6 経営の基本は丸投げ
国王陛下におかれましては、ご機嫌頗る麗しくお成り遊ばされて、オレのちょっと漏らした一言に食いついてきやがりました。
そういえば、内政チートものってのがあったっけな。
あれはほら、自分が全部背負い込むんじゃなくて、まっとうな領地経営をしている領主のところに転がり込んだ野郎が、分かるとこだけをちょちょいと弄るってヤツだろ。
オレの場合は一から全部始めなきゃなんないわけでさ。
なんたって、オレは実働経験すらない学生だったんだぜ、自慢じゃないけど。
そんなもん、分かるわけないじゃん。
でも、ほら、謙遜も過ぎれば愚弄になるなんて脅してくる国王様が目の前にいらっしゃるわけで、貰っちゃった領地を放り出してトンズラするわけにも…。
あ、それいいかも。
おっと現実逃避は程々にってな。
そんなところに、エリカがナイスミドルの父親と一緒に現れた。
これっていい展開だよな。
そうだよな。
きっと。
「伯父様、父上と相談した結果、ローエングリン伯爵領の代官にはサーライズ子爵が良いのじゃないかという結論に至りました」
へっ、サーライズ子爵。
誰、それ。
また知らない名前が出てきやがった。
オレが名前知ってるヤツの方が少ないんだから、そりゃ当然なんだけど。
「サーライズ子爵というと、先代トッテンハイム公爵の諸子であったか」
国王が何かを思い出すように遠い目をしながらそう言うと、エリカの親父のナイスミドル氏が答えてくれた。
「えぇ。兄上もご存じのように彼はトッテンハイム公爵家にあって麒麟児と謳われたほどの秀才でしたが、現当主に疎まれて家を出されて以来小さな領地に汲々としておりました。幸い、彼の領地は旧コーセヌ伯爵領の隣接地であったことからその内情もよく承知とのこと」
へぇ、そんな不遇な人っているんだな、やっぱり。
「そこでローエングリン伯爵が新たに代官を求めているという話をしたところ、伝説の槍の持ち主の力になれるのであればと、彼の方も乗り気のようで」
「それは重畳。しかし、猫の額ほどの子爵領からいきなりローエングリン伯爵領の代官など務まるものかのぅ」
「あら、伯父様。サーライズ子爵はトッテンハイム公爵家の麒麟児ですわよ。公爵領の立て直しにも彼の力量は如何なく発揮されたと聞いておりますわ」
「そうであったな。広さといい、税収といい、産業の振興具合といい、遜色はないの」
キミたちさ、オレを置いてどこへ向かってるのかな。
ねぇ、置いてかないでよ。
「では婿殿。この後サーライズ子爵との面談をセッティングしてあるから」
へっ。
婿殿だぁ…?
その気だったのか、やっぱり。
てか、エリカはそれでいい・・・・・・・みたいだね。
「では、兄上との話が終わったらエリカと行ってみてくれ」
そう言い残して娘を置いたまま部屋を出て行っちゃったけど。
あらぁ…。
国王陛下の目が好奇心の塊になっちゃってますよ。
またこの親爺に弄られんの、オレ。
「エリカ、でかしたぞ」
えっと、ちょっと待とうか。
でかしたって、何か手柄でも立てましたかお嬢さん。
「この身を以て勇者さまを繋ぎとめられるのなら、喜んで伯父上とダンダラス王国に捧げましょう」
おい。
何言ってんだ、この美少女。
オレは生贄を求める妖怪かってんだよ。
人聞きの悪い事言うんじゃありません。
「ダンダラス王国最高の魔法使いであるお前が身命を賭して召喚した勇者殿じゃ。努々疎かにするではないぞ」
「お言葉、肝に銘じます」
盛り上がってるところ悪いんですけど、オレってそんなに極悪人に見えるのかな。
「では、ローエングリン伯爵領の代官候補者との面談に行って参ります。決定事項は後程私の方からご報告申し上げますので詳細はお待ちいただければ」
「分かった。お前がしっかりせねば勇者殿が困ることになる故な。たとえ相手に嫌われようとしっかり見定めてくるのじゃぞ」
「御意」
まーた置いてきぼりかよ、オレってば。
王宮内の色々な場所に幾つかある複雑な回廊を通って、数多ある部屋の一つの前に連れて来られたオレは、やっぱり美少女なしじゃトイレにも行けないと自覚したよ。
だって、も一度さっき国王陛下と話してた部屋へ一人で戻れと言われたら、絶対ムリだもん。
三日ぐらいは余裕で遭難できる自信があるぞ。
「勇者さま、いえ、ローエングリン伯爵さま。こちらでサーライズ子爵がお待ちになっていらっしゃいます」
はい、そうですか。
よく見分けがつくよな。
凄いわ。
「で、オレは何に気を付けて話せばいいんだ」
「ローエングリン伯爵さまは基本的に、黙ってお聞きになっていらっしゃればそれで結構です」
それって、オレ必要なのか。
「話の中でどうしても確かめたいことなどが有りましたら、遠慮なくご発言していただいて構わないのですけど、サーライズ子爵という方は一見取っ付きにくい印象を持たれる方が多いのでそこだけはご注意ください。根はとても真っ直ぐで正直な方でいらっしゃいますから」
さよか。
じゃ、黙ってよかね。
「では参ります。あくまでもご身分はローエングリン伯爵さまの方が上ですから、遜る必要はありませんけど、尊大な態度が過ぎると嫌われますからね」
笑いながらそう言った美少女は、次に真顔になって上目遣いにこんなこと言い出しやがった。
「ローエングリン伯爵さまとお呼びするのももちろん素敵な事なんですけど・・・。オスカーさまとお呼びしてはいけませんか」
それ、何度も言うけど反則だから。
キミみたいな美少女がそういうことやると、効果出過ぎるんだよ。
ダメだって言えないじゃん。
その顔で言われるとさ。
「ふむ、それは仕方ないな・・・」
「まぁ、嬉しい」
部屋の中ではサーライズ子爵がしゃっちょこばって座っていた。
オレたちが入っていくとやおら立ち上がって腰を折って丁寧に挨拶をされたので、オレとしても返さないわけにはいかない。
美少女の方へ目を向けると、声に出さずに『軽く』と言われたので、それに従った。
「この度伯爵位を賜ったオスカー・フォン・ローエングリンだ。末永い付き合いが出来ればと願っている」
「これはご丁寧なご挨拶を頂戴いたしまして痛み入ります。ローエングリン伯爵領に隣接する小領主の身ではありますがお力添えが出来ればこれに勝る喜びはないと存じます」
「オレは承知の通り召喚されてこの国へやって来た身だ。右も左も分からないからいつも彼女の助言を受けている」
「改めましてご挨拶申し上げます。この度縁あってローエングリン伯爵さまの婚約者となりましたエリカ・フォン・サリンジェスでございます。どうぞ良しなにお付合い下さいませ」
結果的に言えば、この挨拶の時点でサーライズ子爵の決意は固まっていたらしい。
サーライズ子爵領との経済統合に関してもすんなりと話がまとまった。
そりゃそうだろう。
領内経済が円滑に回っている領地と経済統合すればその恩恵は計り知れない。
しかも尚、子爵領としての自治権は確立されているわけだ。
これまで燻っていた才能が活かされる場所を与えられて、サーライズ子爵は自分の将来に明るい道を見出したわけだ。
「では、今後発生するであろう諸問題につきましては私の一存で処理して構わないとおっしゃるのですか」
ハトが豆鉄砲喰らったような顔をして、サーライズ子爵はそう聞いてくるもんだから、そうだよと答えたんだけど。
そしたら今度は彼の方が悩み始めた。
「あぁ、徴税権の方は任せるけど、軍事権はこちらに残してほしい。国王陛下から魔族に対する先鋒を任されているんでね」
「もちろんです。伯爵閣下。軍事的な才能がない私如きが軍事権を壟断するなど弊害以外の何物も齎しません」
「ということで、細かいところは彼女、エリカと詰めてもらえると有難い。何しろオレは領地だけではなく王都の守りを託されてもいるんでな」
「畏まりました。近いうちに伯爵領の状況を調査して報告書を提出いたしますのでそれをご覧いただければと存じます」
「分かった。では、オレはこれで」
「あ、オスカーさま。王都のお住まいについても決めていただかなくてはなりませんけど、どういたしましょう」
美少女エリカがそう言ってきた。
そうか。
いつまでも王宮で部屋を借りてるわけにもいかないんだよな。
でも、先立つものがなぁ…。
「費用に関しましてはご心配なく。父上と伯父上に無心しちゃいますから」
穢れない笑顔で腹黒いことを言う美少女だぜ。
でもまぁ、そっちもエリカに任せるとするか。
「ではそうしてもらおうか。で、だ。なるべく早いうちに公爵閣下と国王陛下からの借財は清算してしまいたいんだが、可能かな」
一応サーライズ子爵の顔を立てるために確認を取ってみたが、『お任せください』の一言で解決しそうだ。
さて、これで王都の拠点と領地経営の目途が立った。
あとは…。
後はなにをすればいいんだ、オレ。