19 黒い街
というか、なんでこんなものがくっ付いてるんだ、オレの腕。
特に邪魔にはならないようだから別にいいっちゃいいんだけど。
これって、アレだよな。
あのメッチャ綺麗な神様に会ってからだよな。
ってことは、何か意味があるってことだ。
うむ、なんだろう。
分からん。
使い方が分からんものをもらってもなぁ。
オレは腕にくっ付いた小さな玉を取ろうとしたんだが。
「取れねぇ」
なんなんだ、こりゃ。
これから一生こんなもんくっ付けたままなのか。
いや、邪魔にはならんけど。
気になるよなぁ。
仕方なく、オレはそいつを睨みつけた。
そしたら、何かが頭の中に浮かんできた。
『如意宝珠』
「如意宝珠だぁ~?」
思わず叫んでしまったじゃねぇかよ。
如意宝珠つったら、なんだっけ。
ほら、なんかの神様だか仏様の持ってるモノだったよな。
えっと…。
そうだ。
薬師如来だ。
いや、待てよ。
お地蔵さまも持ってたんじゃなかったか。
えっと、千手観音も
ま、いいか。
たしか、何かのきっかけで如意宝珠のことを検索したことがあったっけ。
たしか、おっそろしいことが書いてあった。
あの時は単なるヒマつぶしで読み飛ばしただけだったけど。
どんな願いも叶う。
だとか、
あらゆるものが手に入る。
なんていう解説があったように思う。
もしこれがそれと同じ効果を持つ物だったとしたら…。
なんていうか、オレ。
もう、最強じゃねぇのか。
んん?
なんだ、これ。
頭の中にまたなんか浮かんできたぞ。
羂索…。
なんだよ、けんじゃくって。
え~と。
あらゆるものを救済するために使う先端に輪が付いた縄。
なんじゃ、そりゃ。
本格的にオレを神様か仏様にするつもりか。
えっ。
なんか、続きがあるな。
元は古代世界で狩猟に使っていた。
ってか。
じゃ、あれか。
救うも良し、狩るも良しってことか。
なんか、ますます人間離れしてきたぞ、オレ。
こんなものもらったら、使いたくなるじゃねぇかよ。
なんか出てこないか。
それからしばらくそこらを走り回ってみた。
なんにも出て来やがらねぇ。
仕方ないか。
何にもない荒れ地だもんな。
期待に胸を膨らませてただけに落胆がひどい。
羂索を使う機会はなかったけど、これはどう使うんだ。
何気なく持っていたローエングリンの槍の穂先で如意宝珠とやらを突ついてみた。
なんじゃこら。
槍が玉に吸い込まれちまったぞ。
おい。
返してくれ。
なんか、オレってばバカみたいじゃねぇか。
「槍が、槍が~」
叫んでたら、玉からローエングリンの槍が出て来やがった。
慌てて掴むと、もう吸い込まれてたまるかと玉から槍を離した。
「慌てさせんじゃねぇよ、バカ野郎」
とは言うものの、冷静に考えてみればこれ。
収納に使えんじゃね。
で、も一度やってみることにした。
さっきは叫んだら出て来たし。
ってか、叫ばなきゃ出て来ないんなら人前じゃ使えないな。
んな恥ずいこと出来るかっての。
槍はやっぱり何の抵抗もなくスッと玉の中に吸い込まれるように消えた。
問題はここから先だ。
叫ばなくても出て来てくれねぇかな。
試しに小さく言ってみた。
「槍」
良かった。
出て来た。
さっき叫んでたのが恥ずかしい。
誰も見てないけど赤面してそうだ。
ははは、情けない。
さて、帰ろ。
で、大事なことを思い出した。
ここは何もない荒れ地だ。
ランドマークになるようなモノはなんも無い。
どっち向いて行けば帰れるんだ、オレ。
困った。
あんまり困ってないような気もするけど、困った
やみくもに走り回ったからな。
仕方ないから、封じ手を使うことにした。
何って。
その場でジャンプしてみただけだよ。
思いっきり力をセーブして。
ちょこんと跳ねてみた。
ちょこんと跳ねてみただけなんだが、地面が遠いなぁ。
でも、なんかちょっと面白いかも。
そしたら、右手にも左手にも街らしきものが見えた。
どっちに行けばいいんだ。
結局右手に見えた方に行ってみることにした。
なんでかって。
単に気分の問題だよ。
オレが右利きだってのもあるかもな。
車に乗ってて、道に迷うと右に曲がる癖があったらしいから。
こっちに召喚される前に付き合ってた彼女が言ってた。
どうしてるかな、あいつ。
元気で居てくれりゃいいけど。
時々ぴょこんと跳ねて道を確かめながら走ってると、なんか街みたいなのが見えて来た。
ありゃ。
選択を間違ったかな。
ダンダラス王国の街並みは、王都ゼブルだけじゃなくて国全体が白い印象が強かったんだけど。
目の前にあるのは黒っぽい建物が目立つんだ、これが。
何処なんだろうな、ここ。
ま、そんなこと言ってても仕方ないから、走るのをやめて歩き出した。
城門には厳めしい装備に身を包んだ騎士のようなヤツらが立っている。
ダンダラス王国は衛士が立ってて、悪い印象は無かったんだけどな。
オレの前で荷車に荷物を積んだ商人みたいなのが、門の中に入ろうとして黒い騎士に誰何されてる。
なんか、横柄な口の利き方するヤツだな。
印象悪いぞ、お前。
商人らしき男は慣れているのか、小さな巾着状の袋を騎士に渡して通って行った。
さて、オレの番か。
何言ってくるか楽しみだな。
「何処から来た」
知らねぇよ。
道に迷って街が見えたからココに来たんだから。
正直にそう言ったら、槍を突き付けられた。
「怪しいヤツめ」
そりゃ、お前らだろ。
いきなりそんな物騒なものを突き付けるんじゃねぇよ。
「この街に何の用だ」
えっ、別に用なんかないけど。
見えたから来ただけで。
そう言ったら、今度は騎士みたいなヤツが仲間を呼びやがった。
「ますます怪しいヤツめ。こっちに来い」
有無を言わせずオレを城門の物陰へ引っ張り込もうとしやがった。
そんなことするヤツの言う事なんか誰が聞くかってんだ。
足を踏ん張るまでもなく、オレはその場に立っていた。
「おのれ、抵抗するか」
してない、つーの。
立ってるだけだろが。
バカかお前ら。
そう言ったらまた応援を呼びやがった。
こりゃ結構集まったね。
二十人ほどいるかな。
全員臨戦態勢で槍をこっちに向けてやがる。
そんなことしたってオレに攻撃が通るわけないだろが。
ダンダラス王国の盾の槍捌きが子供の遊びみたいに見えたんだぜ。
ま、あの王国の盾は多少眉唾なところがあったけど。
二十人いたって無駄だ。
「胡乱なヤツめ、成敗してくれる」
誰かが叫んで一斉に槍を突き出してきた。
なんだ、そのへっぴり腰は。
恰好ばっかり付けやがって。
槍が上向いたり下向いたり。
普段全然訓練してねぇだろ、お前ら。
中にちゃんとオレに向かってくる穂先があったから、オレはそれを掴んでこっちに引き寄せた。
騎士ごと引っ張り込むつもりだったのになぁ。
手を離しやがった。
ま、仕方ない。
奪い取った槍を一閃させて正面の何人かを吹き飛ばしてやった。
オレに槍を突き込んで来たんだ、自業自得だと諦めろ。
その後は、ダンダラス王国の騎士団に訓練を付けた時と同じだ。
相手にならねぇ。
あっという間に全員をその場に昏倒させてやったぜ。
「これで終わりか。なら、勝手に通るからな」
詰所の脇から誰かが馬ですっ飛んで行ったけど、知ったこっちゃねぇ。
オレは悠々と城門を潜って黒い建物が建ち並ぶ町中へと入って行った。
街の中は、何と云うか活気というものが全く無い。
街中だというのに人通りがほとんど無かった。
なんだ、ココは。
出来の悪いゲームの中でも、もう少し人が歩いてるもんだぞ。
建物も、黒いだけじゃなく何処か燻んだ印象が強い。
歩いていても面白いものが無さそうだ。
折角来たけど、もういいや。
帰ろうかと踵を返したら、悲鳴みたいなのが聞こえてきた。
おっとテンプレか。
やっと来たぞ、テンプレ。
何処だ。
オレのロマンは何処で助けを求めてるんだ。
あそこか。
細い路地の入口で人相の悪そうな男が二人、辺りを睥睨していた。
迷いなくそこへ近づいていくと、奥を覗き込んだ。
おっと、今まさに女の子が抑え込まれて野郎が一人ズボンを脱ごうとしてやがる。
させるか、バカ野郎。
世界の可愛い娘はみんなオレのもんだ。
女神も好きにしろって言ってたんだ。
誰に遠慮なんかするもんか。
「てめぇ、こっから先には行かせねぇ」
煩ぇってんだ。
殴りかかって来た男の腕を掴んで、奥で女の子に覆い被さろうとしている男に向かって投げつけてやった。
力の加減はしたつもりだったんだけどな。
オレの手にはさっき殴りかかって来た男のものらしい腕だけが残っていた。
そして、奥では女の子に覆い被さる寸前だった男とオレが投げ込んだ男が絡み合って壁に張り付いていた。
生きてるかな。
ま、どっちでもいいけど。
そのまま奥へ歩いて行くついでに、そういえばもう一人見張りがいたなと思って横を見ると、その場にしゃがみ込んで小さくない染みを作って泣いていた。
男が声も出さずに泣くんじゃねぇよ、気持ち悪い。
そいつは放って置いて、何人かに抑え込まれていた女の子のところへ歩いて行った。
抑え込んでいたヤツらは何が起こったのか分からずに、女の子の手足を押さえたまま壁に張り付いた男たちを凝視していた。
「いつまで女の子を押さえてやがる」
その声で、初めてオレがそこに立っていることに気付いたらしく、半ば呆けた顔でこっちを見上げて来た。
「離せってんだろが」
オレは遠慮なく男たちを蹴り上げて壁のオブジェを増やしてやった。
そして、女の子を助け起こそうとして、自分がさっきの男の腕を持ったままだったことに気付いた。
「忘れ物だ、返すぜ」
恰好をつけて壁のオブジェに投げてやるつもりがあらぬ方向に飛んで行って、見えなくなった。
あーあ、どっか行っちゃったよ。
知ーらね。




