20 女の子拾ったぜ
「大丈夫か」
オレは、抑え込まれていた女の子になるべく恐怖心を抱かさないように、自分なりに優しく声を掛けた。
こんな体験しちまったんだ。
男には完全には理解できないことだが、かなりの恐怖だったことだろう。
そして思い切り抵抗したのだろう。
その娘は一目見ただけでも全身に傷があり、顔には殴られた痕があった。
服は破られて半ば以上脱がされていた。
オレは、慌てて自分の上着を脱いで女の子に掛けてやった。
クソっ、一番最初に服を掛けてやるべきだったよな。
「大丈夫か」
バカかオレは。
間抜けな問いかけだ。
大丈夫なワケないだろう。
しかし、他に言葉が浮かばない。
おっと、自分のことにかまけている場合じゃないな。
見るからに意識が朦朧としている。
オレの問いかけにも上の空だ。
人目に付かないどこかの室内で治療してやりたいんだが、あまりこの状態が続くのは良くないだろう。
目が、視線が定まっていない。
瞳孔が開きっぱなしになっている。
震えがひどい。
全身の傷から少しずつ出血している。
感染症の危険もかなりの確率であるだろう。
こんなの放っとけないぞ。
仕方なく、この状態のまま女の子にむかって治癒魔法を掛けた。
出来るなら、精神状態も安定させられるように願いながら。
オレとしては、出来る限りの力を込めて。
女の子の体を虹色の光が包んで消えて行った。
オレは黙ってその娘の様子を見つめていた。
一回でダメなら何回でも治癒魔法を掛けてやるつもりで。
しかし、オレの全力の魔法の効果は予想を遥かに超えていたらしい。
その娘は顔だけをオレの方に向けて口を開いた。
「あなたが助けてくれたのね」
「うん」
「そう、ありがとう。怖かった、こいつら見境が無いって言うか…」
「間に合って良かったよ」
「ホントにね。あなたが来てくれなかったら、私はこいつらに犯されてそのまま何処かに売られてたと思うわ」
なんて言うか、完全に平常モードに移行してるな。
今の今まで大勢の男に暴行を受けようとしていたとは到底思えない口ぶりだ。
治癒魔法が精神に作用するとこんな効果があるのか。
知らんかった・・・。
「こんな事訊くのは気が進まないんだが、こういうヤツらって多いのか」
「多いわね、最近特に」
「前はそうでもなかったんだ」
「そうね。新しい領主さまが来てからは、もう女が一人で歩けるような街じゃなくなったの」
「新しい領主ねぇ。ちなみに訊くけど、ここはなんて国のなんて街なんだ」
「えっ」
絶句しちゃったか、やっぱり。
こんなこと訊かれるとは思わないよな、普通。
「思う存分走り回ってたら道に迷っちまってな。たまたま通り掛かった街だから、ここが何処かなんてさっぱり分からん」
「思う存分走り回ったって、馬で走ったの」
「いや、自分の足でだ」
そりゃ、そういう目をするわな、こんなこと言ったら。
ほら、胡散臭いものを見る目で見られてるし。
「馬を使わずに自分の足で走り回ったっていうの。それも思う存分」
「そう。オレはちょっと…。人と違うんだ」
「そうみたいね。何がどうなったのかよく分からないけど、あれを見ればあなたが普通じゃないのはよく分かるわ」
自分を襲ってきた男たちがひしゃげた格好で壁のオブジェになっているのを、平気な顔で見ている。
「こんなこと、普通の人にはきっと出来ないと思うし」
「ははは、ちょっと力の加減を間違ったみたいでな。こうなっちまった」
こんなことが出来る男を前にしてもこの娘は平気そうにしゃべって来る。
普通じゃねぇよな。
「ふーん、強い男っていうのも大変なんだ」
「まぁな。ところで、さっきの質問なんだが…」
「あぁ、そうだったわね。ここはテーバイゼ帝国の東の端、マルゼスって街よ」
「テーバイゼ帝国か」
へぇ。
なら、あの一面の荒れ地がジャキール公国の跡地ってわけだ。
オレは走ってダンダラス王国からテーバイゼ帝国まで来ちまったらしい。
ほんの数時間で。
ホントに人間業じゃないわ、これ。
「ありがとう。自分が何処から何処まで走ったのか分かったよ」
「そう。それは良かったわね」
「あぁ、ほんとに」
「ちなみに訊くけど、あなた何処から来たの」
「言っても信じないと思うぞ」
「あら、それはどうかしら。人間を壁の飾りにしてしまう人だもの、近くじゃないことだけは確かね」
「なんでそう思うんだ」
「だってあなた、ここがテーバイゼ帝国って知らなかったでしょ」
「まぁな」
「当ててみましょうか」
「ふん。聞いてやろう」
「あなた、ダンダラス王国から来たのね」
「なんでそう思うんだ」
「あなたのこの服、ダンダラス王国でしか作れないからよ」
「ほぉ、そうなのか」
「そうね。でも、わたしじゃ買えないわ、こんな高級品」
「オレも貰い物だからな。値段までは知らん」
話しているうちに、この娘の言葉にウチの3人娘と同じような独特の訛りがあることに気付いた。
もしかしてこの娘は…。
「あら、どうしたの。おかしな顔して」
「いや、聞いたことのあるイントネーションだったからな。ダンダラス王国っていう時の言葉」
「えへへ、バレちゃったか。そうよ。だから襲われたの」
「まだ契約は済ましていないみたいだな」
「もちろんよ。死んだってイヤよ、軽奴隷なんて」
「ま、ウチにも居るんだけどな、3人ほど」
「あら。じゃぁ、私って今とっても危険な状況に居るわけ」
「いや、悪徳貴族から解放してやったんだけど、懐かれちまってな。出て行かないんだ」
「まぁ、それはご愁傷様。軽奴隷に懐かれるって人、初めて見たわ」
「そうだろうな。世間知らずの小娘が3人だ。放り出したらその日のうちに軽奴隷に逆戻りだろう」
「それは言えてるわ。で、どんな娘たちなの」
「そうだな、本人たちはジャキール公国の末裔だって言ってるが、人間と、ハーフのダークエルフと、クォーターの獣人だ」
そう言った瞬間、目の前の娘の態度が一変した。
「ホントに。それって幾つぐらいの娘たちだった」
縋るような眼でオレを見るなよ。
なんか、そそるな、この娘。
「さて、何歳だろう。栄養状態が悪くてな。まだ胸も膨らまないくせに一人前の口を利くヤツらだ」
「あぁ、神様…」
そう言って、彼女は涙を零した。
あいつらの親戚か。
それにしちゃ、人種も違うしな。
この娘、エルフだろ。
きっと混じりっ気なしの純粋な。
「気になるか」
「うん」
「会いたいか」
「うん」
「じゃ、オレと来るか」
うん、と言いたそうなのに、なんで躊躇するんだ。
「行きたいけど、私は一文無しだから、何処へも行けないの」
「どういう意味だ。一文無しだったら柵もなくていいだろうに」
「ううん。反対よ。大きくはないけど借金があるの。今住んでる家の大家さんに」
「こいつらもしかして」
オレは思わず壁のオブジェを睨み付けた。
「そうね、きっと。大家が軽奴隷にするつもりだったのね」
「そうか。世知辛い国だな、テーバイゼ帝国ってのは」
「でも、どこにも行くところがないから」
「なら、尚更オレに付いて来ればいい」
「借金、踏み倒して行くの」
「そうだ。けど気にするな」
「何かいい方法でもあるの」
「あるさ。オレが一緒に行くんだから」
「それ、理由になってないけど」
「付いて来ればわかるさ。ダンダラス王国まで」
「そう。行けば分かるのね」
「そういうことだ。オレを信じて付いて来い」
「うん…」
「会いたいんだろ、あの3人に」
「うん」
折角話がまとまりかけたってのに、無粋な客の登場だ。
騎士の恰好をしたヤツらが30人近く居やがる。
みんな槍なんか持ちやがって。
まともに振り回せもしないくせに。
「居たぞ、こっちだ」
お前さぁ、さっき馬で逃げてったヤツじゃねぇの。
あぁ、逃げたんじゃなくてこいつら呼びに行ったのか。
何人いても一緒だけどな、あの練度じゃ。
「クソっ、今度は許さん」
あららら、さっきは1人で逃げ出したくせに。
態度がデカいじゃねぇか。
それにこいつ、確か商人から賄賂受け取ってたヤツだろ。
許しちゃいけないな、そんな野郎は。
「殺しても構わん。汚名を濯いで警備騎士団の面目を保つぞ」
へぇ、こいつら警備騎士団っていうのか。
恰好ばかりの烏合の衆のくせに装備だけは派手派手しいな、まったく。
「掛かれ」
うぜぇ。
弱いのがチョロチョロと。
まとめて無力化したいけど、新しい武器を試してみるかな。
「ほらほら、掛け声ばっかりで体が動いてないぞ、おまえら」
煽ってやったら速攻で食い付きやがった。
忘れてただろ、今の今まで。
騎士団って名前なんだから、そういう陣形組めよ、最初から。
しかし、混じり物無しの純粋な馬鹿だろ、コイツら。
こんな狭い通路で道幅一杯に5人並んで、しかも6列作ってやがる。
どうやって動く気だ、おまえら。
ほら、剣も抜けなきゃ槍も構えられないじゃねぇか。
どうしようもねぇな。
そんじゃ、チャンスだから使ってみるか。
オレは声に出さず羂索と唱えて、右手を前に出した。
するとどうだ。
5人6列の30人が一網打尽に縄で縛られやがった。
こりゃ、反則級の神具だな。
せぇーの、で引っ張り込んで倒したら起きれないだろ、ほら。
「今のうちだ、行くぞ」
オレはさっき助けて治癒魔法を掛けた娘の手を引いて駆け出した。
もちろん、加減してだぜ。
おっと、スピードがまるで違うじゃねぇか。
面倒だから抱き上げてそのまま建物の屋根に飛び上がった。
なにしろ、まともに服を着てないからな、この娘。
人目に曝しちゃ可哀相だろ。
「きゃ~」
可愛い悲鳴はご褒美だ。
一気に行くぜ。




