001
1話
耳に痛いほどの静寂。無音の世界。
ある種の神聖さをも感じさせる領域に、一人の侵入者が姿を音もなく姿をあらわす。
暫し、慎重に自らが踏み込んだ場所を見回していた人物は、その静寂を破るようにかすかな声を漏らす。
『・・・ᛈ Pペオーズ(再発見)、ᚠ Fフェオ(富)』
ポゥ・・・
2つの淡い光が、その言葉を漏らした人物の正面に浮かび上がると、2つの光は1つに混じり合い、一つの光となって周囲を照らし出した。
よく見るとその光の中には、薄く何かの文字のようなものが浮かんでいるのが見て取れる。
そのわずかな光のもとに、まだ年若い男の姿があらわになった。
しばしその光は周囲を見回すように照らし続けていたが、突然ある一点を目指して飛び出した。
その様子を見ていた男は、ほっと、一息つく。
「さて、どうやら今回は無駄足を踏まなくて済みそうだな・・・」
そう一言漏らすと、光の飛んでいった方向へと、ゆっくりと足を進めて行く。
光は広間の一角を構成する壁の手前で止まり、男の到着を待っているかのようにたたずんでいた。
男は光の指し示す壁をしばしじっくりと眺めると、おもむろに右手をかざす。
『・・ᛒ Bベオーク(起動)』
先ほどと同じく、新たな光が男の右手から飛び出すと壁の中に染みこむように消えて行ったかと思うと、すぐさま壁のあちこちから薄っすらと光が滲み出し、淡い燐光を放ちだす。
しかし、その光は今にも消えそうで、不定期の明滅を繰り返していた。
「・・・状態はかなり良くないが、かろうじて読み取れるか。ならば」
『ᛟ オセル(伝統の継承)』
三度、男が言葉をつむぐと、明滅していた壁の燐光が男の右手へと収束し、その光はそれまでの光と同じような形をとって男の手に収まった。
男はその光を暫しじっと見つめていたが、その光の中に最初の光とは別種の文字が浮かび上がるのを確認すると、わずかに眦をしかめる。
(む、”ᛖ エオー(馬)”のルーン一つか・・・空振りではないが、このランクの遺跡のものとしては少し期待はずれだな・・・)
男は暫し、そのままの体勢でたたずんでいたが、自分の中でその成果に対して一区切りをつけると、気分を切り替えるように一声をあげた。
「まあ、これでも一歩前進には違いない、問題はこの程度の成果では”あの人”の機嫌がどうなるかだな。何か対策を考える必要があるか・・・な」
そういうと、男は右手の光を自分の胸に向け押し出す。するとその手に導かれるように光は男の心臓の辺りに収まった。
(さて、これでまた一つできることが増えるわけだし、何か良いプランを検討するか)
その男の顔はどこか子供のような、無邪気さがこみ上げているように見て取れた。
ただ、それも一瞬のことで再び気を引き締めると、もと来た道を戻っていった。
◇ ◇ ◇
城塞都市ᚨ「アンスル」 宿屋 「ひな鳥の宿」 スミィ
◇ ◇ ◇
中央大通りから1本はずれた通りにある2階建ての平均的な宿屋から、昼時の喧騒に負けないような威勢の良い声があがった。
「はい!日替わり定食3つ! お待たせしました!」 「「おまちー!!」」
私は両手に味自慢でボリューム重視の日替わり定食のプレートを2つをもち、私のかわいい天使たちがあと一人分のプレートを2人で仲良く持って私の後をついて来る。
その姿を待ちかねたように、探索を終えた打ち上げ中の冒険者たちが歓声を上げた。
「うひょー、待った待ったぜ!泊りがけの一仕事終わらせた後のお楽しみは酒とここの飯って決めてるからな!」
「まったくだ。ここは量もあるし、値段もそこそこ、何よりほかで味わえないものが食えるから毎回楽しみだぜ!」
「そうだよな、ねえさん、このレベルなら貴族街の店とはいかないまでも、もうちょっとカネとってもいいと思うがね」
そういいつつ、テーブルに上に置いたそばから、早速定食を口に詰め込み始めた。
「なに言ってんです。そんな急いで食べたら味も何もわかったもんじゃないでしょ」
2人の天使も後ろから、「「そーだそーだ!!」」と息のあった応援を私に送ってくれる。
「いや、だってな、遺跡の中じゃろくな飯が食えないし、ここの飯は、な?」
「そうだぜ、あのパサパサの携帯食と比べるのは、間違ってるが、ここの飯ときたら、なんか他で食うのよりうまいんだ!」
「まったく、このボリュームで食っても、腹がもたれないし、なんかいいんだよな、よっぽど良い食材を使ってるとか?」
その話を聞いて、ふと理由に思い当たることがあったが、そこはうまく流すことにした。
「まーね、これでもいろいろ工夫もあるし、そこいらは秘伝のレシピと私のウデってことね。」
そういうと男たちは納得したのか、それとも変な詮索よりも料理に方に夢中になったのか、特にそれ以上の追求もなく何度目かの乾杯に突入しようとしていた。
「だな、俺達はうまい飯と酒があれば十分だし、ねえさん!ジョッキ3つ追加で!!」
「ああ、一仕事の成功を祝って乾杯だ!」
「まったく、何度目だよ、ねえさんも言ってる通り、せっかくの飯も味わえよ!」
「はい、ジョッキ3つ追加ね。受けたまりました」
そう答えたあと、追加のジョッキに酒を注ぐために厨房に戻る。その間にも新たなお客が店に入ってくるのが見えた。
「いらっしゃいませ!! 「ひな鳥の宿」へようこそ!!」
◇ ◇ ◇
城塞都市ᚨ「アンスル」 宿屋 「ひな鳥の宿」 カズヤ
◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませ!! 「ひな鳥の宿」へようこそ!!」
ひな鳥の宿の扉をくぐった俺の耳にその威勢のいい声が飛び込んでくる、自然と口とが緩むのがわかった。
「スミィさん、今戻りました」
「「カズにい、おかえり!!」」
間髪いれず、マリーとマーチの2人の手荒い歓迎を受けて、俺の両手は確保されてしまう。
入ってきたのが俺だとわかり、すこしバツの悪そうな顔をしたスミィさんが声をかけてきた。
「カズヤさん、おかえりなさい。私、お客さんだと思って、間違えてしまってすみません。」
「いや、俺は宿に泊まってる人間なんだから、”お客さん”であってますよ」
「いや、それは・・そうなんですが・・」
フォローのつもりで入れたのだが、スミィさんの反応は芳しくない。
(?なにかまずかったか?)
すると、いきなり両腕にかかる重さが倍増した。
「ちがうのです!!」「そーです、ちがうのです!!」
そう言ってさっきまで笑顔だったマリーとマーチの2人がプンスカ怒ってますモードにチェンジしていた。
「お客さんじゃないのです!!カズにいは、カズにいなのです!!」
「そーです、あたしたちのお兄ちゃんです!!」
「む、それは、いいんだろうか?・・」
なにやらひどく難解な問題を提示されたような困惑が俺の中で起きたが、そんな折りスミィさんから落ち着いた声がかかる。
「カズヤさん、その子達の言うとおりです。カズヤさんはあの方からお預りしました大切な方ですし、私も・・」
「スミィさん、その話はここでは・・・」
「! はい、そうですね。でも、この子達も私もカズヤさんは家族と思ってます。だから、あまり寂しいことを言わないでください。」
そう彼女はまっすぐな目を俺に向けて告げる。
「そうですね。すみません、まったく甘えてしまうのは問題ですが、俺も少し遠慮しすぎたかもしれません。」
そして、俺はひざを折ると、2人の妹達に目線を合わせて謝罪した。
「二人もごめんな、マリー、マーチ、許してほしい。」
「「カズにいは、カズにいだよね、いなくなったりしないよね?」」
2人の怒り顔は良く見ると、こわばりつつもどこか不安げな色が見えている。一瞬涙を無理にこらえるために怒りを維持しているのかと思ってしまった。
「ああ、俺は二人のカズにいだ。姿が見えなくなったとしても必ず帰ってくるから、安心しろ」
そう2人に告げて、頭を下げると、あれほど強くつかまれていた両腕が一瞬緩む。しかし、その直後頭の両サイドから強烈な締め付けが襲ってきた。
「「うん、ゆるしてあげる!!」」
顔を上げると2つの太陽のような笑顔が間近にせまっており、先ほどの泣き顔はやはり幻だったとおもわれた。
「よぉ、兄ちゃん!!モテるね。もう2人も嫁さんがいるのかい?」
「めでたい!乾杯しようぜ!!」
「ねえさん、これでこの宿も安泰だな」
店内を見ると、陽の高い昼時にもかかわらず、すでに大分出来上がった冒険者達がゴキゲンな顔で、俺達に向けて杯を上げていた。
「すみません。なにぶん不出来な兄貴なんで、妹達には苦労をかけます」
「何でい兄貴か、ならしっかりこの宿を支えてくれよな、こんないい宿めったにないんだぜ」
「そーだ、俺達からしたらこの宿がなくなったら、祝杯を挙げる場所がなくなっちまう!」
「お前は飲めればどこでも良いんだろうが…。確かにここは長く続けてほしい宿だな」
「いつも、御贔屓いただきありがとうございます。今後ともよろしく」
そう挨拶をしたのであるが、頭の両サイドに2人の妹がいる状態では、変な組体操をしているような格好になってしまう。
それが、酔いの回った客には受けたらしい。変なエールをもらいながら2人をつれて食堂から宿屋スペースへと引き上げることになってしまった。
◇ ◇ ◇
城塞都市ᚨ「アンスル」 宿屋 「ひな鳥の宿」 カズヤ
◇ ◇ ◇
機嫌の戻った2人の妹達からなんとか開放してもらい、宿の2階にある自室に向かう途中で、俺はひとまず今日の予定を再確認する。
まずは、「魔機那」に行ってモニター商品の在庫確認と補充、それから売れ筋商品の市場調査。後はギルドで遺跡・遺物関連の情報の確認くらいか・・・
現在の仕掛かり案件を頭の中で思い浮かべながら、自室の鍵を開けて部屋に入ると、サイドテーブルの上の魔鏡が光を放っていた。
(! これは、今日の予定はすべてキャンセルか?)
出来れば知りたくない内容のため、気の進まないながらも魔力を通して魔鏡を起動する。
『来なさい。以上』
あまりと言えばあまりな内容に、幻痛を覚える頭をフリーズから再起動し、何とか予定を再度立て直す。
あいかわらず、予想の斜め上を行く人だな。今度は何の影響を受けたのやら・・・厄介ごとの臭いしかしない。
そうは言いつつも”行かない”という選択肢は抹消されているので、こちらから出向く必要があるのだか、このまま丸腰で突貫するのはあまりにも自殺行為だと、さらに思考を深める。
(何か状況に変化が起きてる? 用件も言ってないのなら緊急ではないのか? いや、その判断は短絡過ぎるだろう、やはり情報がほしい)
暫し、思考の海に沈みつつも、ここに留まっているよりは行動を起こした方が良いと判断する。
(行くのは今日としても、少し周りの情報を集めてみるか。そうなると、当初の予定を少し駆け足で回ってから行った方がいいな。多少なりとも準備と心構えができるし)
決して、直接行きたくないから少しでも回り道をしようというのではない、と自己弁護しつつ、最初の予定通りに出かけることにした。
自室においてある商品ストックから、前回の納品分と同じ量を準備し、魔機那に向かうため食堂エリアに下りる階段で、スミィさんを鉢合わせた。
「あら、お昼に呼びに来たのですが、お出かけになります?」
「ああ、すみません。ちょっと”呼び出し”がありまして・・・少し遅くなるかもしれません。」
それだけ言うと、外出の理由を察したスミィさんは、
「でしたら、テイクアウト用のサンドイッチとスコーンが焼けてますのでお持ちください」
「助かります。スミィさんのおいしい料理にはいつもお世話になってますので、頼もしい強力な援軍です」
「そんな、戦争に行くわけじゃないんでしょ?」
「いえ、ある意味戦場より厳しいことになるかもしれません。虎の穴に入るのに丸腰では心もとないと思っていたところです」
「まあ、ご冗談を」
(いえ、まったく冗談ではないんです、ほんとに)
かすかに笑みを浮かべるスミィさんには悪いが、この点に対する認識の齟齬はいかんともしがたい。
それでも、あえて訂正する努力を放棄して、ありがたく貴重な支援物資に入ったバスケットを確保する。
「それでは、行ってまいります」
「はい、お気をつけて」
◇ ◇ ◇