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花盛りし、夜の宴  作者: 城谷結季
序章「約束の空、硝子の檻」
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第二話「紅衣」

「誰が何と言えどあなたに敵う者はいないでしょう。あなたはあなたなのだから」


ほっそりとした白い指で頬を撫で、やがて力尽きて二度と起きることはなかった母。

体が弱くて自分の意見を言えずにいる人だった。それでも多くを知っていたし、どこか芯のある人だった。

母の薄青い瞳で見つめられる度、定めを思い出しては相応しくあろうとした。

散りゆく花のように儚く美しい人だった。その生涯を終え、金色の粒子として天へ還っていく。妖としての最後だった。

いつの間にか当たり前のように隣に連が立つ。


「華たちは天界へ還り、役目に就く。それが俺たちの世の理だ。古き約束」


だから悲しむことはないと、彼は言いたいのだろうと察する。いつかこの生を終える時会えるだろうという意味もあるような気がした。


「それでも……母はいつも言っていたわ。『定めは消え、理も失うだろう』って。だから私には華であれと」

「最後の華ということ?」

「誇り高く役目を全うすること。妖が妖でなくなる前に……」

「つまり約束を反故する形になる前に還る宿命を君に託したわけか」


連はいつも言いたいことを先回りするから楽だった。いくらこれが定められたことだとしても、喪失の闇はひどく重くのしかかっていた。


「君はそのために生きるのだろうか?」


簡単には答えられない問い。背負えばさらに重い枷となり身動きが取れなくなるのだろうから。

髪を掻き上げると清廉な音が鳴る。そっと髪飾りに触れると、その手を連に掴まれた。


「仄。華長になる気はないかい?」


脈絡もない突拍子な話に彼の真意を探ろうと目を合わせれば、ふっと微笑まれる。


「君にはそんな顔がよく似合う。まぁ華らしくないと言われるかもしれないけれど、俺は君が喜怒哀楽を見せるときの方が好きだ」


有力な本家を支える三家の長男だというのに彼は人に興味を示すが故、感情を露わにする自分をよく好きだという。

冷静で美しく咲き誇る妖らしい華に目をくれない彼に溜息を吐く。


「なぜ突然そんな話を持ち出したのかしら。あなたのことだから何か企んでいるんでしょう? 蒼山連」


主のいなくなった布団を畳み、換気の為に戸を上げると吹き込んだ風に軽く身震いする。

寒い、と呟こうとしたら横から手がぬっと出て戸を閉めてしまった。隙間からわずかに射し込む明かりが彼を照らす。


「君がほしいものは何? ここでずっと平穏に暮らすなんて、君には似合わない。あるんだろう? 目的が」


ふっと彼にかかっていた光がずれる。いや、彼が移動した。とんと、真横の壁に腕が置かれた気配。


「何が欲しい、仄。華長たる資格を持つ君は」


黒が占める部屋に慣れてきた目で彼を見やる。いつものような安っぽい笑顔でない、何もない表情は初めてだった。


「俺は君の力になろう。一族だからとか同情だとかそんなものじゃない。俺は俺自身の意思で君を選ぶ」

「裏切り者と呼ばれるかもしれないわよ。私は正当な後継者とは認められていない。母が華長だったとしても、私は望まれていない存在だもの。それに、本家には……あの子がいるんでしょう」

「囚われのお姫様ならきっと喜んで君に譲るよ」

「どうしてよ」


自信ありげな言葉が腑に落ちない。華長候補として育った者ならば当然、自身が華長になるという教育を受けているはずだ。そしてそれに相応しくあろうとするのだから、異父姉妹だとしても気に留めることもないであろうに。

未だ会ったことのない妹に馳せる思いもないけれど。

動かず黙りこむ連にふっと息を吹きかけた。現れた赤い炎を避けようと彼が離れるのを見ながら告げる。


「闘う刃がほしい。私があなたに望むのはそれだけ。後は自分でどうにかできるわ」


すうっと流れるように炎はこちらに戻ってきて、それをそっと手で握れば跡形もなく消える。痛みも熱さもないそれはまやかしの力。


「このおかしな世界を元通りにするために、私は闘いましょう」


ふっと彼が零れてしまったかのような笑いを落とす。それが狙いだとは知っていたけれど母もいない今、託された思いと自分の身を守る為にも動き出さなければならない。

正直な話、一族のためなのかはわからない。

通り過ぎた彼がばっと戸を開くとそよかな風が入り込み、澱んだ空気を連れ出していく。


「さぁ、行こう」


先に部屋を出た彼は入り口で待っていた。差し出された手を取り、自分にできる最上級の笑顔で向かう。そこから先はきっと戦場だから。



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