No.4・レンジャー、友野 美景
将来の道がすでに決定していた友野美景は、クラスの友人たちを、一番初めに見捨てようとしている。
それは、人の話を聞こうとしない面子では、自分の能力が発揮できないからだった。
「・・・ああ、私はなんで、こんなお子様たちの中に混じって授業を受けているのかしら。
とっくに未来のビジョンは、私に重なっているのに」
そう呟いては、彼女は休み時間にも、コツコツと『小六法』を読みふけっているのであった。
少女がネットで手に入れたその書物は、自衛隊の外には出回らない、さまざまな規定や、服務細則が書かれたものらしい。
・・・友野は、幼いころから、テレビの軍事演習を取り憑かれたように見てきたのだ。
ときおり画面をかすめる指揮官が、そのすべてを動かしているのだと知ると、少女の体は燃えた。
― 自分には、将たる器がある!
いつしかそう確信するようになり、委員などの上下関係はあっても、まだ権利を主張できるシステムに囲まれている間は、野望をひた隠しにした。
戦場で絶対の命令権を手にしたとき、王たる魂は開花するのだと、ひたすらに防衛大学を目指す夢をもつ。
とりあえずは、人付き合いもそこそこうまかったので、彼女は自分の進路をだれにも悟らせなかった。
(・・・もし、道が重なるようなヤツが出てくれば、地獄のような訓練話をして、遠ざけてしまえばいい)
自分の聖域である大学に、足枷となる知人はいらないのだ。
友野はまんまと一人だけ幹部候補生として進学し、その中でウキウキと、もっとも泥臭い陸上自衛隊の道を選んでいった。
同期の多くが嫌がる戦闘訓練では、他の追随を許さぬほふく前進をくり出し、カッター教習では、嬉々として吐きながらオールを漕ぎまくる。
気づけば友野は、トップクラスの成績で帽子投げ卒業をしていた。
― 天職というものは、間違いなく存在するんだわ。
いつか巡りあう嵐がすでに生まれていることも知らず、その時の彼女は、天にも昇る気持ちだった。
配属されてからは、しっかり襟を正して、エリート臭さは隠しておかなければ・・・。
友野は、大学の訓練の中で、いちおうそういったことも学びはしたらしい。
女性の身であまり前に出すぎると、どんな世界でも切り開いてきた男は、いい顔をしないもの。
数年かかって地道に仕事を積み上げ、やがて副中隊長として部隊をまかされるようになった頃には、「あそこの長は、イスに座っているだけでいいよ」とほかの中隊から囁かれるほど、大車輪の働きを見せていたようだ。
・・・そんな友野3尉にとって、あまりに理不尽な事態が起きたのは、ある一日の始まりの、朝礼のことである。
すでに「副長」の任期4年目を迎え、栄転の噂がちらほらと流れかけていた頃だった。
「― あ、あなたは!」
その部隊に整列していた顔の一つに、幹部らしくもなく取り乱してしまう。
「何であなたがここにいるの!」
休暇中に転任してきた陸曹のなかに、かつてのクラスメイトが並んでいたのだ。
「えへへ・・・。友野さんも、いえ、友野3尉も陸自に決められたんですね。
よろしくお願いします」
のほほんと敬礼している女性は、たしかに自分の同窓生らしい。
顔を見るまで思い出せなかったが、当時いちばん縁を切りたかった、小ミスを連発するたぐいの児童だったはずだ。
のんびりした普段の生活ならまだしも、演習に入ったシビアな状況で、彼女がついてこられるとは思えない。
良い予感などするはずもなかったが、友野はため息をついてうなずいていた。
いまの自分としては、己の仕事を全うすることが、何よりの喜びでもある。
なじみのある顔を横目に、自分の整列する場所へと戻っていった。
(・・・さて・・・。とりあえず、いつもの役割はこなさなきゃね)
「頭ー、なか!」
その中隊長への敬礼とともに、同窓生の疾走は始まったのだった。
「ちょっと!今度はICC、レーダーが転倒したって!?」
「はい!高速道路で・・・どうやら、牽引車のブレーキホースの連結コックを、倒していなかったとか!」
「バカ野郎!」
あれは2億もするシロモノだぞ、と友野は怒鳴っていた。
「この前はトラックの側板をひしゃげて廃車寸前までいったし、あいつは、部隊を解散させる気か!」
中韓摩擦を視野に、増設された高射特科部隊が、崩壊の危機にある。
ここまで訓練で最高の練度を見せてきた友野だが、ほかの部隊から嘲笑されていた。
(こんなの、報告でごまかしようもないじゃない!)
泣きそうになっている3尉は、山のような書類に囲まれて、ひとり震えてしまう。
「副長!」
そんな彼女を救ったのは、一本の電話だった。
「誰よ、こんなときに!」
イラつきながら回された受話器をひったくった彼女は、「第4中隊、副長」と乱暴に名乗りをあげていた。
「あっ!」
となりでは先任陸曹が、口元に手をあてている。
・・・?
こんな時に、何を動転してるのよ。
これ以上悪い事態なんてーー
「ーーほっ、方面総監でありますか!」
思わず彼女は、電話の相手に立ち上がり、不動の姿勢をとっていた。
「は・・・はっ! 分かりました。申しわけありません」
くぐもった声の対話はしばらく続き、中隊の事務所には、完全な沈黙が訪れていた。
いつもは雑然としている室内が、まるで小隊検閲のように副指揮官の言葉を待っている。
「あの、友野3尉・・・?」
唯一対等に口をきける先任陸曹が、電話からやや間をおいて、彼女に声をかけた。
「ーー 問題ないそうだ」
「は?」
「ICCの配備、一台だけ優先的に回してくれるらしい。
書類上は、高速道路で倒壊したものを旧部隊からの使い回しの劣化廃棄にして、型番を全部とっかえろ!
・・・牽引車には、重大な損傷はなかったことにする」
「しかし、同じ事態を起こさないために、各部隊に回すハットレポートは・・・」
「ああ。噂が広まる前に、彼女のブレーキコックのミスだけを載せるんだ。
あと、本物の旧部隊からの劣化レーダーは、死んでも長生きさせろ!」
「はっ!」
話が終わると、友野は盛大に息を吐いていた。
いったい、自分の級友だった女性は何者なのかと、その日から頭が混乱を起こしていく。
消えかけた栄転の夢は、まだ望みがあるのかもしれない。
しばらくして、彼女は自らの席がある事務所ではなく、ちょくちょく現場である整備班に顔を出すようになっていたのだった。
「おお。4中隊は、今年すごいんじゃないの?」
それは、その年の暮れ・・・。
年に一度は行われる、駐屯地競技会でのことだった。
『― さあ、これからどうなるんでしょうね。
今回はちょっと、驚きの結果になってしまうのでしょうか!』
駅伝のレースが始まって、中継アナウンスの方は、がぜん盛り上がっているようだった。
それもそのはずで、なんと友野の中隊が、前年度ビリから2位集団にまで大躍進を見せていたのである。
訓練ばかりを優先して、持続走や銃剣道など、自衛官としてのたしなみをおざなりにしてきた彼女は、「ははは」と乾いた笑いをもらしていた。
「・・・まさかねえ。ウチといい勝負をするとは」
こういった時はいつも建てられる休憩所の天幕で、なにやら大柄な男に詰めよられている。
「いやあ、たまたまのことですから。
どうも若い者たちが、今回だけはやる気になったようで」
古豪の中隊である、1中隊長にあくせくと弁解していた。
「いやいや、友野3尉も充分、新しい人材なんだから。すごい力になってるんだよ」
今まではただの仕事に突っ張った女だと言われてきたのに、競技会を盛り上げればこれか。
男というものは不思議なものだな、と彼女は頭をかいていた。
「― なにか上手い練習法でもあったのかね?」
壮年の3等陸佐にそうたずねられるが、困った表情しか返すことができない。
「ウチに今年入ってきた女性自衛官がですね・・・あ、あいつです。
なんか、周りをその気にさせるのがうまいみたいなんですよ」
指をさして説明すると、1中隊長は「ほう」と意味ありげな笑みを浮かべた。
「あの子は確かにねえ・・・。
いい意味で男殺しだから」
さすがに年配なので、そこらへんの事情にも詳しいらしい。
男の自衛官と違って、WACは驚くようなアクセスを上官に持っていることがある。
秘書的なポジションにつかなくても、こういった競技会などで、ひょいと雲の上の階級から話しかけられやすいのだ。
とくに美人というわけでもないのに、友野の元クラスメイト、中城3曹は好かれに好かれていた。
「そういえば君も、『総監部』行きが決まったんだって?」
ふと話題を変えられて、友野は息を詰まらせた。
「私などには、とても恐れ多いのですが・・・」
女であることを当てこすられたのかと思ったが、そうではないようである。
「いやいや、今回のきっかけは中城くんかもしれないけど、君なら他人のパイプなんかなくても、いずれは決まっていたことだよ。
・・・こんな田舎部隊に派遣されたってことは、防大で教官と何かあったのかな?」
苦いものを噛んだように、彼女はうつむいていた。
「失礼します!」
そのとき、先ほどまで話題にしていた中城が、そばに立っていた。
「副長、もうすぐ継走のアンカーである幹部の出走です。不肖ながら、1中隊長のお相手は、私でよろしければ・・・」
思わせぶりに言って、彼女は中隊長の笑いを買っている。
「ふふ。じゃあ、継走チームの解説でもしてもらおうかな」
男は、脇にあったパイプ椅子を軽くたたいてみせた。それからふり向くと、
「ああ、友野3尉。
うちの中隊のアンカーも、北川3尉で副長だよ。 かなり速いから、4中隊くらいは抜いてしまうかもしれんな」
― 負けません、と微笑んで、彼女は敬礼していた。
その後、友野はめざましいスピードで昇進を続けていく。
しかも、優秀な男のやっかみが多い中、ほとんど摩擦を起こさないバランス感覚を身につけていた。
かつての級友である陸曹、中城とは長く連絡をとる仲になり、友野は彼女をもう一つの『小六法』として、酒の友に欠かさなかったという。
No.5
中城 こころ、8割オッケー
彼女は、ほかに代わりのいない教室のリーダーだった。
勉強、運動、容姿、何もかもが人の三歩後ろを行く少女が、その席に座ったのは、むろん本意なことではない。
・・・近いベクトルを持つにもかかわらず、まったく同調しない5年1組の学級会。
中城は、みんなの意見を辛抱強く聞いて最後にうなずくため、おおよそ80%のクラスの総意点をかせぎ出すことに成功したのだった。
いつも教室から蹴り出されている担任を救ったのも彼女で、もちろん始めからそんな権限が与えられていたわけではない。
― いつだったか、アジアの国の内閣で、トップが短期間で代わりに代わったことがある。
『 "ハポン" の首相の名は、憶える必要がないヨ』
とまで外国に言われ、少女が委員長のイスに収まったのも、そのころだった。
そして、クラスの強権を持つ女たちが、互いに目配せしたのだ。
前に進むには、妥協は必要だと。