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クランクイン!  作者: 雉
闇嵐の原生林
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Chapter14-2

 風が吹き荒れている。

 風速はリリオットを発った時よりはるかに増している。葉をかすり合わせる程度だった風は、今や木の幹を揺らすほどの強風へと変貌していた。


 日はとうに暮れた。

 久たち六人は木に絡む階段を駆け上がり村をで出ると、岩を飛び越え、地を蹴った。

 森は暗く、足元も悪いが、村長がくれたクリスタルが大いに力を発揮してくれていた。

 ブレスレットのクリスタルは、森に溢れる膨大な魔力を吸い取って光を放っている。それはランプやランタンなどとは比べ物にならないほどの光量だ。六人が向かう先、五メートルは明るく照らし出してくれる。


 六人はゆいを先頭にして、朝通った道を逆走。もと来た道をどんどん戻っていく。腰につけた荷物や肩からさげる武器が木々の葉にぶつかり、常にがさがさと言わせた。


 出発前から吹き荒れ始めた嵐は勢力をどんどん強め、今や台風の暴風圏と変わらない風速を生み出している。

 走る六人は繁茂する木々の間を進んでいくため、もろに影響を受けずに済んでいるが、それでも油断すればよろめきそうになる。六人の服は激しくはためいている。


「雨が無いだけましだが、これは凄い風だな!」


 早足で進みながら、風に声を掻き消されない様な大声を出す久。ごつごつとした足元に躓かないよう必死だ。


「全くだぜ!」

「ほんとだわ!」


 同じタイミングで誰よりも早く反応したのはハチとジョゼ。軽快な動きを得意とする盗賊の二人ですら、この風の中を進んでいくのは困難だった。


「久、そろそろ分かれ道のはずだ」


 後頭部から垂れる髪を大きくなびかせながら、タケが久に伝える。

 自分たちは、あの古びた看板が立つ分かれ道のすぐ近くまで来ている筈だ。


 タケのその言葉で六人は進む足をさらに速める。


 時に追い風、時に煽り風。

 道を阻んだり、背中を押したりと、味方にも敵にも容易く回る吹き荒れる突風。

 

 瞬く間に吹く方向を変える風に立ち向かいながらも、六人は第一の到達地点、あの古びた看板まで戻って来ていた。看板は吹き荒れる風で揺れ、キイキイと、軋む音を鳴かせていた。


「この先、だな」


 第一の目的地であった看板で小休止を取る六人。魔力溢れる聖なる森であるとは言え、様々な方向から吹き荒れる風の中を早足で進むのは、かなりの体力を要した。先陣を切って進むゆいは誰よりも肩を揺らしていた。


「先を、急ぎましょう」


 だが、誰よりも先に出発を促したのはゆいだった。

 皆が私に着いて来てくれている。皆が私を信頼してくれている。ゆいが感じているのは責任感や正義感などではなく、このような状況にも関わらず、ただ一心に私を信頼し、着いて来てくれる仲間が嬉しかった。その信頼に答えたい。その一心が今のゆいを前に進ませる原動力だった。


 五人は何も言わず、強く頷いて見せ、看板が指す方向へと既に進み始めているゆいの背中を追って続いた。

 

 進むにつれ、森の中は更に風で荒れていく。吹き荒れる風は風速、風力共に最高潮に達したようであり、煽り風が吹いたときは、押し戻される程の強さを誇っていた。舞い上がって吹き飛ばされる落ち葉がカーテンのようになり、六人の視界を奪っていく。

 

 凄まじい風によって川の水が吹き飛ばされ、時に大量の水しぶきとなって六人に襲いかかる。雨こそ降らないのがこれ幸いと思っていたが、今や六人はそれと変わらぬ影響を受けていた。

 

 吹き荒ぶ風。それによって舞い上がる葉や水。多くの悪条件が重なり、久たちはすでに走って進むことが出来なくなっていた。

 それに加え、予想通りではあったが、やはりこちらの森の方が人の手が付けられておらず、ただの前進すらままならない。


 リリオットへの道でも川を飛び越え、大岩を登ったりしたが、それの比ではなかった。

 こちら側の森は、更に木々との間隔が狭く、足元も悪い。クリスタルが照らしてくれているが、油断すればぬかるみや木の根に躓き、足を持って行かれそうになる。


 更に、この辺りは湿度が高いのか、木々の表面はびっしりと苔や蔦で覆われ、その蔦が更に他の木々の蔦と絡み合い、網のように道を阻んでいた。しっかりとした太さの蔦は中々断ち切ることが出来ず、迂回せざるを得なくなる。


 更にこちらの森の方が丘になっている為、川の流れもきつい。渡るのも一苦労な上、時には小さな滝を登らねばならない時もあった。

 悪条件の重なる天候、地形、条件。六人は服も顔も飛び散った水や葉、土によって汚れに汚れていく。

 だが、そんなことはどうでもよかった。気に掛けるのはただ一つ、間に合うか。それだけだ。


「ゆい! 杖との距離はあとどれくらいなんだ?」


 進む足の速度を少しも緩めず、織葉が先頭のゆいへと訊ねる。


「もう少しの筈だよ! 杖は大きな洞窟の中みたいなの!」


 風に負けじとゆいが声を張る。

 森の北側、今回は遅れない。それだけの一心でゆいについてきたので、詳しい場所を聞いてはいなかった。


「洞窟か! 気難しい杖の野郎が好きそうな場所だぜ!」

「いかにもって感じね!」


 杖の場所を聞き、最後尾を守りながら走る盗賊二人が声を上げた。場所はゆいが把握しているので安心だが、どこに隠れているのか目印が分かればさらに心強い。

 

 幸い、この辺りは切りたった崖や傾斜が少ない。岩山でお目当ての洞窟を探し出すのは困難を極めるが、この森でならその苦労も少ない。

 ゆいが分かっているのは、あくまでも杖の在り処だ。そんなゆいにとって、視力がよく、冒険に慣れ親しんでいる六人の存在は非常に心強かった。杖の入り口であるかもしれない洞窟の入り口を見つけてもらえるかもしれないのは、ゆいにとっても大きな励みになっていた。


(みんなとなら、出来る)


 心の中はその気持ちでいっぱいだった。きっと間に合う。

 ゆいは進みながら、少し後ろを振り向いた。


 その瞬間だった。


「霧島! 止まれ!」


 突如後ろから降りかかる大声。その声で我に返ったゆいは右足を前に出して踏ん張り、自分の動きを静止させようとした。

 誰が何故止まれと言ったのかは分からない。だが、その掛けられた声の口調に、まず従うべきなのだと体が反応した。


 条件反射。とでも言うべきだろう。幸い転ぶことも無く静止することが出来た。ややうつむきがちな体勢で静止したので、まずその体を起こして、体勢を立て直さねばならない。


 だが、ゆいの体は糸で締め付けられたかのように、動くことが出来なかった。


(何、この、空気……?)


 どうしてこんな違和感に今まで気が付かなかったのだろう。

 走っていたから? クリスタルの位置だけを意識していたから? 理由はどうでもよかった。


 辺りの異様すぎる空気に身動きが取れなくなる。一瞬にして全身に鳥肌が立ち、額からは冷や汗が流れ出る。雨に濡れ、汚れているのに、肌を伝う汗の感覚は鮮明だ。

 

 大気に溢れる、異様な波を感じさせる魔力。その波は、怒りとも、恐れとも取ることが出来る。

 それはまさに、癒しの力溢れる聖なる森に流し込まれた、一滴の猛毒。


 空気を震わせる黒い黒い波。ゆいは、この魔力を他の場所で感じたことがあった。その場所は――



「……聖神堂だ」



 ようやく顔を上げる事が出来たゆいは、自分の正面を向き直った。


 そこには、闇があった。


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