007
レルネさんが暴走して、なかなか依頼の話が終わりません。おまけに予定ない人まで……。
なんとか昇格試験に持って行きたいのですが、困りました・・・。
7話
◇ ◇ ◇
城塞都市ᚨ「アンスル」 国立魔導学院 女子寮 レルネ・ラフィーニ
◇ ◇ ◇
『そうです。あなたなら、ここまで一人でもこれますよ。』
そういわれた時、私の中に産まれたものは『さみしさ』。
この楽しい時が終わってしまう、と感じたことによる物哀しさ。
また、一人ぼっちに戻ってしまう、と感じたことによる心細さ。
だから、とっさに”あの言葉”が、私の口から飛び出していた。
『あの…もう少し、一緒に教えて下さい。えっと、まだ試験まで、2週間ありますから…、お願いします。』
だから、
『わかりました。いいですよ。』
その言葉を聞いた時、私の中に生まれたのは間違いなく”歓喜”そして”安堵”。
◇ ◇ ◇
自らの自室に戻り、ふわふわとした心のままベッドに倒れこむとリラックスした為か、今日の僅か半日にも満たない時間に起きたことが回想される。
『すばらしい考えだと思います』
『すばらしい理解力です』
『おめでとう。成功ですね』
『あなたは優れた素質を持った魔導師です』
今日一日で、あの人からかけてもらった、私を肯定してくれる沢山の言葉。
これまでの人生でかけてもらった分よりも、すべて合わせても足りないくらい、 たくさん”褒めて”もらったと思う。
これまでに受けたあらゆる罵詈雑言を全て取り返しても余りあるくらいに。
『それは、あなたの努力の積み重ねによるものですよ。
何度も何度も繰り返した練習が魔法のイメージをあなたに刻みつけたのです。
それはこれまでの努力の成果です』
(無駄じゃなかったんだ、あきらめなくて、よかった……)
『一人でも頑張り続けた成果です。大いに誇って下さい』
『良くこれまで頑張りましたね。尊敬します』
今、思い出しても、涙が出てくる。でもこれは哀しいでも悔しいでもない、
うれしいことで出てくる涙は、とても心を熱くする。
◇ ◇ ◇
(あの人はいったい何者なんだろう…)
確かに、今日見ただけでもあれだけの高度な魔道具を持っているのだから、魔工技師なのは間違いないだろう。しかし…
『…俺は単なる魔工技師ですので。』
絶対、”単なる”魔工技師などであるはずがない。
どこの世界に魔導師よりも”魔法の行使”について”詳しく”語れる魔工技師などがいるだろうか。
たしかに同じ”魔”の世界に属することを生業とする職業ではあるが、そもそも魔工技師の扱いは、魔導師に劣る。
いわゆる魔導師に成れなかった”なりそこない”の者が、生きる糧を稼ぐために魔工技師となるのが一般的な認識なのだ。
しかし、自分が使えもしないものに、あれだけ詳しく説明できる訳はないと思う。
(それに、”魔力の蓄積”…”血”と”チャクラ”…あの知識は一体どこから?)
レルネは自分がこれまで受けた魔道教育は、おそらくこの国において最高水準のレベルであると自負していた。
魔法行使に問題を抱えていたとはいえ、いや問題を抱えていたからこそ、解決策を模索するために、同じ学生よりも熱心に知識の習得についても取り組んできたつもりだった。
その中のどこにも、彼の教えてくれた知識は存在しない。
そのことを自覚した時、何か底の見えない深い暗闇をのぞきこんだ時のような薄寒さが背筋に走る。
◇ ◇ ◇
(しらないことは、こわいこと…。でも…)
その時、彼からもらったハンカチを目の前にかざしてみる。
(いい人だよね……きっと。いい、お兄さんみたいだし。)
ハンカチを見ていると、それをもらった時のことが再生される。
『絶対です。ですから涙を拭いて顔を上げてください』
『…え? …わたし、ないてる?』
『ええ、よかったら、これをどうぞ』
思えば、人前で涙を見せたのいつ以来だろうか、学園に入学して、暴発が起きて、周りにほとんど人がいなくなった時も、哀しかったけど、泣くことはなかった。
それなのに、あんなにあっさり、涙腺が決壊した。
あんなに泣いたことは記憶にある限り、一度もない、と思う。
(もしかして、涙以外も出てたのかしら? もしそうなら乙女にあるまじきことだわ)
彼に恥ずかしい姿をさらしてしまった…。
いえ、泣いた時だけじゃなくて…。詠唱破棄のこととか。それ以外は……。
(”あのコト”だけは!!!)
絶対に気づかれてはいけない。もし、バレたら自分の中の何かが死んでしまう確信があった。
今、思い出しても、顔の温度の上昇が止められない。
いや、熱いのはそこだけじゃない。あの時は……。
記憶を遡るだけで、実際に体の一部に火照りが起きていた。
(!!!私ったら、今、無意識にチャクラを!!)
慌てて、練習用にと預かっているクリスタルをつかむと、魔力の放出を願う!!
スッ、と体の中から熱と共に魔力の塊が放出されるのを感じた。
体から熱が逃げると共に頭も冷えたのか、今の自分のしたことに激しく自己嫌悪をする。
(何をやってるのよ、私は!!)
◇ ◇ ◇
「びっくりしましたわ。いきなり魔力の高まりを感じたから、何事かと」
「!!!!!」
その時の私の受けた衝撃は、ドラゴンのブレスの直撃を受けたよりも高かった、とおもう。
「ま、マディ? いっ、いったい、いつから?」
「えー。最初から、でしょうか? わたし部屋にいましたし」
「※@X●%#$!!!」
「ふらふら、ベッドに倒れこんだかなー、と思いましたら、泣きそうになりますし、怯えるし、ハンカチ見つめたら、笑った後に悶え出すし、最後はー、魔力がぶわっと、でしょうか?」
(…ぜんぶみられたー!!!)
どょーん。自分のあまりのうかつさにひたすら落ち込む。
「レルネさん。あなた、疲れてるのよ。おくすり出しますので、飲んで下さい♪」
そういって彼女はいかにも危ない色をした薬ビンを私に差し出す。
「やめて!!、それで何回気絶したことか!!」
今の私の唯一と言っていい友人で、ルームメイトの”マディスン・セイレン”に、過去の罪状を挙げつつ、断固拒否する。
(そうよね、この時間だったら、この娘が部屋にいるのは、いつものことなのに。私どうかしてたわ)
「だってー。そうでもしないとレルネさん頑張りすぎて、本当に倒れてしまいますから。
同じ倒れるのなら、わたしの薬で倒れて下さい♪」
「いやよ!わたしは、モルモットじゃないわ!!」
「大丈夫ですよー。ちゃんとモルちゃんには実証済みですから。ささ、冷めないうちにどぞー」
「目が覚めなかったら、どうするの!!!」
「あ、うまいこといいますわねー。これは一本取られましたわ」
そういうと、彼女は手にした薬をポケットにしまいこむと、少し声を抑えてわたしに告げる。
「でも、ホントに倒れたら試験どころじゃないんですわ。あまり、無理しないでください」
「……心配してくれてありがとう、でも大丈夫よ」
「レルネさんは、いつも”大丈夫”ですから、信用できませんわ」
「……それは、そうね。でも、今回はホントよ」
「……”談話室”で”小鳥達”が囀ってましたよ。
とうとう、魔道具に手を出すようになったって」
「……ロビーに来たところを見られたのね。まあ、いつものことよ、気にしてないわ」
そう答えると、普段の彼女には似合わないような、深刻な顔つきでわたしの方を見つめる。
「本当なんですね…魔工技師に頼ったのは…。期限まであまり時間がなくなって、自棄になってませんか?」
「……そう見えても仕方ないか、普通、魔導師が魔工技師に教えを請うことなんてありえないからね」
「?違うんですの、何かの魔道具を買ったのでは?」
「ええ、わたしは”教え”を受けたの、その魔工技師のあの人に。
そして、救ってもらえたわ」
”見てて”、そういうと私は立ち上がり、部屋の中央から、マディの正面を向く。
そして、今日何度も通ったあの感覚を呼び出す。
すると、一瞬でチャクラが渦巻き、あの心地いい温かさが体の中心に産まれる。
(どんどん、なじんでくるみたい。本当にどこまでも行けそう。でも今は!)
「光よ」
そう呟くように唱えると同時に、チャクラから両の手のひらに魔力を通す。
すると、ふぁっ、という音がしそうなくらいゆっくりと光の玉が空中に生まれ、部屋の中に柔らかな光を投げかける。
その光をマディは限界まで見開いた目で凝視してる。
(んー。まだまだ、チャクラに残ってるわね。もったいないし……。えいっ!)
そういうと、私は再びチャクラから手のひらに魔力を通した。
「あ、できた」
今度は、左右の手に一つずつ光の玉が生まれ、同じく天井に浮かび上がった。
マディは大きく口を開けた表情で、合計三つになった光の玉を見上げることになった。
◇ ◇ ◇
「レルネさん、どういうことでしょうか?」
「言いたいことはなんとなく分かるけど、なにが?」
「どうして、爆発しないんです? 」
「……その物言いは納得いかないけど、理解は出来るわ」
「どうしてなんです、爆弾娘の名前を忘れたんですか!」
「そんな不名誉な二つ名、ゴミ箱に即刻投げ込んでやりますわ!!」
「……わたし以外の人間から怪しい薬をもらったんですか?」
「そんなセリフを哀しげな顔で、言わないで!
おかしいでしょう、そもそもの前提が!!
あなたからだって、そんな薬もらいたくないわよ!」
「……だって、おかしいじゃないですか、いつものレルネさんと違いすぎます」
「あなたが、私のことをどう思っていたのが、じっくり聞きたいところね」
「……」
「……」
「詠唱破棄でした」
「……」
「その次は無詠唱の2重詠唱でした」
「…うん、できちゃった♪」
「そんな、ふしだらな娘に育てた覚えはありません!!」
「…ごめん、ちょっとふざけすぎたわね。
でも、本当にそうなの。今日一日で世界がまるで変わったように思えるわ…。
かなり、浮かれているわね。私」
「…本当に魔道具の力ではないんですか?」
「ええ、そうよ。練習のときは使うけど、今のは私の能力と、私だけの技術で魔法をつかったわ」
「…良かったですね」
「……うん、結構、大変だったと思う。でも、まだ完全じゃないの」
「…どういうことです」
「さっきのは、教えてもらった技術の、ほんの入り口、完成形はまだ先なのよ」
「…ウソですよね、あれで入り口なんて、信じられませんわ」
「嘘じゃないわ、私は今日、その目指す先を見せてもらったから」
『これが、魔力の永久機関・・・』
あの時見た、素晴らしい世界の中で、彼はどんな魔法を使うのだろうか…。
(私は…あの人の”魔法”が見てみたい…)
◇ ◇ ◇
「……男ですわね」
「!!な、なにを!」
「今日来たという、その魔工技師の方です」
「た、確かに、フィラエさんは、男だけど」
「ほほー。”フィラエさん”と言う方なんですね。レルネさんの王子様は♪」
「!!お、おうじさま! 誤解よ! そんなんじゃ、じゃないわ…」
「…少女が女に変わる時は、すべからく男の存在は欠かせませんわ」
「……魔法の技術は関係ないでしょ」
「…部屋に戻ってからの、百面相、その人のことを思い出してたのではないですの?」
「!!!」
「図星ですかー。これは確定ですね。それで、どういう具合に教えを受けたんですの? 手取り足取りみっちりとでしょうか?」
「……彼はそんなことしないわ。倒れかけた時にちょっと支えてくれただけで…」
その時、支えてもらった時の手の感触が、やはり男の人だったと思い返す。
「倒れかけたんですの? …危ないんじゃないですか? その練習…」
「え、いや、違うの、あれは…、と、とにかく大丈夫よ!」
「また”大丈夫”ですわね、ちょっと心配です。どんな方法なんです?」
「それは、チャクラに魔力を…」
「……今、チャクラっていいました?」
「えっ?、ええ、魔力制御のために、チャクラに魔力を集めてから取り出すって方法で暴発を抑えたの」
「待って下さい、その人の名前! 確か、フィラエて言いましたか?」
「? そうよ、カズヤ・フィラエさん……マディどうしたの?」
「『ルネット・フィラエ』、学院の先輩で、今、学会で嵐を巻き起こしている人がいるんですが、その人の発表した論文に”チャクラ”のことが載ってましたわ」
「ルネット・フィラエ先輩? 同じ苗字ね…ご家族かしら?」
「いえ、確かルネット先輩は特待生制度の奨学金を利用して、ウチの学院を卒業しましたわ。知っておられると思いますけど、特待生奨学金は身寄りのない”孤児”の方のために設けられた制度ですわ。むしろこの制度は、最初に彼女を学院に入れるために作られたとか噂がありますわ」
「孤児で特待生…じゃあ、姉弟とかじゃないわね」
「旦那さんでしょうか?」
「!!!……そ、そうなるのかな、やっぱり……」
「……」
「……」
「…お薬いります?、記憶が飛ぶ奴」
「いらないわよ!!」
「…まあ、傷が浅いうちで良かったじゃないですかー」
「勝手に決めないで!!」
「まあ、欲しくなったらいって下さい。自棄食いしたい時も付き合いますから」
「…いいわよ、そんなの…。それで、チャクラの論文て何? その人が研究しているの?」
「いえ、論文自体は古代魔法文明の遺跡の解析結果のレポートでしたわ。
その中で”人体の魔力活性による強化”について書かれていた部分があったので興味を引かれて読んでたんですわ。その中に確かチャクラの名前があったと思いますわ」
「あなた、あいかわらず節操のない濫読ぶりね」
「人体の神秘をちゃんと学問で解き明かしたいのですわ。生臭坊主達の神聖魔法に頼りっきりの医療なんて、医学と呼べませんから!」
「…あなたの信念は立派だと思うし、教会の腐敗の問題は座視すべきことではないと思うけど、そのために私を薬の実験に使うのはやめてね…」
「あなたの尊い犠牲は無駄になりませんわ」
「……」
「なんにせよ、よかったですわ。レルネさんが焦るあまりに、おかしな人にひっかったのでなくって。
もし万が一場合は、と用意しましたこの薬の出番もありませんでしたわ。残念♪」
「よかったって言ったのに、残念はないでしょう!
カズヤさんに間違ってもそんな薬使わないでよね!!」
「おやー♪」
「な!、なに?」
マディの目が獲物を見つけた猫のようにキラーンと光っている。
「”カズヤさん”♪」
「!!」
「不倫はまずいですわよ、落第どころではすみませんわ♪」
「し、しません!!ちょっと言い間違えただけでしょう」
「ライバルがいるとわかって、燃え上がりましたの?」
「だから、そんなことしません!!」
「どうでしょう? わたし、あなたほど諦めの悪い方を存じませんから♪」
「@@@@」
「連絡先とか聞きましたの? 何でしたらギルドの伝手を使って調べて差し上げますわよ?」
「……必要ないわ。明日また会うから…」
「???…依頼、完了しなかったんですの?」
「…………じつは、試験期間まで、お願いすることにしたの…」
「……」
「……」
「めちゃめちゃ、ご執心じゃありませんか、自覚ありませんの?」
「……そうなのかな? 今まで全然気づかなかった…」
「…重症ですわ。残念ながらお薬はありませんわ」
「…どうしよう。明日どんな顔であえばいいか、わからなくなっちゃった…」
「仕方ありませんわね。私が煽った部分もありますから、一緒に行ってあげますわ」
「ありがとう。……でも、お薬は禁止よ」
「…そうですね。あなたをここまで変えた”彼”に興味がわいてきましたわ」
「…やめてよね、これ以上ややこしいことになるのは」
◇ ◇ ◇
●”チャクラ・クリスタル”
チャクラ連携の練習用具。安全装置として、体内のチャクラに溜まった魔力を対外に排出させる機能を持つ。