


「タケくん……私……」


 一人では不安で仕方なかった。たった一人でこの闇に立ち向かえるのか。ゆいの涙が頬を伝い、落ちそうになった。


「進め、ゆい! 前を、見ろ!」



 落ちかけた涙はその軌道を通ることなく、振り上げられた顔で、遠くへと飛んで行った。

 放物線を描いて飛んで行った涙は洞窟の闇へと消えた。


 ゆいは袖で目じりと頬を拭き去ったあと、タケの指先に転がるブレスレットを拾い上げ、それ右腕へ通しながら洞窟の奥へと走っていった。



 頬に伝っているのは汗か、涙か。風を切る勢いで走り抜けていく。


 私は一人じゃない。皆が支え、背中を押してくれる。そう思うと、一層速く走ることが出来た。


(今度は、今度は私が――)



――みんなを助ける番だ!



 暗く、先の見えない、力溢れる恐怖の洞窟。その中を走り抜けていく勇気と力。

 それを与えてくれたのは、ここまで迷いなく信じて着いて来てくれた全員の優しさと、倒れて意識が無くなる寸前のタケが出したとは思えないほどの、はっきりとした声だった。



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