第1章 守護精霊の寝室
「あなたの守護精霊は、ユニコーンですね。ミドルスペースのアラタの草原を駆ける姿が見えます。力強い体躯ですね。白いたてがみをなびかせて、金色の角も立派です」
ゆっくりと含むように、大道見星はゲストの女性タレントに語った。彼女は頷きながら聞いている。
「彼は、あなたのことを幼い頃から知っているようですね。とてもやさしい目をしていますよ」
見星のその台詞にかぶって、女性タレントの目元がアップになる。彼女の目が潤み始めた。
「どうやら彼は転生霊ですね」
聞きなれない言葉が見星の口から漏れた。すかさず効果音と共に画面下にテロップが表示される。親切なテロップによると、〈転生霊〉と表記するらしい。
続いて『現世に生きていた魂がミドルスペースで守護精霊となった存在』と詳しい説明が入る。同時に見星は一体のユニコーンのイラストが描かれた色紙を出す。彼自身が描いた守護精霊のイラストだ。玄人はだしの出来映え。このままアニメかゲームのキャラクターとして使えそうだ。
そのイラストを見て堪えきれなくなったのか、女性タレントは両手を口にあて、目からは一筋の涙。
「クリス……クリスなの……」
彼女が嗚咽混じりに漏らしたそのセリフにナレーションがかぶる。
「このあと、幼い日の奇跡! 感動の物語!」
そしてコマーシャルへ。お決まりの展開だ。
「この人、馬を飼ってたんじゃないかしら。その馬が死んで守護精霊になったって話よ、きっと。クリスってのは、その馬の名前ね」
私の隣で一緒にテレビを観ていた友人、安堂理真が煎餅をかじりながら口にした。
果たして、コマーシャル開けの展開は理真の指摘通りだった。
この女性タレントの実家は北海道の小さな牧場で、数頭の馬を飼っていたという。その中でも幼い彼女に一番懐いていたのが、栗毛のクリスと名付けられた馬だった。
ある日、クリスは乗馬中に転倒して脚を骨折してしまう。その女性タレントを背中に乗せて走っている最中の出来事だったという。彼女自身は無事だったが、脚を骨折し走れなくなった馬は殺処分されるのが通例だ。彼女は泣いてそれを拒否し、クリスの厩舎で寝泊まりを行い抗議した。
彼女は数日後風邪をひいてしまう。冬の足音が聞こえ始めた季節であり、厩舎に泊まり込んだ数日、ろくに食事も取らなかったことも災いした。家族はこれを機会にと、彼女が寝込んでいる間にクリスを殺処分することに決めた。
安楽死剤が注入され、あとは永遠の眠りにつくだけとなったクリスが、いまわの際に折れた脚で立ち上がり高らかに一声嘶いたのだという。
翌朝、彼女の病状は嘘のように全快した。
その話を聞いたとき、悲しかったが、クリスが自分に命をくれたんだと思い立ち直ることが出来た。そう彼女は語った。
そのクリスが今は守護精霊となって自分を守ってくれている。最後に大道見星は、クリスは何ひとつ後悔していない。あなたを守り続けることが彼の幸せなのです。だからどんな時も挫けず、前向きに生きていきなさい。と結んだ。
女性タレント号泣。あざとい作りだが確かに泣ける。私は潤んだ目で隣の理真を見る。全く泣いてはいないようだ。
安堂理真。私、江嶋由宇の高校時代からの友人。
現在は主に恋愛小説を書く作家。小説の他にも女性誌にエッセイなどを執筆している。普段ロマンチックな小説を書いているくせに、なぜ泣かないのか。恐らくミドルスペースだの守護精霊だのといった話を許容することが出来ないのだ。理真が持っている小説家とは他のもうひとつの顔のことを思えば無理もないことなのだが。
理真のもうひとつの顔とは、警察が手を焼く不可能犯罪に知恵を貸し解決に導く素人探偵というものである。
作家である安堂理真が警察の捜査に介入して素人探偵が出来るのは、過去に幾人ものレジェンド探偵が、実際に数々の不可能犯罪を解決してきた実例も手伝ってはいるが、もちろん彼女の実力が評価されてのものだ。
理真のもとに事件が持ち込まれたら、ほとんど私も助手として同行する。私は女性同士気の置けない親友であると同時に、理真のワトソンでもあるのだ。
私が過去に一度だけ理真と一緒に人気テレビ番組『守護精霊の寝室』を観たときのことを思い出したのには訳がある。ちなみに守護精霊と書いて〈ガーディアン〉と読ませる。
私と理真は、番組の進行役であり、今や『守護精霊見』なる肩書きで主に若い女性を中心に絶大な人気を誇る大道見星の別荘に招かれているのだ。場所は別荘のメッカ軽井沢だ。
大道見星。マスコミに彗星のごとく現れた時代の寵児だ。
曰く、この宇宙とは別の次元にミドルスペースなる世界が存在し、そこには守護精霊と呼ばれるものたちがいる。彼らは、この宇宙の人間を陰ながら守る役割を担っているのだという。
彼、大道見星だけは、ミドルスペースと交信し守護精霊を見る能力を有しており、それゆえ自らを守護精霊見と名乗っている。
彼はスタジオをミドルスペースと同じ霊的空間で満たした『守護精霊の寝室』と称し、ゲストを呼び、守護精霊に一時の休息を与え、ゲストの悩みや人生相談を語らうという内容のテレビ番組を持っている。その番組名も『守護精霊の寝室』である。
よくあるスピリチュアル番組だが、オカルトな要素をなるべく廃し、(守護霊と守護精霊、精の字が入るだけで随分印象が変わるものだ)守護精霊に先のユニコーンなど幻獣の姿を与え、それを自らイラストに起こし、それらは全て『ミドルスペース』と呼ばれる異空間に存在しているのだと、大道見星は語る。
恐るべきは、そのミドルスペースには、神話上の神様や登場人物まで存在していると言い張ることだ。
過去にも自分以外に守護精霊見が存在し、彼らが垣間見たミドルスペースに生きるものたちが、神話や伝説という形でこの世にその存在を語られるようになったとかなんとか。本当かよ。
かつて大物俳優がゲストとして出演したとき、見星はそのゲストに、あなたの守護精霊はギリシャ神話に登場する海と大地の神ポセイドンです。と言い放ったことがある。ベテラン大物俳優相手へのサービスだからといって、やりすぎではないかと思った。人類全体の財産ともいえる古代神話上のキャラクターを個人の守り神みたいな扱いにして。そんなことしていいのか、と思ったことを憶えている。
その大物俳優はアウトドア、中でも特に釣りが趣味ということで、いたくご満悦であった。
ともかく、このようなファンタジックな要素を取り入れたことで、今までスピリチュアルに興味を示さなかった層の取り込みに成功し、深夜番組として始まった『守護精霊の寝室』は、ゴールデン時間帯に進出。一躍人気番組になるとともに大道見星の名前も広く知られるようになった。
もっとも、大道見星はテレビ番組で有名人を相手にする以外にも、個人事務所で一般の人の守護精霊見も行っている。そちらのほうは見料だけでもかなりの金額を提示しており、守護精霊のイラスト一枚描いてもらおうものなら、目の玉の飛び出るような額を要求されるという噂がある。
その他に、テレビでは決して口にしないが、イラストを部屋に飾らないと守護精霊が機嫌を損ねて不幸になるなどと言った、悪質霊感商法まがいのことを遠回しに吹き込んだりしているなど、真偽のほどは定かでないが、よくない話も耳にする。
そんな大道見星が数名の親しい人たちだけを集め、自身の所有する長野県軽井沢の別荘で集いを開くという。
私はもとより、理真も見星とは一面識もないのだが、招かれる客のひとりだった作家の不破ひよりが原稿締切の関係で参加不可となった。そこで代わりの参加者として理真に声をかけたというわけだ。
後輩作家として普段からかわいがっている理真へのプレゼントのつもりだったのだろうか。理真は見星のようなスピリチュアル的なものにはさほど興味はないのだが、世話になっている先輩からの話で、理真は残念なことに締切に追われるほどの有名作家ではないこともあって、参加を快諾したのだった。
加えてもともと不破のマネージャーが一緒に参加する予定だったとのことで、理真はマネージャーは雇っていないのだが(マネージャーが必要な程の仕事量がないだけなのだが)友人である私も帯同を許された。
往復の交通費は別荘に到着したら支払ってくれるという。さすが今をときめく大道見星、太っ腹である。
私たちは上越新幹線に乗車し高崎で降り、長野新幹線に乗り換えて軽井沢駅で下車というリッチな行程を組んだ。理真がグリーン席を取ろうとしたのだが、さすがに止めた。平日の昼間、自由席でも楽に座れる。指定席を取るのも躊躇したくらいだ。
乗り換えにさほど時間を取られなかったおかげで、正味二時間少しの移動時間で私たちは軽井沢の土を踏むことができた。
避暑地とは軽井沢の代名詞だが、なるほど夏真っ盛りにあっても、さわやかな風が私たちを出迎えてくれた。まさに下界の蒸し暑さなどどこ吹く風。普段理真と私が住んでいる新潟市内とは気温、湿度とも雲泥の差がある。新潟は寒冷の豪雪地帯として知られるが夏も暑いのだ。
招待状に同封されていたタクシーチケットを使って、軽井沢駅からタクシーで乗り付けた見星の別荘は広い庭に囲まれた堂々たる作りだった。
門をくぐりアプローチを歩き、玄関までたどり着く。呼び鈴を押すとすぐに扉が開き、細身の青年が姿を覗かせた。
「いらっしゃいませ。安堂理真先生ですね」
人なつっこい笑みとともに、青年は初対面であるはずの客の名前を見事に言い当てた。
青年は私たちを室内に招き入れつつ自己紹介を始める。
「僕は大道見星のマネージャーをしている室谷亮といいます。どうぞよろしく」
「こちらこそ。本日はお招きいただきとても感激しています」
理真が本心かどうか疑わしい言葉で返す。
「もっとも、本来は不破先生が招待されていたのに、私のような無名作家が代役に選ばれてしまって。心苦しいです」
「とんでもない。僕は安堂先生の作品も拝読していますよ。すばらしい作品をお書きになる。最新作の『流星雨は君の涙』よかったです。泣いちゃいましたよ僕」
室谷というこのマネージャー、歳は三十に届かない程度だろうか。そのくらいの歳の男性が理真の小説を愛読するとは思えないが。客人が急遽不破から理真に代わって、慌てて理真の著書を調べ、とりあえず最新作だけ読破したのだろうか。
なかなか、こういう言葉を使っては失礼だが抜け目のない男である。それならば顔を見ただけで理真と言い当てたのも納得がいく。本に著者近影が載っているからだ。
会話を進めながら、室谷は玄関を入ってすぐのホール中央にある応接セットのソファを勧めてくれた。
「ありがとうございます。男性の読者の方は少ないので、特にうれしいです。最新作といっても、もう一年近く前になりますけど」
例え動機が何であれ、自作を読んでくれた読者を前にすると理真は機嫌がいい。ソファに腰掛ける所作も心なしかいつもより優雅だ。
「本にサインでもしましょうか」
「ありがとうございます。でもあいにく本は東京のアパートに置いてきてしまったもので……」
室谷がすまなそうな顔をする。本当は図書館で借りたものを読んだんじゃないんですか。などと言ってみたくなる。私って意地悪なんだろうか。そこで私の自己紹介がまだだったことに気づいた。
「はじめまして、私は江嶋由宇といいます。安堂理真のアシスタントのようなものをしています」
アシスタントのようなものとは一体何なのだ。自分で言っていておかしく感じる。しかしこの場ではそう言っておくしかないだろう。まさか理真の高校時代からの友人で、今は彼女が住んでいるアパートの管理人だなどとは言えまい。それこそ何しにきたと言われそうだ。
ありがたいことに室谷はそこには突っ込まないでいてくれた。
「マネージャーさんですか。どうぞよろしく。安堂先生も若くてお綺麗ですけど、マネージャーさんまで若い美人さんなんですね。その眼鏡、よく似合っていて素敵ですよ」
理真が美人なのは万人が認めるところだろうが、私はそんなことを言われたことがあまりないので戸惑う。素敵と言われた眼鏡がずり落ちそうになったので中指で押し上げる。またぞろ社交辞令だろうが、ありがたく受け取っておく。さっきは失礼なことを考えてごめんね。
「すみませんけど、先生はやめて下さい」
理真が室谷に言う。いつものことだ。理真は先生と呼ばれたがらない。
「わかりました、じゃあ、安堂さんと呼ばせていただいてよろしいですか?」
室谷の申し出を理真は快諾した。
「早速ですけれど、交通費の精算を……」
今度は理真が申し出る。抜け目のなさでは引けを取らない。私は慌ててバッグの中から乗車券購入時に発行してもらった領収書を取り出す。
「領収書のたぐいは結構ですよ。金額を言って下さい。お帰りのタクシー券と一緒に復路の分も併せて倍の額をお渡しします」
さすが今をときめく大道見星。太っ腹だ。私は心の中で拍手喝采を送った。
交通費の精算が終わると、私たちは応接室に案内された。
二十畳はあるだろうか。広く明るい応接室には、数名の男女が腰をかけコーヒータイムを取っていた。先客だ。
正確には男性三人と女性一人。室谷と私たちが入室したため、室内は男性四人、女性三人になる。それでもまだまだ部屋は窮屈と感じない。
「皆さん、新しいお客様です。こちら、作家の安堂理真さんとマネージャーの江嶋由宇さんです」
室谷が紹介してくれる。
「作家ということは、不破先生の代わりの」
四十歳前後くらいの背は高いが小太りの男がこちらを振り返った。代わりとは失礼な。確かに代わりだけれども。
「こちら、『守護精霊の寝室』のディレクター、昇陽テレビの本名耕太さんです」
室谷が失礼なおっさんの紹介をしてくれた。あの番組のディレクターか。
「聞かない名前の作家さんだが、不破先生の紹介なら大丈夫だろう。よろしく頼むよ」
本名は舐めるように理真を見てから握手を求める。理真は一瞬だけ握手に応じてすぐに手を離す。とことん失礼なおっさんだ。しかし何が大丈夫なのだろうか。問う間もなく室谷は次のメンバーの紹介に入る。
「あとのお三方は精霊会からのゲストの方々です」
セイレイカイ? なんだそりゃ。先ほどから置いてけぼり感が漂う。
「峯四郎さんと保坂和志さん、それに藤見陽子さん」
室谷の紹介に、男女は順に頭を下げる。
見るからに裕福そうな太ったおじさんが峯。着ているものの豪華さに反比例して寂しい頭髪に惑わされがちだが、五十には届いていまい、四十半ばくらいと見た。
隣の保坂は三十代後半くらいだろうか、細身だががっしりした体躯だ。昔何かスポーツをやっていたに違いない、陸上とか。と万年帰宅部だった私が勝手に推測してみる。
唯一の女性の藤見も、これまた金持ってますという空気を全身から発している。歳は他の二人よりは若いだろう。うーん、三十代前半。下品に着飾ったりせず、怪鳥の巣のような変なパーマをやめればそれなりに綺麗な女性の部類に入るだろうに。もったいない。
そんな精霊会と称するメンバーたちは握手を求めてくるようなことはしなかった。銘々に「どうぞよろしく」などと挨拶を交わす程度。皆が席に落ち着きひと段落ついた。
「今ちょうど先週の『守護精霊の寝室』の話題で盛り上がっていたところです」
「そうなんです。先週は素晴らしかったですよね。まあ、先生の番組は毎回素晴らしいんですけれど」
峯と藤見が語り出す。
「田神優也の守護精霊がヤタガラスとはね。納得です」
保坂も話に入った。
ほくほくした顔でそれを聞いているのはディレクターの本名だ。これはやばい展開になってきたぞ。
「安堂さんと江嶋さんもご覧になりました?」
峯が振ってくる。
ほら来たよ。この「ご覧になりました?」は、当然観てるよね、というニュアンスだ。田神優也はもちろん知っている。イタリアのクラブで活躍するサッカー日本代表の絶対的指令塔だ。先週のゲストは田神だったのか。なら観ておいてもよかった、などと思っても後の祭り。私も理真も一秒たりとも観ていない。
「観てないんです。すみません」
理真っ! しれっと本当のことを言うんじゃない! ほら、場の空気が変わった。
「お忙しかったのかしら。録画されてまだご覧になっていないんですの?」
怪訝な顔で藤見が訊いてくる。
「いえ……」
「はい、そうなんです。締切が迫ってまして……」
危ないところだった。理真が、いえ、録画なんてしてません。あの番組を観たことは一回しかありません。と言い放つところだった。
「そうなんですの。お帰りになったら是非ご覧になって」
藤見の言葉に、はいはいええ、と相槌を打つ。家に帰ったところで観ようがないのだが。
「ヤタガラスって、日本サッカー協会のマークに付いてる鳥なんだって初めて知りましたよ。そんな立派な守護精霊が付いてるなら、あんなにすごいフリーキックが打てるのも納得ですね」
峯はそう言ったが、田神があんなにすごいフリーキックを打てるのは、ヤタガラスのお陰じゃなくて、彼自身の努力と研鑽の賜物ですよ。と理真が口を挟むんじゃないかと冷や冷やした。
「ガーディアンズチョイスも痺れましたね。このままヨーロッパでプレイを続けるべきか、日本に戻って得た経験を伝え、Jリーグのレベルを上げるべきか……」
保坂がまた語りだし、先週の守護精霊の寝室の話題は途切れそうにない。何とか試合の流れを変えなければ……
会話が一段落ついた。そろそろお前等も何か話せよ。という圧力を感じる……ええい、ままよ。
「みなさんの精霊会というのはどういった集まりなんですか」
一同が沈黙する。なぜだろう、視線が痛い。室谷が紅茶を注ぎながら私の質問に答える。
「精霊会というのは、見星先生にガーディアンシークをしてもらった方々が入会する会員制組織です。もちろん強制ではありませんよ。こちらにご案内が」
室谷は紅茶のカップと一緒にパンフレットを私の目の前に出してくれた。理真も横からそれを覗き込んでくる。
会員になると、大道見星の特別講演に参加したり、限定グッズを購入出来たりするらしい。要はファンクラブみたいなものか。
パンフレットを流し見していると、入会費と年会費が記載された欄が目に入り、見た途端目が飛び出そうになった。紅茶を口に含んでいたら間違いなく吹き出していたに違いない。ミスプリントでゼロの数を一個多く足してしまったんじゃないの?
改めて講演の参加費やグッズの値段を見直すと、これまた信じられないプライスが並んでいる。横目で理真を見ると一瞬目が合い、私の言わんとしていることを察したのか、口笛を吹く真似をした。
「なるほど、こういう会があるんですねー」
などと言いながら顔を上げると、皆の視線が再び突き刺さる。
お前そんなことも知らないでここに来たのか。と顔に書いてある。
やばい、完全アウェイだ。つい視線を下に落とす。出された紅茶に手を付けるのもはばかられてしまう。
言い訳をするわけではないが、私は来る前に大道見星について少し知識を持って行ったほうがいいと進言したのだ。守護精霊の寝室も観ておこうとも。それを、もともと不破先生が呼ばれるはずのもののピンチヒッターだし、ただ御飯をごちそうになるだけだから別にいい。と拒否したのは理真だ。
横目で当人の様子を伺う。涼しい顔で紅茶を飲んでいた。こいつ……
「安堂さん、江嶋さん、本日お泊まりいただくお部屋にご案内します」
場の空気を察したのか、室谷が腰を上げた。
ナイス室谷。起死回生のスルーパス。あとはボールをゴールに流し込むだけ。私はボールでなく紅茶を、ゴールでなく喉に流し込んで、ちょっと失礼などと適当にその場を濁して退室。
頭の中で試合、いや、前半終了のホイッスルが鳴った。