21 目には目を
街中でいきなり民家の屋根に飛び上がったんだ、そりゃ驚くだろ。
オレの治癒魔法で精神的に落ち着いてたこの娘も可愛い悲鳴を上げてる。
構わずオレは屋根を走り、路地で民家の並びが途切れているところも関係なしに飛び移って街の中心部に向かった。
逃げてるんじゃないかって。
そりゃそうなんだけどさ。
この娘、まともに服すら着てないんだよな。
何処へも連れてけないじゃんか。
だから、とにかく特徴のある建物を目指してるワケだ。
何処かって。
決まってんじゃん。
帝国の都じゃないからそんなにデカくはないだろうけど、とにかく特徴的な飾りの付いた建物だよ。
六芒星ってのかな。
所謂かごめの紋ってヤツだ。
もちろん、オレが元いた世界の話だけどな。
ダビデの星とも言ったっけ。
まぁいい。
とりあえず、そこを目指してる最中なワケだ。
「なぁ、さっきから教会探してるんだが、この国にはないのか」
マヌケな質問だが、かれこれ10分ほども走り回っているのに一向にそれらしき建物が見つからない。
だから、この娘に訊いてみたんだが。
「教会?」
「そう、教会だ」
「そりゃ見つからないわ。去年まではあったんだけどね」
「なんだ、そりゃ」
「新しい領主さまが追放しちゃったのよ」
「それじゃ、この国にはもう教会はないのか」
「ほかの町にはあるらしいんだけど、とにかくこの街で教会を探したって無駄よ」
なんだかなぁ。
教会ぐらい置いとけよ。
そう思ったのが伝わったのか、抱きかかえている娘がボソッと呟いた。
「代わりに新しく、精霊を祀る礼拝所ってのがあちこちに出来てるわ」
「精霊ねぇ」
「礼拝所で精霊に祈るためには志って名目の寄付が必要なんだけど」
「なんじゃそりゃ」
「そう思うわよね、誰だって」
聞くからに胡散臭ぇな、そいつは。
けど、宗教で浄財を集めるにはいい手段だ。
但し、オレはそんなの信じないけどな。
何処で何に祈りを捧げようが自由だろ。
教会を駆逐している時点で領主と繋がってんの丸分かりじゃねぇか。
そういうこと聞いちゃうと放っとかないよ、オレ。
なんたって、オレの後ろ盾だからな、綺麗な女神さま。
スタイルの方は今一分からなかったけど。
ま、今はこの娘の服が先だ。
「なぁ、何処かで着る物手に入らないか」
「前はあったんだけど、今はもうダメね」
「なんでだ」
「だって、礼拝所が出来たから追放されちゃったもの」
「教会かよ」
「ホント、不便になっちゃったもんだわ」
「ホントだな。オレもカードが使え無さそうだ」
「あら、プログレスカードなんか持ってるんだ」
「貰い物なんだけどな」
「へぇ、凄いのね」
「全然感情が籠ってねぇぞ」
「だって、お金持ちにしか縁のないモノでしょ、あれって」
「そうなのか。オレは元々一文無しだったからな。よく分からん」
「あなたって、いろいろ規格外な男の人ね」
「自覚はないけど皆の顔を見てるとそうなのかと思わなくもないな」
「なんだか面白い人ね。だからかな、あの方たちがあなたに保護を求めたの」
「あの方たち」
「ま、色々あるのよ。それよりずっと私を抱えてるけど重くないの」
「まぁ、あと3日くらいなら大丈夫かな」
「何、それ」
「気にするなってことだ」
「で、何処へ行くか決めたの」
「あぁ、取り敢えずお前の家へ行こうか」
「私の家…」
「そうだ。どう行けばいいか教えてくれ」
「大家さんに見つかるとマズいんだけどな」
「そこは気にするな、オレがどうにでもしてやるから」
「あなたの言うことを聞いてるとホントにそうなっちゃいそうね」
「任せろよ、オレに」
ってことで、この娘の家の屋根の上に着いたわけだけど、なんだかゴタゴタしてるっぽいぞ。
中年のオヤジが素行の宜しくなさそうな男たちに囲まれて殴られてる。
それを警備騎士団だかのヘボい騎士たちが3人笑いながら見ている。
「なぁ、あれってお前の家の大家なのか」
「そうね。それに囲んでいるのがカルイメ家の護衛だわ」
「カルイメ家って」
「あぁ、そうね。知らなくて当然ね。新しい領主さまの腰巾着やってるいけ好かないハゲのことよ」
「そいつがお前を売った金を手に入れるつもりだったわけか」
「どうかしら。私なんかそんなに美人でもないし高い値段が付くはずないのに」
なんだ、この娘。
自分の値打ちが分かってないのか。
結構な美人さんなのにな。
「この街では美人の基準が他と違うのか」
「何を言ってるの」
「お前さ、十分に綺麗だぜ」
「な、バカ…」
「自信持ちな」
「もう」
「じゃ、あれを片付けてお前の服を取りに行こうか」
「えっ、本気で言ってるの」
「冗談に聞こえたか」
「だって、10人以上いるわよ」
「さっきの護衛騎士たちはもっといたよな」
「あ!」
「思い出したか。じゃ」
草臥れた親父を囲んでいる男たちの前へ飛び降りると、全部まとめて羂索で拘束してやった。
ついでに見ていた護衛騎士の3人を順に蹴飛ばして壁のオブジェにすると、オレたちは悠々と建物の中へ入っていった。
「もう、下してくれていいよ」
「そうだな。軽いんでお前を抱えてるの忘れてたぜ」
「ホント、とんでもない人ね、あなたって」
そう言って笑いながら娘は並んだドアの1つに入って行った。
「何してるの、早く入ってよ」
オレとしては着替えるんだからと外で待つつもりだったんだが、お誘いを受けたからには入らないとな。
「着替えるんだろ。外で待っててもいいんだぜ」
「今更何言ってるの。全部見たんでしょ、私の体」
「ま、見えちまったな」
「じゃ、遠慮なんて要らないから」
「そういうものなのか」
「だって、あなた、私の裸を見ちゃったのよ」
「それが?」
「もう私のご主人様じゃないの」
「まだ軽奴隷の身じゃなかったんだろ」
「そんなの関係ないわよ。私の操を守ってくれた上に私の体を全部見たんだし。それに私がそれをイヤだと思ってないことも大事ね」
「ほぅ。じゃ、遠慮なく入るぞ」
部屋の中は見事なまでに何もなかった。
粗末なベッドに簡素なワードローブ。
それに、小さな鍋とナイフが1つずつ。
そして、娘は古いカバンに数少ない靴と服を詰めていった。
継ぎの当った服は決して綺麗ではなかったが、きちんと洗濯しているのだろう。
汚れた印象はなかった。
「さ、用意は出来たわよ、ご主人さま」
「速いな」
「だって、見た通り荷物なんてないもの」
「そうか。じゃ、所持金もないわけだ」
「当然ね」
「じゃ、ちょっと篤志金を集めてから出発しようか」
「えっ、何それ」
「付いて来れば分かるさ」
オレたちは外へ出ると、羂索で拘束された奴らの懐から巾着袋を抜き出して中身をひとつに纏めて娘に持たせた。
「あの…。こんなこと言うのはアレなんだけど、いいのかな、こんなことして」
「お前を売り飛ばそうとした奴らだぜ。遠慮してる場合か」
「それは分るんだけど」
「じゃ、いいじゃねぇか」
「そう、なのかなぁ」
「で、全部で幾らあった」
「えっと…、待ってね」
娘が金を数えている間、オレは壁のオブジェになっている護衛騎士たちの装備を引き剥がし、ついでに巾着袋も無理矢理引き抜いた。
「追加だ。これも合わせろ」
「えっ、またなの」
「遠慮すんな、お前の金だ」
「なんか、納得できそうなそうでないような」
こちらを何事かと遠巻きに見ている街の住民たちを眺めながら待っていると、娘が漸く金額を特定したようだ。
「えっと、全部で9722カールスね」
「カールス…」
また分からない単語が出て来たぞ。
それってセルーとの換算率はどうなってんだ。
「それを持ってダンダラス王国へ行ったら、どれぐらいの価値があるんだ」
「あら、ホントに何も知らないのね。どこの国へ行ってもお金の値打ちは変わらないわ」
「ほぅ。じゃ、それでパンが9722個買えるわけだ」
「あら、分かりやすい譬えね」
娘は美しい顔を少し和らげてコロコロと笑った。
仕方ねぇだろ。
それしか知らないんだから。
「それだけじゃちと足りないかもな。篤志金を増やしに行こうぜ」
「えっ、えっ、まだ何かする気なの」
「当ったりまえだ。オレの軽奴隷に手を出したんだぜ。報復はしないとな」
「もういいと思うけど…。その顔は納得してなさそうね」
「そのカバンを貸せ。オレが持ってやる」
巾着袋と着替えの入った古いカバンを受け取ると、オレは如意宝珠に取り込んだ。
「なに、今の」
「ま、オレのカバンだ。他人には言うなよ」
「言うなというなら言わないけど、誰も信じないと思う」
「それは重畳。ほら、こっちへ来い」
再度娘を抱えると、その場でちょっとジャンプした。
したんだけど、まだまだだな。
力加減が甘かったようだ。
ほんの少し跳ねたつもりだったんだが、屋根を遥かに飛び越えて、オレたちは3つ先の通りにある建物の屋根に飛び移ってしまった。
「もう驚かないつもりだったけど、なにこれ」
「いや、オレが聞きたい」
「ここ、新しくできた礼拝所の屋根だよ」
「礼拝所って新しい領主が作ったっていうアレか」
「領主さまが作ったわけじゃないけど、そんなものかな」
「じゃ、篤志金もたんまり集まりそうだな」
「篤志金って、それは強盗っていうんじゃないの」
「心配すんな。オレは神の使いだから、邪魔する奴らを懲らしめるだけだ」
「それって信じていいのかしら」
「神の使いじゃなかったら、3つ先の通りまで飛べる訳がない」
「そういう問題かしら」
「お前、自分がされたことを思い出してみろ」
「う、うん…」
「お前の仇を討つなんてことは言わないけどな」
「そう、なの」
「但し、さっきも言ったがオレの軽奴隷に手を出したことはキッチリ片を付けてやる」
「それって、礼拝所は関係ないような」
「礼拝所は領主と関係があるんだろ」
「そうね」
「そんでもって、領主の腰巾着なんだろ、お前を襲ったの」
「うん」
「ほら、繋がったじゃねぇか」
「無理矢理ね」
「屁理屈って言うヤツも居るかもな」




