1.Prologue
なろう初投稿作品です!
拙い文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。
人間は、醜くて愚かだ。
そんなことは、自分にとっては言うまでもないことで。
だからあるいは、自分は最初から壊れていたのかもしれない。
人間は、美しくて気高い。
それを教えてくれたのも、やはり同じ人間で。
彼女に出会って、自分の日常がめちゃくちゃに狂っていて、自分もまたどうしようもないくらいに壊れているのを知った。
それでも、壊れた自分には彼女たちみたいになることはできなくて。
ならばせめて自分は。
人間によって壊され、人間によって救われた自分は。
人間の醜さも愚かさも、美しさも気高さも、全てをこの目で見てきた自分は。
彼らの近くで生きていけ、と。
そう、自分に命令した。
***
トントンと、階段を登る音が、まだ早朝のアパートに響く。
日課の朝の鍛錬を終え、自宅に戻ってきた黒髪黒目の少年──嵐夜・リンドヴルムは、無言で自宅のドアを開ける。
端整と言える顔立ちに、180cm近い身長。
しかし彼のその感情を全く感じさせない表情は、ある種の近寄りがたさを醸し出していた。
廊下を進んでいると、ちょうど洗面所から出てきた制服姿の美少女──怜悧・リンドヴルムと顔を合わせる。
「お帰りなさい、兄様」
「ああ、ただいま、レイリ」
レイリは、ランヤの血の繋がっていない妹である。
艶やかな黒髪をポニーテールにした、切れ長の目の美少女。10人がいたら10人が結婚したいというような超がつく美しさである。
表情があまり変わらず、クールな印象を受けるが、ランヤと違って感情が表に出ないわけではなく、ただ表情に出にくいだけである。
当然ランヤも、レイリのその激情家な一面ももちろん認識している。
「朝ごはんは出来てますよ」
「ああ、食べよう」
そう言ってランヤはダイニングへのドアを開けた。瞬間、
「おっはよ〜ラーニャぁ〜、そしておっ帰りぃ〜」
そう言って金髪の美女が抱きついてきた。
ドアを開ける前から彼女の存在を察知していたランヤは、難なく受け止める。
「おはようございます、レア。帰ってきていたんですね」
レア・レオニー・リンドヴルム。
外国人らしい美しい顔に妖艶な色香を感じさせる抜群のプロポーションを持つ美女。
そして、ランヤとレイリの義理の母親。
2人が純系の日本人にも関わらず、リンドヴルム姓を持っているのはつまりそういうことだ。
とはいえ、彼女の年齢は26歳で、兄妹からすると姉のような存在なのだが。
「早くラーニャとレーリィに会いたくてさぁ!空港から真っ直ぐ来ちゃったっ!」
「返答一。あなたの家はここではなくて隣です。返答ニ。実の弟に顔を見せてから来てください。」
ラーニャとレーリィというのは、兄妹のあだ名のようなものだ。
と言っても、使う人は滅多にいない。
とりあえず朝食をすませましょう、と言ってレイリが食卓の準備をする。
「仕事は一段落ついたんですか?」
トーストを頬張っているレアのゲルマン人特有の碧い瞳を覗き込みながら、ランヤは尋ねる。
「ん?まーねー。それにまぁ、そろそろかなって、思ってさ...」
そう言って意味深に微笑む。
「......」
ランヤは彼女の奇妙な発言にその真意を確かめようと彼女の瞳をじっと見たが、その思考を伺うことはできなかったので、特には言葉を返さない。
***
「おはよう、ランヤ、レイリ」
学校に向かって家を出てから間もなく、2人は声をかけられる。
「おはよう、ルカ」
「おはようございます、ルカ」
兄妹は声をかけてきた金髪の少年にあいさつを返す。
ルカ・リヌス・リンドヴルム。
2人の母親、レアの弟にあたる人物で、2人からすると義理の叔父になる。
まあランヤとレイリより一つ年上なだけなのだが。
それにルカは、男にしては小柄な体躯と、女の子みたいに綺麗な顔をしているので、むしろ弟、下手したら妹みたいな存在だ。
そして、彼は、非常に勉強が出来ない。
どのくらい勉強が出来ないのかというと、本来ならランヤたちの一学年上の高校2年のはずなのに、普通に留年してしまうくらい、勉強が出来ない。
ちなみに、ランヤとレイリは非常に優秀な成績を修めている。
ランヤに至っては常に学年1位である。
というより、ランヤが高校に通っているのは、レイリのそばにいるためと、レアに行けと命じられているから、というだけである。
本来なら高校どころか大学に行く必要も無いくらいの専門知識もあるのだから、この成績も当然である。
「報告だ。お前の姉が朝から我が家に突入してきたぞ。」
「えっ、ほんとに?それはごめんね」
そう言ってルカは苦笑する。
彼は自分では姉の暴走を抑えられないことを自覚しているし、謝るくらいしかできないのである。
兄妹にしても、彼女には多大な恩があるので、あまり邪険には扱えない。
「ところで、数学の宿題やってきた!?一問も解けなかったんだけど!」
「いや、あれ、基本問題だって先生言ってたじゃないですか。本当に一つも解けなかったんですか?」
「うん!3時間くらい悩んだんだけど、結局解けなかった!」
(兄様とか1分くらいで解いていたんですが...)
「「......」」
そんな会話をしながら、一行は学校に向かった。
***
ガラリ、と教室のドアを開け、3人が教室に足を踏み入れる。
すると、教室にいた生徒が一斉にこちらを見る。
3人は良くも悪くも目立つ人間なのだ。
3人の生徒が彼らに近づいてくる。
「おはよう!龍ヶ崎さん!」
そう言ってレイリに話しかけたのは、神宮凛将。
爽やかに整った顔立ちに、頭脳明晰、スポーツも出来る。
そして育ちも性格もいいとなれば、それはもう学園の王子様みたいな扱いになるのも頷ける。
龍ヶ崎というのは、リンドヴルムという姓だと馴染めないので、学校の生徒が勝手につけた2人の苗字だ。
学園には、2人の苗字を本当に龍ヶ崎だと思っている生徒も結構いる。
(それにしてもこいつは相変わらずの脳内お花畑だな)
と、ランヤは内心思う。
ランヤは、世間をこれっぽっちも知らないような人間がレイリに色目を使っているのが若干の嫌悪感を覚えていた。
ただ、自分が介入しても良い結果になるとは思えないので、特に何もしない。
「おはようございます。神宮くん」
レイリはそっけなく返す。
それだけでも、凛将は頬を赤らめて照れる。
彼女に好意を持っているのが一目瞭然である。
それを見て、ランヤは普段は全く揺らがないその瞳に、僅かに不機嫌さを滲ませる。
そんなランヤを見てルカは面白そうににやける。
毎朝の光景だ。
「おはよう、レイリちゃん」
「レイリ、おはよ」
と、次に挨拶したのは、八乃瀬琥雪と越境露風華。
レイリの親友であり、校内で基本的に行動を共にしている2人だ。
コユキはさらさらの黒髪を肩くらいまで伸ばし、くりくりとした藍色の瞳をもつ幼さの残る美少女だ。
ロウカは腰まで伸ばした軽くウェーブのかかった茶髪に、同じ茶色の瞳をもつ背の高いこれまた美少女。
レイリと合わせてこの三人は、クラスどころか学校全体の男子の憧れの的だ。
この2人と、凛将ともう一人の男子生徒は、幼馴染である。
「龍ヶ崎くんも。おはよ」
「ああ」
ランヤは、挨拶をしてきたコユキに対して、おざなりにそう返す。
ロウカが何か言いたげにむっとするが、コユキがニコニコと笑っているからか、特につっかからない。
が、もう一人の男子生徒はそうはいかなかった。
「おい、挨拶くらいちゃんと返したらどうだ!龍ヶ崎くん!」
「そうか?ああ、悪かったな。それは必要なことではなかったんだ。おはよう、八乃瀬琥雪」
ランヤは感情のない声でとりあつらえたような謝罪とあいさつを返す。
ランヤの何もないその瞳に見つめられ、凛将は言葉を詰まらせる。
結局、コユキが、はい、と笑顔で返してしまったので、そのまま有耶無耶となった。
***
することのないランヤは、情報の収集と更新も兼ねてほぼ日課になっているクラスメイトのプロファイリングを開始する。
時刻は放課後のホームルーム。ランヤは、教室を見渡す。
ふと、以前レイリが、
「うちのクラスって、テンプレ通りのメンバーばかりですよね。そのうち、絶対異世界召喚とかされますよ!」
と珍しく興奮した様子で話していたのを思い出した。
異世界だとか召喚だとか、正直なんの科学的な根拠もないだろう、とランヤは考えているがレイリはどうやら日本文化的なサブカルチャー、ファンタジーなフィクションを割と好んでいるようなので、レイリが機嫌を損ねないために、そうだな、とだけ返しておいた。
ランヤとレイリ、ルカの特殊な三人を除いても、このクラスには普通とはちょっと違う生徒が多い。
ランヤはクラスの左前、出席番号1番の生徒に注目する。
天霧剛栄。
コユキ、ロウカ、凛将のもう一人の幼馴染だ。
その体格は高校生離れしていて、まるでプロの格闘家のようだ。
まあ実際に彼は格闘技を学んでいるのだが。
170cm代中盤の凛将と並んでいるのを見ても、まるで骨格が違う。
性格は寡黙。が、頭はあまり良くなく、微妙に天然なところもあることから、威圧感満載のその容姿でも、ランヤよりはクラスメイトから良く話しかけられる。
ランヤの評価としては、格闘家としての実力は中の上から上の下。
ランヤなら苦もなく対処できるレベル。
教室の1番後方。柄の悪い生徒数人の真ん中に居座る生徒。
煮墨針紅。
いかにも不良然としたその生徒は、レアやルカとは根本的に違う染め上げたくすんだ金髪と、悪い眼つきをもち、その悪人面に下卑た表情を浮かべにやにやしている。
比較的真面目な校風をもつこの高校になぜ彼のような素行の悪い生徒がいるのかというと。
それはひとえに彼の家柄によるものだ。
ようは金持ちなのだ。
彼はその権力を使ってこの学校で好き勝手をしている。
とはいえ、特に接点の無いランヤからすると、全く興味の無い男だった。
取るに足らない、というやつだ。
...まあもし、この男がレイリなんかにちょっかいを出してきたら、軽く数年は社会復帰できない程度には追い詰めるのだろうが。
そして、そんな不良の一つ前の席。
大人しそうな顔に怯えた表情を見せる、ルカ並みに小柄な男子生徒。
譲葉敬。
本来なら、彼は、特に目立つような生徒ではなく、むしろこのキャラの濃いクラスの中では没個性的な生徒であるはずだ。
...後ろの席のヤツに目をつけられるまでは。
彼がなぜ、煮墨に目をつけられたか。
そこには、理由など無かった。
そしてその理不尽さが、彼をより苦しめていた。
とはいえ。
感情の欠如したランヤには、彼に対する同情心すら持ち合わせていなかった。
それにランヤは、
彼はきっとダメだろうと。
若干の期待を捨てて、すでに見切りをつけていた。
教室の後方、窓際。気怠げに頬杖をつき、窓の外をぼぅっと見つめる女子生徒。
音無涼折。
長い黒髪を無造作に腰まで流し、億劫そうに前髪を耳にかけている。
顔立ちは美人と呼べるくらいに整っているし、実はクラスで1番、学年でも有数の巨乳の持ち主なのだが、目の下にできた濃い隈が、いろいろと台無しにしていた。
...ランヤがルカや凛将と絡んでいる時、妙に彼女の熱っぽい視線を感じる。
無関心であっても決して無知では無いランヤは、まあおそらく彼女は例の腐敗思想を持っているのだろうな、と考えていた。
それに、実は彼女はレイリの中学からの友人であり。
学校で話しているのはあまり見ないが、仲は良いのだろう。
レイリがサブカルチャーが好きなのも彼女の影響だ。
レイリにはまだ腐敗属性は無い、はず。
前方中央。教卓の目の前の席。
そこに座っている男子にしては長い黒髪。
断花颯。
特に良くも悪くも無い顔立ち。それだけなら、特に目立たない。
だが彼は、孤高のぼっち。
彼は昔、とある生徒に対して、こう言い放ったのだ。
「二次元になって出直してこい」と。
休み時間にも臆することなく堂々とライトノベルやマンガを読んでいる。
そんなわけだから、彼はもう非常にいろんな生徒から嫌われている。
...まあ陰では彼のことを慕っている人もいるそうだが。
我を押し通す彼でも、ランヤの興味を引くには、何も知らなさすぎる。
そして、教壇の上。今も熱弁をふるっているこのクラスの担任教師。
黛仁凪。
まだ20代という若さに、教師でもあまりいないほどに美しい顔立ちをしている女教師。
鋭く凛とした目からは、厳しさと潔癖さを感じる。
ランヤの過去の記録からみても、非常に優秀な教師と言える。
これだけならば、彼女は普通の真面目な教師だろう。
ただ、彼女には無視できないことがある。
レア・レオニー・リンドヴルムの昔馴染み、ということだ。
レアのことを知る人間からすると、彼女の昔馴染みとはつまり、それだけで注目せずにはいられない。
まあだからと言ってランヤたちが何かされているわけでもない。
ただまあ、間違いなく変わった人間だ、ということだ。
前述の3人、コユキ、ロウカ、凛将は言わずもがな。
ほかにも、双子の姉妹。チャラチャラしたギャル。いつも何かを食べている巨漢。
とにかく、普通とは言えない程度にはキャラの濃いクラスなのである。
***
と、ランヤがそんなクラスメイトのプロファイリングをしている時だった。
(っ......!)
強烈な違和感。
例えるなら死角から攻撃を受けそうになった時に働くような、直感。
それが働いた瞬間、ランヤは後ろに駆け出し、教室の掃除ロッカーに隠していた、自分の愛刀の太刀を手に取る。
しかし、それは特殊なランヤだけでなく、生徒全員がわかるほどのものだ。
ざわめく教室。
「落ち着け。大丈夫だ」
と仁凪。
こんな状況でも落ち着いてられる彼女の評価を上方修正しつつ、ランヤは彼女の方を見る。
(...?)
そして違和感。
彼女は、まるで一仕事終えたような、ほっとした顔。
そして、周りを冷静に観察するような目。
ランヤは、間違いなく彼女はこの現象について知っているんだろうな、と目星をつける。
そして、悪寒のようなそれはどんどん強くなっていく。
そして、次の瞬間。
教室は膨大な光に包まれた。
次回は明日の同時刻頃掲載予定。