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花盛りし、夜の宴  作者: 城谷結季
第一章「断ち切れぬ鎖、刻まれた傷」
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第六話「閉ざされた夕闇、銀色の空」

仄視点

庵の戸を閉め庭へ出たら、空に膜が張っていた。

透明なその向こうにある日の光が膜に反射し、銀の鱗が光った。


「仄……これ、は」

「初めて見たわ。天界に住む鯉が気まぐれで現れるという言い伝えがあるの」


何百年かに一度という現象で、この世とあの世の狭間の池にいるその鯉たちが池ごとこの世の空に現れてその姿を晒すという。触れることはできるが獲ることはかなわず、彼岸へ渡る亡者がその池で鯉を捕らえられれば、再来することができるといわれている。


「昔々の話に、ある男が彼岸の世界でこの鯉を捕まえることに成功し、家族のもとへ戻ったというの」

「人なのに?」

「人だからかもしれないわ」


僅かな認識の違いを彼女はそれ以上問うことはせず、受け止めたようだった。


「子供が生まれてすぐに組木の下敷きになって、生死を彷徨っていたようよ。その時、何人かと一緒に舟を漕いで池で釣りをしていた夢を見たというの。妻子を残して逝けないと思った彼は必死に与えられた時間をあがいたらしいわ」

「そう」


ぽつりと応じた彼女をそっと見て、また空を見上げた。

先日連から聞いた彼女の様子から、人と生きることの意味と覚悟を示そうとしたけれど相変わらず動じることも深く思考する様子もなく。

少しばかり今までの重圧がなくなったからなのか、ぼんやりとしていることの多い妹。日に日に何か削られていくような姿を痛々しく思うのは、すでに情が湧いてしまっているということだろうか。


「仄は人を知っているのね」


息を吐くように自然と呟かれた言葉の裏を読めず、夢を見つめた。


「連も仄も外を知っている人は同じにおいがするわ。同じ妖の血が流れているのに、仄みたいに堂々と咲くことができないような気がするの」


同じ屋根の下で暮らし始めて五日だというのに、夢は笑みを浮かべようと失敗して続く言葉を口にした。


「あなたこそ華長に相応しいと思うの」


濁りのない真っ直ぐな視線から目を逸らすことができず、真意を読み取ろうと数秒見つめ合う。


「夢はずっと華長になるための教育を受けてきたでしょう」

「ええ、だから。だからこそ、あなたなら一族の誇りを守っていけると感じたの」


一族の誇りが何を示すのか、先日の連から聞いた内容を思い出し嘆息した。

夢は人との共生を望んでいると。理を取りこもうとする、浅はかで愚かな考えを。

誇りとは、妖が妖であり続けることという意味を理解しているのだろうか。

自らの考えが正しいと信じて疑わない無垢な瞳を見つめ、笑いかける。


「特別なことを教えてあげるわ、夢」


囁くように耳元に口を寄せ、そっと耳にかかる髪を避ける。


「私達が別々に育てられたわけ」


息を呑み固まってしまった夢の肩口まで切りそろえられた髪をさらっと指で流し、また向き合う。虚ろにどこかを見つめ、僅かに唇が震えていた。


「母は津村の長子と結ばれた。けれど同じ津村の三男である別鵬べっぽうが、無理矢理母を襲ったらしいわ」


それが私達なのよ、と続ける前に夢は首を振り拒絶の意思を示した。


「別鵬は一族から追い出された。事実が発覚した母はここにいることはできず、時条家が預かることになったのよ。力の強い方を残して」

「仄、ひどい。それ以上はっ……」

「でも大丈夫よ、夢。私はあなたを追い出したりなんてしないもの。私の隣にいてくれるわよね?」


胸元で握りこんだ両手を更にきつく握るその手をそっと包み込み、目を細め唇を半弧に描けば夢は静かに頷く。


「私にはあなたが必要。あなたにも私が必要。私達は二人で一つ。この意味がわかるかしら」


夢がいなければ一族は黙ってはいないだろう。だからといってこのまま彼女に譲るわけにはいかなかった。それではここまで来た意味がない。闘う刃を手に入れる為に。

身を寄せてきた夢をそっと抱きしめ、空を見上げる。

いつの間にか鯉達は失せ、燃えるような夕日が山に沈もうとしている時刻だった。



百合ではありませぬ(´・ω・`)

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