No.2・天地 開闢《かいびゃく》辻宮サキ
辻宮サキは、悟っている。
と、自分では信じていた。
己に知らぬものはなく、世界にあるものはすべて、自分と同位なのだと確信していた。
・・・そんな彼女は、今日もまわりの女子の会話に耳をすませ、知っているものにうなずき、知らぬ話はそんなことも私は知っていたのかと、またうなずいていく。
友達にも丁寧で、自分は世界に優しくしているのだから、同じようにされて当然なのだと、ひっそり微笑みを見せる。
たまに消しゴムが机から転がり、他人の足下に落ちたのに拾ってもらえなかった時、まだ宇宙は痛みを抱えているのだと、少女は傷つく。
野望はまだない。
世界平和が本当に世界の平和な形なのか、彼女には想像できないからだ。
・・・今日も、朝ご飯をパンにするか米にするかで、どこかの紛争が止まるかどうかを、辻宮は占っていた。
もちろん、戦場は今日もミサイル弾丸雨あられ、すべて世はこともなし、である。
No.3
庭師、天上マコ
体の小さな天上マコの夢は、校庭を英国庭園化することだった。
いつそれを思い立ったのか、彼女は幼いながらも、まったく記憶には残していない。
ただ、まるで昔からの約束のように、植物をさわっていると、何もかもを忘れてしまう自分を発見してしまったのだ。
「きっと、私が目指すべきものは、そこにしか存在しないの」
彼女の決意は、まるで重層的な音楽のように、小さな身体と未来を満たしていった。
美しい庭とは、この世のどんな争いも癒す効果があり、人が最後にたどり着くのは、おそらく世界のどこかにある、『本当の故郷』ではないのか。
・・・あと、できたらそういう景色を作る依頼とかも、されてみたい。
ちょっと私心の入った願いなのだが、少女にとっては、それは壮大な道のりの始まりであった。
家はアパート住まいなため、天上は今日も、学校のグラウンドにある花壇のブロックをずらして、庭を広げようとしていく。
「ああもう、ダメだって!
こんなとこに石置いちゃあ」
そこに、いつものしわがれた声が聞こえてきた。
また来たのか。あの、小うるさい用務員が。
天上は大きく肩を落として息をつくと、ぐいっと顎をあげた。
「あたしの植物と、この不自然に固められたろくでもない校庭と、いったいどっちが大事だと思ってるんですか!」
いつまでも芸術を理解しようとしない初老に、少女はまくしたてていた。
「お嬢ちゃん・・・あのね、ここはみんなが遊ぶ場所だって言ってるだろう?」
「だからそれには、しっかり答えたじゃないですか!
将来、紫綬褒章を約束されたあたしの庭は、この学校が過疎廃校しても、ずっと残るんですよ!」
「また、そんなデタラメを・・・」
「その庭園の管理に、かわいそうだから用務員さんを選ぼうと思ってたけど、これじゃあ考えざるを得ませんよ!」
「そこまで言われると、いっそすがすがしいね」
用務員は呆れていたが、その当人は花壇を戻し始めたようである。
「ーー ん?どうしたんだい?」
「もういいです!」
天上は、作戦を変えることにした。
この石頭も、今ここにある風景の一つであり、自分はそれも芸術に変えないといけない。
(・・・明日は、飛び草を持ってこよう)
果てしない作業になるが、少女はそう強く、胸に誓う。
とりあえずは、ポコポコ増えていく簡単な植物から。
いずれは校庭を埋めつくし、映画のような景色のなかで、手を振るおじいになるがいい!と彼女は未来を見据えていたのだった。