12 ビョーキの治し方
俯せに寝かせて片足を真っ直ぐに伸ばし、足首の後ろ側の腱がよく分かる部分を摘まんでみせた。
「今朝オレが治療したヤツはこいつが切れてたんだよ」
「これ…ですか」
「そう。覚えてるかな。この辺りに普通じゃない膨らみがあったの」
そう言って脹脛の下辺りを示して見せた。
「そういえば、なんとなく…」
「あれはな、この足首からここまで繋がっている筋みたいなものがあって、それがあるから人間は自由に足を上げて歩けるんだ」
そういうと目をまん丸にして驚いて、シスターのアリスはオレが指示したあたりから足首までを何度もなぞっていた。
「く、くすぐったいです、シスターさま」
えっと、こいつはハーフのダークエルフだったな。
身を捩って嫌がるのが面白い。
オレもやってやろう。
「そう、ココとココの間だ」
「ご主人様も勘弁してくださいよー」
そう言いながらダークエルフっ娘は体をくねらせひゃーひゃー叫んでる。
「だから、今朝みたいな場合はこの筋を繋げるイメージで治癒魔法を使うと、きっと上手くいくぞ」
「そうなのですね」
「あぁ、魔法はイメージが大事だろ」
「そうですわね。何も考えないで呪文を唱えても何も起こりませんよね」
オレだって大して医学を知ってるわけじゃない。
これまで生きてきた中で聞きかじったりネットで目にしたことを覚えてるだけだ。
でも、この世界のヤツらよりはかなり優位なポジションにいることだけは間違いないらしい。
治癒魔法のスペシャリストの教会のシスターがオレに教えを乞うぐらいだもの。
その後、雑談の中でシスターのアリスが言った言葉がオレを捉えた。
「一度教会にいらっしゃってみませんか。治癒魔法の現場を見ていただいて何が足りないのかご指導願いたいと思いまして」
なんだ。
結構仕事熱心じゃねぇか。
その胸でオレを攻撃してくるだけかと思ってたけど。
「そうだな、オレとしてもその方が勉強になるかもな」
「いつ頃お越しいただけるか教えていただいてもよろしいですか」
「そうだな。行った時にがアリスが居ないんじゃそれも困るし」
「えっ、困るなんて…。そんなこと言われたら私の方こそ困っちゃう」
何か勘違いしてるだろ、この尼っ娘。
「案内役が居ないと困るって言ってるんだがな」
「あら。私を求めて下さってるんじゃなかったのですか」
「こらこら。一応聖職者の端くれだろ、おまえも」
アリスは真っ赤になって俯いてしまったがそこから上目遣いにこっちを見ている。
だから、美女の上目遣いは反則だってんだろが。
「じゃ、オレも暇を持て余してる身だし、明日でもいいか」
「明日。明日ですか」
どーしましょ、身を清めないと、とか言ってるし。
何の約束したつもりだよ、おまえ。
「治癒魔法の見学に行くだけだぞ」
「あら、そうですよねぇ」
分かってなかっただろ、今。
良からぬことを想像していましたと白状しなさい。
「じゃ、朝一番に行くから待っててくれよ」
「でも、場所はお分かりになりますか」
「場所って、その辺の教会でいいんだろ」
「いいえ。私はこれでも優秀な治癒魔法使いですから、場末の教会にはおりませんよ」
「場末の教会って、おまえねぇ。そういうところにこそ聖職者が必要なんじゃないのか」
「あら、教会の神父やシスターだって霞を食べて生きてるわけじゃありませんわ。奉仕は奉仕として大切なことですけど、稼げるところは稼がないと」
なんかえらい世俗的な聖職者だな。
言ってることは間違っちゃいないけど。
「そういうもんか。で、何処へ行けばいいんだ」
「説明するのも面倒ですし、今日はこのまま泊って行って明日ご一緒しましょう」
おいおい、なんだその妙な積極性は。
ま、いいけど。
三人娘が防波堤の役目をしてくれるだろ。
きっと…。
そして、何事もなく朝を迎えたオレたちは、三人娘も一緒に連れて五人でアリスの所属する大聖堂へやって来た。
でかいな。
感想として出て来るのはそれだけだ。
この世界の建築技術でよく建てられたもんだ。
なんか微妙にデザインがおかしい気もするが、そこはこの世界で生まれ育った者と、他所の世界から引っ張ってこられたオレとの感性の違いだと思っておこう。
二本ある尖塔が先端に行くに従って、お互いに向かって寄っていってる気がするのも、きっとその感性の違いだ。
ま、すぐにどうこうってことはないだろ。
ピサの斜塔だって何百年か保ってるんだし。
「ここから中に入って用意してきますから、みなさんはここでお待ち下さいね」
眠そうな顔で眠そうな声を出して、シスターは言った。
昨夜は静かな暗闘があったらしい。
オレは気付かないふりして寝てたけど。
オレの方へ這い寄ろうとするシスターを三人掛かりで食い止めてたみたいだ。
なんかあるのかね。
オレみたいな男に夜這いかけて来るなんて。
よく分からん。
「あのシスター、あんな優しそうな顔して肉食系だったね」
「フェイントに引っ掛かりそうになってアセッた」
「あの狂暴な胸は恐ろしいです」
「あれは凶器です」
「あれを使った攻撃は絶対反則なのです」
「来世が見えました」
なんだ、そんなに激しいバトルだったのか。
参加しても良かったかな。
「ご主人様、邪な事考えてるです」
「きっとそうです」
「わたしじゃ天国へお連れ出来ないのが悔しいです」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
おい、そんなに落ち込むなって。
きっとそういう事を笑って話せる日が来るって。
きっと…。
「お待たせいたしました」
そう言って出て来たシスターのアリスは、薄いブルーの修道服のような看護服のようなものを身に着けていた。
「それが治癒魔法を使う時の制服なのか」
「えぇ、一部では戦闘服と呼んでますね。主にこの大聖堂では」
「戦闘服…。どういう意味だ」
「ここで貴族の御曹司に見初められるための戦闘服ですわ。勝負服という者もいますけど」
オレは吹き出しそうになった。
どうも世俗的なシスターだと思っていたが、アリスだけじゃなかったみたいだ。
聖職者という意味合いが、オレの世界と少しばかり違うのだろう。
ま、そういうのが居なかったかと聞かれたら、違うと答えるだろうけど。
「で、今日はどこで治癒魔法を使った奉仕活動をするんだ」
「あら、昨夜も言いましたけどこの大聖堂で行う治療行為はご奉仕ではありませんわ」
「資金集めなのか」
「あら、ヤダ。そんな具体的におっしゃって」
「違うのか」
「間違ってはいませんが、ここではご浄財の寄贈と申しますの」
なるほどな。
それで上手くいけば自分の体を相手に寄贈するわけか。
気合い入ってるな、シスターのみなさん。
「アリスもそういう風に寄贈することもあるのか」
「あら。私は勇者さまに売約済みと触れ回っておきましたから、ご心配には及びませんよ。あなただけのアリスですわ」
なにニコっと笑ってんだよ。
そんなこと頼んでないし。
あの胸は魅力的だけどな。
「その視線が全てを物語っています。分かってますから」
「で、何処へ行けばいいんだ」
「あら、いきなり話題が変わりましたね」
「いい加減にしないと帰るぞ」
あ、言い過ぎたのか。
涙浮かべてるけど。
「女の涙に騙されてます」
「あんなの女なら誰でもできる芸当です」
「私が守ってあげるね、ご主人様」
フリだったのか、あの涙。
怖ぇ~。
こいつら連れて来て良かった…。
「ちっ。 では、参りましょうか」
「今、ちって言ったよね」
「言ったね」
「心の声です」
分かった分かった。
アリスだって戦闘服着てるんだ。
予行演習中だろ、きっと。
そしてオレたちは大聖堂の中の広い部屋に連れて行かれた。
中では既に治療行為が始まっていたようで、かなりの身分と思しき服装をした若い兄ちゃんたちが鼻の下を伸ばしてシスターたちの魔法に身を委ねていた。
「ああいうのは彼女たちに任せて、こちらへお越し下さい」
そう言ってアリスがオレを更に奥へと誘って、厳めしい扉を開けた。
そこには、修道服に身を包んだ壮年とも老人とも見分けがつかない男がベッドに寝ていた。
「勇者さまをお連れしました、大司教様」
大司教だったのか、こいつ。
「おぉ、こんな姿で申し訳ない…」
蚊の鳴くような、という表現が当て嵌まる声で大司教はオレに語り掛けて来た。
「大司教様は三年ほど前から少しずつお痩せになって、もう今ではご自分では歩くことすらお出来になりません」
さっきとは言葉遣いが変わってるけど、アリスはオレにそう教えてくれた。
きっと毎日治癒魔法を掛けられて生き続けてるんだろう。
ま、意識がある分、植物人間よりはマシだろうけど。
「お前たちはどこが悪いと思ってるんだ」
オレは隠さずアリスにそう問いかけた。
「病気というものは治癒魔法で治せる場合と治せない場合が有りますので、詳しいことは分かりませんの」
「ふむ、昨夜オレが言ったことを覚えているか」
「足を怪我した方の治し方のお話ですか」
「そうだ」
「でも、大司教様の場合はお怪我されたわけではないので…」
「同じだよ。何か原因があってこうなってるんだろう」
「原因ですか」
「そうだ。悪魔の仕業と言わないだけマシだけどな」
「それは、考えたこともありませんでした。病気は治癒魔法で治療するものと教わりましたので」
「誰かこの大聖堂で働く者の中で、鑑定魔法を使える者はいないのか」
「はぁ。鑑定魔法って何ですか」
しまった。
鑑定魔法は存在しないのか、この世界。




