019
ようやく新生活も落ち着いて投稿できる環境になりました。
目指せ、毎週投稿!! (目標が低いってw)
19話
◇ ◇ ◇
「アンスル」南西部 タガモラ丘陵 チェリー・スプリング
◇ ◇ ◇
水晶の上にネメアのクラスアップ条件が半透明の”窓”の中に浮かんでいる。
「えーと、これはどういう意味です?」
詳しい説明を受けていないネメアには意味不明な内容なのだろう。あたしもそうだったから彼女の気持ちは分かる。
-------------------
name ネメア
Level 14
Class 戦士 → ガーディアン
HP 82
MP 34
STR 11 → 10(+1)
VIT 15 → 13(+2)
DEX 12
AGL 5
INT 7
MGR 5
LUK 6
CHR 7 → 7(±0)
-------------------
(あれ? これって……)
あたしは彼女の判定結果をもう一度見直してみた。
あたしが水晶に近寄って再確認しようとすると、同じように"窓"を見つめていたカズヤがネメアに対して口を開く。
「あー、ネメア?」
「ハイです。」
「もう、ガーディアンにクラスアップが出来るみたいなんだが…」
「ほえ?」
(やっぱり、そういうことだよね、これは。)
先刻カズヤから受けた説明によれば、クラスアップに必要な数値は”マイナス値で、あと何ポイントが必要か”を示すようなのだが、ネメアの判定結果にはマイナス値が一つもない。つまりはクラスアップ条件を満たしているということになる。
ネメアは突然クラスアップできると聞かされ混乱していたようだが、カズヤにあたしが受けたのと同じ説明を受けて、判定結果の内容を理解し始めると少しは落ちついてきたようだ。しかし、納得行かない部分があるのか首をかしげながら疑問点を口にする。
「…でもです。僕、試験の前にギルドでクラスアップ判定受けたですが、まだガーディアンにはなれないって言われましたです…。」
まるでカズヤの魔道具の出来を疑うような発言になってしまうことを気にしているのか、気まずそうな表情を隠せないネメアは見ていて、どこかほっこりするものを感じたのだが、その時あたしは、自分が、この魔道具の判定結果が"間違ってる"とは思っていないことに驚いていた。
実際あたしも最初は疑いの気持ちが拭えなかったはずなのに、今はそんな気持ちはどこかに行ってしまっていた。なぜだろう。
ギルドでの判定結果は絶対だ。それは冒険者であるあたし達の常識として共通することで、疑いを持つ人間はほぼいないと思える。それはこれまでにギルドが積み上げてきた長い信頼の実績によって成り立っている。
そんなギルドの判定結果を覆す可能性を提示されても、普通は信じることなんて出来ないはずなのに。
(そっか、あたし…”ギルドよりもカズヤを信じている”ってことなんだ。)
そのことを意識した時、なにか急に自分の中にムズムズとする居心地の悪い塊が生まれたような感じがした。
◇ ◇ ◇
「アンスル」南西部 タガモラ丘陵 カズヤ
◇ ◇ ◇
「ボクが、もうガーディアンに…クラスアップです?」
理解が追いついていない様子のネメア。無理も無いかもしれないが、これはどういうことだろうか?俺はギルドの判定結果との差異について考えてみた。
(ネメアのギルドでの判定は”試験の前”、つまり試験の初日か?。今日は3日目、実質2日間しか経っていないわけだが…。)
俺はもう一度彼女の判定結果を見ながら、一つの可能性について思い当たった。
「ネメア、ちょっと確認したいことがあるんだが?」
「ほえ、なんです?」
「最近、注目を浴びたと言うか、なにか称号を受けたり、賞を取ったみたいなことがあったか?」
「??ないです。鍛冶の方もクラスは取ってますけど、まだ駆け出しです。」
「そうか…なら、戦士の方で今のランク以上の大物をしとめたとかは?」
「…ないです。ボクずっと攻撃はダメでしたから…。あっ一昨日の、マッドウルフでしょうか?」
「いや、あれはDランク相当の魔物だからちょっと足りないな。最低でもC、出来ればB-ランクは必要か…。」
「そんな魔物、会ったこともないです。」
「そうなると、ネメア。実は、この試験が終わったら結婚するんだ、とか?」
「ほ、ほぇぇー!!!」
「ちょっと! その最後のあからさまな死亡フラグは何! さっきから何の話をしてるのよ!?」
チェリーが俺達のやり取りに見事な疑問の声を入れる。
「うん、ちょっとネメアの”魅力”ついて、確認をな。」
「ナ、ナニ言ってんの!?、あんたは!!」
「ほ、ほぇぇぇぇー!!!」
怒りか羞恥かはわからないが赤い顔の二人をよそに、俺は判定結果画面のある部分を指差す。
「ほら、ここだ。この画面の最終行。」
CHR 7 → 7(±0)
「ちょうど、現在値とクラスアップに必要な値が同じ値だろう。つまり、ごく最近に"CHR"つまり魅力値が上がったんだと思う。ネメアがギルドで判定を受けた”後に”魅力値が上がったんだとしたら、ギルドとの判定結果の差は説明がつくと思ったんだ。」
「な、なるほど。」「ほえー。」
俺の推論に一応の理解をしたのか、少しは落ち着いた様子を見せる2人。
「でも、なんか納得行かないような気もする。そもそも、ガーディアンになるのに”魅力”がいるの? バリバリの戦闘職よ、最前線を支える肉体派。」
「ですです。ボクもクラスアップの情報を集めてましたですが、魅力なんて聞きませんです。」
「…チェリーには説明したはずだが、二人ともちょっと勘違いがあるみたいだな。ネメア、ガーディアンの役割って何だ?」
「えっ、そ、それはパーティのメンバーを守る"壁"です。」
「そうだ。壁としてメンバーの誰よりも先頭に立ち、他のメンバーに攻撃が行かないようにする必要がある。」
「あっ!! わかった! そういうことね。」
「え、えと…どういうことです?」
前情報のあったチェリーとネメアにはそこで対照的な違いが現れた。明らかに疑問の晴れた納得の顔とまだ理解の追いつかない戸惑った顔の二人。
長々と引っ張るのも無意味なので、ネメアに対して説明をする。
「つまり、敵の目を自分に惹きつけるために”魅力”が必要なんだ。魅力値の高い人間は目立ってるから注目を集め易く、敵から狙われ易くなる。」
「…なるほどです。そういうことですか、わかりましたです。」
「…でもこれって、以外にクラスアップの落とし穴じゃない。あたし達みたいに皆も見事に勘違いしてるし、普通はガーディアンになるのに魅力を鍛えようとする人はいないよ。」
「ですです。先輩のアドバイスも”筋力と体力の鍛錬をする”です。」
「確かにその辺は普通の冒険者出身でガーディアンの”成り手”が少ない原因かもな。大部分のガーディアンが、王宮や貴族の騎士団からの”天下り”なのも、そっちは礼儀作法の訓練なんかで、自然と魅力値を鍛えてるからだろうからな。」
俺の解説に納得した顔をしていたが、突然チェリーが疑問の声を上げる。
「ちょっと待って。そうなるとネメアが条件を満たしたのはどうして?」
「ああ、俺もその部分が気になったんで、さっきの質問をしたわけだ。」
「ただのセクハラじゃなかったんだー。」「ハイです。」
「オイッ!」
◇ ◇ ◇
「そっか魅力値を上げるのって、着飾るとか化粧することしか思いつかなかったよ。」
「まあ、それも間違っていない。他人の注目度を上げることには違いないからな。 それと似たようなもので、仕草や立ち居振る舞い、姿勢の良さとか、動作を整えるのなんかだな。騎士達の礼儀作法はこれになるな。それ以外だと他人からの評価を得たり、有名になって名を上げるとかだ。」
「でも、どれも今回のネメアの条件には合ってないよね。たぶん。」
「ですー。ボクそんなにキレイでも、かっこよくのないのです。」
「なにを言ってるのかなこの子は!自分の愛らしさを自覚してないのか、この子は!!」
そういうとチェリーはネメアに抱きついて、その柔らかそうなほっぺに頬ずりをし出す。
ネメアはとても困って逃げ出した。しかし、まわりこまれてしまった!
そんな”仲善き事は平和哉”な風景を視界の隅に置きつつ、俺は考察を進める。
その際に、足元の方の視界に白い塊が、チェリーにつられるようにネメアに集り出す。
「あっ、ちょっ、ちょっと待ってです。」
「え?なにー?」
「そ、そこは!ダメです!!」
「え?、え! あたしそんな変なところに触ってないかならね!」
あわてて体を離したチェリーがなぜか俺の方に赤い顔を見せながら弁明をする。
しかし”犯人達”は、鎧を脱いで平服になっていたネメアの上着の裾から頭をもぐりこませた子狐達だった。よほど嬉しいのか、裾から飛び出した尻尾が楽しげに振られている。
「ネメア、まさか…母乳が、出るのか?」
「ええええー!!!」
「で、出ませんですっー!!!」
確かに子狐達は先ほどたっぷり朝食を食べていたこともあって、母乳を求めている訳ではない様だ。
「どうやら、単に遊んで欲しそうなだけみたいだな。」
「み、みたいねー。」
「あううぅぅー。…しょうがないですね。」
すんすんと子狐達の鼻を鳴らす様子を感じたネメアは困った顔をしていたが、優しく服の上から2つの塊をなで始める。その手を包まれた二人はより嬉しそうに尻尾を振り続けていた。
その時一瞬ネメアの姿が、おなかの大きくなった母親が愛おしげに自分のおなかをなでている様子に見えた気がした。
「…なるほど、これも魅力の一つかもな。」
母性愛も女性の魅力を象徴する一つであることを、ネメアの様子を見て素直に納得することができた。
◇ ◇ ◇
「つまり、ネメアの魅力値が上がった原因はふたりの”お母さん”になったからだと?」
「まあ、そう考えるのが自然かなと俺は思った。」
「たしかに、さっきのネメア、いい顔で笑っていたねー。思わず見とれちゃったよ。」
「あううぅー、はずかしいのです。」
「こんなにかわいくて幼く見えてもお母さんなんだ。」
「ちょ、チェリーひどいですー。ボクはもう大人なんです!」
「ええー、まったまたー。」
「むぅぅぅーー!!」
全く信じようとしないチェリーに怒るネメア。しかしその怒った顔も子供が拗ねている様にしか見えないのでは説得力は薄いだろう。
「まあ、チェリーの言いたい事は理解できるが、ネメアの言うことも確かだな。」
「ええー! まじなの?」
うたがり深いチェリーにドワーフ族特徴について詳しく説明してやることにする。
「ああ、ドワーフの寿命は俺達人間の5倍はあるからな。さらに言うとドワーフ族の女性が成人しても幼く見えるのは種族的な特徴だぞ。」
「そのとおりです。ボクはこれでも今年で88歳なんです。ヒューマン種族の年に直せば18歳くらいなんです!」
「 嘘だっ!!! こんなにちっちゃくてカワイイ生き物があたしより年上なんて!」
「むぅぅ、事実です!チェリーは失礼です! そーきゅーな謝罪を要求するのです!! ボクをお姉さんと呼ぶがいいのです!!」
しばらくギャーギャーと騒がしくやりあっていた二人だったが、じゃれ合いの一種であるのは見て分かったので、自然に沈静化するまで放っておく。
意外だったのは二人の騒がしさを嫌った子狐達が俺のそばに寄って来たことだ。足元に擦り寄って俺の方を見上げてくるので、ネメアと同じようにその柔らかな毛並みを堪能させてもらうことにする。
予想以上の手触りの良さにだった。
よほど夢中になっていたのか、ふと気づいた時にはケンカ(?)していたはずの二人が俺の方をうらやましそうな顔で、指をくわえて見つめていた。
「あー。うらやましいー。ねたましいー。」
「あ、あの、カズヤさん。その子たち、なんかぐにゃぐにゃになってますです。」
おっと、いかんな。なんか夢中になってた。悪いことしたな。
二人が俺のナデナデ攻撃にグロッキーになっているのを見て、ふと重要なことを思い出した。
「そういえば、ネメア。この子狐達、名前はなんていうんだ?」
「エーと。男の子が”テウ”、女の子が”メッサ”です。」
「へー。そうなんだ。どっちがどっち?」
「え?すぐわかるですよ?男の子と女の子だから全然違いますです。」
戸惑うチェリーに、そんな簡単なことに”何を言ってるんだ?”と言う疑問のネメア。
(すまん。ネメア、俺にもさっぱりだ。)
しかし、今教えてもらってもすぐにどっちか分からなくなるだろうから、何か見分ける良い方法がないかと考えてみる。
一番簡単なのは首輪系のアクセサリなんが、この子達の母親があんな目にあったのを考えると、絶対に嫌がるから却下だ。だが、それ以外の装備品となると今の子狐の体では動きの邪魔にしかならない。
(ふむ…そうだな。”アレ”なら追手の目をごまかすのにもちょうどいいか。)
「ネメア、ちょっと子供達に”好きな色が何かあるか?”って聞いてもらいたいんだがいいかな?」
「はい? 好きな色です?」
「ああ、好物でも何でも、色がついてるものならなんでもいいから、聞いてみてくれ?」
「はい、です。あなた達、好きなものって何かありますです?」
『『オン!』』
「あう。”ママ”ですか…そうですね。」
即答で同じ答えが返った様だな。確かにその質問だとその答えになるか。
「あー。できれば別々のものがいいかな。二人の好みの違いが出そうなものってないか?」
「うーん。そうですねー。食べ物だと”テウ”はお肉、”メッサ”はミルクが好きみたいです。」
「…まあ、まずは試しにやってみるか。ネメア、"テウ"をこっちに寄こしてくれ。」
「はいです。テウ、カズヤさんがまた遊んでくれるみたいです。」
「クアゥ!」
「きゅーん…」
ネメアの言葉に喜んでやってくるテウと、その場でしょげ返る”メッサ"。
「あー、メッサもすぐ呼ぶがから、ちょっとだけ待ってる様に言ってくれ。順番だからって。」
「はいです。メッサ、心配しなくても、すぐ呼んでくれますです。おねーさんだからガマンです。」
なんと、”兄妹”ではなく”姉弟”なのか。さすがネメア、よく把握してるな。
などど即席の母親役を見事にこなしているネメアに感心していたが、テウが早く遊んでと足元でせっつく。
「悪い待たせたな。今度の遊びは”変身ごっこ”だ。これを使ってな。」
そう言って俺はポーチから、香水ビンを改造した魔道具を取り出してテウに見せる。
その俺の説明を律儀にテウにもしているネメアに感謝しつつ、俺はテウの尻尾にその香水ビンの中身を吹きかけた。あるイメージをしながら。
「「クァ!?」」
「うえ!テウの尻尾の色が、変わってる。」
「ほ、ホントです。”こげ茶”色に変わりましたです。」
心配させないように、俺はもう一度元の”白色”をイメージしてテウの尻尾に吹きかける。
「「クァゥ!」」「もどりましたです。」
「す、すごいわね、それ。またまた魔道具なの?」
「ああ、『変化の霧吹き』っていう。中身はただの水なんだが、吹きかけた部分を”イメージした色”に変えるんだ。見た目だけな。」
「見た目だけ? じゃホントに色がついているわけじゃないんだ。」
「ああ、そういうこと。一種の幻術を部分的に掛けているみたいなもんだな。まあ、ほっといても1日くらいで自然にもどってしまう、簡単なもんだが。」
「ほえー、すごいです。」
「か、簡単って。そんなわけないでしょう。幻術で部分的な色の変化を1日も持続させるなんて、かなり高度な技になるのよ。」
「そうなのか? まあ、色が変わるだけだから、作ったはいいが使いどころがなくて、ずっとしまっていたんだ、コレ。」
「じょーだんでしょ。変装するのに絵の具を使わなくても髪が染められるなんて便利すぎるわ。使わないんなら、あたしに頂戴!」
「なるほど、そういう使い方があったか。じゃあ、これもメガネと同じでいいからチェリーにあずけるな。」
俺は、そういうと『変化の霧吹き』をチェリーに渡す。
「えっ?!ホ、ホントにいいの? ちょっとだけ言ってみただけなんだけど…。」
「なんだ? やっぱりいらないのか? 有効な使い方の意見が出るなら助かるんだが。本職の言うことは参考になるしな。」
「なっ、誰も欲しくないなんて言ってないでしょ!欲しいに決まってるじゃない。」
「なら頼むな。ほら、早速そいつを使って欲しそうな子達がいるぞ?」
”おもちゃ”が俺からチェリーの手に移ったのを目ざとく見抜いたテウが俺から彼女の方に駆け寄る。
さらにその様子を見たメッサもガマンしきれなくなったのか、同じようにチェリーの元に殺到した。
「ちょっと待って。順番に、順番に!えーと、さっきはテウ?だったから、今度はメッサ?アンタの方ね。」
そういうとチェリーは後からやってきたメッサの方に霧吹きを向けると、”えい!”を言う掛け声とともに、彼女の体に広く吹きかけた。
その一瞬で、メッサの体毛の上半分が薄いピンク色の染まる。
「どう?あたしの名前と同じ”桜色”よ。女の子ならちょうどいいんじゃない?」
しかし、さっきテウの尻尾と違ってメッサ自身は自分の色の変わった部分がちょうど見えにくい部分だったため、ぐるぐる首を回してしきりに確認しようをしているのが面白かった。
さらにメッサの変化を見たテウが、”ボクももう一回~”。とばかりに、チェリーにおねだりをし出す。
「チェリー、いろいろ試すのはいいが、最終的にどっちがどっちかわかりやすくしてくれよ。そもそも色を変えるのは追手の目をごまかす意味もあるんだからな。」
「あっ、なーるほどね。そういうことだったのか。
りょーかい。まかしといて。ばっちり二人をコーディネイトして見せるから。」
自信満々そういいきるチェリーにここは任せて、俺はネメアに話を振る。
「よし。ここはチェリーに任せて、ネメア、さっき頼んだ投擲用の”苦無”の素材を渡すから、いくつかサンプルを作ってみてくれ。」
「あ、はい。わかりましたです。」
俺は実験棟の外周部にある小部屋の一つにネメアを案内すると、そこに置いてある金属素材のいくつかと作業台について説明する。
「どうだ、こんな感じだが、作れそうか?さすがに鍛冶場で使うような溶鉱炉は用意してなくてな。」
「ハイ。問題ないです。材料も十分ありますし。自分の工具も持ち込んでますから炉は無くても大丈夫です。」
「すまんな。アクセサリ用の携帯炉くらいしかここにはないんだ。」
「それだって持ってるのはスゴイのです。今回は鉄のバー材の切り出しと研磨くらいですから、鏨とハンマーと金ヤスリで何とかなりますので、任せてくださいです。」
「じゃあまかせた。いくつかサンプルができたらチェリーに形状と重量バランスを確認してもらってくれ。使う本人の意見が一番だからな。おれは、的の方の準備をしてくる。」
「わかりましたです。いってらっしゃい、なのです。」
「はは、いってきます。」
◇ ◇ ◇
ネメアに送り出された(笑)俺は、もう一つの備品倉庫で、今度は投擲の的になりそうなものの物色をしていた。
最初はスキルもない状態だから”動く標的”はいきなりすぎるので、普通に木製の板に、同心円状の”丸”をフリーハンドで描いていく。
(なんていうか、この手の作業にすっかり慣れてしまったな。魔方陣を何度も何度も書いては消しを繰り返した成果と思えば、ちょっと心の汗が出てしまうが…。)
出来上がった標的の板を持って広間に戻ると、チェリーが床のパネルを『霧吹き』で様々な色に変えていた。何を遊んでいるんだ、と思ったが、どうやら子狐達に好きな”床の色”を選ばせて、その色に”変化”させてやっているみたいだ。
(なるほど、言葉が通じなくても、うまい方法を考えるもんだな。)
「どうだ、チェリー? 二人の”お気に入り”は見つかりそうか?」
「んー。どっちもまだ決めかねてるみたいね。でもテウの方は暗めの色が好みみたい。メッサはその逆かな?」
「なるほどな。まあ、好きに選ばせるといいよ。ところで的の方が先に出来たんだが、どうだ? こんな感じでいいか?」
「お!いいわねー。そうね。ちょっとそこの壁に取り付けてみてくれない?」
チェリーの指示によって俺は中の広場と外周部の回廊を分ける内壁に作ったばかりの的を”固定”する。19話
◇ ◇ ◇
「アンスル」南西部 タガモラ丘陵 チェリー・スプリング
◇ ◇ ◇
水晶の上にネメアのクラスアップ条件が半透明の”窓”の中に浮かんでいる。
「えーと、これはどういう意味です?」
詳しい説明を受けていないネメアには意味不明な内容なのだろう。あたしもそうだったから彼女の気持ちは分かる。
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name ネメア
Level 14
Class 戦士 → ガーディアン
HP 82
MP 34
STR 11 → 10(+1)
VIT 15 → 13(+2)
DEX 12
AGL 5
INT 7
MGR 5
LUK 6
CHR 7 → 7(±0)
-------------------
(あれ? これって……)
あたしは彼女の判定結果をもう一度見直してみた。
あたしが水晶に近寄って再確認しようとすると、同じように"窓"を見つめていたカズヤがネメアに対して口を開く。
「あー、ネメア?」
「ハイです」
「もう、ガーディアンにクラスアップが出来るみたいなんだが…」
「ほえ?」
(やっぱり、そういうことだよね、これは)
先刻カズヤから受けた説明によれば、クラスアップに必要な数値は”マイナス値で、あと何ポイントが必要か”を示すようなのだが、ネメアの判定結果にはマイナス値が一つもない。つまりはクラスアップ条件を満たしているということになる。
ネメアは突然クラスアップできると聞かされ混乱していたようだが、カズヤにあたしが受けたのと同じ説明を受けて、判定結果の内容を理解し始めると少しは落ちついてきたようだ。しかし、納得行かない部分があるのか首をかしげながら疑問点を口にする。
「…でもです。僕、試験の前にギルドでクラスアップ判定受けたですが、まだガーディアンにはなれないって言われましたです…」
まるでカズヤの魔道具の出来を疑うような発言になってしまうことを気にしているのか、気まずそうな表情を隠せないネメアは見ていて、どこかほっこりするものを感じたのだが、その時あたしは、自分が、この魔道具の判定結果が”間違ってる”とは思っていないことに驚いていた。
実際あたしも最初は疑いの気持ちが拭えなかったはずなのに、今はそんな気持ちはどこかに行ってしまっていた。なぜだろう。
ギルドでの判定結果は絶対だ。それは冒険者であるあたし達の常識として共通することで、疑いを持つ人間はほぼいないと思える。それはこれまでにギルドが積み上げてきた長い信頼の実績によって成り立っている。
そんなギルドの判定結果を覆す可能性を提示されても、普通は信じることなんて出来ないはずなのに。
(そっか、あたし…”ギルドよりもカズヤを信じている”ってことなんだ。)
そのことを意識した時、なにか急に自分の中にムズムズとする居心地の悪い塊が生まれたような感じがした。
◇ ◇ ◇
「アンスル」南西部 タガモラ丘陵 カズヤ
◇ ◇ ◇
「ボクが、もうガーディアンに…クラスアップです?」
理解が追いついていない様子のネメア。無理も無いかもしれないが、これはどういうことだろうか?俺はギルドの判定結果との差異について考えてみた。
(ネメアのギルドでの判定は”試験の前”、つまり試験の初日か?。今日は3日目、実質2日間しか経っていないわけだが…。)
俺はもう一度彼女の判定結果を見ながら、一つの可能性について思い当たった。
「ネメア、ちょっと確認したいことがあるんだが?」
「ほえ、なんです?」
「最近、注目を浴びたと言うか、なにか称号を受けたり、賞を取ったみたいなことがあったか?」
「??ないです。鍛冶の方もクラスは取ってますけど、まだ駆け出しです」
「そうか…なら、戦士の方で今のランク以上の大物をしとめたとかは?」
「…ないです。ボクずっと攻撃はダメでしたから…。あっ一昨日の、マッドウルフでしょうか?」
「いや、あれはDランク相当の魔物だからちょっと足りないな。最低でもC、出来ればB-ランクは必要か…」
「そんな魔物、会ったこともないです」
「そうなると、ネメア…。実はこの試験が終わったら結婚するんだ、とか?」
「ほ、ほぇぇー!!!」
「ちょっと! その最後のあからさまな死亡フラグは何! さっきから何の話をしてるのよ!?」
チェリーが俺達のやり取りに見事な疑問の声を入れる。
「うん、ちょっとネメアの”魅力”ついて、確認をな」
「ナ、ナニ言ってんの!?、あんたは!!」
「ほ、ほぇぇぇぇー!!!」
怒りか羞恥かはわからないが赤い顔の二人をよそに、俺は判定結果画面のある部分を指差す。
「ほら、ここだ。この画面の最終行」
CHR 7 → 7(±0)
「ちょうど、現在値とクラスアップに必要な値が同じ値だろう。つまり、ごく最近に"CHR"つまり魅力値が上がったんだと思う。ネメアがギルドで判定を受けた”後に”魅力値が上がったんだとしたら、ギルドとの判定結果の差は説明がつくと思ったんだ」
「な、なるほど」「ほえー」
俺の推論に一応の理解をしたのか、少しは落ち着いた様子を見せる2人。
「でも、なんか納得行かないような気もする。そもそも、ガーディアンになるのに”魅力”がいるの? バリバリの戦闘職よ、最前線を支える肉体派」
「ですです。ボクもクラスアップの情報を集めてましたですが、魅力なんて聞きませんです」
「…チェリーには説明したはずだが、二人ともちょっと勘違いがあるみたいだな。ネメア、ガーディアンの役割って何だ?」
「えっ、そ、それはパーティのメンバーを守る"壁"です」
「そうだ。壁としてメンバーの誰よりも先頭に立ち、他のメンバーに攻撃が行かないようにする必要がある」
「あっ!! わかった! そういうことね」
「え、えと…どういうことです?」
前情報のあったチェリーとネメアにはそこで対照的な違いが現れた。明らかに疑問の晴れた納得の顔とまだ理解の追いつかない戸惑った顔の二人。
長々と引っ張るのも無意味なので、ネメアに対して説明をする。
「つまり、敵の目を自分に惹きつけるために”魅力”が必要なんだ。魅力値の高い人間は目立ってるから注目を集め易く、敵から狙われ易くなる」
「…なるほどです。そういうことですか、わかりましたです」
「…でもこれって、以外にクラスアップの落とし穴じゃない。みんなあたし達みたいな考えだから、普通はガーディアンになるのに魅力を鍛えようとする人はいないよ」
「ですです。先輩のアドバイスも”筋力と体力の鍛錬をする”です」
「確かにその辺は普通の冒険者出身でガーディアンの”成り手”が少ない原因かもな。ほとんどのガーディアンが、王宮や貴族の騎士団からの”天下り”なのも、そっちは礼儀作法の訓練なんかで、自然と魅力値を鍛えてるからだろうしな」
俺の解説に納得した顔をしていたが、突然チェリーが疑問の声を上げる。
「ちょっと待って。そうなるとネメアが条件を満たしたのはどうして?」
「ああ、だから俺もその部分が気になったんで、さっきの質問をしたわけだ」
「ただのセクハラじゃなかったんだー」「ハイです」
「オイッ!」
◇ ◇ ◇
「そっかー魅力値を上げるのって、着飾るとか化粧して”キレイ”になることしか思いつかなかったよ」
「まあ、それも間違っていない。他人の注目度を上げることには違いないからな。 それと似たようなもので、仕草や立ち居振る舞い、姿勢の良さとか、動作を整えるのなんかだな。騎士達の礼儀作法はこれになるな。それ以外だと他人からの評価を得たり、有名になって名を上げるとかだ」
「でも、どれも今回のネメアの条件には合ってないよね。たぶん」
「ですー。ボクそんなにキレイでも、かっこよくのないのです」
「なにを言ってるのかなこの子は!自分の愛らしさを自覚してないのか、この子は!!」
そういうとチェリーはネメアに抱きついて、その柔らかそうなほっぺに頬ずりをし出す。
ネメアはとても困って逃げ出した。しかし、まわりこまれてしまった!
そんな”仲善き事は平和哉”な風景を視界の隅に置きつつ、俺は考察を進める。
その際に、足元の方の視界に白い塊が、チェリーにつられるようにネメアに集り出す。
「あっ、ちょっ、ちょっと待ってです」
「え?なにー?」
「そ、そこは!ダメです!!」
「え?、え! あたしそんな変なところに触ってないかならね!」
あわてて体を離したチェリーがなぜか俺の方に赤い顔を見せながら弁明をする。
しかし”犯人達”は、鎧を脱いで平服になっていたネメアの上着の裾から頭をもぐりこませた子狐達だった。よほど嬉しいのか、裾から飛び出した尻尾が楽しげに振られている。
「ネメア、まさか…母乳が、出るのか?」
「ええええー!!!」
「で、出ませんですっー!!!」
確かに子狐達は先ほどたっぷり朝食を食べていたこともあって、母乳を求めている訳ではない様だ。
「どうやら、単に遊んで欲しそうなだけみたいだな」
「み、みたいねー」
「あううぅぅー。…しょうがないですね」
すんすんと子狐達の鼻を鳴らす様子を感じたネメアは困った顔をしていたが、優しく服の上から2つの塊をなで始める。その手を包まれた二人はより嬉しそうに尻尾を振り続けていた。
その時一瞬ネメアの姿が、おなかの大きくなった母親が愛おしげに自分のおなかをなでている様子に見えた気がした。
「…なるほど、これも魅力の一つかもな」
母性愛も女性の魅力を象徴する一つであることを、ネメアの様子を見て素直に納得することができた。
◇ ◇ ◇
「つまり、ネメアの魅力値が上がった原因はふたりの”お母さん”になったからだと?」
「まあ、そう考えるのが自然かなと俺は思った」
「たしかに、さっきのネメア、いい顔で笑っていたねー。思わず見とれちゃったよ」
「あううぅー、はずかしいのです」
「こんなにかわいくて幼く見えてもお母さんなんだ」
「ちょ、チェリーひどいですー。ボクはもう大人なんです!」
「ええー、まったまたー」
「むぅぅぅーー!!」
全く信じようとしないチェリーに怒るネメア。しかしその怒った顔も子供が拗ねている様にしか見えないのでは説得力は薄いだろう。
「まあ、チェリーの言いたい事は理解できるが、ネメアの言うことも確かだな」
「ええー! まじなの?」
うたがり深いチェリーにドワーフ族特徴について詳しく説明してやることにする。
「ああ、ドワーフの寿命は俺達人間の5倍はあるからな。さらに言うとドワーフ族の女性が成人しても幼く見えるのは種族的な特徴だぞ」
「そのとおりです。ボクはこれでも今年で88歳なんです。ヒューマン種族の年に直せば18歳くらいなんです!」
「 嘘だっ!!! こんなにちっちゃくてカワイイ生き物があたしより年上なんて!」
「むぅぅ、事実です!チェリーは失礼です! そーきゅーな謝罪を要求するのです!! ボクをお姉さんと呼ぶがいいのです!!」
しばらくギャーギャーと騒がしくやりあっていた二人だったが、じゃれ合いの一種であるのは見て分かったので、自然に沈静化するまで放っておく。
意外だったのは二人の騒がしさを嫌った子狐達が俺のそばに寄って来たことだ。足元に擦り寄って俺の方を見上げてくるので、ネメアと同じようにその柔らかな毛並みを堪能させてもらうことにする。
予想以上の手触りの良さにだった。
よほど夢中になっていたのか、ふと気づいた時にはケンカ(?)していたはずの二人が俺の方をうらやましそうな顔で、指をくわえて見つめていた。
「あー。うらやましいー。ねたましいー」
「あ、あの、カズヤさん。その子たち、なんかぐにゃぐにゃになってますです」
おっと、いかんな。なんか夢中になってた。悪いことしたな。
二人が俺のナデナデ攻撃にグロッキーになっているのを見て、ふと重要なことを思い出した。
「そういえば、ネメア。この子狐達、名前はなんていうんだ?」
「エーと。男の子が”テウ”、女の子が”メッサ”です」
「へー。そうなんだ。どっちがどっち?」
「え?すぐわかるですよ?男の子と女の子だから全然違いますです」
戸惑うチェリーに、そんな簡単なことに”何を言ってるんだ?”と言う疑問のネメア。
(すまん。ネメア、俺にもさっぱりだ。)
しかし、今教えてもらってもすぐにどっちか分からなくなるだろうから、何か見分ける良い方法がないかと考えてみる。
一番簡単なのは首輪系のアクセサリなんが、この子達の母親があんな目にあったのを考えると、絶対に嫌がるから却下だ。だが、それ以外の装備品となると今の子狐の体では動きの邪魔にしかならない。
(ふむ…そうだな。”アレ”なら追手の目をごまかすのにもちょうどいいか。)
「ネメア、ちょっと子供達に”好きな色が何かあるか?”って聞いてもらいたいんだがいいかな?」
「はい? 好きな色です?」
「ああ、好物でも何でも、色がついてるものならなんでもいいから、聞いてみてくれ?」
「はい、です。あなた達、好きなものって何かありますです?」
『『オン!』』
「あう。”ママ”ですか…そうですね」
即答で同じ答えが返った様だな。確かにその質問だとその答えになるか。
「あー。できれば別々のものがいいかな。二人の好みの違いが出そうなものってないか?」
「うーん。そうですねー。食べ物だと”テウ”はお肉、”メッサ”はミルクが好きみたいです」
「…まあ、まずは試しにやってみるか。ネメア、"テウ"をこっちに寄こしてくれ」
「はいです。テウ、カズヤさんがまた遊んでくれるみたいです」
「クアゥ!」
「きゅーん…」
ネメアの言葉に喜んでやってくるテウと、その場でしょげ返る”メッサ"。
「あー、メッサもすぐ呼ぶがから、ちょっとだけ待ってる様に言ってくれ。順番だからって」
「はいです。メッサ、心配しなくても、すぐ呼んでくれますです。おねーさんだからガマンです」
なんと、”兄妹”ではなく”姉弟”なのか。さすがネメア、よく把握してるな。
などど即席の母親役を見事にこなしているネメアに感心していたが、テウが早く遊んでと足元でせっつく。
「悪い待たせたな。今度の遊びは”変身ごっこ”だ。これを使ってな」
そう言って俺はポーチから、香水ビンを改造した魔道具を取り出してテウに見せる。
その俺の説明を律儀にテウにもしているネメアに感謝しつつ、俺はテウの尻尾にその香水ビンの中身を吹きかけた。あるイメージをしながら。
「「クァ!?」」
「うえ!テウの尻尾の色が、変わってる」
「ほ、ホントです。”こげ茶”色に変わりましたです」
心配させないように、俺はもう一度元の”白色”をイメージしてテウの尻尾に吹きかける。
「「クァゥ!」」「もどりましたです」
「す、すごいわね、それ。またまた魔道具なの?」
「ああ、『変化の霧吹き』っていう。中身はただの水なんだが、吹きかけた部分を”イメージした色”に変えるんだ。見た目だけな」
「見た目だけ? じゃホントに色がついているわけじゃないんだ」
「ああ、そういうこと。一種の幻術を部分的に掛けているみたいなもんだな。まあ、ほっといても1日くらいで自然にもどってしまう、簡単なもんだが」
「ほえー、すごいです」
「か、簡単って。そんなわけないでしょう。幻術で部分的な色の変化を1日も持続させるなんて、かなり高度な技になるのよ」
「そうなのか? まあ、色が変わるだけだから、作ったはいいが使いどころがなくて、ずっとしまっていたんだ、コレ」
「じょーだんでしょ。変装するのに絵の具を使わなくても髪が染められるなんて便利すぎるわ。使わないんなら、あたしに頂戴!」
「なるほど、そういう使い方があったか。じゃあ、これもメガネと同じでいいからチェリーにあずけるな」
俺は、そういうと『変化の霧吹き』をチェリーに渡す。
「えっ?!ホ、ホントにいいの? ちょっとだけ言ってみただけなんだけど…」
「なんだ? やっぱりいらないのか? 有効な使い方の意見が出るなら助かるんだが。本職の言うことは参考になるしな」
「なっ、誰も欲しくないなんて言ってないでしょ!欲しいに決まってるじゃない」
「なら頼むな。ほら、早速そいつを使って欲しそうな子達がいるぞ?」
”おもちゃ”が俺からチェリーの手に移ったのを目ざとく見抜いたテウが俺から彼女の方に駆け寄る。
さらにその様子を見たメッサもガマンしきれなくなったのか、同じようにチェリーの元に殺到した。
「ちょっと待って。順番に、順番に!えーと、さっきはテウ?だったから、今度はメッサ?アンタの方ね」
そういうとチェリーは後からやってきたメッサの方に霧吹きを向けると、”えい!”を言う掛け声とともに、彼女の体に広く吹きかけた。
その一瞬で、メッサの体毛の上半分が薄いピンク色の染まる。
「どう?あたしの名前と同じ”桜色”よ。女の子ならちょうどいいんじゃない?」
しかし、さっきテウの尻尾と違ってメッサ自身は自分の色の変わった部分がちょうど見えにくい部分だったため、ぐるぐる首を回してしきりに確認しようをしているのが面白かった。
さらにメッサの変化を見たテウが、”ボクももう一回~”。とばかりに、チェリーにおねだりをし出す。
「チェリー、いろいろ試すのはいいが、最終的にどっちがどっちかわかりやすくしてくれよ。そもそも色を変えるのは追手の目をごまかす意味もあるんだからな」
「あっ、なーるほどね。そういうことだったのか。
りょーかい。まかしといて。ばっちり二人をコーディネイトして見せるから」
自信満々そういいきるチェリーにここは任せて、俺はネメアに話を振る。
「よし。ここはチェリーに任せて、ネメア、さっき頼んだ投擲用の”苦無”の素材を渡すから、いくつかサンプルを作ってみてくれ」
「あ、はい。わかりましたです」
俺は実験棟の外周部にある小部屋の一つにネメアを案内すると、そこに置いてある金属素材のいくつかと作業台について説明する。
「どうだ、こんな感じだが、作れそうか?さすがに鍛冶場で使うような溶鉱炉は用意してなくてな」
「ハイ。問題ないです。材料も十分ありますし。自分の工具も持ち込んでますから炉は無くても大丈夫です」
「すまんな。アクセサリ用の携帯炉くらいしかここにはないんだ」
「それだって持ってるのはスゴイのです。今回は鉄のバー材の切り出しと研磨くらいですから、鏨とハンマーと金ヤスリで何とかなりますので、任せてくださいです」
「じゃあまかせた。いくつかサンプルができたらチェリーに形状と重量バランスを確認してもらってくれ。使う本人の意見が一番だからな。おれは、的の方の準備をしてくる」
「わかりましたです。いってらっしゃい、なのです」
「はは、いってきます」
◇ ◇ ◇
ネメアに送り出された(笑)俺は、もう一つの備品倉庫で、今度は投擲の的になりそうなものの物色をしていた。
最初はスキルもない状態だから”動く標的”はいきなりすぎるので、普通に木製の板に、同心円状の”丸”をフリーハンドで描いていく。
(なんていうか、この手の作業にすっかり慣れてしまったな。魔方陣を何度も何度も書いては消しを繰り返した成果と思えば、ちょっと心の汗が出てしまうが…。)
出来上がった標的の板を持って広間に戻ると、チェリーが床のパネルを『霧吹き』で様々な色に変えていた。何を遊んでいるんだ、と思ったが、どうやら子狐達に好きな”床の色”を選ばせて、その色に”変化”させてやっているみたいだ。
(なるほど、言葉が通じなくても、うまい方法を考えるもんだな。)
「どうだ、チェリー? 二人の”お気に入り”は見つかりそうか?」
「んー。どっちもまだ決めかねてるみたいね。でもテウの方は暗めの色が好みみたい。メッサはその逆かな?」
「なるほどな。まあ、好きに選ばせるといいよ。ところで的の方が先に出来たんだが、どうだ? こんな感じでいいか?」
「お!いいわねー。そうね。ちょっとそこの壁に取り付けてみてくれない?」
チェリーの指示によって俺は中の広場と外周部の回廊を分ける内壁に作ったばかりの的を”固定”する。
「あ、もうちょっと上の方がいいかな。カズヤの頭が中心になるくらいがいいかも」
「おいおい、俺を”ヘッドショット”するつもりじゃないだろうな?」
「ええー、ソンナコトナイヨー」
「口調がワザとらしすぎて、全く信用できんわ」
俺は文句を言いつつもご希望通り、気持ち今の位置よりも上に”固定”し直す。チェリーは広場の中央辺りに立っていたので、そこからみれば標的までは約5メートルくらいか。
「そうね。最初はこのくらいの距離で始めるのがいいかも」
「OK。お待ちかねの苦無は今ネメアが作成中だ。そんなに時間はかからないみたいだぞ」
「そうなの! やったね。楽しみー」
「楽しみなのは十分わかったから。少しは落ち着け」
「うん、わかってるけど。待ち遠しいと、なんか時間の流れが遅く感じて、じれったくてねー」
「まあ、子供達の相手をしてれば、すぐ時間なんて経つさ」
「それもそうね。そういえば、今いつ頃なのかな?太陽が無いから全くわからないのよね。おなかの減り具合から、もうちょっとでお昼だと思うんだけど」
「ん?ああちょっと待て。…そうだな。今11時くらいだ」
「へー。変わった形の時計ね。ずいぶん小さいし。それも魔道具なの?」
「…ああ。まあそんなものだ」
俺がこの世界に持ち込んだもので、今も使い続けている唯一のモノ。
この世界で俺以外の誰にも読めない文字で”G-SHOCK”と刻印のされたその時計を懐に戻すとごく普通にチェリーに話しかける。
「…そろそろ昼飯の準備でもしておくか。何かリクエストあるか?」
「…あたしは、おいしいものなら何でもいいわ。今の状況で贅沢なんて言えないし」
「そいつは十分贅沢なリクエストだぞ」
「あたしよりも他の人に聞けば? ネメアとかカリストさんとか…あれ?
そういえばカリストさんは? 朝からずっと見ないけど」
「ああ、カリストさんなら、よっぽど気に入ったのか朝風呂に行ってるぞ」
「……朝風呂って、ちょっと、もうお昼なんでしょ!」
「ああ、さっきも言ったけど11時になるから、確かに昼……って、まさか」
その後、大急ぎで風呂場に飛んでいったチェリーが悲鳴を上げ、後から手助けに飛び込んだところをチェリーに叩き出された俺は、ネメアに手助けを頼むべく、もと来た道を戻るしかなかった。
(カリストさん…いくら気に入ったとしても、5時間は入りすぎでしょう)
◇ ◇ ◇
《今日の魔道具》
●”宿命の水晶” ᚨ 伝達ᚾ 必要・成長・ᛗ 人・ᛈ 発見・ᚢ 本能
現在のステータス情報に加えて、潜在能力の認識も可能にする。
●変化の霧吹き 仮初め・変化・光・結界