4 伯爵ってやっぱ偉いんだよね、きっと
色々と話を聞いていくうちに朧気ながらこの世界特有の事情というか問題が分かって来たように思う。
人類国家は二十余りあるらしいが、人間だけを人類と称するわけでは無いようだ。
オレも高校時代からファンタジーなんてものに興味を持ってラノベなるものを幾らか読んだ覚えがあるが、ついにその原点というべきトールキンの指輪物語は読破出来なかった。
いやもう、その登場人物が奇抜で感情移入出来なかったのと、翻訳が少しばかり古いせいで何とも言い難い固有名詞に頭が痛くなったんだけどな。
でも、その中に出てくるエルフだとかドワーフだとかホビットなんて種族のことは覚えてるぜ。
なんでもエルフには美形が多いんだとか。
今、オレの横で国王に対面している美少女には、もしかするとエルフの血が混じってるのかも、なんて想像し始めると妄想が止まらなくなりそうだ。
で、だ。
この世界にもやっぱり居るんだそうだ。そのエルフちゃんたち。
ドワーフくんたちもきっちり存在していて、いい仕事してるらしい。
そして、なんと、獣耳も居るんだと。
もうダメだ。
妄想が暴走しそうだ。
誰か止めてくれ。
「時に勇者殿はコーセヌ伯爵の振るう槍を見切っていたとか。あれは素行に問題こそあったが槍の腕はそれほど稚拙では無かったはず。どのように退けたな」
いきなり核心に触れてきますか、国王陛下。
そんなもん、槍の攻撃の動線が見えると言ったって信用しないでしょ。
だから適当に誤魔化すしかないよな、やっぱこの場合はさ。
「はぁ、オレとしても初めての経験だったもんで上手く言えないんですがね。なんというかあの野郎が次に何をしてくるかなんとなく分かったんですよ、あの時は」
うん、自分でも説明が下手クソだとは思ってる。
でも、他にどう言えと。
「ほう、あやつの使う槍は特殊な作りをしておったはずじゃ。その辺の兵卒では避けることなど出来んがのぅ」
「なんと言うか、分かったとしか…」
「そうか。それでも初見であの男の槍を退けるとは見事としか言えんの」
隣でオレと国王の問答を聞いていた美少女がオレたちの会話に割り込んできた。
「それであの、伯父様。ダンダラス王家に伝わる槍の伝説を思い出しまして…」
「なんじゃ、唐突じゃのエリカ。まさか、ローエングリンの槍のことを言っておるのか」
「はい。勇者さまのお名前をお聞きしまして、その事に思い至りました。
「ふむ、そう言えば勇者殿の名を聞いておらなんだか。なんと申されるのかな、そなたの御名は」
ちょっと、待った。
それ、さっきでっち上げた適当ネームだから。
でも言わなきゃいけないよね。
はい。身から出た錆です、えぇ。
「自分の名ですから特別なものとは思っておりませんでしたが、先ほどエリカ…さまに驚かれまして」
「伯父様、勇者さまはオスカー・フォン・ローエングリンさまとおっしゃいます」
「なんと。そのようなことが」
この泰然とした国王が絶句しちゃったぜ、おい。
なんだってんだよ、いったい。
「それは誠か、勇者殿」
さっき騎士団長と呼ばれてたケイザっておっさんが大声で叫びやがった。
突然割り込んで来んなってんだよ。
ビックリしてちびるかと思ったじゃねぇか。
いや、ちびってないけどな。
「自分の名を偽る理由が有りませんので正直にお答えしたつもりですが」
いやいやいや、ちょっと待ってくれ。
すわ一大事って感じで、廷臣たちが右往左往し始めたじゃねぇかよ。
ほら、みんなこっち見てるし。
それからオレは国王立会いの許、王宮を半周するように歩いて歴代国王の霊廟が祭られているという地下に連れて行かれた。
そこはまたもや薄暗いところで、この世界に召喚された時に気が付いたあの小屋ほど狭くはなかったが、なかなか雰囲気のある場所だぜ。
で、初代国王の大きな霊廟の前にある岩に突き刺さった槍がイヤでも目に入るわけだ。
もしかして、コレを抜けとか言い出すんじゃないよな、キミたち。
こんなもん、抜けるわけねーじゃん。
伝説か何か知らんけどさ。
てか、どうやって突き刺したんだ、これ。
「ダンダラス王国に代々伝わる秘事の一つに、このローエングリンの槍というのがあってな」
本気かよ、国王陛下。
それ無理ゲーってヤツだろ。
抜いてみるがよい、なんて言ってんじゃねぇぞ、こら。
でもまぁ、ダメだってことを分かってもらうには槍に手を掛けなきゃいけないからな。
試しにとか言って国王と騎士団長が先に手を掛けて引っこ抜こうとしたけど、ムリだってばさ。
で、次は当然オレの番だよな。
仕方なく手を掛けるわな。
・・・・・・。
なにこれ?
スカスカじゃんか。
すっと抜けちゃったんですけど。
あんたら、結構演技力あったのね。
顔真っ赤にして抜けないフリするなんて狡いぞ。
えっ、違うの。
本気でやってたの。
本気で力入れても抜けなかったの。
ホントに。
でも、オレ抜いちゃったよ。
だってさ、砂場に刺した包丁みたいに力入れなくても抜けちゃったんですけど。
えっ、快挙だって。
知らんわな、そんなこと。
それから王宮はハチの巣を突いたような大騒ぎだったさ。
美少女はもう尊敬を通り越して、惚れた男を見るような目でオレを見てくるし。
騎士団長はさっきまでと大違いでオレに最敬礼してくるし。
国王陛下に至っては伯爵位を授与するとか言い出すし。
砂場に刺さった包丁抜くような感じで大岩から槍を抜いたら、伯爵になれんのこの国。
いや、ちょっと落ち着こうぜみんな。
大騒ぎしながら謁見の間に戻って来たオレたちは、その場で打ち合わせをする廷臣たちに丁重な態度で控室へと送り出された。
なんでも、授爵の儀を執り行うので準備できるまで待ってて下さいとのことだったけどさ。
どんだけ急いでるのさ。
また日を改めてっていうのが普通なんじゃないの。
だからさ、落ち着こうってば、みんな。
で、今なわけだ。
めでたくローエングリン伯爵が誕生した。
誰かって。
そんなもん、オレに決まってるだろ。
オレ、家に帰りたいんだけどなぁ。
言い出せる雰囲気じゃねぇよ、こんなもん。
「伯爵に叙任された祝いに望みの物をとらす」
国王陛下がそんなことを言い出したら、なんかナイスミドルなおじ様が出て来たんだけど、誰。
「陛下、これは歴史に残る慶事にございましょう。ならば私からも祝いを」
とか言い出しちゃったよ、このおぢさん。
「我が娘は国内に聞こえた魔法の使い手でありますれば、勇者ローエングリン伯爵の供としてはこれに勝るものはないと自負いたします」
ってさぁ、自分の娘売り込んでるわけ。
どこかで見たことあるような顔してないか、このナイスミドルなおっさん。
あ、国王とそっくりだわ。
え、もしかしてこの人が美少女の父親だったりするのか。
てーと、何か。
もしかして、オレってば美少女のこと祝いの品として貰っちゃったわけ。
いや、それはちょっと。
本人の意志も確認しないとダメでしょ、やっぱり。
えっ。
美少女はオレの左腕にくっついたまま離れないんですけど。
何度も美少女って呼んでるけど、このエリカって娘はダンダラス王国でも随一の光魔法の使い手なんだと。
癒しと浄化の魔法に関しては、教皇の治める教会領にも居ないほどの凄腕で、半日以内なら死者すらも蘇らせる事が出来るんだと。
凄くね。
やっぱ、ファンタジーだったわこの世界。
その後、美少女エリカも交えて今後の方針を確認したんだけど、人類の方から魔族を攻めるのはリスクが半端なく大きいから、やっぱりこれからもしないんだと。
でも、もし本気になって魔族が攻めてきたらオレが先頭に立って撃退することを約束させられちまったよ。
こんな美少女もらっちゃったらさ、やっぱ断りずらいっしょ。
もしかしたら、オレが生きてる間は来ないかもしれないしさ。
甘いって。
ま、そこは否定しないよ。
オレもそう思うもん。
で、だ。
伯爵領ってのを決めないと、オレの生活がままならないってことで、領地を賜ったんだけどさ。
それが例のコーセヌ伯爵領だったところなんだとさ。
あの巨漢の野郎、領地没収されるほど悪いことしたんだな。
えっ、違う?
オレが一発叩き込んだら再起不能になったんだって。
まぁ、向こうだってオレを殺しに来てたわけだしさ。
後悔はしてないよ。
そういう世界なんだから。
貴族はさ、領民を守ってこその貴族なんだそうだ。
自分の領地を守れないではやっていけないんだと。
王国の盾と言われて武門の家系としては結構由緒ある伯爵家だったみたいだけど、最近は直系の跡継ぎに恵まれなくて大変だったらしい。
分家から養子を取るにしても、ダンダラス王国ではトップクラスの名門だったから、おいそれと適当なヤツを選べない。
あくまでも一族の中からということにこだわっていたら、結果的に頭は良いけどひ弱なヤツか、力はあるけど粗暴なヤツかっていう、究極の二択状態になってしまっていたんだと。
そりゃあんなのが出てくるわけだ。
領地経営もいい加減で、領民は重税に喘いでいたらしい。
そんなとこ貰って大丈夫なのか。
自分でも少ーし心配になるよな。
エリカが言うには、ちゃんとした代官さえ置いとけば心配ないってことらしいけど、そんな人材そこらに転がってるわけないじゃん。
どーすんだよ。
オレってば、詰んじゃったわけか。