012
ようやく街の外に出ますw
12話
◇ ◇ ◇
「アンスル」西部 ガリム街道 チェリー・スプリング
◇ ◇ ◇
荷馬車を修理し、野営に必要な一式を揃えたあたし達は、アンスル街を出て西へと向かった。
もちろん、門の所で”臨時”に行われていた検問も問題なくパスすることが出来た。
カズヤさま様である。
(すごいなー、このメガネ。
あんな遠くの動物の群れが簡単に分かるよ。……”白”だから魔物じゃないよね。)
チェリーは今、荷馬車に積まれた木箱の上に陣取って、”遠視”を使いながら、カズヤから渡された”魔力感知”のメガネを通して”索敵”を行っている。
これまでもチェリーは、”遠視”と”索敵”のスキルを既に持っていたが、スキルのレベルが上がったわけでもないのに、このメガネがあるだけで、索敵効率が数倍に伸びた実感があった。
(今までは”遠視”で見えても、岩なのか動物なのか、”索敵”をかけるまで分からなかったのに、このメガネを通すと”色”で”何か”が分かるんだからすごいよねー。”)
”魔力感知”のメガネは通常の動物なら”白”、魔物ならば”赤”の光が目に見える。
そのためチェリーは”色”が着いた場所にだけ、必要に応じて”索敵”を掛ければいいのである。
極端な話、”赤”でなければ”索敵”は不要とも思えた。
(頭がいいだけかと思ったら、職人としての腕もイイみたい。おっと、報告報告。)
「右前方3キロくらいかな。動物の群れが移動してくるよ。このままだと進路がぶつかりそう」
「了解。ちょうどいいな小休止にするか。群れが通り過ぎるのを待とう。
…ネメア、あそこの岩陰に馬車を寄せてくれ。チェリー、最後に全方位を見て問題なければ降りてこいよ」
「はいです!」「りょーかい」
カズヤに言われたとおり”遠視”をしながら、キッチリ周囲360度をメガネを通して見まわす。
(異常なしっと!!)
確認が終わったのとほぼ同時に、馬車は街道を離れて、近くの岩場に寄せられた。
車体が止まるとカズヤはポーチから一本の杭を取り出すと地面に差し込む。
その杭は彼がほとんど力を入れた様子もないのに、あっさりと地面に突き立った。
それでいて馬の手綱を結びつけても抜ける様子が無い。
「それも魔道具なの?」
「ん? ああ、そうだ。”グランド・アンカー”っていう。テントの設置や、登山での支持具なんかにも使える。魔力で地面に位置固定するから打ち込む力はいらないし、解除すれば片手で引き抜けるしな」
「ふーん、色々、多才だよね、カズヤって」
「いや、俺はこれと言う”決め手”がない分、道具で補いながら手広くやってるだけだ。器用貧乏って奴だな」
「いや、十分有能だと思うわよ」
「そうか?それより目を休めておけよ。何度も言うが戦闘の回避にはお前の”目”が頼りなんだからな」
結構本気でほめてたつもりあたしの言葉も、謙遜してるのか”なんでもない”って感じのカズヤの態度に、なんだろうか、何かちょっとした壁みたいなものを感じた。
それでもあたしの体調を気遣ってくれているのは理解できたので素直に返すことが出来た。
「わかってるって、それに、このメガネのおかげで無駄な”索敵”がいらない分、そんなに疲れてないから、まだ大丈夫よ。
でも、こんなにのんびり進むのでいいの?
ただでさえ”回り道”してるだから、もう少し急いだ方がいいんじゃないの?」
そんなあたしの返答が不満だったのか、カズヤはこちらに向き直ると少し真剣な顔つきで口を開いた。
「…それでも”遠視”を使った”索敵”はチェリーにしか使えない、このパーティで唯一のものだ。
特に”目”は代えのきかない消耗品ともいえるから、こまめに休憩を入れて大事にしないと、いざと言う時に使えないなんてことになりかねん。無理はなるべくさけるべきだな」
(”チェリーにしか”…か、パーティメンバーとしての役割っていうのはわかってるけど、改めてそう言われるとイイ気分よね。)
「それに、最短コースが通れないと分かっている以上、この”西周り”のルートが最も早い運搬ルートだ。普通に行っても”4日”で到着できるなら期限に十分間に合う。チェリーに無理させてまで急がなくてもいいだろ?」
「うん、ありがと、気を使ってくれて。
あ、それと、このメガネ凄く欲しいんだー。どこで売ってるの?」
あたしのお気楽発言に、”ほんとにわかってるのか?”そんな態度が顔にありありと見えるカズヤだったが律儀にメガネのことを教えてくれた。
「…そいつはまだ商品にはしていないな。それにそのメガネも消耗品だからずっとは使えないぞ」
「ええー。非売品なの? これ売れるよ、特にあたしみたいな斥候役なら絶対ほしがる!」
「…そうか、なら販売用の商品に追加してみるか。俺が商品を卸している魔道具店の魔機那なら、魔力が尽きても店に持ち込めば、新品を割引で買えるようにしておくよ」
「ほんとに!それ、うれしい!」
「とりあえず、今回はそのメガネを預けておく、斥候役に使ってもらうのは初めてなんで、使い勝手の悪い部分があったら教えてくれ。
…そうだな、商品化するのにいい案が出たら最初の1個はタダにしてやるぞ」
「おおー、いったわね、絶対よ! いい案が出したら最初の1個はあたしのもの!!」
「いいけど……そのことに夢中になりすぎて、斥候役の仕事を忘れないでくれよ。頼むから」
「まーかせて!!」
一気にテンションの上がったあたしの顔をますます心配そうにカズヤが窺がってるのはわかっていたが、自分を抑えることは出来そうもなかった。
◇ ◇ ◇
「アンスル」西部 ガリム街道 カズヤ
◇ ◇ ◇
(一応、試験な訳だから”自重”しておくか。基本を忘れないためにもな。)
俺はいつもの”紅茶セット”は封印することにして普通に水筒からの水を飲む。
(……贅沢は人を駄目にするな…。今日入れた革袋の水がとても”マズく”感じる。)
「??どうしたの、変な顔して?」
「いや、人間、楽を覚えると、とことん駄目になるなと…反省している」
「おかしなこと言うのね、水飲んだくらいで。水分補給は重要よ。我慢しても体に悪いじゃない」
「そうだな、きちんと休めるときに休まないと、体が持たん」
そう言って、俺は再び”マズイ水”を飲む。
(……”浄化水筒”くらいは早々に広めた方がいいな、うむ。)
俺が次の商品のラインナップを検討していた時、ネメアが心配そうな声で尋ねてくる。
「あの、他の班の人達に、全然あいませんけど、いいのです?」
「…それはどのくらいの班が、”通行止め情報”を買っているのかによるな。
買ってなかった場合、最短の南ルートに行くだろうから、会わないのが当然だな」
「そーだね。”とうせんぼ”が待ってると知って南に行く馬鹿はいないだろうし、会わないってことは、あたし達の独走?」
「いや、それはわからん。俺たちはかなりスタートが遅れたから、同じルートでも追いつくのは無理だろうな。あるとすれば明日に分かるだろうな?」
「あ、あれです!、”車輪の細工”です」
「そうだ、ネメアが見つけてくれたやつだ」
「えへへーです!」
「……こんな平原の真ん中で、馬車が壊れたら立ち往生じゃない。下手すると命に係わるよ」
「それなんだが、今回の支援物資の中身。そのためのことを考えて決めてるんじゃないかな?」
「えっ? ああ、そうか、食料に水、テントに医療品!!」
「緊急事態やギブアップとなった時点で、支援物資が自分達の救援物資になるわけだな。4人なら10日分以上はあるぞ」
「なるほどーです」
「まあ、俺たちの方針は変わらない。”無理して急がない。”、”戦闘は避ける”だな」
「あい、りょうーかい」「です!」
その時俺たちの進んでいた方向の遠くに、土煙が上がっているのが目に入った。
「ん? あれが、チェリーの言ってた群れか?」
「ん、そうだね。時間的にもそう思うよ」
「ほえー、いっぱいいますです」
「……戦闘準備だ」
「「え?」」
「あの群れ、何かに追われてるぞ。チェリー”見てくれ”!」
「は、はい!」
そういうと彼女は荷馬車の上に駆け上がって、メガネを掛ける。
「ネメアは、装備を身に付けて待機」
「はいです!」
そこで、”索敵”をしたチェリーからの報告が入る。
「!!群れの後ろに”赤”ひとつ!!」
「こっちに来そうか?」
「まだ、わかんない、群れの後ろに迫ってきてるよ!」
そして、それまで空気に同化していたかのような試験官に”フリーハンド”を渡す。
「カリストさん、いざと言うときは”頼み”ます」
「”私の判断”でいいんだな?」
「はい、俺たちの方針はもう一つ、”いのちだいじに”ですから」
◇ ◇ ◇
獣の群れが起した土煙が右前方から左へと進んでいく中、追われている群れはどうやら野生の鹿の群れらしい。
そして、その群れの最後尾に”黒い影”が襲い掛かる。
「マッド・ウルフか」
魔物の正体は判明した。さて一匹なのは幸いだが、こっちへ来るかな?
「チェリー、今のうちに荷馬車の陰で”隠密”を使って隠れろ。
敵がこっちに来たら、俺とネメアで引き付けるから、背後に回りこんで奇襲だ」
「り、りょうかい」
「いいか、”隠密”のままでも、絶対”背後”からだ。決して正面から行くな!」
「わかったよ!」
「ネメア、敵が来たら、俺たちは馬車から少し離れるぞ。
そして敵の”注意を引き付ける”。いいな。”足止め”優先だ」
「は、はいです!」
(さて、どうなる……)
鹿の群れは既に左後方へと逃げ去り徐々に土煙が晴れていく。
(まずいな、こっちが風上か…)
しとめた獲物の鹿に喰らいついていたマッド・ウルフが突然顔を上げるとこちらへと振り向く。
「気づかれたな…こっちに来るぞ。いいなさっきの手順で行くぞ」
「あいさ!」「行くです」
そして、俺とネメアはゆっくりとチェリーのいる馬車から左にずれて行くと、狙い通りマッド・ウルフの視線も俺たちの動きを追ってきた。
「よし、追ってきてる。ゆっくりと、後退だ」「…はい…です」
距離をゆっくりと取り始めた俺たちを逃がすまいと、マッド・ウルフはこちらへ疾走を始めた。狙いは……ネメアだ。
マッド・ウルフは一瞬で加速し距離を縮めた後、ネメアめがけて飛び掛かる。
「ネメア、盾!!」「はい!!」
衝突の瞬間、ネメアの大盾は彼女の体躯からはとても考えられない勢いを持って、狙いたがわずマッド・ウルフの頭を捕らえる。
グァワアアン!!
快音を響かせて直後、頭に命中した盾の一撃によって、ウルフは地面に這い蹲っていた。
その間に馬車の陰から飛び出したチェリーは地面伏せるような低い姿勢のまま”隠密”を保ちつつウルフの後ろへと回り込もうと動いている。
「おみごと!」「はいです!!!」
そこで油断があったとは思いたくないが、ウルフが突然跳ね起き、ネメアへと体当たりをかます。
「あッ!!」
ネメアは同様に盾で防ごうとするが、振回す勢いの足りない盾では、単純な体重差がものをいう。
僅かばかりの拮抗の後、ネメアの体が地面から完全に浮き上がる。
「うぁっ!!」「ネメア!」
コロン。そんな滑稽な音がしそうなほど、見事にネメアは転ばされる。
(マズイ、間に合え!)
俺は強引にネメアとウルフの間に体をねじ込み、ネメアへの追撃を防ぐ。
その瞬間、俺の左腕の中に灼熱の塊が生まれた。
ほぼ密着した状態でマッド・ウルフの凶暴な目を覗き込むような形でにらみ合う。
その目の中に狂喜の表情が見えたような気がした。
(クッ…俺の”血”はそんなに美味いか?)
そこへ狙い済ませたチェリーの短剣がヤツの背中に突き立った。
「ギャウンッ!!」
完全な不意打ちの攻撃で、奴の口から悲鳴が上がり、それによって俺の左腕も解放された。
「これで、詰みだ!」
俺は体勢を崩したウルフの体に、右手に持ってた”グランド・アンカー”を突き立て地面に縫い付け”固定”する。
ウルフは杭から抜け出そうと激しく体振るが、”そいつ”はそう簡単には抜け出せないようになっている。
暴れるマッド・ウルフから俺は離れると、止めは”彼女”に任せる。
「ネメア!、ハンマー!!!」
「はいです!!!!」
転倒から復帰したネメアが、”全力”でハンマーを奴の頭に叩き込んだ。
ズダンッッッ!!
その一撃でマッド・ウルフの動きは完全に止まった。
「チェリー奴の”反応”はどうだ?」
「!!……”赤”、消えてる。死んだってこと?」
「そうだ。たまに”死んだフリ”をする奴がいるから、用心だ」
「なる……、ちょ、それよりケガ! その左手!!」
「ああ、ちょっと治療するから、周囲の警戒頼む」
「ネメア」
「!!……はい……です」
どこか怯えるように俺の左腕を見つめるネメアに今は用件だけ伝える。
「……ウルフの剥ぎ取り頼めるか、魔石と牙だけで毛皮はいいから」
俺は返事は待たずにそのまま馬車へと向かう。
チェリーがネメアになにか言っていたようだが、今は時間が惜しい。荷馬車へと戻るとカリストさんが出迎えてくれた。
「中々、いい連携だったな」
「負傷1ですが、”セーフ”ですか?」
「……ああ、回復薬の準備も問題ないしな。
もし”浄化草”が無いなら早々に”アウト”だったが」
「ですよね、”狂犬病”は時間との勝負になりますから、すぐ治療します」
「腕を出せ。やってやる」
「……いいんです?」
「片手では時間がかかるだろうしな。これくらいなら問題なかろう」
「…では、お願いします」
そして、傷口を念入りに水で洗い流した後、カリストさんに、よく揉みこんだ”浄化草”と薬草を患部にあててから包帯を巻いてもらう。
しばし無言の時が過ぎたが、そこへ剥ぎ取りを終えたネメアとチェリーが戻ってくる。
「よし、これでよかろう」
「はい、ありがとうございます」
そこへ、チェリーに後ろから押し出されるように俺の前に立ったネメアが口を開いた。
「あ、あ、あの、カズヤさん。ごめんなさい……です」
「問題ない。敵を引き付けるのが俺たち二人の役目だったからな。
これくらいは”必要経費”だ」
「でも、ボクが転ばなかったら……」
「俺が倒れていたら、ネメアが庇ってくれただろう?
どちらかがフォローするのがパーティだ。次は頼むよ」
「は、はいです!!」
「ほら、言った通り、全然問題なかったでしょう?」
なぜか得意げに語るチェリー態度に思わず苦笑が出てしまう。
「さて、早くここを離れようか。ここに留まってると血の臭いに引かれて、厄介なのが集まってくるからな」
◇ ◇ ◇
「アンスル」西部 ガリム街道 カズヤ
◇ ◇ ◇
「よし今日はここまでだ。日の残ってるうちに野営の準備に入ろう」
太陽の傾きを見ながら、俺はみんなに作業の分担を割り振る。
「チェリー。周辺の巡回をしながら、薪があれば拾ってきてくれ。手持ち分の節約になる。ネメアは馬に水と飼葉をやってくれ。俺は、天幕の設置をする」
「りょーかい」「はいです」
今日の野営場所にと決めた小高い丘が削れた崖と荷馬車で壁を作り、その2つの壁に挟まれた一帯を大きめの天幕で覆う。
天幕は外からの視界をさえぎるように、壁側から出入り口に向けて傾斜を付けて設置した。
これなら雨の場合でも水がうまく下に流れてくれるだろう。
天幕の固定には、今日大活躍の”グランド・アンカー”で手早く固定していった。
そして仕上げに、”隠蔽結界”魔よけ・結界と”休息結界”休息・結界を重ね掛けする。
天幕の外側に”隠蔽結界”、内側に”休息結界”だ。
「よし、完成」
「ちょ、ちょっと、いきなり見えなくなったんでビックリよ!!」
周辺を廻っていたチェリーが、天幕の出入り口に飛び込んで来るなりそう叫んでいた。
「近くに寄るとすぐに分かってしまうけどな。遠くからならただの崖に見えるだろう?」
「ええ、これならかなり安心できるよ」
「だからって油断しすぎるなよ」
「わかってる!」
そこへ、馬を連れたネメアとカリストさんが天幕の中に入ってきた。
「ほぇー。すごいです」
「……この中は何か空気が違うな。故郷の森の中のような”静けさ”がある」
「少しだけですが、回復効果を高める結界を内側に掛けています」
「内と外で別の効果の結界か? なかなか高度なものだな」
「これなら火を使っても目立ちませんが、一応、交代で見張りを立てます」
「うむ。そこは任せる」
「よし、チェリー、ネメア。”2人が見張り1人が休む”の組合わせを交代で行こう。順番はどうする?」
「最初はカズヤが休みなよ。ケガもしたんだし」
「ですです」
「そうか、ならお言葉に甘えて最初は二人に頼む。その後二人のどちらかと交代だ」
「分かった、ネメアと順番を決めておく」「はいです」
その後は総出で、食事の支度となった。
持ち込んだ食料を使って簡単な食事を作ると、まずは腹を満たす。
そして、ひと心地ついた所で、俺は切り出した。
「二人ともよければ、今日の行動での”反省会”をしたいんだがいいか?」
「それって、さっきの戦闘のこと?」「…はい」
「いや、別にネメアを責めてるんじゃない。
戦闘だけでなく、外に出てからの行動全般での課題検討かな?」
「思いついたことでいいの?」
「ああ、そうだ、大小関係なく気なってることを先に話合っておいた方が、”危険の予防”や”改善のヒント”にもなるからな」
俺がそう説明すると、こういう場ではやはりチェリーが真っ先に先陣を切る。
「それならねぇ、あたしはもっと遠くから攻撃できたらと思った」
「やはり、さっきの戦闘か?」
「そう! それがあればメネアが倒れた時も、後ろから邪魔できたし」
「ふむ。確かにあの場合、それがあれば、かなり助かっただろうな。しかし、今度はお前が狙われるぞ」
「それはそうだけど、そうなったら今度は二人のどっちかが後ろから攻撃できるよ。パーティなんだからフォローできるよね」
「ああ、その通りだ。それにチェリーの素早さがあれば、距離があれば振り切れるだろうしな」
「わかってるじゃん!」
「そうなると足を止める”弓”よりも”投擲”がいいか、そっちの方がチェリーにはあってそうだな」
「移動しながら投げるの?難しそうね」
「ああ、だが極めれば恐ろしく有効だぞ。近づかれない距離からチクチク邪魔が出来る。正にチェリー向きだ」
「……あんたがあたしのことをどんな風に思っているか、じっくり聞きたいところね。でもまあ確かに使えそうね。”投擲”覚えてみようかな?」
チェリーが一つの方向性を決めたと思った瞬間に、突然ネメアの方から思い立ったような声が上がった。
「……ボクは、もっと”重い”装備が欲しいです。体が”浮かない”ようなです」
ネメアは、よほどさっきの戦闘のことが気になるのか、いつもより積極的に話してくる。
「重さはもう限界じゃないか? これ以上だと身動きが取れなくなるぞ」
「そうだね、今の装備だって十分”気合い”入ってるし!」
「力はまだ余裕です。武器ももっと重くても使えますです。
でもボクは体重が足りないので、振った反動で体が”ふらつき”ますです」
ネメアの話を聞いて、”ちょっと”思いついたことがある。
「ふむ、ネメアちょっといいか? こっち来てくれ」
「? はいです」
彼女がトコトコと傍に寄ってきた所で、俺はネメアの両脇に手を入れ、彼女を持ち上げる。
「!!!!」「ちょっ、なにを!!」
「ふむ、なるほど……くらいか」
「@@@@」「あ、あんたねー」
「いや、すまん。次は武器のハンマーと盾を貸してくれ」
「……はい。です」
真っ赤になったネメアが脇に置いていた自分の武器を差し出す。
その武器を両手でそれぞれ持ち上げてみて、先程の重さと比べてみる。
「よっっと。これは、なかなか。これより重くても本当に大丈夫なのか?」
「…はいです。振った後の”ふらつき”さえなければ…です」
「そうか、なるほどな。行けるかもしれん」
「ちょっとー、自分だけ分かったようなことしてないで、説明してよね!」
「…です」
「まあ、待て。上手く行ったら、ちゃんと説明する」
「え? なんとかなるの?」
「……重く、出来ますです?」
俺はポーチからなめした一枚の革と”光刻印機”を取り出すとネメアにまたお願いする。
「じゃあネメア。次はこの革の上に裸足で立ってくれ。ちょっと足型を取りたい」
「……はい……」
「ちょっと、女の子になんてこと」
「…チェリー、だいじょうぶです。
防具の寸法取りと同じです。いつもやってますです」
そう言ってネメアは素直にブーツを脱いで、俺の敷いた革の上に立つ。
それでも少しは恥ずかしいか、若干もじもじとしてる。
「悪いな。すぐ済む。ちょっとだけ動かないでくれ」
俺は手早く”レーザーポインタ”で革の上に彼女の両足の周りをたどる。
「終わった。ありがとうな。もういいぞ」
薄い革でもあるので、刻印したところから簡単に彼女の足型が抜き出せた。
あっという間に革から足型が切り離せたことに、ネメアの目が丸くなる。
「終わった。後は明日の朝までには仕上げるから楽しみにしておいてくれ」
「ぜったいよー」
「……はいです」
そうして俺は、先に休ませてもらう為に、壁側に用意した寝床にもぐりこんだ。夕べ諸事情で睡眠時間が削られていたこともあり、意識はあっさりと眠りに落ちていった。
◇ ◇ ◇
夜中に体を揺すられたことで意識を覚醒させる。
「…交代か?」
「はいです」
返ってきた声はネメアのものだった。どうやら、最初はチェリーと組んでの見張りになるらしいな。
「じゃ、眠ってくれ。夜明け前の時間にまた起すから」
「はい……あの、腕……どうです?」
「ん? ああ、処置も早かったんで、ほぼ痛みもないな。厄介な感染の方もなさそうだ」
ほぅっ。そんな安堵のため息がネメアの口から漏れる。
「心配してくれてありがとな。ゆっくり休んでくれ」
「はいです。休みますです」
そういって彼女は今まで俺が眠っていた場所に横になる。
「……あったかいです」
「夜になると冷え込むからな。しっかり毛布を体に巻いて置けよ」
「…はい…です」
そこまで言うと、早々に眠りに落ちていった。
俺はチェリーが待っている、焚き火の傍へ行くと、カリストさんもまだ起きて見張りに付き合ってくれていたようだ。
「カリストさんも休んでください。後は俺が朝まで起きてますので」
「……傷は問題なさそうだな」
「ええ、しっかり手当てしていただいたおかげです。ありがとうございます」
「……何かあったらすぐ起こすんだ。いいな」
「分かっています。頼りにしてますから」
「……」
俺の返事に納得したのか、カリストさんはネメアの眠る場所へと行き、彼女の傍に横になった。
「カリストさん見張りに付き合ってくれたんだな。何か言ってたか?」
チェリーは俺の方を笑いながら、やけに楽しそうにしゃべりだす。
「あたし達は、”あたり”を引いたんだって、”めったにない幸運”だって言ってたよ」
「そうか? 結構大変な1日だったと思うんだが……」
「……そりゃ、わかんないよね。あんたには」
「? どういう意味だ?」
「幸運だっていうのは、あたしとネメアのこと。
今日”あんたと組めた”ことがラッキーだってことよ。あたしもそう思うわ。もちろんネメアもね」
「……」
「今日一日だけでものすごく色んなことを知ることが出来たわ。
怖いことや悔しいこと。でもそれだけじゃない、褒められてうれしかった事や自分の出来ること、やりたいことなんか、今まで見逃してきた色々なことね」
「……」
「それもこれも、みんなカズヤと組めたから得られたこと。だから、あたし達は”あたり”を引いたのよ」
なんというか、チェリーからの手放しの賞賛に、居心地の悪さを感じた俺は少々”ひねくれた”返しをしてしまう。
「……そうかな、俺は試験に受かるためにお前達を利用したのかもしれないぞ。結構色々とお前達をこき使っていただろう?」
俺の反論を聞いたチェリーはより一層笑みを深め、話を続ける。
「カリストさんの言ってたのは正にそういうことよ。普通の幸運なら、強い人間と組んで”その人の力”で試験をクリアすること。あたし達の力は関係ない」
「……」
「カズヤのやり方は、あたし達の力を高めるための”方法”を教えることよね。
確かに楽じゃないけど、そんなもの”おつり”が来るくらいあたし達には収穫があったわ。そして、それらはこれからの冒険者としての”大きな財産”になるって言ってた。
だから、幸運の中でも”めったにない幸運”だってことなのよ」
本気で居心地が悪くなって来た俺は、彼女に対し早々に白旗を揚げる。
「……改めて指摘されると、やりにくくなるな」
「昼間もちょっと思ったんだけど、今わかったわ…カズヤって以外に照れ屋さんでしょ?」
「…勘弁してくれ」
◇ ◇ ◇
その後は、なんと言うこともない雑談をしながら、見張りを続けて、チェリーの寝る時間になった。
「そろそろ交代ね。ネメアを起すわ」
「いや。いい、寝かしておいてくれ」
チェリーは俺の制止に、いぶかしそうな表情で問いかけてくる。
「なんで?」
「ちょっと、まだ俺の怪我のことで気を張ってたみたいだからな。
それに、ちょっとしたサプライズの仕込みをやるから一人の方がいい」
そう俺が言うと、彼女はちょっと面白くなさそうに顔をしかめた。
「ああ、あのセクハラの種明かしね」
「……そんなつもりは毛頭ないが、マズかったか?」
「自覚がないのは性質悪いわよ。まーネメア自身はそんなに気にしてないみたいだけど」
「……注意しよう」
思っても見なかったチェリーの指摘に、自分の行動を振り返りつつ、嫌な汗をかいていた所に、チェリーらしくない神妙な声が耳に入ってきた。
「…ね、ホントにケガはもういいのね?」
「ああ、変なヤセ我慢はパーティー全体の危機にもつながるしな。もし深刻な怪我だったら素直に言って寝てるよ」
しばし俺の返答に対して、真偽を見るため俺の顔色を窺っていたチェリーだったが一応の結論を得たように口を開く。
「…分かったわ、ならもう言うこと無いから」
「ああ、心配してくれてありがとうな。朝までゆっくり休んでくれ。
明日も頼りにしてるぞ」
「…りょうかい。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
◇ ◇ ◇
「さて、上手い具合にひとりになれたな」
そこで俺は”隠蔽結界”の外へ出ると。チャクラを全開放状態に持っていく。
そして――――――。
◇ ◇ ◇
《今日の魔道具》
●”魔力感知”ᛜ 命・ᛈ 発見おなじみのメガネ。
●グランド・アンカー”ᛃ 地・ᚦ トゲ・ᛁ 固定
普通は土木建築用具。物理的な固定ではなく。空間的な相対位置の維持による固定。
●ギリーテント(天幕部)
(外面)”隠蔽結界”ᚦ 魔よけ・ᛉ 結界人払いの結界。近くによるとすぐバレる程度。
(内面)”休息結界”ᛁ 休息・ᛉ 結界おなじみの結界。効果は今ひとつ?