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天空の覇者  作者: 炎 立見
24/24

23 神の救いのあらんことを

 礼拝所の屋根から周りを見渡すと、半端な大きさの邸が見えた。

 おそらく、あれがこの街の領主の邸だろう。

 ま、この街一つを治めている程度の貴族だ。

 一見して大したことはない。

 パっと見たところ、オレの邸の前庭程度の広さしかない。

 これだけ規模が違うと、比べること自体間違ってるような気もするが。

「さて、ちょいとご挨拶と行くかね」

 言い残して、オレは屋根から飛び出した。

 猥雑な街並みを屋根越しに横切って、一足飛びにそのちゃっちい邸を目指す。

 ものの2分もしないうちに領主の館の傍まで来たが、何やら騒がしいぞ。

 見た感じ、護衛騎士の他にも槍を持った不揃いな恰好のヤツらや、いかにも堅気じゃなさそうなヤツらが総勢100人以上集まっている。

 この有象無象を指揮しているのは、恐らくカノンが言っていたカルイメとかいう領主の腰巾着だろう。

 見苦しいハゲ方してやがる。

 頭全体が赤黒くなってるから、ありゃきっと病気だな。

 カノンの言う通りだ。

 見苦しい。

 まぁ、それはいいとして。

 護衛騎士とはいっても、正式な騎士というわけじゃないようで、馬に乗ってるヤツが見当たらない。

 100人を超える一団の中で馬に跨っているのは、赤黒ハゲのカルイメって腰巾着と、少し立派な衣装を着ている醜く太った男だけだった。

 あのデブが領主か。

 何処へ行こうとしているかは大体分かるぜ。

 カノンの家だろ。

 お前たちの配下を潰してやった場所だからな。

 ほら、さっさと行けよ。

 お前らが出て行った後、邸がどうなってるか見物だぞ。

 領主の邸に通りを隔てて隣接する建物の屋根の上から高みの見物をしていたが、ようやく動き出しやがった。

 やることが遅いんだよ。

 居眠りするかと思ったぜ。

「ゼニール士爵さま、準備が整いましたのでこれより討伐に出発いたします」

「うむ。我が配下に手を出したことを後悔させてくれん。進発じゃ」

 名前は知らなかったが、爵位はハナクソだな。

 こんなヤツが貴族だと名乗っているとは、全く失笑ものだ。

 自分の息子に爵位も継がせてやれない半端者め。

 どこの国でも大体、騎士爵位と準男爵位は当人一代限りの爵位として、伯爵クラスでも乱発できるお手軽で重みのない爵位だ。

 そこそこ大きな功績を挙げた家臣に対して、貴族なら普通は土地やまとまった金銭で報いる場合が多いのだけど、どちらも用意できない場合にこのなんちゃって爵位が登場する。

 考えれば分かる話だが、騎士団の騎士が全員爵位を持っているなんてことは、まぁ近衛騎士団ででもない限り有り得ない。

 元々騎士というのは誰かに忠誠を誓った時にその相手から認められて就任するものだもの、騎士爵なんて言葉があること自体がおかしいのだ。

 元来は、男爵で騎士だとか子爵で騎士とかいうのが当たり前に居たんだから。

 しかしまぁ、曲がりなりにもテーバイゼ帝国の禄を食む貴族の一角だ。

 士爵さまには直接危害を加えはしないが、貴様の財産までは斟酌するつもりはないぜ。

 何しろ、オレの軽奴隷に手を出したんだからな。

 ほら、さっさと行けよ。


 軍勢がすべて出て行った後には、護衛の1人も残っていなかった。

 あいつ、ホントに底抜けのバカだな。

 自分が襲われるとは思ってないのか。

 マジで力が抜けて来るな。

「さて、篤志金の回収をしようかね」

 独り言を呟きながら、オレは取り敢えず開きっぱなしの門扉を通って敷地の中に侵入した。

 この士爵邸全体でオレの邸の前庭程度の広さもないから、門から建物までの距離もお粗末なものだ。

 すぐに入口まで辿り着いたのだが、すんなり建物の中には入れなかった。

 正面の扉にも施錠をしていないかと思ったのだが、そうは問屋が卸さなかったみたいだ。

 よく分からん野郎だな、あのデブ。

 でもまぁ、オレが篤志金の回収に来たってことを分からせてやるためにも、この扉は何処かへすっ飛ばしておくとしよう。

 なんだこれは。

 オレの邸の扉に比べて、なんと軽いことか。

 まぁいい。

 どうせ二度と開けることのない扉だし。

 そら、飛んでけ。

 木製の扉は、高く舞い上がって士爵邸の屋根に突き刺さった。


 あのデブ、どんな感性してんだ。

 家の中を原色で飾るってのは…。

 精神的に落ち着けないだろ。

 だからか。

 たかが士爵の分際で勘違いしてるとしか思えない統治をしてるのは。

 何かに怯えてるような。

 何かから逃げてるような。

 しかし、一体何を恐れてるんだ。

 この世界のすべての人が信仰する女神さえも否定しなきゃいけないほど。

 うーむ、謎だ。

 だからって、篤志金の回収に手心を加えてやるつもりはないけどさ。

 さて、どこにあるのかなー。

 オレの軽奴隷を辱めたお詫びの志は。

 おっと、こんな邸でも使用人はいるんだな。

 下働きの中年の女も、メイドのような若い娘も、執事のような老人も…。

 みんな、目の下に隈が浮き出てるぜ。

 限界だな。

 オレを見た途端、声もなく泣き出すなよ。

「女神の使いである。我に従うならば平安を。精霊に礼拝を捧げる者には報いを与えん」

 思い付きで言ってみたけど、効果抜群だな。

 全員がオレに取り縋って救いを求めてやがる。

 こりゃ重症だ。

「女神に捧げるべき信仰を捻じ曲げて財を成したる者には罪を与える」

 いや、お前たちにそう言ったわけじゃないんだけど。

 みんなが一斉に巾着袋を差し出してくるとは…。

 ま、それでお前らが救われるというのなら。

 貰ってやらないこともないぞ。

「女神さまは慈悲深い。領主が隠した浄財を捧げるならばその者に救いを」

 ほら、みんな先を争ってオレを案内してくれてるぜ。

 ほぅ、こんなところに地下への入口がねぇ。

 いや、松明なんぞ不要だぜ。

「光あれ!」

 一度やってみたかったんだ、エリカの真似。

 地下へ続く暗闇を一気に明るく照らしてやった。

 ははは、こりゃ凄い。

 人の心なんて、こんなに簡単に動かせるものなんだ。

 石造りの武骨な階段を下りた先にある石の扉を引き千切るように外すと、オレが出した光を反射する金貨の山が凄いことになってる。

 さて、どうするかな。

一枚一枚手で拾うのも大変だしな。

 オレは試しに右腕を金貨の山に向けて突き出して声を上げた。

「女神の御心を安んじる浄財はこれに収めよ」

 なんと、一番驚いたのはオレだ。

 一瞬で一枚残らず硬貨が消えたんだからな。

 もうみんなの目に不信の色なんて欠片もない。

 まぁ、初めから無かったけど。

 オレとしてはこれだけで十分だったんだけどなぁ…。

 執事と思しき爺さんが、どうしてもと先導するからついて行くと。

 あらら。

 ここ、あのデブの寝室だろ、きっと。

 えっ。

 ベッドの奥にある小さな扉。

 開けろっていうのか。

 仕方ないな。

 だって使用人が率先してオレに教えるんだから。

 そう。

 中にはそれなりに積まれた金貨の山があった。

 さっきのを見てるから、あまり感動はないけど。

 で、これも回収っと。

 えっ。

 まだあるの。

 今度はメイドのような女の子に先導されて食料の貯蔵庫へ向かった。

 えっ、これを開けるのか。

 普通は床板だろ。

 木じゃねぇのかよ。

 メイドの指さす石の床を持ち上げたら…。

 はい、回収。

 えっ。

 まだですか。

 下働きの中年女について行くと…。

 家畜小屋だろ、ここ。

 うそ。

 この藁の山をどけろってか。

 一旦如意宝珠に取り込んだら。

 うわっ。

 やっぱりあったよ、金貨の山。

 はい、回収。

 えっ。

 次はどこ。

 結局邸中連れ回されてとんでもない額のカールスが手に入った。

 いやいや。

 浄財の寄贈を受けたわけだ。

 すべての篤志金を回収した後、使用人を広間に集めて治癒魔法を使ってやったよ。

 信仰を取り戻した者達への女神からの慈悲だ。

 虹色の光が消えた後には、目の下の隈も、ひび割れた唇も、艶を失った髪も、垢切れのひどい指先も、悩んでいた胃痛も、殴られた後の痣も、持病も、全部綺麗さっぱり癒してやった。

 ほら、精霊を信じる者なんて1人も居なくなったぞ。

 じゃ、おれは行くからな。

 えっ。

 この後どうすればいいかって。

 知らん。

 と言いたいところだけど。

 信仰を取り戻したものに幸あれ。

 ってな訳で、ダンダラス王国のローエングリン伯爵を頼れと言っておいた。

 もちろん、このことを他言すれば報いがあるとも言っといたけどさ。

 上手くいけば忠誠心溢れる使用人が何人か出来るかもしれないし。

 あわよくば、だけどな。

 ってことで、今度こそおれは行くから。

 へへっ、毎度あり~。

 礼拝所の屋根の上に戻って来た時、既に2人の女は打ち解けていたみたいだ。

 二人してオレを指さして笑ってやがる。

「お帰り。篤志金は集まったの」

「あぁ。腰が抜けそうになるほどな」

「あら、それは素敵ね」

 お前なぁ。

 見たらお前も腰抜かすぞ、あの金貨の山。

 ま、どうせ後で金額を確定させるのに見せなきゃいけないんだけどな。

 チビるんじゃねぇぞ。

「先ほど大勢がそちらに向かって行きましたが、大事ございませんでしたか」

 ほら、こういう風に気遣いを見せてみろ、カノン。

「あいつらは放っておけばいい。すぐに自滅するからな」

「どういうことでしょう」

「あの士爵っていうデブの持ち物は、あの邸だけにしてやったからな」

「そんなことをされて大丈夫なのでしょうか」

「だーいじょうぶ、大丈夫。この人、女神の御遣いらしいから」

 こら、オレはジョイスと話してるんだ。

 お前は黙ってなさい。

「御遣い…」

 ほら、変なところに引っ掛かっちまったじゃねぇか。

「それはいずれ。で、ジョイスは何処へ送ればいいんだ」

「私は…、もう身寄りも居りませんし、住むところも追われてしまいました」

 だから、女の涙は反則だってば。

 特にジョイスみたいな可憐な娘は特に。

「ここでの用がお済みになられたのなら、あなたのところにお連れ下さいませ」

「それはいいけどさ、こことは国が違うけど、それでもついて来るのか」

「はい。命を助けていただいたことに対しては、軽奴隷としてお仕えすることで一生かけてお返し申し上げます」

「いや、そんな重く考えなくてもいいけど」

「ほら、そんなこと言ってないでさっさと行きましょ」

 あー、まただよ。

 カノンめ。

 じゃ、とにかく帰るとするか。

 オレの邸へ。

 あれ見て何て言うかな、こいつら。

 そして、オレは2人を両脇に抱えて、一気に街の入口を飛び越えた。

 しまった。

 力が入り過ぎたか。

 一足でジャキール公国の故地まで来ちまった。

 なはははは…。


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