7 実は暇を持て余してたり
王宮内の部屋に戻ったオレは、ここのところ続いた慌ただしい日々を思い出しながらゆったりとしていた。
元々が大学生である。
そんなに勤勉な人間でもない。
国の為にとか、国王の為にとか、そんなこと考えて生きてこなかった。
第一、国王なんていなかったし。
オレの読んだラノベなんかだと、チートな能力に目覚めた主人公はその時から俄然前向きに生きるようになったりするんだが、オレにはそういうのの説明役がいなかったしなぁ。
だからというか、周りに流されてここまで来た感が強い。
気が付いたらいきなり槍を突き付けられてたし。
すべては驚きから始まったんだ。
そんで、オレを召喚したというとんでもない美少女。
なんだかんだ言いながらも、常に近くに居てくれるエリカには感謝している。
あの娘が居なければ、オレはもっと投げやりになっていただろう。
ってか、オレってこの世界で何すればいいんだろ?
いや、魔王を倒してくれとは言われてるけど、肝心の魔王や魔族ってのにまだ一度もお目にかかっていないし。
魔族一人と人間百人で漸く戦力的に均衡するってんだから、とんでもなく強いんだろうとは思う。
思うんだけど、実感がないのはどうしたもんだろうか。
百人がかりで倒せるかどうか分からない相手と戦えと言われて、全く怖いと思わないんだよな。
うーん、どうしたもんだろ。
考えてみれば、この世界に来て最初にのしてやったあの巨漢野郎を前にしても全く恐怖を感じなかったし。
心臓に槍の穂先を突き付けられてるのに、だ。
その後も、あいつの振り回す槍は次にどう動くか見えてたし。
オレの能力ってば、結局そういうものなんだろうか。
うーん、よく分からん。
そういや、大岩から引っこ抜いたオレと同じ名前の槍だけど、あれってば神槍なんて呼ばれてたけど、なんか特殊な能力とかあるんだろうか。
なんせまだ一度しか戦闘経験がないもんで、参考にもならんか。
今度あの神槍とやらを振り回してみるかね。
「王都での拠点を構えると申すか」
オレは今、謁見の間で国王と対面している。
費用的には心配いらないとエリカに言われてるけど、それにしたって相場ってものがあるだろうし、第一どれくらいの屋敷を構えるのが今のオレに相応しいのかすら分からん。
一応、エリカの婚約者ということになってるから、あまりに質素な家を手に入れてもエリカの実家や国王陛下の沽券にも関わるだろうしな。
ってことで、直接尋ねることにしたわけだ。
「はい。オレとしては領地よりも王都に居る時間の方が長くなりそうなので、それなりの利便性が欲しいところなんですが、そういうのってどこまで追求していいものやらさっぱりなんで」
「なるほどのぅ。それは盲点であったわ」
そう言うと国王陛下は感心したような困ったような顔をした。
「で、ご相談に伺ったわけでして」
「うむ。エリカからそれとなく聞かされておったが、そういうことか」
そういうことって、どういうことだ。
「おかしなことを言いおると思っていたが、そういうことか」
だから、そういうことってどういうことなんだよ。
「それならば、コーセヌ伯爵の邸を使えばよかろう。あの一族は不正や犯罪が続々と明るみに出た故全員国外追放処分を下した。今は無人の筈じゃ」
「そういうのでも構わないんですかね」
「立地といい規模といい、今のオスカーには丁度良かろう」
ってことで、王都の住まいも決まっちゃったよ。
なんというか、案ずるより産むが易しって言うの。
表現が古いけど。
あっさり今日の用事が済んじゃったせいで時間が余った。
困った。
何すりゃいいんだ。
そか。
あの神槍、振り回してやるか。
王宮の中庭に神槍ローエングリンを持ち出して、お試しに振り回してみたんだが…。
割り箸振り回してるみたいな感じというか、重さを感じないんだよな。
自分では膂力が跳ね上がったって感じはしないんだけど、何も抵抗を感じることなく振り回せてる。
まぁ、オレなんて型すら知らないわけだからきっとその道の達人から見りゃ子供が棒切れ振り回してるのと同じだろうけど。
とりあえず、あの巨漢野郎が振り回してたのを参考にそれを真似てやってみたんだけど、なんかこれ面白いわ。
相手のどこを攻めてるのか、なんとなく分かるというか。
穂先を真っ直ぐ突き出して引き戻し、槍を反対の手に持ち替えて突き出して引き戻す。
槍を半回転させて石突でもう一度同じ攻撃。
それを半回転させながら槍を頭の上に持って来て、今度は相手の足元を狙って薙ぐ。
右半身でやったことを、今度は左半身で行い、また頭の上に持ってきた槍を、今度は相手の小手に落としてそのまま肩をぶつけ、倒れたと想定した相手に止めの突きを入れ、左右を替えてもう一度攻撃。
一転して足元を薙いだ穂先をそのまま真上に振り上げて上から下へ叩き落す。
体を一回転させて、その勢いのまま相手の首を狙って薙ぐ。
穂先でやったことはもう一度石突でやって左右を入れ替える。
初撃で頭を狙ったり胸を狙ったり、足を薙いだり小手に落としたり、相手の武器を巻き取って飛ばしたり。
そんなことを夢中でやっていたら、後ろから声が掛かった。
「勇者殿はどこかで槍の修行をされたことがお有りか」
見ると、騎士団長のケイザだった、
「いや、腕に覚えがあるということではないんだが、体が勝手に動くんだ」
「実に理にかなった動き。感服仕った」
仕ったって時代劇じゃないぞ、おい。
それにしても、騎士団長から見てそんなに違和感のない動きだったのか。
ま、槍が軽く感じるからだろうな。
重いもの振り回してあんなに動けるわけないし。
「一度騎士団の訓練を指導していただきたいと存ずるが、如何か」
なんか時代がかった物言いするよな、この親爺。
毎日時間を持て余してるから、丁度いい暇つぶしになるかな。
「かまいませんよ。でも、指導した経験がないからどうなるか分からんが」
「では明後日の朝から願えれば」
「了解。じゃ、朝一番に訓練場に行くわ」
「よろしく願う」
明後日の予定は埋まったんだけど、明日はどうするかな。
ま、部屋に帰ってエリカにいろいろ教えてもらうかな。
ってことで、部屋に帰って来たオレは、とりあえず汗を流すことにした。
とはいえ、割り箸振り回しても汗は搔かないけどさ。
気分だよ、気分。
「汗を流したいんだけど、湯を用意してくれないか」
部屋付きのメイドに訊いてみた。
「畏まりました。ご用意が整うまで少々お待ち下さいませ」
そう言うと、三人いるメイドのうち二人が急いで部屋を出て行った。
残る一人は今、オレの前にお茶を出してくれている。
「エリカは今どこにいるのかな。聞きたいことがあるんだけど呼び出せるかな」
今度は部屋の隅で影のように立っている執事にそう言った。
「サリンジェス公爵家ご令嬢様は、現在控室にてサーライズ子爵閣下と打ち合わせをなさっておられるかと」
「そうか、じゃ、邪魔するのも悪いな」
「いえ、サリンジェス公爵家ご令嬢様よりローエングリン伯爵閣下のご用件を最優先とするように申しつかっておりますので、お呼びして参ります」
「へぇ、そうなのか」
「はい。お呼び申し上げませんと後程サリンジェス公爵家ご令嬢様よりご叱責を頂戴することのなります」
「ふーん」
「では、少々お待ち下さいませ」
なんだか舌を噛みそうな会話だな。
でも、この世界の貴族の慣習として、深窓の令嬢の名前は家族やよほど親しい間柄の者しか呼んじゃいけないんだそうだ。
ま、オレは一応婚約者ってことでエリカと呼んでるけど。
「お待たせしてしまいましたか」
余程急いで来たのか息を切らせてエリカが入って来た。
幼い頃からの躾の賜物なんだろうけど、音を立ててドアを開くようなことは流石にしないな。
一般的に未婚の女性が男の前に出る時には、息を切らせるなんてはしたないことはしないと思うんだけど、オレはそういう対象じゃないってことかな。
ま、どうでもいいけど。
「いや、打ち合わせの最中に呼び出して申し訳ない。ちょっと話がしたかっただけなんだけど忙しかったら後でもいいぞ」
「私にとってオスカーさまのお召し以上に大切な要件などありません。どうぞお気遣いなくいつでもお呼び下さいませ」
いや、それって重くないか。
オレが最優先ってさ。
ま、嬉しくないかと言われたらそりゃ嬉しいけどさ。
こんな美少女が息を切らせて部屋に飛び込んで来るんだぜ。
「王都の邸のことなんだけどな。国王陛下にご相談申し上げたら、旧コーセヌ伯爵邸を使えと言われたんでな」
「まぁ、あの豪壮なお邸ですか」
「いや、オレは見たことないから何とも言えんけど」
「ローエングリン伯爵さまに相応しい物件だと思いますわ」
「で、だ。あの野郎が使ってた邸だから使い勝手がどうなのか分からないもんでな。明日にでも様子を見に行きたいんだが付き合ってくれないかな」
「まぁ…」
「どうした。都合が悪いのか」
「ご一緒させていただいてよろしいのですね」
「あぁ。来てもらえると助かるな」
「先ほども申し上げましたが、私にとってオスカーさまのご用事以上に大切な要件はございませんもの、もちろんご一緒させていただきとうございます」
なんか、目がウルウルしてないか、この娘。
ま、可愛いからいいけどさ。