カイヒします ~深読みなんだそうです~
お読み頂きましてありがとうございます。
「あれって本気だったんですか?」
謁見の間から控え室に下がりトムさんに食い下がる。あんなインパクトの強いこと言っておいて、やけにあっさりと自分の主張を引っ込めたから、気になったのである。
「ヴァディス王国を潰すことか? オールド王子の言う通り現時点なら潰さないほうが舵取りは容易いだろうな。」
「現時点ではですか?」
「そうだ。ああいう国は将来、人族であることを神聖化するかもしれん。そうなると厄介だ。亜人が台頭してくるということは、その分人族に回ってくるパイが無くなるということだ。パイを失った人族は何かに頼りたくなる。そのときの受け皿として『神聖・ヴァディス王国』が存在すれば、人族と亜人は全面対決だ。」
トムさんは先の先まで見越して発言していたんだ。今の何倍もの規模になった国が全面戦争になれば犠牲者が膨れ上がるに違いない。
私の感傷で良い悪いと言っていい問題じゃない。
「出来る限り、最悪の状態になる芽は摘んでおこうと思ったんだが、ヴィオ国にやる気が無いのでは仕方がない。とにかく、あれだけ恩を売れば術式に関する書籍を根こそぎ持って帰っても問題ないだろう。」
「何故、そこまで術式にこだわるんですか?」
「それは言っただろう。」
「『召喚』されないためですか。本当にそれだけなんですか?」
「やけに食い下がるな。」
「それだけならば『召喚』の術式と共に『勇者』を連れて帰れば、ことが足りますよね。少なくともトムさんや渚佑子さんは『召喚』されることは無くなるはずです。たった4日しか居ないトムさんがそんな面倒なことを率先してするとは思えないんです。」
「参ったな。いまどきの女の子にしては深読みなんだな。」
「ええ。ロイヤル・クマリには国王が予言を求めていらっしゃるので、下手なことを伝えれば国政に影響がでるのです。相手が言って欲しい言葉を探すようになりました。」
「そうだったな。フラウちゃんは予言も出来るのか。予言なんてものは統計情報の一種だから、自ずと答えは絞られてくるわけだ。参った参った。術式を根こそぎ持っていくのには2つ理由がある。」
「えっ。2つもあるんですか?」
「ああ。ひとつは先程見せた魔道具にはお手本となる書式の紋様があってそれを組み合わせて新しいものを生み出している。他に魔法陣というものは完全に完成したものしか存在しない。つまり新しいものを生み出すのには限界がある。だが術式には学問的側面があり無限に組み合わせていける。さらにこの3つを組合せていけば効率も格段にアップしそうなのだ。」
これは予想の範囲内である。だけど、これも根こそぎ持って行く動機としては弱い気がする。一部だけ持って行けばいいだけで全て取り上げる必要は無い。
「もうひとつは?」
こちらはあくまで有効活用しようということなのだろう。休暇を取ってまでやってきた見返り程度なのかもしれない。
「ゴブリンの例でも解る通り、人族よりも亜人の方が多くの魔力を持つ。しかも、お手本が無いと習得出来ない。今は『ファイアボール』魔法しか撃てないようだが、いずれ『術式』の存在を亜人側が知ることになったとき。どうなる。亜人が人族を支配する世界に様変わりするだろうな。」
力でも魔法でも術式でも亜人に勝てない。そんなことになったら、いつかは立場をひっくり返されてしまう。
魔法の重要性は誰にでも解る。魔力が少ない人族が亜人の前で身体強化魔法を使えば亜人も使い出すようになる。その知識は隠蔽され続けるだろう。
もしその知識が伝わっても魔法を使えるのはごく一部の亜人だけである。
だけど誰でも使える術式ならどうだろう。人族には全く使えない知識を頑なに守り通すとは到底思えない。『召喚』の術式は無理でも日常生活魔法などの術式を亜人たち誰もが使いこなすようになれば形勢は逆転するに違いない。
「まあ『最悪の場合を考えたら』というだけなんだけどね。はあ、渚佑子がこれくらい深読みをしてくれると俺は楽なんだけど。時々ポカをやるからな渚佑子は。」
「どういうことでしょう?」
ずっと黙って聞いていた渚佑子さんが口を挟む。
「もうちょっと慎重になって『鑑定』スキルを使いながらモデルルームに入るとかしてくれれば、異世界転移しなくて済んだんだけどね。俺の傍に居るときは凄く慎重で良く考えているみたいだけど、傍に居ないと途端に大雑把になってしまう。なんでだろうね。」
それはトムさんに褒められたいだけですよ。好きな男性の前では良く見られたい。その分、それ以外の場所ではだらけてしまいますよね。
私が渚佑子さんを覗き見ると睨まれてしまった。
「俺も想定外の事態を無くすためにイロイロ考えてみるけど、渚佑子が慎重に行動してくれない限りはどうしようも無い。今回は転移先に危険が無かったから良かったものの、俺が君の渡った世界にすぐ向かえるとは限らないんだから。世界によっては時の流れも違う。追いついたら、渚佑子がお婆さんになってました。とかありそうだよ。」
渚佑子さんの顔が引きつっているみたい。
「わかりました。申し訳ありません。今後、慎重に行動します。」
「わかってくれたらいいんだ。」
「それと、あの魔道具の呪いってなんですか?」
「ああ。あれは嘘だよ。病気くらいにはなるだろうけど。」
「病気ですか?」
「オールド王子がピアスを外す時は死んだ時か死ぬ寸前だろう。何らかの感染症に掛かっているだろう。次に着けた人に病気が移るだろうね。ああやって言っておけば呪いと思い込んで、二度と他の人が着けようと思わないだろ。あのピアスがヴィオ国の特権になって翻訳辞書が作られないのは最悪だからな。」
「そんな理由だったんですか。でも片ピアスは止めたほうが良いですよ。欧米ではゲイのファッションの一種だそうです。」
「えっ。そうなのか。あれはモデルルームに転移してきた異世界人のためのものなんだ。指輪とネックレスとピアス形状のものがあるのだけれど、ピアスは片方だけでいいと渚佑子が。渚佑子まさか異世界人に対する嫌がらせ用なのか?」
渚佑子さんは静かに微笑みを浮かべている。確信犯らしい。




