第十三話「愛き世のまほろば」
仄視点。一年後です。
「華長様、祀杳殿がお見えです」
「通して」
部屋を出た音を聞き、そっと顔を上げる。明け放した障子から見える庭では、赤い実がぽつぽつ存在を主張していた。
季節は秋。
最近では、閉ざされていた里との行き来ができるようになった。それからは忙しい。
各地の妖達の動きが活発になるのと同時に、人との交易も始めたからである。
山の麓で栄えていた一族の独自の文化に、目を付けた男がいた。
それがこれから会う祀杳という、自称僧。
彼とは、もう一年前となる夢を封印したあの日の夜に出会った。
屋敷に戻った私を困り果てた顔で門の前にて出迎えた。宿がとれず野宿の場所を探していたらここに辿り着いたという、なんとも阿呆な僧。
「長様の考えていらっしゃることを当ててみせましょうか?」
「わかっているなら無駄なことはしない方が賢明よ」
至極真面目な顔で入って来た彼は、礼をし人の良さそうな笑みを浮かべる。
「社が完成しました。お越しいただけませんか」
「その言葉を待ってたわ」
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二人分の砂利を踏む音だけが耳に届く。
景観はあまり考慮されていないが、ひっそりと佇む姿はまるで彼女そのもののようだった。
「これなら、夢もゆっくり休めそうね」
「それはようございました」
「あとは花の咲く木を植えて。山帽子も忘れずね。あの子好きなの」
「長様のご随意に」
彼は近くにいた子供に指示を出すと、その子は走り去っていく。小姓だというが、いつの間にと思う。
「ここはあなたに預けるのよね? 彼、必要?」
「一人は寂しいですからな」
一人で納得したように首を振る彼にただ溜息を吐いた。
この社は夢のために建てたものだった。特別な結界を張り、もし力の暴走が起きても耐えられるように作られている。
祀杳は全てを知った上で、ここの管理を受け持った。物好きがいると思ったけれど、それは正直嬉しい。
独りになったと思っていた。夢も連もいなくなり、独りで闘うのだと。それを感じさせないように彼はそばにいてくれて、ここに骨を埋めるとまで誓ってくれた。
もともと定住できる場所を探していたというけれど、人里から離れたこの場所を選ぶ必要はないはず。それに僧侶はお寺でなくていいのだろうか。
それを問えば「面白そうだからですよ」とこれも真面目な顔をして言うから、彼なら任せても問題ないと思えた。
傾いていた西日が姿を消した。
ひょこひょこと盆を持った小姓が寄ってきて、杯をとれとばかりに近付けてくる。
「祀杳」
少し強めに呼べば、小姓がびくりと反応する。対して彼は薄く笑い声を響かせ、「祝い酒」だと杯を手に取った。そしてもうひとつを押しつけてくるから、仕方なく手にする。
「宴に相応しい宵ですね」
気付かないふりをしていたが、周囲には他の妖達もちらほらいて皆手にした杯に口をつけることなく空を見上げている。
その理由は自分の杯の中を覗いてわかった。ちょうどゆらゆらと丸い月が、そこに映り込んでいた。
「月見日和」
だいぶご機嫌な声が隣から聞こえ、思わず苦笑した。
祀杳は大の酒豪であり、風流を好む男だった。
「花盛りし、夜の宴。妖のこの先を願いて」
頭上より高い位置にある杯に、月光が降り注ぐ。
淡い光を浴びたお酒は、それはそれは甘く冷たく、胸に染み渡っていった。
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