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花盛りし、夜の宴  作者: 城谷結季
第一章「断ち切れぬ鎖、刻まれた傷」
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第四話「生まれ来る意味は」

仄視点。


覚醒したとき、ただ闇だけがあった。瞼をあげたのかどうかさえ判別がつかないほどの同系色だったが、わずかに触れる冷たい空気で自分が起きたことを知る。

何もない空間。開いては閉じる信号を送り続けた手には何かを掴んだ感触はなく、五感の何を動かしてもただ無を感じるばかりだった。

そのままぼんやりと空を眺め、そういえば自分は何なのだろうと思い至る。

何か大事なことを忘れているような気がするのに不安ばかりが募っては、雲散霧消する。

ふと、聴覚に触れる小さな呟きがあった。意識を集中させてやっと捉えたか細い音は人の話し声。


「お……ちお……だ……」

「……ぬいが……ぬ」


男のようだった。一人は憤り、もう一人は淡々と興味なさげに答えている。


「……てくのか」


先程よりもはっきり聞こえてくる。もっとよく聞きとろうとさらに意識を集中させ、耳をそばだてた。

ところが一切の音が消えた。耳がなくなってしまったのかと思うほど綺麗さっぱり音がしなくなった。慌てて両手で頬の後ろを囲うと、木目の板が突然映り込んできた。突然のことで息が止まる。


「生まれてこなければよかったのに」


低い押し殺した声。

急速に、吸い込まれるように視界から色が失せた。

つっと目尻から零れた雫が伝い、耳を濡らす。

その涙を拭おうとして開いた視界に、再び木目の板が入り込んだ。思わず息を止めるも、辺りの空気は柔らかかった。



「夢か……」


壁から漏れた日が白地の布団に線を描いている。

眠りに落ちる前にはなかった涼けさと鳥の鳴き声から、一晩経ったことを知る。


「嫌な夢」


落ちてきた前髪を掻きあげ顔を両手で覆う。再びつくりだされたその中は不完全な闇で、体を包む布団に建物も、飾られた花瓶や大皿などの全ての物が別の誰かのためにつくられたものであるという妙な感覚に囚われる。この感覚は嫌いだった。全ての者が自分という存在を拒絶し、あたかもまるでいないもののように否定されている気がしていつも泣きたくなった。

生きることに執着しているわけでもない。他の誰かと関わり合うことを望んでいるわけでもないのに、周囲の義務的な言葉やつくられた笑顔を見ていつも絶望した。期待さえしていないはずだった。

ふと思わず笑いがこぼれる。それは響くこともない小さなもの。


「私は誰も信じない」


ただ目的のため動き、生きる――それが自分の使命だと、改めて誓う。


「仄、起きてる?」


廊下を歩く音さえなく、突然の声に一瞬驚くがそれが妹の声であるとわかりすぐに返事をする。嬉しそうな反応と朝ご飯の準備ができたことを知らせる彼女に礼をすると、慌てたような様子が襖越しにも伝わり急いで用意を整えた。

「愛おしい」とは思わない。可哀想だと思うことはあっても、何かしてあげようとは思えなかった。

初対面から数日経ったが、確かな血の繋がりが時折憎らしくなる。彼女はまさに華に相応しく育っていたから。

すうと息を吸い、帯を締める。比べる必要などないのだと自分に言い聞かせて、妹の待つ外へ出た。

自分の生きる道はひとつしかない。それを失えばきっと崩れ、生まれ来た意味さえ泡沫の如く消えていく。

自分の居場所を手に入れるためにも、妹の存在は認められない。


「今日は連が挨拶に来るみたいなの。その後お茶にしようと思うのだけど、仄はどう?」


何をもを疑わない柔らかな笑みが、当然頷くと信じ切っていることを語る。

だからその望む答えを返してあげれば、案の定嬉しそうに話し始める。

一時の間を存分に楽しめばいいと心の内で囁きながら、彼女の話に耳を傾けた。



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