14 覆水盆に還る
オレは、右腕を落ち着いた物腰の魅力的なシスターの胸に抱き込まれ、アリスに主張の激しい胸で左腕を抱き込まれた両手に花の状態で、シスターたちの未来を掛けた戦いを見学していた。
アリスに比べると幾分主張がおとなしい胸に抱き付かれている右腕はわりと自由に動かせるが、アリスに抱き付かれている左腕は自由を奪われていた。
両方の腕から微妙に異なる柔らかさを感じながら、オレは治癒魔法の使い方を見てふと思うことがあった。
治癒魔法というのは、もしかして当てずっぽうに使っても効果が出るほど強力な魔法なんじゃないか、と。
というのは、目の前で若いのに足が曲がってしまった男が治療を受けていたのだが、オレの目から見るとそれは過去に骨折した経験があってその時に適切な処置をされていなかったのだと判断したのに、その男を担当する若いシスターはやみくもに治癒魔法を連発している。
ああいうのって、もう一度骨を切り離してちゃんとした状態にしてから繋げないと今のままで生きて行かなくちゃいけないんだよな。
心の声が漏れていたのか、右腕を束縛するシスターが驚いてオレの顔をまじまじと見つめていた。
「治癒魔法で治療するのに、もう一度骨を折るとおっしゃるのですか」
「聞こえたか」
「はい、しっかりと」
「じゃ、そういうことだな」
「浄財を寄贈して下さる方々は癒される目的で大聖堂へいらっしゃるというのに、苦痛を与えては意味が有りません」
「キミの言うことは一見もっともに聞こえるが、長い目で見れば大きな間違いを犯している」
「長い目で見る、ですか」
「そう。大聖堂で治癒魔法を施された者たちは、それ一回きりで終わってしまうんだろ」
「えぇ、普通はそうですね」
「例外もあるのか」
「はい。大きな火傷などをなさった場合には担当者の魔力次第で治せるだけ治して、また次回ということもありますから」
「なるほどな。でも、目の前の男の場合はそれとは違っていてな。足の骨が真っ直ぐになっていないから痛みもあるし歩行も困難になってるんだ」
「それは私にも分かりますが、それを治療するためにわざわざもう一度骨を折ってしまうというのはかなり乱暴な話かと…」
「治療をするのに苦痛を与えないというのは一見大切なことのように思われがちだが、それにばかり拘っていては根本的な治癒は望めないこともある」
「でも、彼のような成人男性の太ももの骨を折るなんて、私たちには簡単には出来ません」
「たしかにな。じゃ、あいつの場合は放置ってことだな」
「仕方ありませんわ。それ以外に私たちに出来ることはないのですから…」
あ~あ、俯いちゃったよ。
綺麗な顔に憂いが混じると、なんでこんなに魅力的に見えるんだろうな、女の顔って。
もちろん、綺麗なって形容詞が前に付かなきゃいけないけどな。
「ちなみに聞くけど、あの男は誰だ」
「あの方は、騎士団長ケイザ様のご長男で、将来をとても嘱望されていた方なんですけど、訓練中の事故でああなってしまわれて」
「なんだ、ケイザには息子がいたのか」
「騎士団長をご存じなのですか」
「ご存じも何も、昨日訓練を付けて来たところだ」
「まぁ…。ケイザ様はご子息にとても期待されていらっしゃったのに、惜しい事ですね」
「へぇ、優秀な騎士だったのか」
「はい、将来の騎士団長は間違いないと国王陛下もそうおっしゃっていらしたとか」
「ふーん。確かに惜しいな、そりゃ」
「お怪我を負われて不具にお成りになった後も、腐ることなく出来る範囲で体を鍛えていらっしゃるそうですわ」
「ほぉ、あの親父にしてこの子ありってとこか」
オレが右側のシスターとばかり話しているもんで、左に居るアリスが抱え込んでいるオレの腕が悲鳴を上げている。
そんなに力を込めるんじゃないって。
どんだけ怪力なんだよ、おまえ。
「ケイザ様のご子息はコルカス様とおっしゃって、槍の技量ではお父上を凌いでいたというのがもっぱらの評判でした」
おい、アリス。
説明するか攻撃するかどっちかにしやがれ。
痛いってんだよ、左腕。
ってか、槍の名手か。
惜しいな。
うん、確かに惜しい。
普通の人間が訓練だけでどれだけ強くなれるものなのか、見てみたい。
「腕を離せ」
オレは両方のシスターにそう言った。
「離せと言っただろ」
アリスは未練がましくまだオレの左腕につかまっている。
「オレの邪魔をするようなヤツは要らん。今日までの付き合いだ」
「あー、ウソです、離しました。離しましたよー」
オレは自由になってケイザの息子、コルカスが治癒魔法を受けているところへと出て行った。
シスターが驚いているが、無視だ。
コルカスの目を見つめてやる。
うん、澄んだいい目だ。
これは期待できるかもな。
「お前の父親には世話になっている。先日エリカに召喚された者だ」
コルカスは驚いて片膝を付こうとするが体がままならなくて中途半端な姿勢になっている。
「これは勇者さま。昨日騎士団全員と総当たりの訓練をなさったそうですね。誰もかなわなかったとか」
「ふん、足さえ動けば、という顔をしているぞ」
「まさか、それほど自惚れてはおりません」
「ウソを言うな。お前の目は正直にオレに語りかけてきているぞ」
「そうだとしても、この足ではせんないことですから」
「どうだ、また自由に動きたいか」
「えっ…」
「槍を思う存分振り回したいかと訊いている」
「それは、叶うならば」
「では、オレに誓え。オレに従うと」
「それはどういう…」
「自由に動きたくないのか」
「そんなこと…」
「お前次第だ。返答しろ」
「・・・・・・・・」
「不要か、オレの秘術は」
「そんなことは…。いえ、誓います。必ず勇者さまに従います。なんなりとご命じ下さい」
「分かった。その気持ち受け取った。その代わり、一瞬だけ苦痛を伴うが耐えろ」
「御意」
「誰か布切れを」
「これでよろしければ」
アリスが自分の修道服からスカーフを抜き取ってオレに渡してきた。
「これを噛め。だが、声は漏らすな。他の者の注目を集めると動きにくくなる」
「御意」
「では始める」
オレはそう言って、ローエングリンの槍の柄でコルカスの患部、間違って繫がってしまった右足の大腿骨の当該部分を正確に打ち抜いた。
コルカスは、声こそ上げなかったが、白目をむいて意識を失っている。
「繋げ」
即座に治癒魔法を掛けて、コルカスの大腿骨を正確な位置で繋いだ。
もう大丈夫だ。
目が覚めたらこいつは歩けるようになる。
筋力がかなり落ちているから、元の通り動き回るにはかなりの鍛錬が必要になるだろうが、こいつなら大丈夫だろう。
「コルカスが目覚めたら、オレの邸に来いと伝えろ」
そう言って、オレは次の浄財の寄贈者の治療現場へと歩いて行った。
「アリス、コルカスの寄贈する浄財はオレのところに持って来いよ」
「はい、勇者さま。今夜の食費ですもんね」
そんなことバラすんじゃねぇよ、バカ野郎。
その後は見るべきものも無かったのでオレたちは邸に帰ったのだが、門扉の前にエリカが立っていた。
「オスカーさま…」
「どうした、中で待っていればよかったのに」
「中でお待ちしても良かったのですか」
「なんでそんな顔をする。綺麗な顔が台無しだぞ」
「私は、オスカーさまからお暇を頂戴したものとばかり…」
「誰がそんな勿体ないことをするものか、こんな聡明で美しい娘は探しても簡単には見つからんだろう」
「そんな、嬉しい…」
エリカはここが大通りに面した門扉の前であることも忘れ、オレに縋り付いて号泣した。
しばらく泣きたいままに泣かせてやって、号泣が嗚咽に変わったところを見計らって、エリカを抱きしめた。
「昨夜は何処に行っていた。だんな様と呼ぶなと言っただけで愛想を尽かされたかと思ったぞ」
「それは私が…」
「んん?」
「私が言うべきことを怠ったばかりにお怒りを頂戴してしまったのだと」
「ま、腹は立ったがな。お前を手放すなどバカのすることだ」
「では、まだ私を婚約者として置いていただけるのでしょうか」
「エリカがイヤでなければな」
「私がイヤなどと言うわけがありません。たとえこの身がどうなろうとオスカーさまのお役に立ちたいと願っております」
「待て待て。お前がどうにかなってしまうとオレが困る。その…、こいつらを束ねる意味でもな」
「ふふふ、畏まりました。オスカ-さまの御意のままに」
「じゃ、中へ入ろう。座れる場所は少ないがな」




