ラストNo. 松塔 愛、その真心は
どこまでいっても真実というものは、裏側に隠されているものだ。
松塔は、自分にそう言い聞かせて育ってきた。
小5ですでに恋愛を思考の遊びとして捉え、男はただの道筋の一つにすぎなかった。
代わりのきかない相手などなく、結ばれて満たされたはずの思いは、やがて時間によりあくびに変わっていく。
「どうせこんなもんよね・・・。男と女は、しょせんスイッチを入れた存在がすれ違うかどうかよ」
人に言えない美しい本音でも抱えていれば、それなりに長続きもしたのかもしれない。
だが自分は、早い段階でおぼえたセックスにも、どこか透明な思いを感じることはできなかった。
結局のところ、普通に生きている人間の大きな欲求の一つはコミュニケーションの新しい形であり、今の性交より新鮮なものがあれば、その方がよっぽど楽しい触れ合いができるかもしれない。
ーー少女には、いつからか繰り返しみてしまう夢があった。
自分の未来の風景には、なぜか誰一人として立ってはいない。
安定した仕事も、結婚も、子供もまったく見当たらなかった。うすら寒いその場所から、退屈な現実に引き戻してくれるのがセックスであり、松塔はそれによって、しばらくの安心を得ていたのだった。
私は・・・なぜだろう。妊娠することがないのかもしれない。
そう感じ始めたのは、大学に入って、外国を旅するようになってからである。
多くの孤独と人に触れ合い、松塔は幼いころの記憶が、まったく他人のもののような気持ちになっていたのだった。
・・・ときおり、旅行者の女性としては止められたような場所にまで向かい、彼女は本当の自分を知ることになる。
その既視感に包まれたのは、メキシコの雑然としたソカロ広場のはずれ、下町でのことだった。
ある裏道に、ホテルも薦めてくるような料理屋があり、その一帯を把握したつもりでいた彼女は、軽食をとりに出かけてしまったのである。
料金もかなり安かったので、その時の松塔は、トルティーヤ生地に巻かれたアボガドや牛肉を見て、店員に笑顔を向けるような気持ちにさえなっていた。
それまでずっと旅をしてきて、学んでいたはずなのに。
無防備すぎる心持ちでいると、なぜかトラブルまで己への良い導きだと勘違いしてしまうということを。
(・・・やっぱり、昼間でもまずかったかしらね・・・)
店を出たところで声をかけてきた男性は、なかなか身ぎれいな格好をしていた。
やけに開放的な様子で、少し気を許していっしょに路地を歩いていると、数人の男が後ろにいるのが分かって、はじめて過去を思い出してしまう。
私は、幼いころ、こうしていたずらされた覚えがあるーー
なんで忘れていたんだろう。 それで、ずっとほかの女性たちより、心が鈍かったのかもしれない・・・。
親は記憶に蓋をして、彼女は一生慰められない女の子を、心の中に置くことになったのだった。
建物に引っぱり込まれる前になんとか声を出し、松塔はうまく路地裏から逃げ出すことに成功する。
「・・・ホテルに・・・いや、日本に帰らなくちゃ」
もう彼女は、その時には知っている自分とは、別人になっていた。
無事に家に戻ったとしても、果たしてまともに生活を送れるようになるのだろうか・・・。
以前より影の増した女に、大学に帰ったあとの人気は上がってしまったが、彼女はほとんど外出することがなくなっていた。
「・・・ごめん。
ずっと自分は、価値のある女だと思ってたのよ」
夜には一人でお腹を抱き、よく涙を流すようになる。
子どもの頃にいなくなった女の子は、誰かにちゃんと愛されるべきだったのだ。
ーー 彼女が、ふたたび男の手を取れるようになったのは、その抱擁を完全に必要としなくなってから。
どんな自分も受け入れ、愛すると決めたとき、松塔は不思議と人の心を埋める側になっていた。
あまりに自然なその想いの深さに、彼女を抱いた相手は戸惑い、知らぬ間に涙を落とすこともあったという。