010
ようやく昇格試験が始めれました。(本当によかったw)
10話
◇ ◇ ◇
城塞都市ᚨ「アンスル」 宿屋 「ひな鳥の宿」 カズヤ
◇ ◇ ◇
「「くーるー♪くるくるー♪くーるくるー♪」」
マリーとマーチのふたりのご機嫌な歌を聞きながら、スミィさんの朝食をありがたくいただく。
今でこそ二人は俺の両隣に座って、”新しく作った”チャクラ・クリスタル”を楽しそうに手にしながら遊んでいるが、夕べのことは思い出したくは無い。
キラキラと廻る風車を見ながら眠りにつくのが、いつもの二人の就寝前日課のようなものなのだが、うかつにも俺は予備を含めた”クリスタル”を2つともレルネさん達に渡してしまったため、彼女達の要求に応えることが出来なかった。
事情を知った”お二人のお姫様”の”お怒り”はすさまじく、小さな手で散々ぽかぽかぶたれた後、両サイドから泣き付かれてしまった。
(自分達の大事な”おもちゃ”が他人に取られてしまったようなものだし、無理もないか)
代償として、俺は二人が眠りにつくまで一緒にベッドに入って子守唄を歌い続けるという苦行こなさなければならなかった。ふたりが眠りについた後、即効で材料をかき集めて、ふたりの専用のクリスタルを作ることになったのは言うまでもない。
しかし翌朝、枕元に自分達のクリスタルを見つけた時の二人の喜びようは、睡眠時間を削ってでも作った甲斐があったと思った。
そんな俺たちの泣いたり怒ったりの様子を見ていたスミィさんには散々笑われてしまった。
「スミィさん、今日からギルドの昇格試験なので、しばらく街を離れることになりそうです」
「「え!?」」
「あら、そうなのですか。お戻りはいつごろになられます?」
「試験は3日~5日くらいと思いますが、その後、師匠の”用事”がありますので、10日くらいでしょうか?」
「…試験の後、そのまま出られますの?」
「ええ、今回は団体行動になりますから、ほかのメンバーの都合もありますが、おそらく」
その時、両サイドから、ちいさなタックルが入る。
「「カズにい、いっちゃ、やー!!」」
二人からの容赦ない攻撃に俺の精神はガリガリと削られる。こうかはバツグンだ!
「ふたりとも、ワガママを言ってはいけません。カズヤさんはお仕事なんですよ」
「「ううー、でもー」」
「…二人とも。今日からそのクリスタルを二人に預ける。俺の代わりに守ってくれ」
「「……戻ってくるまで、まもればいいの? ぜったい戻ってくる?」」
「ああ、必ず、約束だ!」
「「うんー。やくそく!!」」
なんとかふたりの説得に成功した俺は、スミィさんにお弁当を持たせてもらい、ギルドに向かうことにした。
◇ ◇ ◇
城塞都市ᚨ「アンスル」 冒険者ギルド ギルドマスター室 エキドナ
◇ ◇ ◇
「よく来たな、カリスト。今日は面倒ごとを頼むことになってすまんな」
「かまいません。『元リーダーからの呼び出しには即効で応じよ。』が隊の不文律ですし」
「おいおい、それは私限定ではないぞ。『アルテミス』の歴代の”リーダー”全員に等しく適用されるはずだが?」
「今の私には、その資格はありません。実際のところメンバーは”私だけ”になってしまいましたし…」
「…あれは、お前が責任を感じることではない。依頼人の馬鹿《貴族》が、仁義を通さず、裏切った結果だ。いずれ、報いは受けさせる。絶対にな…」
一瞬、怒りで抑えが利かなくなりそうな程の憤りが胸に走ったが、目の前に立つ後輩の姿を見て、一番辛いのは自分ではないと改めて気づく。
「…詳細は既に手紙で伝えた通りだ。今回のDランク昇格試験の試験官を担当してもらいたい」
「…私に勤まるでしょうか?」
「”今の”お前にしか出来ないことだと思うから、私は頼むんだ。若者達をお前達と同じような目に遭わせないように、見守り、厳しく指導してほしい」
「……はい。了解しました」
「今回の受験者には何人か私が目を懸けているものもいる。お前が気に入ればスカウトをしてみるのもいいだろう」
「……失礼します」
彼女は最後の呼びかけには答えを返すことなく退室した。
◇ ◇ ◇
城塞都市ᚨ「アンスル」 冒険者ギルド 受付カウンター カズヤ
◇ ◇ ◇
ギルドへとやってきた俺は、あの時の受付嬢に依頼完了のサインのされた依頼書を差し出した。
「こんにちは。依頼の完了を報告します」
彼女は俺が何を言ったのか理解できなかったように固まったかと思うと、ゆっくりと依頼書を手に取り確認を始める。
「……完了ですか?」
「ええ、無事、依頼を達成できました」
何度も、完了のサインの部分を確認し、ようやく納得が言ったのか俺の方へ目を向けながら告げる。
「本当…のようですね。しかも依頼者の評価点が”EX”でチェックされてます。いったいどうやってあの困難な依頼を…」
「いえ、彼女は優秀な魔導師でした。
少しボタンが掛け違っていただけのことでしたので、そこが正しい位置に戻っただけで、本来の力を発揮しだしましたよ」
「彼女…元気になったんですね」
「ええ、魔法を詠唱破棄で連続投射するくらいに上達してますよ」
「まあ!」
レルネさんの依頼が失敗するたびに、この娘は自分の責任のように感じていたのだろうか、自分のことのように依頼の達成を喜んでくれた。
しばしレルネさんの自信を取り戻した様子を伝えた後で、今日の昇格試験会場について尋ねる。
「そういえば、ギルドマスターから承っております。カズヤさんが来られたら試験会場を案内するようにと。
…その…今日の試験ですが……、いえ、がんばってくださいね」
なにか途中で話を止めた彼女の様子が気になったが、俺は依頼達成の報酬とギルドからEX評価分の追加ボーナスを受け取り、教えてもらった昇格試験会場へと向かった。
◇ ◇ ◇
城塞都市ᚨ「アンスル」 冒険者ギルド 第3会議室 チェリー・スプリング
◇ ◇ ◇
「エーと、『薬草と毒草の特徴的な見分け方は、葉の裏の繊毛の有無と、根元の色素の定着度』、よし、ちゃんと覚えてる!」
ギルド発行の『冒険者ハンドブック』の内容を確認しながら、自分の記憶の内容との照合を繰り返す。
(いい調子!、これだけ、がんばったんだから筆記試験はきっと、たぶん、大丈夫よね…)
正直自分の頭の出来にはあまり信頼を置いているわけではないが、ここしばらくの自分の頑張りには少しは自信を持つことが出来そうな気がしてきた。
試験会場には昇格試験の開始を待つ人間が、ちらほらと集まっており、いくつかは3~4人のグループで固まっている集団もある。
(いいーな、同じパーティで昇格するのかな、やっぱり一人は心細いかも)。
じっとしてると弱気の虫が沸いてくる自分の悪い癖を振り払うように、2,3度頭を振って気合を入れ直す。
「次は…Dランクで取り扱えるポーションの制限か、えーとHPポーションは4級…」
「あ、あのー。すみません。ここ、いいですか?」
ハンドブックに落としていた目を、声のする方へと振り向けると、そこには、結構しっかりとした金属鎧装備で固めた10歳くらいの女の子が、どこかソワソワしながら立っている。
(何で、こんなちいさな子が? あ、耳がちょっと尖ってる。ドワーフの娘なんだ。)
「あ、あのー?」
「あ、ゴメンゴメン、うん、空いてるよ、遠慮なく座って!」
「あ、はい。ありがとうございます」
「うん、いいよー。あなたも一人? こういうところで一人だと、なんか緊張するよね」
「あ、はい、そーなんです」
「あたし、チェリー。”チェリー・スプリング”。クラスは盗賊よろしく!」
「あ、はい。ボクは”ネメア”っていいます。クラスは戦士です。よろしくおねがいしますです」
(かわいー。)
種族特徴からすると、妖精族のドワーフは、あたし達人間族より長命であり、見かけ上より遥かに歳を重ねているはずだが、目の前の生き物にはそんなものは通用しまい。
「ね。ネメアって呼んでいい? あたしもチェリーでいいから!」
「は、はい。チェリーさん」
「”さん”は無し!」
「は、はい。ちぇ、ちぇりー」
(うん。こういうことは最初の勢いよね。やっぱし。)
「それで、ネメアもここにいるってことは、昇格試験を受けに来たんだよね。勉強した?」
「あ、あの、あの、はい。いちおー。でも、どちらかというと実技の方を練習してましたです」
「あ、そーなんだ。あたしもどっちかっていうと、体動かす方が好きなんだけど、筆記の方がヤバいんで、そっちばっかりしてたんだ」
「そ、そーなんですか…。ボクもやった方がいいかな?」
「お、じゃーお互い問題出し合おうか?」
「は、はい、お願いしますです」
「それじゃーね。まず第1問…」
◇ ◇ ◇
城塞都市ᚨ「アンスル」 冒険者ギルド 第3会議室 カズヤ
◇ ◇ ◇
(ここか、もう大分あつまっているみたいだな。少し遅れたか。)
俺が座る席を決めようと会場内を見回していると、後ろから声がかかる。
「どうした、カズヤ。早く座れ」
「え?、エキドナさん? どうして、ここに?」
振り返った俺の視界には、ここのギルドの長が立っていた。
「もちろん、昇格試験の説明に来たに決まってるだろう」
「わざわざギルドマスターが”Dランク”の昇格試験の説明員をするんですか?」
「別におかしくはないだろう? いいから早く座れ」
激しく納得いかないものを感じながらも、ここで抵抗することの無意味さも理解できたので、素直に近場の空いている席へと向かう。
「すまない。ここに座ってもいいかな? もう、説明が始まるみたいなんでな」
そこにいた2人の少女達にお伺いをたてる。
「え、いいよー。空いてるんだから遠慮することないよ」
「は、はい。ぼくもいいです」
「ありがとう、感謝する」
俺が席に着くと同時に、エキドナさんの声が室内に響き渡る。
「全員、注目!!」
ビシッ、という幻聴音が室内に轟いたような錯覚を覚える程のエキドナさんの一声で、それまで集団が奏でていたザワツキが一斉に静まる。
「それでは、これからDランクへの昇格試験の説明会を始める。
質問は後でまとめて受け付けるので、それまではこちらの説明を傾聴すること。いいな?」
「「「「は、はい!!」」」」
反射的に声を出してしまった幾人かの声。お隣の2人も思わず返答してしまったようだ。俺はエキドナさんに対し目礼を持って返答する。
そんな俺の方をチラリと見ながら、エキドナさんの説明が始まる。
「知っての通り、Dランク以降の依頼はこれまでのものとは違い、護衛任務などの他者への配慮や高度な判断力を求められるものが含まれるようになる。
単純な強さだけでは、Dランク以上の依頼を達成することは困難だろう。
そのため、この昇格試験では、冒険者として最低限身に着けておかねばならない知識を計るための筆記試験を行う。……通常はな」
「「「「え?!!」」」」
「今回の昇格試験は”『廃都ᛋ ソウイル』遺跡への支援物資の運搬任務”の評価をもって合否を判定する」
「「「「え----!!!」」」」
(……嫌な予感が中ったか…)
「どういうことだ!!」「マジか、いきなり遠征?」「いや、運搬だろ?ラクショー!」「あうー、あんなに勉強したのにー」「えっ、えっと…えっと?」
「静粛に!質問は後と言ったろう!」
ビシシッッ、再度、あの鞭を叩きつけたような音が室内に轟く。
「つまり、今回いつもの筆記試験は”無い”が、先ほども言ったとおり、最低限の知識と判断力が必要な依頼任務となっている。もちろん野営等の野外活動の実技も合わせて判断される」
「次、今回の参加者28名を8つの班にギルド側でチーム分けした。
試験はこのチーム単位で行われる。
各職業のバランスは考慮はしてあるが、初対面同士のチームもある。
しかしDランク以降ならば臨時パーティを組んで依頼に臨むケースもことも多い。よく情報交換をして協力し依頼に臨むこと」
「各班には試験官の冒険者が同行する。しかし、試験官は依頼内容に関する行動には一切関与しない。試験官はお前達の行動を常に観察して評価を下すのみだ。
ただし、緊急時におけるトラブル対応については試験官の判断で介入を許可している。が、介入があった場合は任務に失敗したものとみなされる。
要するに手を借りるような状況になったら試験は失格と言うことだ」
「――最後に、依頼内容の”最速”達成班には、特別褒章として支援金”金貨10枚”とギルドの貢献ポイントとして”Dランク依頼”10回分相当の達成ポイントを、”班員全員”に与える。Cランクへの昇格が早まるので、挑戦するのも止めはしない…」
「「「「お------!!!!!!」」」」
(……………)
「それでは、質問を受け付ける。質問がある場合は挙手しろ」
受験生の何人かから、一斉に手が上がる。
「よし、そこの右端のお前から、順に質問して行け。その都度に答える」
「依頼達成の期限はいつまででしょうか?」
「後で配布する依頼書に書いてあるからよく読め、それがすべてだ。が、先に伝えることにする。
”1週間”だ。それを過ぎても依頼達成と試験官に認められなければ班内の全員が失格となる」
「任務中における戦闘行為は評価対象なのか?」
「すべての行動が評価につながる。が、戦闘ばかりしても加点につながるとは限らん」
「装備とかアイテムの持込に制限はありますか?」
「特には制限を設けていないが、支援物資の運搬用の荷馬車は手配してある。有効に使え」
「試験中に負傷または死亡者が出た場合の合否はどうなるんだ?」
「…負傷は試験官の判断によるが、死亡は一発アウト、全員失格だ。慎重に行動しろ」
「……」
「……」
「……」
「以上か? 他に質問が無ければ、これより試験開始とする。
これから掲示するパーティー組分け表を確認して、自分の班番号の試験官の所へ集合し指示を受けろ。そして試験官に行動開始を宣言した時点で評価が始まる。
――では、解散!!」
(…これは思ったより厄介だぞ。絶対エキドナさんが裏で画策したんだろうな。
目的地が『廃都ᛋ ソウイル』遺跡なのは助かるが、難易度は同行者に依りそうだな。さて…)
そう考えをめぐらしながら、俺は班の組み分け表の掲示されている場所に向かった。
◇ ◇ ◇
「あ、さっきぶりー。よろしくね」
「よ、よろしくおねがいしますです」
組み分け表で確認したところ、俺は第7班の集合場所に行くと、そこには先程同席した2人の少女達と試験官のまだ若いダークエルフの女性が待っていた。
(エルフ族の歳はあいかわず分かりにくいが、耳の感じを見ると200歳は超えてなさそうだな…)
「お前達3名が第7班の受験生か…。私がお前達の第7班の試験官のカリストだ。
そして、これが今回の試験課題の依頼書だ」
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『廃都ᛋ ソウイル』遺跡への支援物資の運搬任務
依頼人 :アンスル冒険者ギルド
期 日 :1週間後の日没まで
受注制限:Dランク昇格試験 参加者資格者
成功報酬:Dランクへの昇格
依頼内容:『廃都ᛋ ソウイル』遺跡で新たな下層部が発見された。
ギルドは探索支援のため、遺跡の内にベースキャンプを設営する。
そのための支援物資をキャンプ設営担当に届けること。
補足事項:支援物資はギルド受付にて受け取れます。
また、運搬用の荷馬車がギルド裏の解体場に用意されてます。
試験官による判断で即失格となる場合がありますのでご注意を。
…………
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(………何を考えているんだ、あの人は。)
「それで、どうするんだ? 早速『行動開始』を宣言するか?」
「もっちロン!、宣言し…」
「待った」
いきなり行動開始を宣言しようとする盗賊の少女を俺は引き止める。
「なに?、早く行動しないと置いてかれちゃうよ!」
「まあ、ちょっと待て。まずは、お互いの情報交換をしないか? それぞれ何が出来るか知っておかないと準備に無駄が出るだろうし、行動方針も変わってくる」
「え、でも…1位取れなくなるよ?」
「あれは、たぶん罠だ。俺たちを焦らせる、エサだな、おそらく」
「??どういうこと?」
「だから、その辺りも説明する。いったん『行動開始』を宣言すると失敗がすぐ減点とみなされるぞ。今なら、失敗してもまだ減点にはならない、そうですね?」
そう言って俺の発言内容を、試験官のカリストさんに確認する。
「……ああ、そうだな、評価を始めるのは『行動開始』の宣言後だ。
その前ならどんな失態も評価には考慮されない」
そう言いながら、じっと俺の顔を見つめる。
(いや、そう言いながら採点してるんじゃないのか?)
「……ひょっととして危なかった、あたし? ゴメンネ!」
(素直な部分は評価できるな…行動は直情的みたいだが…)
「いいさ、これから挽回してくれ、ただ慎重にな、その革装備からするとスカウト志望なんだろ?」
「そう!まだクラスアップ前のただの盗賊なんだけどね。あ、あたしチェリー・スプリング」
「あの、あの、ぼくはネメアです。まだ戦士ですが、ガーディアン志望です」
「俺は、カズヤ・フィラエ。魔工技師だ」
「ちょ、生産職じゃない。大丈夫なの?」
「……ぼく、も鍛冶ができますです」
「ああ、だからその辺もあわせて詳しく情報交換しよう」
そう言って俺は会議室の一角の席に戻り。4人全員が席に着いたところで”遮音結界”言葉・停滞・結界を展開する。
いきなり、周囲の音が途絶えたことに3人が驚いた様子を見せたのですかさず説明を入れる。
「いきなりですまない。どこで聞き耳を立てている奴がいないとも限らないからな。これは俺が作った魔道具だ。
こんな感じで俺は色々な道具を使って、自分の身を守るのと戦闘の補助くらいは出来る」
「……あなた、思ったよりやりそうね。頭もよさそうだし。
いいわ、さっきの話、説明して、どうして罠だって言うの?」
「1位の報酬が昇格試験の趣旨に反するからだよ」
「??昇格試験って、ギルドでの評価が認められて、上のランクに上がる力があるか見るためでしょ? 何の関係があるのよ?」
「ちょっと違うな、昇格試験の本来目的は”無駄死にする冒険者を減らす”ためのものだ。実力にあわない依頼を受けることを”出来なくする”ための手段が”ランク”だ。別に評価はあくまで副次的なものだよ」
「そんな話…初めて聞いたわ。ネメアは知ってる?」
「知らないです。」
「……ランク設定の目的は、その男の言うことが正しい」
「え、ホントなんだ」「ほぇー」
よもや、試験官から俺の発言にフォローが入るとは考えてなかった。
「…答えてもよかったのですか?」
「…いいさ、これはもっと冒険者全体に認知させるべきことだからな。知らない人間が多いことの方がむしろ悪い。
…それに既に知っているお前には直接的なヒントと言うわけでもない」
そう答える彼女が、どこか憂鬱そうな雰囲気をかもし出していたのが気になったが二人への説明をつづける。
「それでは、次にこれだ」
「試験課題の依頼書じゃない、これがどうかしたの?」
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『廃都ᛋ ソウイル』遺跡への支援物資の運搬任務
依頼人 :アンスル冒険者ギルド
期 日 :1週間後の日没まで
受注制限:Dランク昇格試験 参加者資格者
成功報酬:Dランクへの昇格
依頼内容:『廃都ᛋ ソウイル』遺跡で新たな下層部が発見された。
ギルドは探索支援のため、遺跡の内にベースキャンプを設営する。
そのための支援物資をキャンプ設営担当に届けること。
補足事項:支援物資はギルド受付にて受け取れます。
また、運搬用の荷馬車がギルド裏の解体場に用意されてます。
試験官による判断で即失格となる場合がありますのでご注意を。
…………
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「いいか、説明員はこう言った。
『後で配布する依頼書に書いてあるからよく読め、それが”すべて”だ。』、と」
「だから?」
「どこに1位の褒章のことが書いてる? 班員全員に金貨10枚も10回分の依頼達成ポイントのことも書いてないだろ?」
「ええー!!!、ホントだ、どこにも書いてない。なんで!?」「ほぁぁー」
「依頼書は実効性を持つ契約なんだ。口約束みたいなあいまいなものじゃなくはっきりとした効力を持ってる。そういう意味では”褒章”の件は説明員の”口約束”だな。ああいうのは後で”言った””言わない”のトラブルの元になる。 頭の片隅において置くくらいで、いいと思うぞ」
褒章の件が依頼書に書いてないことがよっほどショックだったのか、二人はちょっと呆然と俺の説明を聞いていた。あまりこういう”搦め手”に慣れていない初々しさが何だがまぶしい。
(鍛えてくれた師匠たちには感謝してるんだが、こういう二人を見てると自分がすっかり年をとった感じがしてしまうな。)
ささやかな精神的ダメージを気力で受け流して、さらに説明を続けることにした。
「もうひとつ、さっきここにいた人数覚えているか?」
「え、いや、そんなのろくに見てないよ。自分のことで精一杯だったし」
「受験者24名、試験官7名、プラス説明員1名だ」
「あ、あの確か、
『今回の参加者28名を8つの班にギルド側でチーム分けした。』
と、いってましたです」
「よく覚えてたな、えらいぞ」「えへへー」「そ、それはあたしもおぼえてるよ!」
「しかし掲示板の班分けは”7班まで”だ。足りない4名の1つの班はどこにいるんだ?」
「そ、それは、どこだろ? うー頭がパンクしそう!!」
「すまん、少し説明の流れが早かったな、これは俺の勝手な予想だが、おそらく既に先発しているチームがいるんだろうな」
「な、そんなの反則じゃない!!不公平だわ」
「つまりはその4名は受験生じゃないだろうな。正規のDランク運搬チームだと思う。
多分だが『依頼書に書かれてないから無効』という理由に納得できない奴を黙らせるための”最速”達成班になる予定なんだろうな」
「さ、”参加者”28名は、”受験者”24名と”正規チーム”4名ってことー?」
「おそらくな」
「それじゃあ、どうひっくり返ったって1位になれないじゃない」
「つまり、甘い言葉に釣られるような人間には、その先に罠が待ってると考えた方がいい。この場合は無理に1位を取ろうとすると泥沼に嵌まるぞ、きっと。
――最近報酬に釣られて碌に依頼内容を確認しない奴が増えたって受付で問題になってから、引き締めの為に今回試験課題に仕掛けたんだと思うな」
俺の言葉に罠に嵌まった自分の姿を想像したのか、二人は見えない何かに体を震わせた。
「分かった、無理して急がない。OKよ」「はいです」
「じゃあ、次はチェリーでいいか?。何が得意で、苦手はあるか? 話せる範囲でいいから教えてくれ」
「あー、あたしは盗賊技能の中でも策敵・遠視と隠密を主に鍛えてる。今回は使うことないけど罠の解除もかな。あと幻術は勉強中。苦手はあわてると失敗しやすいの、てへ」
「……そのスキルの取り方だと”忍者”でも目指すのか?」
「!!!分かるの! そーなの、あたしはクノイチになる女よ!」
「……まあ、がんばってくれ、じゃネメアはどうだ?」
「あ、あの大盾とハンマーを使います。あと鍛冶も出来ますので簡単な装備の修理なら…」
「……タンク役には…ちょっと軽すぎないか? 」
「……ぅーそうなんです。食べても大きくなりませんです」
「……うらやましい」
「……」
「じゃあ、最後に…カリストさんも聞いてもいいですか?」
「…試験官の私に頼ると失格と説明されたはずだが?」
「それはそうですが、パーティの生還率を上げるためにも、何かあった時の切り札の内容は知っておくべきかと思いますので」
「…弓と精霊魔法を攻撃・支援に使う。後は簡単な回復魔法だな」
「ありがとうございます。いざと言う時には頼らせてもらいます」
「……」
◇ ◇ ◇
《今日の魔道具》
●”遮音結界”ᚨ 言葉・ᛁ 停滞・ᛉ 結界
周囲への音の伝達を遮断する。内緒話用。