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花盛りし、夜の宴  作者: 城谷結季
序章「約束の空、硝子の檻」
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第一話「空衣」


濃い闇がほの温かい空気とともに体中を包み込む。

水を掬うように半弧にした両手を掲げふっと息を吐き出せば、青白い炎の塊がゆらゆらと現れる。ぱっと手を離せば周りを彷徨った。

そうして幾つも幾つも部屋を埋め尽くすように炎を漂わせていると、名を呼ぶか細い声を聞いた。僅かに震える空気に自然と背を正すと、まるでそれを見ていたかのように呼びかけた相手は次の言葉を紡いだ。


「華長様がお隠れになりました」


簡潔だが、だからこそ複雑な色合いを伴っているとわかる彼女の連絡に同じく短い返答しかできなかった。


「近日中に姫様が華長となられる儀式が執り行われるようです」


それだけ告げると彼女はいつもより覚束ない足音で去る。床の軋む音が聞こえなくなると、今まで柔らかく感じていた暗闇が途端に重くまとわりつくようで両手を振り上げれば、つくりだした光が一斉に離れていった。けれどすぐに寄ってきて周りをうろうろ飛び交う様子を見ていると、胸の辺りが締め付けられる息苦しさを感じた。

『華長様がお隠れに』

『姫様が華長となられる儀式が……』

彼女が残した言葉が頭の内を反芻し、ぎゅっと袂を握る。そうして逃げ出すように開いた外へと飛び出した。

走って走って、息が上がっても止まることなく前に進む。逃れることができないと知りながらもただ出口を求めた。安らげる場所を求めるようにただがむしゃらに。

足裏に尖った砂利が突き刺さる感触がしても止まることができなくて、やっと辿り着いた固く閉ざされた扉を前にし、ようやく体が言うことを聞いてくれた。


「夢?」


砂利を踏みしめる音とともに名を呼ばれはっと振り返る。

暗闇でもわかる自分よりも背の高い姿は見慣れた人。


「連」

「こんなところでどうしたんだ? 悪い夢でも見たのか?」

「ううん……でもうん、夢かも」


見透かされるのがこわくて目を逸らすと、彼は近寄ってきて優しく包み込むように抱きしめてくれた。まるで子供をあやすように頭を撫でられる。彼のあたたかさと爽やかな香のにおいに詰めていた息が零れた。


「聞いたよ。儀式のこと」

「いわないで」


自分でも驚くほどするりと出た言葉に慌てて口元を覆う。彼は抱きしめていた腕を放し、代わりに両肩に手を載せた。


「華長は妖の頂点だ。女性たちしかなれない“華”でも貴重で重要なんだから、そんな華たち……いや、一族を率いる華長になるということはとても名誉で誇らしいことなんだ、夢。ただでさえ、俺たち妖は温血化が進み人との違いを失くしている。それでも強い力を持つ君は一族の憧れだ。皆、君が華長になることを望んでいるよ」


きっと彼には嘘偽りのない言葉。覗きこまれるような視線に逃れるよう離れる。


「それでも、急に受け入れるのは難しいかもしれない。君に時間と選択の余地をあげるよ」

「選択の余地……? そんなことをしてどうするの?」


彼が笑んだ気がした。ひとつひとつ区切りながら、一人の名を告げた。

髪が風にさらわれ、空を見上げる。光の満ち満ちる美しい月夜だった。



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