17 ドラグレスカード
突然の呼び出しだったせいか、サーライズ子爵は泡を食った様子で自ら馬を駆ってやって来た。
そして、破壊された門扉に愕然とし、更に傾いだまま開きっぱなしになっている大扉に言葉を失っていた。
「こ、これは…」
「忙しいところ呼び出して済まなかったな、サーライズ子爵」
ごく普通にそう声を掛けたのだが、サーライズ子爵は雷に打たれたかのように体を硬直させ、ギギギと音がしそうな様子でこちらに振り返った。
いや、驚かせたつもりはないだけどな。
なんでそんなに驚いているんだ。
「これは…。これはすべて私の失態でございます。ご叱責は如何様にもお受けいたします」
何を言ってるんだ、こいつ。
「これほどの惨状を呈しているにもかかわらず、迂闊にもこのことに気付いておりませんでした」
いや、これはコーセヌ伯爵に対する意趣返しだから、お前には関係ないし。
「ローエングリン伯爵閣下のお邸がこの様な状態を晒していることは閣下の沽券にも関わります。知らぬこととはいえ、代官たる者として到底許されることではありますまい」
だから、お前が知らなかったのは仕方がないって。
「いい加減にしろ、サーライズ子爵。これはだれの責任でもない。強いて言えばコーセヌ伯爵の不徳の致すところだろう」
「しかし、このお邸を賜ったのはローエングリン伯爵閣下でございます。すぐにでもお移りいただくべきところ、私が至らぬばかりに閣下にはご不快な思いを…」
だから、泣かんでもいい。
「過ぎたことは仕方がない。コーセヌ伯爵の行状も与り知らん。ただ、早急にここを住めるようにしてほしい」
「は…」
「費用については細かく言わん。掛かるもの仕方ないからな」
「しかし、私の責任は軽くありませんし、むしろこの状態に…」
「いい加減にしろ。お前の責任問題は後だ。とにかく住めるようにしろ。それまでは辞めることも許さん」
「・・・・・」
「サーライズ子爵さま、ローエングリン伯爵さまのご意向を考慮なさるべきでしょう。今は何よりこのお邸の改修を最優先にされるのがよろしいかと」
おぉ、ナイスフォローだ、エリカ。
とにかくベッドで寝たい。
明るい部屋でメシを食いたい。
なぁ、ささやかな願いだろ。
「それでは、この惨状は…」
「くどい」
「は」
「オレの都合も考えろ。早く住めるようにしろ」
「か、畏まりました」
それまで這い蹲るようにして詫び言ばかりを並べていたサーライズ子爵は、オレの怒声で我に返り、パっと立ち上がると一目散に馬に走り寄って、跨るや否や王宮へと駆けて行った。
「手間のかかるヤツだぜ、まったく」
「あれで仕事は早くて正確ですから、後は任せておけば大丈夫ですよ、オスカーさま」
美少女がフォローしてくれてるぞ。
さっきもそうだったけど、一言一言が的確なんだよな、この娘。
やっぱ、頭良いんだよな。
「でも、お茶の用意が要らなくて助かりました、うふふ」
どうせココにいても出来ることもないしなぁ。
7億セルーも寄贈してくれた大司教にお礼でも言いに行くかな。
ついでにドラグレスカードとかいうのがどういうものか知りたいし。
ってことで、オレたちは全員でもう一度大聖堂へ戻ることにした。
「オスカーさまは、お邸がちゃんと改修されるまで何処にお住まいになるご予定ですか」
お前なぁ、いきなりオスカーさまなんて呼ぶんじゃねぇよ。
至天聖女の言葉にオレはビックリして振り返った。
ほら、美少女が思いっきり睨んでるし。
「また王宮で部屋を都合してもらうか…」
「オスカーさま、王宮に戻って大丈夫ですか」
今度は美少女だ。
言いたいことは分かるぜ。
この国に対していい感情を持ってないしな。
でも、さし当って住むとこもないし。
なんだかんだで、従者も増えたし。
「では大聖堂で暫くお過ごしになっては如何でしょう」
おまえ何言ってんの。
オレってそもそも信者ですらないんだぜ。
いくら聖女でもそりゃ無理ってもんだろ。
「教会は器の大小を問わず、いつでも旅人をお泊めできる施設を持っておりますの」
「でも、信者でなければ受け入れられないと聞いたことがありますが」
うん、美少女の言う通りだ。
第一、信者になるつもりは毛頭ないし。
「そんなものは、宿泊所のお世話を担当するシスターたちの接待を受ければ、すぐにでも信者になっていただけますわ」
おいおい、シスターってのはどんな接待をしてるんだ。
どうせ普通の対応はしてないんだろ。
「ですから、勇者さまもシスターたちの接待を受けていただいて…」
どうした。
何を言い淀んでるんだ。
そうしたら私がご接待申し上げることが出来ません、とか呟いてるけど何考えてんだ。
「そういう接待は必要ないから。第一オレにはエリカもいればこいつらもいるから」
「あら、私は仲間に入れて下さらないのですか」
「おまえは聖女だろ。オレの専属って訳でもないだろうに」
「私は今勇者さまの従者ですけど」
なんでだ。
修道院長の職を擲ってまで成りたがるものか、勇者の従者なんて。
「先ほどのお話は伺いましたが、アリスさまはそれでも至天聖女でいらっしゃることに違いはありません」
そうそう。
教会に帰れば相応の地位が待ってるんだろ。
ほら、正直に言ってみな。
「いいえ。教会に属するシスターは、位の上下に関わりなく勇者に求められた場合はその従者として随行する義務があります」
いや、胸を張るなって。
エリカの目が半眼になってるから。
だから、オレは何も言ってないって。
「とにかく、大司教に挨拶に行くぞ。他のことはそれからだ」
進まねぇじゃん、前に…。
「これは勇者さま。おかげさまで気力も体力も戻って参りました。改めてお礼を申し上げます」
開口一番、大司教はそう切り出してきた。
サナダムシを見つけた時のように大司教の腹部を凝視したが、異常は見られないようだ。
うん、健康体だ。
「それはこちらの申し上げることですわ。ローエングリン伯爵の婚約者として、今回の浄財の寄贈には謹んでお礼申し上げます」
なんだか完全に女房してるな、エリカ。
こういう場合は黙って目礼しとけばいいんだろ。
「わが命の値段と考えれば決して高くないと思います。第一、私がすぐに用意できる程度の金額でしかありませんので」
凄ぇな、時間を掛けりゃまだ用意できるのか。
ま、それなりにカラクリは有るんだろうけどな。
「それに加えて、至天聖女様までローエングリン伯爵さまの従者に加わることをお許しいただいて、これについても感謝の念に耐えません」
うん、オレはこの場合目礼すべきなのかそうでないのか。
「勇者さまにお力添えをするのは我が主神様の御心にも叶う事。お礼を言われる謂れはありませんぞ」
そんなもんなのか。
神の導きの一つなのか、シスターを勇者にくっ付けるのは。
まぁ、オレの場合はエリカがいたから、肉食派シスターの色香に惑わされることはなかったけど。
異世界から召喚されて周りに誰も味方がいない状況で、こんないい女に好意を示されてみろ。
3分も掛からず落ちる自信があるな、オレ。
いや、そんな話じゃなくて。
訊きたいことがあったんだ。
例のカードのことだ。
えっとドラグレスカードっていったっけ。
「遣いに出したシスターから詳細はお聞きでしょう」
うん、可愛い娘だったね、あの娘。
ネルケだっけ。
「そのことについてなんだが、オレの分かるように教えてはもらえまいか」
「勇者さまは異世界より召喚されたとお聞きしましたのでドラグレスカードの詳細をご存じないのは当然のこと。お分かりいただけるまで何度でもご説明申し上げますよ」
「それはありがたい」
「では、詳しくはこのクリエスからお聞きください」
うん、それもありがたい。
そもそも、カードってオレの知識にあるものと同じなんだろうか。
カードという単語で認識できているんだから、おそらくそういう形と機能を持っているんだとは思うけど。
ま、説明聞いてみれば分かるか。
「本日は大司教様の治療をいただきまして本当にありがとうございました」
「もう何度も礼の言葉を受け取っている。これ以上は不要だぞ」
「重ね重ね申し訳ございません。でも、大司教様は我々大聖堂で神に仕える者たちにとっては特別なお方でしたからつい…」
うん。
やっぱ、いいよな。
女として完成してるというか。
祈りの力によって聖女に列せられたんだろ、この娘。
祈る姿が美しいんだろうな。
「ご質問の趣旨としまして、ドラグレスカードのことをお知りになりたいのですよね」
「そうだ。どういうものか、皆目分からん」
「そもそもドラグレスカードというものは…」
神の御業と申し上げるしかないものです。
って言われてもなぁ。
世界中隈なく存在する教会がその土地に根差して築き上げて来た信用が土台にあるものだそうだ。
で、何処へ行っても教会に顔を出せばその土地で使えるようにしてくれるらしい。
というか、そういう魔法が掛かった道具を用意してあるんだそうだ。
まずは、本人確認。
そして、ドラグレスカードに登録してある金額
更に、緊急時には本人の信用度に応じた融資。
最後のは、かなり高率の利子が掛かるから滅多に利用する者はいないらしいけど。
返せなかったら軽奴隷一直線だとか。
怖ぇ~。
とはいえこの世界、この文明度で銀行なんてあるはずないから、そういう意味においては何処であろうと教会に行けば、自分が用意した分に限って現金を手に出来るってのは画期的どころか奇跡的なことだ。
まず、現金を持った状態で旅に出る必要が無い。
オレの知ってるファンタジーな世界では、そういうのを冒険者ギルドが担当してたはずなんだけど。
でも、考えて見りゃこの文明度ではギルドという組織が誕生するのは些か無理があるか。
ましてや、世界横断的に機能を統一したサービスなんて夢のまた夢だな。
だから、ドラグレスカードというのを知っている者は多いけど実際に持っているヤツは多くない。
当然だな。
生まれ育った村や町で一生を終えるのが常識なんだから。
余程の資金力を持った商人ででもなければ、町から町へ商売をしに行くなんて有り得ない話だ。
だから、経済も貴族の自領内で完結するし、破綻したって他領に大きな影響があるわけでもない。
で、オレはそんなレアなカードに7億セルーなんていう大金が入った状態で手に入れたわけだ。
使いどころなんてあるのか。




