これからの姫と従者の話
春夜・榊原しとぎのどちらが書いたのかは直接投稿者までお問い合せください
また感想をここに書くでも、本人に直接でも、伝えてもらえれば二人で喜びます
どちらが好みだったか、だけでもいいのでぜひ一言ください
昼下がりとも夕方ともつかない、微妙な時間帯に、一人歩いていた。
それはそうだろう。そもそもこの時間に授業が終わっている奴は少ないし、その少数派もおしなべてサークル活動やアルバイトに精を出しているからだ。
俺? 俺は残念ながら、そんなにアクティブな人間ではない。教育に携わる大人は「やりたいことを見つけろ」だのと口癖のように言うが、お生憎様、俺のそれは行方不明だ。届け出てもいないのだから、見つかる筈がない。
だけど、この年頃にありがちな、他者と比較しての焦燥感とか自己嫌悪とか、そういうものに苛まれていないのは、ひとえにこの通学路の所為だろう。ゆっくりと茜に染まる空の下、穏やかな川と並んで歩いていながらそれらに悩まされるのは難しい。
ふと、せせらぎに混ざって何かが聞こえたような気がした。細く高いそれは、笛の音に似ているような。もう一度。確かに聞こえる。考えて、はて、と首をかしげた。果たして笛の音色というのは、このようなものだっただろうか? そもそもこんな時間にこんな場所で笛を吹く酔狂な人物は、そうそういないだろう。
なら、この音の源はどこか。目を皿のようにして見回すと、昨日までは無かった「何か」を発見した。特に深い考察もしないまま、くすんだ赤のゴムチップで舗装された道を外れ、それに向かって芝生の斜面へと踏み出す。
川に架かった橋の根元に「何か」はあった。黄土色で、少し大きめの直方体で――。
そう、そうなのか。音の正体が、わかってしまった。わかりたくなかった。
「何か」、もとい段ボール箱まで一メートルというところで足を止め、その中身を確認する。そして、俺の出した答えが外れていなかったことに、溜め息をつく。
「はあ……お前、どうしてこんな所に来ちゃったんだよ」
そう語り掛けると、にゃー、と返事が返ってきた。
箱の中に手を入れて、不憫な仔猫の背をそっと撫ぜる。その間、そいつは碧眼を少々細めるだけで、身じろぎすることはなかった。随分と人間に慣れている猫だ。しかも白い毛並みは艶がある。つい最近まで飼われていたと見て間違いないだろう。
口の中に苦いものが広がる。怒りをぶつけようにも、無責任な飼い主は、こんなに近くにいるはずなのに、俺がその正体を知ることはない。甚だ不快だが、それより先に考えなければならないことがある。
段ボール箱をちらりと見やると、二つのサファイアと目が合った。ああ、何も考えずに愛でていたい。じゃなくて。
一番手っ取り早い解決方法は俺が連れて帰ることなんだろうが、何の因果か、俺の住んでいるアパートはペット禁止なのだ。この規則をこれほど恨むことになるとは、入居時は予想だにしなかった。保健所に持ち込むのは躊躇われる。引き取り手が見つかる保証があるのなら最良だろうが、現実はそう甘くない。かと言って、ここに置いていくのは論外だ。実質、選択肢は二つ。大家を騙し通すか、善良な里親の出現を願うか。どちらがマシかは……なんだ、考えるまでもない。
「なあ、お前さんよ……」
そういえば、性別はどちらなんだろう。ちょっと失礼して、……メスか。これが本当の箱入り娘、なんて黒い冗談はさておいて。
「お嬢さん、どうするよ?」
にゃあ。
「一応、お嬢さんを養えるだけのお金はあると思うんだけど」
にゃ?
「権力者にバレてしまった場合、なかなかに恐ろしいことになるわけだよ」
にゃー……。
「ま、裏を返せば、バレなきゃ良い話でさ」
にゃっ?
「もしお嬢さんが、狭苦しいワンルームで静かーに俺と共同生活を送れる自信があるのなら、これからそこをご案内するのも吝かじゃないんだが、いかが?」
……にゃあ! にゃにゃ、にゃー!
「よし、決まり……って、」いま完璧に会話していなかったか? 人語を解する猫なんて……案外いそうだよな?
ともあれ、契約成立だ。肩に掛けていたトートバッグを一旦下ろし、教科書ノート筆記用具その他もろもろを片隅に寄せる。猫が入るにはやや狭いが、ここから家までは十分程度。辛抱してもらおう。
「はいお嬢さんこちらにどうぞー」
リムジンじゃなくてごめんねーとか言いながら仔猫をバッグに入れる。おとなしく収まっている。全く、どこまで理解しているんだか。
バッグを肩に掛け直し、よいしょっと気合いを入れて立ち上がった。
「そんじゃ、新しいお屋敷へしゅっぱーつ!」
「にゃあ!」
これを読んだ相手方の感想「私が最初思い浮かんだ主人公はどうやっても大人だったから新鮮」