015
前回、”重かった”ので少し”日常”に復帰。
初めて評価をいただきました。
記念すべき最初の評価者様、拙作に点をつけていただきありがとうございます。
15話
◇ ◇ ◇
城塞都市ᚨ「アンスル」 国立魔道学院 学生食堂 マディスン・セイレン
◇ ◇ ◇
(全く…嫌な天気ですわ。…気分が憂鬱になりますわね)
食堂の窓から見える空は鈍色の雲に覆われ、朝から鬱陶しい雨を降らせ続けている。
ここ連日晴れが続いたこともあり、突然の天候不順には、なにか先行きの凶兆を暗示しているような、得体の知れない不安を掻き立てられてしまう。
(いえ、違いますわね。…原因は天気ではなく、私の目の前に居りましたわ)
そう言って、わたしは目の前のテーブルに”沈没中”のルームメイトに声をかける。
「レルネさん。いい加減落ち込むのはやめてください。さすがに目障りです」
わたしの”すげない”言葉に、のろのろと顔を上げたレルネさんの顔には”目幅”涙が流れている。
いけない、顔を見たら、さらに鬱陶しくなりましたわ。失敗です。
「目障りは酷いじゃない、私落ち込んでるのよ。慰めてくれてもいいじゃない」
「最初はやさしく慰めてあげたではありませんか。
『女の子なら自然なことです。レルネさんはおかしくありませんわ。』って、それなのにいつまでも……」
「だって、いくらマディの前でも恥ずかしいのよ。あれは……」
(気絶して、粗相をしてしまったことですの?)
わたしの”ぶっちゃけ”に、顔を真っ赤にしたレルネさんが、声を絞りながらも、猛然と抗議してくる。
(ちょっ、やめてよ! こんなところで、誰が聞いているかもしれないのに……)
さらに周囲の様子を伺い、今の会話に気づいた者がいないか確認していた。
そのレルネさんの動きに、食堂内のいくつかのグループから露骨に視線を逸らす動作をする人間がチラホラいた。
しかし、わたし達のテーブルの周囲には不思議なほど人がいない。ある意味”表面的”には避けられているのは確かだ。
「大丈夫ですわ。こっちの様子を伺っているだけです。会話は聞かれていませんわ」
「……そう。よかった」
「それで? 成果は大きかったが、犠牲も多かった、と言うところですか」
「……うん…」
そう昨夜、ついにレルネさんは単独で第2チャクラの”完全稼動”を果たしたようなのだ。
しかし、二人の間で交わした”1時間”の取り決めによって、自室から席を外していたわたしが、時間になって部屋に戻った時、外からのノックに反応が無かった。
なにか問題があったと判断したわたしが合鍵を使ってドアを開けたところ、前述の”惨状”だったと言うことである。
「レルネさんはいつも必要以上に頑張り過ぎなのですわ。カズヤさんも”焦る必要はありません”とおっしゃてましたでしょう?」
「……それは…そのとおりなんだけど……」
わたしの進言に対しても、彼女の歯切れは悪い。そんな様子を見ていたわたしの頭に一つの推測が閃く。
「……もしかして……夢中になって、我を忘れたとか?」
「…………」
レルネさんの顔は先程以上に”赤熱”している。
「…やめましょう、朝からの話題ではありませんでしたわ」
「……そうね」
「そのあたりは、あとでじっくり聞きますわ。後学のためにも、詳細にですわ」
「……お願い、勘弁して」
そう言って、怯えながらも羞恥に悶えるレルネさんの姿に、わたしの中の”いけない扉”が開いてしまうような”あやしい”感覚が背中に走る。
(レルネさん……魅力値が半端なく上がってますわね。…おそろしい娘。)
――実際、先程からの周囲の視線も圧倒的に男子のものが多い。以前は蔑みや嘲りの物が多かったと言うのに、ここ数日で急激な変化が起きている。
見惚れるというか熱っぽいといった好意的なものから、ギラついた欲望むき出しの危険なものまで、今までに無かったものに置き換わってきていた。
しかし肝心の本人は、その周囲の変化にまるで気づいていないが。
(これが”恋する乙女”の効果なのかしら? いや、もしかすると……)
「これはこれは、レルネ・ラッフィーニさま。
このような所でごゆるりと朝餉を召し上がれておられるとは、随分と余裕のご様子」
色々と追い込まれて抵抗力の無くなって来ていたレルネさんに、極めつけの人物から声がかかった。
(これはまた…朝から一層鬱陶しくなりますわね)
そこにいたのはキャトル・H・アウヴィアス。この国の有力貴族アウヴィアス侯爵令嬢で、わたしたちの同級生だ。そしてレルネさんをこの学院から排斥しようとする”小鳥達”の筆頭だ。むしろ積極的に扇動者となって”仲間”を集めている節がある。
彼女がそんな行動をとっているのは、多分に彼女の父親アウヴィアス侯爵とレルネの父ラッフィーニ宮廷魔導師団長の、宮廷における力関係に一因がある。
王の信頼も厚く建国以来の名家であるラッフィー二侯爵家と、数代前は子爵位であったアウヴィアス家では、本来比べるまでもない程の差があるのだか、ここ近年でのアウヴィアス家の”勢い”は侮ることができない。
主に魔石の流通・販売事業による”経済力”にものを言わせ、各所に鼻薬と根回しを繰り返して積み上げてきた影響力は、宮廷内の要職に手が届くところまでに大きくなっており、自分用の”空席”を作るための裏工作を様々な所で行っているとの噂が絶えないのである。
(正直、娘の学院の成績が、どれほど親の失脚に影響があるか怪しいものですが、彼女の場合は、単純にレルネさんに嫉妬しているだけでしょうね。)
実際、レルネが”暴発”を起こすことが広まるまで、彼女の人気は他の追随を許さない圧倒的なものだった。家柄を鼻にかけない気さくな人当たり、才能におぼれないひたむきな努力、そしてあの可憐な容姿、……一部に成長不足の点はあるが。
(”暴発”の件があったとはいえ、レルネさんの周囲から人がいなくなったのは、間違いなく彼女の”囀り”が原因でしょうね。先生まで”おざなり”な対応しかしなくなりましたし)
親の背を見て子は育つというが、とかくキャトルは”口”をつかった裏工作が上手い。事実の裏にほんの一かけらの”嘘”を混ぜて、自分の望む結果を手繰り寄せるのだ。
(レルネさんの近くの空気は”常に”暴発前の状態だから、近くにいては危ないというのは傑作でしたね。あまりの馬鹿らしさに、積極的な否定をするのも止めてましたが、あんな噂を信じる人もいたようですわね、……嘆かわしい)
レルネのテーブルに沈没した様子をみたキャトルは、自分の”囀り”の成果を確認するかのように”微笑”を浮かべながら、実に”やさしげ”な口調で語りかける。
「ずいぶんとお疲れのご様子。これなら試験までご無理なさらずとも、ご自宅で静養されてはいかがですか?」
「……お気遣いありがとうございます。しかし、私どうしてもあきらめたくないんです」
(チャクラ連携の訓練のことですわね)
「そうですの。さすがは宮廷魔導師団長ラッフィーニ侯爵のご息女、私たち下々のものとは心構えが違いますわ」
「ええ、ですからギリギリまで、私努力を続けます」
(カズヤさんが次に来られるまでに、少しでも”あの症状”の改善をしたいのですわね)
「さすがですわ、私たちもレルネ様を見習って、一層の努力を怠りませんわ」
(今の”状況”を続けるということですわね)
「ありがとう、私も頑張るから、あなた達も頑張ってください」
(……これほど噛み合わない会話もありませんわね)
「ところで、なにやら魔工技師から怪しげな魔道具を入手されたとか…成果はいかがでしたか?」
(どうやらこれが彼女の”本題”のようですわね)
「それは…」
律儀に答えようとするレルネさんの発言をわたしがぶった切る。
「”ダメ”ですわね。少しばかりは”進展”がありましたが、とても”目標”までは届いていませんですわ」
「……そうですの、それは残念ですわね」
私はレルネさんの”体調”を心配することを”意識”しながら、彼女を見つめる。
「ええ、”昨日”もレルネさん無理をなさって”倒れて”しまいましたの。ですから私が少しはペースを抑えるように、進言しておりましたの」
私の一片の嘘偽りの無い”本音の発言”に、キャトルの”微笑み”は一層深くなる。
(……”人は自分の見たい真実を見る”か、わたしもキャトルさんのことを笑えませんわね)
「そうでしたか、それではあまりお邪魔しても申し訳ありませんので、私失礼させていただきますわ。ごきげんよう」
そういって、キャトルは足取りも軽く自分のグループへと戻っていった。
そして自分の成果について、お友達に自慢げに語り始める。
そんな彼女の様子を見たレルネさんは若干顔色を悪くして私に尋ねてきた。
「…マディ、どうしよう。今、気づいたんだけど、どうして彼女にチャクラの”練習”のことがバレてるのかな?」
「………”声”が漏れていたのではありません?」
「そ、そんなはずないわ! しっかり枕で……」
「……」
(カズヤさん、早く帰ってきてください。レルネさんが、どんどんおかしくなってしまいます。なんかわたしも色々限界みたいです)
◇ ◇ ◇
《今日の魔道具》
●”チャクラ・クリスタル”
単なるチャクラ連携の練習用具。安全装置として、体内のチャクラに溜まった魔力を対外に排出させる機能を持つ。