眠り姫とぼく
---睡眠深度9で過去125日9:12:48の間安定。その前の睡眠深度は8です。さらに履歴を表示しますか?
「いいえ」を選択して、睡深計を閉じる。
名前も知らない、眠っている人物の顔を見る。少しソバカスの残る幼い顔。
顔立ちは整っている。ソバカスを減点してもまだ美少女と言っていい。
完璧な顔立ちよりちょっと減点ポイントがあった方が現実的で自分は好みだった。
目線を移す。
眠りっぱなしなのでしょうがないのだけど、伸び放題の髪。
高校生ぐらいだろうか。その気になれば服を脱がせてみることもできるのだけど、そんなことはしない。
ダボッとした寝間着姿から体型は想像するしかないけど、少なくとも呼吸に合わせて上下する胸のふくらみは小さくはなかった。
僕は手を伸ばしてもいいし、そのまま立ち去ってもいい。
「透子」
そのどちらもせず、いま勝手に付けた名前を声に出して呼びかける。
頭の中で自分勝手なストーリーが生まれ、しばし身を委ねる。
不治の病。恋人の透子は眠り続ける病気。最後に目覚めていた運命の日に僕たちは出会って・・・
出会った時のあれこれを想像しながら、ふっと思考を中断する。
出会ったのは今日が初めてだ。
いつから眠っていたのかも分からない。
睡深計の履歴をどんどん辿っていけば、いつからこうして眠っているのかも分かるのだろうけど、この睡深計のインターフェイスは恐ろしく使い勝手が悪い。履歴は1行づつしか表示されない。ひとつ前の履歴を閲覧するのにいちいち確認画面が現れる。パスワードを求められないだけでも奇跡だ。
開発者には嫌味の一つも言ってやりたいが、どこで寝ているのやら。
「睡眠深度3から2に変化」
電子音と共にアナウンスが流れる。
透子の睡眠深度計ではない。少し遠くから聞こえた。
睡眠深度2ならずいぶん浅い眠りだ。
僕はその子を探しに行ってもいいし、このまま透子の元にいてもいい。
「透子」
意味なく呼びかけて、それから呼びかけの意味を考える。
睡眠深度10がこの眠り病のデットラインだ。10に達してしまうとその後の復帰率は0%。死ぬまで眠り続ける。
現在の睡眠深度は正確には9.876。ここ数日で一気に10に近づいた。
医師からは、近しい人の呼び掛けしか特効薬はないと言われている。だから呼び掛けて欲しい。愛が世界を救う。
ああ、透子。また君と話がしたい。内容なんてなくていい。透子、僕たちの出会いは運命なのか。君が眠り病になったから僕たちは出会った。今君が目覚めてさえくれれば、この出会いに、この病にも意味はあったんだ。それをこれから紡いでいくんだ。だから透子。透子。・・・いや意味なんてない。愛もない。医師もいない。透子なんてのもいない。
この世界には僕一人。
睡眠深度がいくつだろうが、誰一人目覚めはしない。
首を巡らせる。
寝ている人の頭が無数に見える。
僕はもう少し透子のそばにいることにする。
その意味なんてないのだけれど。