Chapter2-2
久の家前に移動し、待つこと数分。村の入り口の向こうから歩いてくる二人の人影が見えてきた。ストラグシティーからやってきた盗賊二人組、ジョゼットと八朔だ。
ジョゼは見た感じいつもと変わらぬ感じだったが、ハチは異常なまでのテンションであることが遠目でも見て取れた。何故テンションが高いのかは、言わずもがなである。
二人も久とタケを見つけると、手を上げながら、やや速足で歩み寄ってきた。
「二人とも、おはよ」
手を軽く上げて挨拶をするジョゼはいつも通りだ。服装は昨日と同じ白黒を基調としており、さほど見た目は変わらないものの、清潔感があり、きちんと整えられている。
栗色の綺麗な長髪は昨日と装いを変え、後頭部で赤い紐で括られて背中へと流れている。ポニーテールはジョゼの活動時の髪型で、どちらかというとこの髪型の方が見慣れた姿だ。
「いやーっ! 昨日の晩からワックワクして中々寝付けなかったぜ!」
と、誰よりもハイテンションなハチ。朝から勘弁して欲しいものである。
「遠足前の子供か。お前は」
思わずタケの口からツッコミが入る。考えるより先に口が動いていた。事実、タケこのチームのツッコミ役と言っても過言ではない。
「それで久、会場は確かカルドよね?」
場の空気を変えるべく、ジョゼが久に訊ねた。
「あぁ、カルドタウンだ」
久はジョゼの問いに答え、上着のポケットからあらかじめ用意しておいた地図を取り出し、ジョゼに頷いた。
カルドタウンは、ここセシリスから北西に位置する街で、市場が盛んな町である。その大きさはセシリスとストラグを足した面積よりもまだ大きい。
「結構距離があるし、早めに出るのがいいわね」
ジョゼは地図上のセシリスとカルドタウンの位置を見ながら久に提案する。ここからカルドタウンまでは、幾つか山を挟んで十数キロほど離れている。一行はここから歩かねばならない。
「そうだな。全員揃ってることだし、出発しよう」
同じく地図を見ていた久も、ジョゼの案に賛成した。セシリスからカルドタウンまでは決して近い道のりではない。速く見積もっても二時間は掛かりそうだ。
「じゃあ張り切って行こう!」
「おぉぉ!」
丸めた地図を握り締めた久の右腕が高らかに上げられ、それにつられハチも右腕を高らかに上げた。
ジョゼとタケは周りの目を気にしながら、小さめに腕を上げてそれに応えた。朝からこれだけ騒げば村中の視線を独占だ。もちろん良い意味ではない。
気合いを入れた久たち一行はセシリスを後にし、会場のあるカルドタウンに向けて歩き始めた。
◇ ◇ ◇ ◇
山を越え、いくつかの林を抜け、川を渡り、久たちはカルドタウンのごく近くまで到着していた。
ジョゼの提案通り、早めに出て正解だった。未だ街には着いていないが、太陽は頭上のほぼてっぺんまで上がっている。それに加え、カルドタウンに近づくにつれて人がどんどん多くなっており、進みがだんだん悪くなってきているのだ。
道中、まさかこれだけの人数がオーディション参加者ではあるまいと考えていた四人だったが、その大半が自分たちと同じようなチーム編成であったため、否応なしにその目的を認めざるを得ない。
比較的治安の良いこの場所にこれだけの人が集まる理由は一つ。間違いなく出演希望者だ。
「やっと着いたな」
カルドタウンの入り口に差し掛かったところで、辺りを見回しながらタケは言った。
セシリスを経って三時間。ようやくチーム久は目的の街、カルドタウンに足を踏み入れることが出来た。
「あぁ。しっかし、ここまでの規模のオーディションだったとはなぁ」
久は街を見渡し、予想以上の人の入りに圧倒されていた。
辺りは人で埋め尽くされ、どこもかしこも大入り満員。オーディション開催に乗じて開いたのであろう屋台や露店には、長蛇の列がどこも出来上がっている。
「噂には聞いていたけど、かなりの映画の様ね。こんなにいるんだったら、当選確率も中々のものじゃないかしら……」
ジョゼが辺りにわんさといる人を見て述べる。噂に聞いていた映画の規模は、ジョゼの想像を遥かに超えていた。
「うーん……」
唸る久。予想以上の人の多さと大規模なオーディション。いつも笑ってのける久も今回ばかりは不安を隠しきれない。
「何をもう緊張してるんだ。いつも通りしていればいい。お前の強烈な個性を出しとけばいいさ」
久を横目に見ていたタケは、フォローとともに笑いも混ぜ込んで久を励ますと、ばしんと一発、久の堅牢な肩を叩いた。
「そ、そうだな。ちょっと緊張しすぎだな、俺」
叩かれた久は一度大きく伸びをし、深呼吸をした。
体から空気を抜くと、先程よりも世界は落ち着いて見えた。まだ始まってもいないのに無用な心配をするなんて馬鹿らしい。と、久は頭をリフレッシュさせた。
どんな時でも心を落ち着かせることが大切。自分を見失わないことが一番だ。
「こ、こいつらに十億渡すもんかっ!」
久の後方、違う方向に誰よりも熱く燃えているのはハチ。自分を見失わないことは大切ではあるが、欲求に素直すぎるハチの姿は流石に恥ずかしい。
無駄に視線も集めているので、久たちは誰が言った訳でもなく、他人の振りをしようと決意。この瞬間、緑千寺八朔は空気、そしてソロとなった。哀れ。
「まだオーディションの開始まで時間はある。こんなところに立ってないで、どこかで休憩でもしないか?」
ハチに真っ直ぐ背中を向けているタケは、懐中時計を上着のポケットから引っ張り出して確認すると、手ごろな喫茶店や休憩できそうな場所を探し始めた。それを見たハチ以外も、どこか一息つけそうな場所を探し始めた。
しかし辺りは凄い人で、簡単に場所は見つかりそうに無い。視界に入る喫茶店やレストランはどこも満員御礼で、街に置かれたベンチやちょっとした段差でさえ、多くの人でごった返している。
押しつ押されつ、その場所に五秒と立っていられない。バランスを崩さないように、少しずつ前へと進む。久もタケも辺りをキョロキョロと見回しながら、進んでいた。その時。
「おっと」
「あ、ごめんなさ――っ!」




