幸せになってください
唐突に言おう。僕には好きな人がいる。とても可愛くて、頼りになるサークルの先輩。まあ僕の方が年下だったし正直言おうか迷ったけど告白した。
そしたら付き合えました。はは。羨ましいだろ。指加えてろ童貞。もしくは彼氏いない歴イコール年齢のあなた。はは。
それなりに上手くいってたと思う。確かに時には喧嘩したし、危うく別れそうになるときもあったけど、僕は彼女が大好きだし、彼女も僕が好きだった。だから離れるなんて絶対にありえなかった。ていうか怒り顔可愛いの。上目使いになんの。天使か。
そうそう、聞いてよ。デートしたときのこと。その日は水族館に行ったのね。そうしたら、彼女魚大好きみたいで。ねえねえ、見てみて、クマノミだー! ミノカサゴもいるー! あぁ、パウダーブルーサージョンフィッシュだー! って、はしゃいでんの。これまでに見ないはしゃぎっぷり。そもそも、パウダーなんちゃらってなんだよ。長ぇよ。魚博士か。とにかく、僕も楽しかったんだ。……え? のろけるのも大概にしろ? いいじゃん、少し付き合ってよ。
まあさすがに多くは語れないけど、おうちデートも楽しかったんだ。二人で定番のホラー映画を見てね。殺人鬼って意外と怖いのな。びびった。そのあと、アニメ映画見て……、ほら今話題の。面白いよあれ。感動。ボロ泣き。二人でびーびー泣いちゃった。今度見なよ。絶対。勧めておく。それで、そのあとに夜ご飯を二人で食べて、まあどちらからともなく初キス? 甘いね。甘かった。砂糖かよってくらい。でも、嬉しいよね。幸せだよね。最高に幸せだった。
僕はあまり外交的な性格ではなくて、むしろ彼女と正反対だったんだ。いつも明るくて人気者の彼女。暗くて地味な僕。僕もよく告白したと思う。そしてよく向こうも付き合ってくれたと思う。嬉しかったんだ。ね? 胸がきゅうと締め付けられるような。……そうね。幸せで涙が出そうな、そんな感じ。ずっと、こんな日々が続けばいいのになぁって思った。あわよくば結婚して、子供も生まれて、孫も生まれて、最後は二人でのほほんと過ごしたいな、って思った。
でもさ、神様は残酷だよね。知ってる? 忘愛症候群って病気。……知らない? 彼女がかかった病気なんだけど。彼女から聞いてないの? ……そう。じゃあ、説明してあげる。僕って優しいね。
平たく言えば、好きな人を忘れちゃう病気。少しずつ忘れちゃう場合もあるし、一気に忘れちゃう場合もある。僕の彼女は前者だな。
これだけで終われば良かったんだけど、この病気、その好きな人を拒絶してしまうんだよね。死ね! 消えろ! ……ってまあここまではいかないけど、ほら、分かりやすく言えばこの壷を買ったら幸せになる的な人を見るみたいな目だよ。ごみを見るような、冷徹で突き刺さる目。
彼女は僕を忘れたんだ。まあ、好きな人を忘れるって言う病気だから、ああ、僕はちゃんと彼女に愛されてたんだなと思って少し嬉しかった。まあでも、会いに行けば拒絶されるんだよね。最初の方は初期症状だったからそんなに忘れていなかったんだけど、最近は、ね。誰? 怖い。気持ち悪い来るな。って言われちゃうんだよね。
僕も諦めなかったよ。会いにいって思い出さないかなって期待したり、インターネットに治療法はないのかなって探した。でも検索結果はただひとつ。
『愛する者の死』
つまり、僕が死ねば彼女は思い出してくれて、もう彼女は苦しまなくていいってこと。彼女はやっぱり病気だから、入院してるんだよね。でも僕が死ねばそんなのすぐ解決。彼女は思い出す。退院おめでとう。ちゃんちゃん。ハッピーエンド。
ああ、なんか愚痴っちゃってごめんね。ということで、これ。彼女に渡してくれない? あなた彼女の親友でしょ? ちゃんと僕はあなたのこと信頼してるんで。彼女も、あなたのために昔いろいろやっていたようだし。彼女が信頼してる人なら、僕も信頼できるよ。
え? 怖くないのかって? 怖いよ。当たり前じゃん。でも、僕は怖さよりも彼女の方が超大切なんで。あの人のためなら何でもできるよ。だって、幸せになってほしいじゃない。
じゃあ、話は終わり。……ん? なに? なにかお願いを聞いてくれる? そう。ありがとう。じゃあそうだなあ、最後に、彼女に伝えておいて。手紙に、書こうと思って迷って書かなかったんだけど。
「 」
………………………………………………………………………………
「うぅ……待って、待って、嘘でしょう……」
「ごめん。でも、彼の意思は固かった。愛されてんね」
先輩。
僕と一緒にいてくれてありがとう。毎日が楽しくて、毎日が幸せでした。
いろいろありましたね。うん、いろいろ。でも、手紙になると全然かけないんですよね。だから、簡潔に書かせていただきます。
僕は貴女を愛しています。貴女との日々が僕の生きる種でした。きっとこれ以上の幸せを迎えるには神様がお許しにならなかったんですかね。
僕のことは忘れて幸せになってください。……って、今まで忘れていたんでしたね。では少し落ち着いて、少しずつもとの生活を取り戻して、いい人に出会って、結婚して、子供も生まれて、孫も生まれて、最後は二人でのほほんと過ごしてください。子供は化けて見に行こうかな。なんちゃって。
だから、どうか幸せになってください。貴女が幸せでいることが、僕の幸せです。
これからもずっと愛しています。
「そうそう、最後に、伝言預かってきたの」
「伝言……?」
「そう。伝言。辛くなっちゃうかもしれないけど、きっと彼の最後のわがまま」
「なに。き、かせて」
「『たまには僕のことを思い出して泣いて、って言っておいて』」
「……愛されてんね、ほんと」